本連載は、日経産業新聞(2021年10月~11月)に連載された記事の転載となります。以下の文章は原則連載時のままとし、場合によって若干の補足を加えて掲載しています。
エネルギー戦略としての「水素・アンモニア」
利用時に二酸化炭素(以下、CO2)を出さないエネルギー媒体として水素やアンモニアへの期待が高まっています。東京五輪・パラリンピックの大会車両に水素を使う燃料電池車両(FCV)が導入され、開会式の聖火が水素で点火されるなど、水素エネルギーが大々的に活用されたことは記憶に新しいと思います。
2050年のカーボンニュートラルに向けた政府の「グリーン成長戦略」で成長が期待される主要14分野の1つに水素・燃料アンモニア産業が挙げられ、また、欧州委員会も2020年に新たな水素戦略を発表しています。今回は水素とアンモニアの可能性や課題について解説します。
水素はほかのエネルギーで製造する2次エネルギーであり、エネルギーを貯める・輸送する手段として発電・産業・運輸など幅広い分野で活用が期待されています。
しかし、水素がすべてクリーンというわけではありません。化石燃料が原料で製造時にCO2の排出を伴うものを「グレー水素」、化石燃料を使いCO2を製造途中で回収した場合は「ブルー水素」、再生エネルギーで水を電気分解しCO2の排出を伴わないものを「グリーン水素」として区別しています。水素による脱炭素化は製造から輸送、利用まで水素サプライチェーン全体のCO2排出量を考慮する必要があるのです。
水素の製造面での課題はコストと言えます。グリーン水素を作る水の電気分解にこれまでは高価な希少金属が触媒として必要でしたが、低コストにするため、安価な材料を使う新たな触媒の開発が世界で進んでいます。また、輸送面にも課題があります。再エネによる電力供給に限界のある日本が水素を大量に使うには海外調達する必要があるため、運搬船の大型化などによる水素輸送・貯蔵コスト低減が求められています。
水素の利用法として、燃料電池、石炭の代わりに水素を使う「水素還元製鉄」などのほか、水素とCO2を反応させて作る液体合成燃料「e-fuel」があります。e-fuelを燃焼させる際に発生するCO2は、原料のCO2が回収したものであれば相殺され、e-fuelは既存のタンクローリーなどの供給インフラやエンジンなどの内燃機関を有効活用できるほか、バイオ燃料と異なり工業的な量産が可能なため、化石燃料から置き換えれば、CO2の排出量を抑える効果が見込まれます。
水素と窒素から作るアンモニアは、水素の輸送手段としての役割や、CO2を排出しないクリーンな燃料としての役割を持っています。アンモニアの輸送には既存のタンカーが活用でき、水素に比べて輸送コストが低いことが特徴です。製造や輸出の供給拡大に向け、グリーンアンモニアのサプライチェーン構築の動きが活発化しています。
ただ、現状でアンモニアの主な用途は火力発電に限られ、その燃やし方も石炭と混ぜて使う「混焼」にとどまっています。このため、混焼割合の向上やアンモニアだけを燃やす「専焼化」に向けて実証実験が進められています。将来的には発電だけでなく、電動化が難しい船舶の燃料として直接燃焼できるエンジンの開発も期待されています。
【グリーン水素の製造・利用イメージ】
執筆者
KPMGコンサルティング
シニアコンサルタント 井上 月菜
日経産業新聞 2021年10月26日掲載(一部加筆・修正しています)。この記事の掲載については、日本経済新聞社の許諾を得ています。無断での複写・転載は禁じます。
展望・脱炭素ビジネス
- 第1回:エネルギー業界におけるイノベーション創出の必要性
- 第2回:スタートアップ企業によるエネルギー開発の取組み
- 第4回:次世代原子力発電技術の取組み
- 第5回:CO2削減に向けたテクノロジー ~CCSとCCUS
- 第6回:排出量管理を最先端デジタル技術で高度化・効率化
- 第7回:エネルギーの地域内循環に向けた熱と電力の活用
- 第8回:スマートシティにおけるCO2削減の取組み
- 第9回:再生可能エネルギーにおける日本の課題
- 第10回:再エネ時代の次世代電力プラットフォームとは
- 第11回:ESG投資の観点から見る脱炭素化
- 第12回:脱炭素で注目すべきプレーヤーたち
- 第13回:カーボンニュートラル実現に向けた資金調達
- 第14回:スタートアップ「クリーンテック」投資の動向
- 第15回: 再エネ比率100%を実現する方法とは
- 第16回:カーボンプライシングへの備え
- 第17回:脱炭素化におけるオープンイノベーション
- 第18回:脱炭素化に向けた組織変革とは
- 第19回:AI×脱炭素 ~新規事業開発のポイント
- 第20回:持続可能な未来へ向けた挑戦