本連載は、日経産業新聞(2021年10月~11月)に連載された記事の転載となります。以下の文章は原則連載時のままとし、場合によって若干の補足を加えて掲載しています。
効果的な脱炭素経営とは
日本は2006年度から地球温暖化対策推進法(温対法)に基づき、一定の温暖化ガスを排出する事業者に排出量の報告を義務付けました。対象企業は再生可能エネルギー電力への切り替えや省エネ機器購入など排出量削減に力を入れてきましたが、非対象企業との間では温度差もありました。しかし、気候変動の国際的な枠組み「パリ協定」が2020年から本格始動したことや政府の「カーボンニュートラル宣言」などが契機となり、潮目が変わってきています。
なかでも大きな変化が、世界の投資家の目が厳しくなったことです。今や上場企業は排出状況や削減目標の有無を外部機関から企業価値を評価するのに利用され、排出量の測定・算定と削減マネジメントが重要な企業戦略になりつつあります。
測定・算定と削減の範囲は自社業務範囲にとどまりません。川上・川下にあたる原材料調達や製品の加工、輸送・配送から廃棄までサプライチェーン全体の削減が求められています。すなわち、大企業の供給網上にある中小・零細企業も対応が必要となります。
企業単位だけではなく、商品ごとに製造から廃棄まで製品ライフサイクル全体の排出量を算定する動きもあります。ただ、製品単位での排出量の算定を、従来のような社内帳票を収集・集計するといった手作業でするのでは手間がかかります。このため、欧州ではIoTを活用し、部品の製造過程から排出量を算定する実証実験をスタートアップ企業と進める試みも行われています。
日本でも先端技術やデジタル技術により高度化・効率化する動きが出てきています。具体的にはクラウド上でデータの収集・排出量算定から帳票出力まで一括してできるサービスや人工知能(AI)により費用対効果の高い削減施策の仮説を立て、シミュレーションを行うサービスなどです。実際に導入している日本企業はまだ少ないですが、大手ソフトウェア企業や国内外のスタートアップ企業が提供し始めています。
排出量削減にはコストが嵩みますが、再エネ・省エネなどにより排出量を削減した場合、排出枠(カーボン・クレジット=環境価値)として売ることで収益を上げることも可能です。経済産業省は排出枠を国内で取り引きする「カーボン・クレジット市場」の創設に向けて2022年に実証実験を開始する予定です。大規模な取引市場に参加する事前準備として、まずは自社の排出量の把握から始めてみるということも検討できるでしょう。海外では排出枠を取引きするプラットフォームを運営するスタートアップ企業も登場し、投資家から資金を集めています。
効果的な脱炭素経営を進めるには、企業はどうすればよいのでしょうか。それには排出量の算定・管理といった入り口から、目標設定や削減施策の立案、クレジット化といった出口まで、経営戦略に照らした一貫性が重要となります。さらにITを活用し、環境部門や総務部門、経営企画部門など部署ごとの個別最適化を解消し、全体最適化することが欠かせません。
執筆者
KPMGコンサルティング
シニアコンサルタント 馬渕 裕貴
日経産業新聞 2021年10月29日掲載(一部加筆・修正しています)。この記事の掲載については、日本経済新聞社の許諾を得ています。無断での複写・転載は禁じます。
展望・脱炭素ビジネス
- 第1回:エネルギー業界におけるイノベーション創出の必要性
- 第2回:スタートアップ企業によるエネルギー開発の取組み
- 第3回:エネルギー媒体として期待される「水素・アンモニア」の可能性と課題
- 第4回:次世代原子力発電技術の取組み
- 第5回:CO2削減に向けたテクノロジー ~CCSとCCUS
- 第7回:エネルギーの地域内循環に向けた熱と電力の活用
- 第8回:スマートシティにおけるCO2削減の取組み
- 第9回:再生可能エネルギーにおける日本の課題
- 第10回:再エネ時代の次世代電力プラットフォームとは
- 第11回:ESG投資の観点から見る脱炭素化
- 第12回:脱炭素で注目すべきプレーヤーたち
- 第13回:カーボンニュートラル実現に向けた資金調達
- 第14回:スタートアップ「クリーンテック」投資の動向
- 第15回: 再エネ比率100%を実現する方法とは
- 第16回:カーボンプライシングへの備え
- 第17回:脱炭素化におけるオープンイノベーション
- 第18回:脱炭素化に向けた組織変革とは
- 第19回:AI×脱炭素 ~新規事業開発のポイント
- 第20回:持続可能な未来へ向けた挑戦