本連載は、日経産業新聞(2021年10月~11月)に連載された記事の転載となります。以下の文章は原則連載時のままとし、場合によって若干の補足を加えて掲載しています。
脱炭素を実現する仕組み作り
脱炭素の高い目標を実現するには従来にないイノベーションが求められます。しかし、多くの日本企業はこれが得意とは言えないようです。世界知的所有権機関(WIPO)が2021年9月に発表した「技術革新ランキング」では日本は13位と、5位の韓国、12位の中国の後塵を拝しています。
しかも脱炭素などの環境対策は新市場開拓などと違って、必ずしも利益が期待できるわけではありません。むしろ環境対策はコストとして捉えられ「環境と経済をどう両立するか」などと議論されてきました。そのなかでイノベーションを進めるにはどうすればよいでしょうか。
政府の成長戦略会議で脱炭素について議論する回に基礎資料として出された米経営学者マイケル・ポーター氏の仮説が参考になります。環境政策と技術革新の関係を論じたもので、同氏は「厳しい環境規制がコストカットや品質向上につながる技術革新を誘発し、他国に先んじてこの種の規制を導入した国の企業は、グローバル市場で他国企業に対する競争優位を獲得する」と提唱。環境規制が企業の成長に負担になるとする従来の通説とは異なる見方を示しました。
同氏は環境政策の方法論も示し「技術革新を促す適切な環境規制」として、(1)特定の技術の導入を義務付けることはせず、達成すべき数値目標を明確化する(2)移行期間を十分に確保し、達成すべき高い数値目標を設定する(3)政策介入を予測可能で安定的なものにする(短期間で細かな介入はしない)を挙げています。
さらにこうすることで、技術開発の進み方が、当初はゆっくりですが、途中から指数関数のように飛躍的に伸びるとしています。
政府の政策についての理論ではありますが、「政府を経営幹部」「企業を研究開発現場」に置き換えれば、企業の脱炭素の取組みにもつながる話とも言えるでしょう。ただ、これは技術開発の方向を導く方法論であり、日本企業はその前にイノベーションに適した創発型組織に生まれ変わる必要があります。そのポイントを解説します。
創発を推進する組織体が必要です。現行の組織は既存ビジネスの運営に最適化され、技術革新に不向きな場合が多いため、たとえば、フラットなコミュニケーションを可能にするなど創発に適した組織設計が求められます。
続いて評価制度や報酬制度など創発組織を運用するルールを整える必要があります。イノベーション人材は市場価値も高く、社内の公平性を意識するあまり中途半端な制度を設計すると囲い込むのは困難です。
組織文化の転換企業がスタートアップと協業する際によくする間違いは、相手を下請けと捉えがちなことですが、こうした姿勢を改め、自社の資源を相手にどう役立ててもらうかという考えも持ちたいところです。
そのうえで、高いアンテナを持ち学習し続けるスキルを身に付け、知識・ノウハウを組織に蓄積していくことが重要と言えるでしょう。
ちなみに、ここまではスタート地点にすぎません。特に一朝一夕にはいかない脱炭素では、仕組み作りを含めた実現に向けて一歩ずつ近づいていく必要があります。
執筆者
KPMGコンサルティング
マネジャー 濵坂 晃徳
日経産業新聞 2021年11月18日掲載(一部加筆・修正しています)。この記事の掲載については、日本経済新聞社の許諾を得ています。無断での複写・転載は禁じます。
展望・脱炭素ビジネス
- 第1回:エネルギー業界におけるイノベーション創出の必要性
- 第2回:スタートアップ企業によるエネルギー開発の取組み
- 第3回:エネルギー媒体として期待される「水素・アンモニア」の可能性と課題
- 第4回:次世代原子力発電技術の取組み
- 第5回:CO2削減に向けたテクノロジー ~CCSとCCUS
- 第6回:排出量管理を最先端デジタル技術で高度化・効率化
- 第7回:エネルギーの地域内循環に向けた熱と電力の活用
- 第8回:スマートシティにおけるCO2削減の取組み
- 第9回:再生可能エネルギーにおける日本の課題
- 第10回:再エネ時代の次世代電力プラットフォームとは
- 第11回:ESG投資の観点から見る脱炭素化
- 第12回:脱炭素で注目すべきプレーヤーたち
- 第13回:カーボンニュートラル実現に向けた資金調達
- 第14回:スタートアップ「クリーンテック」投資の動向
- 第15回: 再エネ比率100%を実現する方法とは
- 第16回:カーボンプライシングへの備え
- 第17回:脱炭素化におけるオープンイノベーション
- 第19回:AI×脱炭素 ~新規事業開発のポイント
- 第20回:持続可能な未来へ向けた挑戦