本連載は、日経産業新聞(2021年10月~11月)に連載された記事の転載となります。以下の文章は原則連載時のままとし、場合によって若干の補足を加えて掲載しています。

脱炭素に関する産学官民連携の取組み

2050年までに温暖化ガス排出量の実質ゼロを目指すには従来の技術や発想を大きく超えた取組みが求められます。ただ、一企業で進めるには限界があるものも多く、外部の技術や知見を生かすオープンイノベーションの考え方が有効になってきます。ほかの領域と比べて長期的な視野も必要なだけに、基礎研究分野を中心に大学との連携が特に重要になってくるでしょう。
大学側でも脱炭素の知見の共有体制を強化しています。その1つが文部科学省、経済産業省、環境省の主導で2021年7月に全国の国公私立大学が中心となって発足した組織「カーボンニュートラル達成に貢献する大学等コアリション(連合)」です。国の研究所なども含め発足時点で188機関が参加しています。同組織は「ゼロカーボン・キャンパス」「地域ゼロカーボン」「国際連携・協力」など5つのミッションを掲げており、そのなかで企業が注目すべきなのは「イノベーション」と「人材育成」でしょう。

「イノベーション」では、研究開発と社会実装の推進のための産学官民連携を強化することを目指しており、新たな連携の枠組みや、新たな技術や価値観、行動様式創出のための幅広い分野の研究者らが議論する場などの創設を検討します。
「人材育成」では、カーボンニュートラル人材を育成することを目指しており、脱炭素人材の在り方、大学間連携による共同教育プログラムなどの創設、企業・自治体・大学などの間の人材交流の推進などを計画しています。
対象を技術に限定していないのもこの組織の特徴です。「脱炭素の実現には技術イノベーションのみならず経済社会イノベーションが不可欠であり、そのためには人文社会科学から自然科学までの幅広い知見が必要」としており、さまざまな分野の研究者が参加します。

企業として大学と連携する上での課題は何でしょうか。その1つに個別の研究室との関係は築けているが、広く大学の技術(シーズ)へアクセスし、事業推進に必要な技術を見極めるところまで至っていないという点があります。大学側も、文科省主導で「オープンイノベーション機構(OI機構)の整備事業」を進めています。同機構は大学のシーズを横断的に把握し、企業ニーズとマッチングする組織です。スムーズにマッチングするため専門的知見を持つ実務家を配置しさまざまな工夫をしています。
OI機構内で領域横断の文理融合プロジェクトを推進している大学も存在します。人文社会科学の知見を生かしたイノベーションの手法や知見を深掘りするとともに、技術を商業化する際の方向性の検討を自然科学系の教授と連携して行うというものです。
技術の商業化を検討するには「エフェクチュエーション」の考え方が有効です。これは小さな実証事業による試行錯誤で成功を積み重ね、市場や環境の変化があれば柔軟に方向転換し、新たな方向に向けて動くというものです。「鳥の目」と「虫の目」を併用して複眼的に物事を見ていく文理融合的な考え方が有効な領域です。

脱炭素関連市場の変化に対応するには、経済社会的な視点で技術の位置付けを時折、立ち返って考えることが必要と言えるでしょう。その観点でも脱炭素のイノベーションを実現させるにあたり、人文社会科学と自然科学の知見を融合させることは、きわめて重要と考えます。

執筆者

KPMGコンサルティング
シニアマネジャー 渡邊 崇之

日経産業新聞 2021年11月17日掲載(一部加筆・修正しています)。この記事の掲載については、日本経済新聞社の許諾を得ています。無断での複写・転載は禁じます。

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