アップデート!非財務情報開示の今 第13回 非財務情報の開示を巡る国内外の動向(2023年4月~6月の動向)
「週刊経営財務」(税務研究会発行)3616号(2023年8月7日)に「アップデート!非財務情報開示の今 第13回 非財務情報の開示を巡る国内外の動向(2023年4月~6月の動向)」に関するあずさ監査法人の解説記事が掲載されました。
「週刊経営財務」(税務研究会発行)3616号(2023年8月7日)にあずさ監査法人の解説記事が掲載されました。
この記事は、「週刊経営財務3616号」に掲載したものです。発行元である税務研究会の許可を得て、あずさ監査法人がウェブサイトに掲載しているものですので、他への転載・転用はご遠慮ください。
1.はじめに
本連載企画「非財務情報の開示を巡る国内外の動向」では、国内外の非財務情報に関する最新動向について四半期を目途に解説を行っている。本稿では、2023年4月から6月の動向について、以下に焦点を当てて解説する。
(国内の動向)
- 「新しい資本主義のグランドデザイン及び実行計画」2023改訂版の閣議決定
- 金融庁による重要な契約の開示に関する「企業内容等の開示に関する内閣府令」等の改正案(以下「開示府令案」という。)の公表
- 金融庁による「サステナブルファイナンス有識者会議 第三次報告書」の公表
(国際的な動向)
- 国際サステナビリティ基準審議会(以下「ISSB」という。)による今後2年間のアジェンダの優先度に関する公開協議の開始
- ISSBによる協議文書「SASB スタンダードの国際的な適用可能性を向上させるためのメソドロジーおよび SASB スタンダード・タクソノミのアップデート」の公表
- ISSBによるIFRS®サステナビリティ開示基準 S1号及びS2号の最終版の公表
- 欧州委員会による欧州サステナビリティ報告基準(以下「ESRS」という。)に係る最終草案の公表
なお、本文中の意見に関する部分は筆者の私見であることを予めお断りする。
2.「新しい資本主義のグランドデザイン及び実行計画」2023改訂版の閣議決定
(1)概要
「新しい資本主義のグランドデザイン及び実行計画」は、成長と分配の好循環を目指す政府の実行計画であり、岸田政権の経済政策の要である。昨年6月の閣議決定以降、これに基づく具体的政策が進められてきたが、この1年間で明らかになった課題等を踏まえ、改訂版が2023年6月16日に閣議決定された。
改訂版の考え方として、以下が示されている。
「新しい資本主義を通じて、官民が連携し、社会課題を成長のエンジンへと転換することで、経済の付加価値を高めつつ、企業が上げた収益を労働者に分配し、消費も企業投資も伸び、更なる経済成長が生まれるという成長と分配の好循環を成し遂げ、分厚い中間層を復活させていく。」 |
改訂版では、三位一体の労働市場改革1を通じた「構造的賃上げの実現」により、賃金と物価の好循環につなげていくという考え方が打ち出されるなど、随所でアップデートが見られる。以下では、ESGに関連する箇所について、取り上げる。
(2)ESG関連
「VI.社会的課題を解決する経済社会システムの構築」の中で、以下の考え方が示されており、前年度の考え方が踏襲されている。
- 社会面、環境面での責任(人的資本・人権、気候変動、ダイバーシティ等)を企業が果たすことが、事業をサステナブルに維持していくためには不可欠である。
- 個社の短期的収益を重視する視点から、社会的価値を重視する視点への転換を図り、金銭的リスク・リターンに加え社会面・環境面のインパクトを考えることで、外部不経済を資本主義に取り込み、マルチステークホルダー型企業社会を推進する。
- 社会的課題を解決していく仕組みを経済社会の中にビルトインしていく。
また、個別のESG課題に関連して、以下の内容が含まれている。
1.人的資本への投資
「III.人への投資・構造的賃上げと「三位一体の労働市場改革の指針」」において、人的資本こそが企業価値向上の鍵との認識のもと、企業内の人事・賃金制度改革を進め、国際的にも競争力のある労働市場を形成していく等の考え方が示されている。情報開示に関連するところでは、以下が示されている。
- 給与制度や雇用制度の考え方、状況を資本市場や労働市場に対して可視化するため、情報開示を引き続き進める。
- 有価証券報告書や統合報告等における人的資本の効果的な情報開示(可視化)するための手引きである「人的資本可視化指針」(内閣官房 非財務情報可視化研究会 2022年8月)を年内に改訂する。
また、「IV.資産所得倍増プランと分厚い中間層の形成」において、雇用者の資産形成を支援する取組を積極的に情報開示するように企業に促していく2という文脈において、以下の考え方が示されている。
- 「人的資本可視化指針」の普及に取組み、人的資本への効果的な投資を加速させる。さらに、中長期的な企業価値の向上に向け、人的資本に関する開示ルールの整備やサステナビリティ情報の開示の充実を推進する。また、人的資本の開示に係る国際ルールの形成に向けた議論に積極的に貢献していく。
2.男女の賃金差異
「III.人への投資・構造的賃上げと「三位一体の労働市場改革の指針」」 では、「多様性の尊重と格差の是正」も重点事項として挙げられている。とりわけ、情報開示に関連するところでは、以下が示されている。
- 現行制度上、女性活躍推進法に基づき、男女の賃金差異の開示が義務化されている(労働者301人以上の事業者を対象に2022年7月施行)が、その開示義務対象を労働者101人から300人までの事業主に拡大することの可否についての方向性を得るため、開示義務化の施行後の状況をフォローアップする。
3.コーポレートガバナンス改革
「VII.資産所得倍増プランと分厚い中間層の形成」において、金融資本市場の活性化の取組みの1つとして、企業の持続的な成長と中長期的な価値向上を図るという観点から、以下の考え方が示されている。
- 金融庁から公表されているコーポレートガバナンス改革の実質化に向けたアクション・プログラム3を踏まえ、収益性・成長性やサステナビリティを意識した経営や、企業と投資家との建設的な対話を促し、こうした取組についてのフォローアップをする。
3.金融庁による重要な契約の開示に関する開示府令案の公表
現行制度上、企業が「重要な契約」を締結している場合、有価証券報告書では【経営上の重要な契約等】にその概要を記載することが求められている。しかしながら、その開示が諸外国と比較し不十分であることが従来より指摘されてきた。この点、2022年6月に公表された「金融審議会 ディスクロージャーワーキング・グループ報告」では、個別分野における「重要な契約」について、開示すべき契約の類型や求められる開示内容を具体的に明らかにすることで、適切な開示を促すことが提言された。
これを踏まえ、金融庁は、有価証券報告書及び有価証券届出書(以下「有価証券報告書等」)及び臨時報告書の記載事項を改正する開示府令案を公表した(コメント期限:2023年8月10日)。
本改正案において、主に図表1の開示を求めることが提案されている。
図表1:開示府令案における「重要な契約」に関する開示要求事項
個別分野 | 契約の類型 | 開示要求事項 |
---|---|---|
(1)企業・株主間のガバナンスに関する合意 | 提出会社が、提出会社の株主との間で以下のガバナンスに影響を及ぼし得る合意を含む契約を締結している場合 (a)役員候補者指名権の合意 (b)議決権行使内容を拘束する合意 (c)事前承諾事項等に関する合意 |
<有価証券報告書等>
|
(2)企業・株主間の株主保有株式の処分・買増し等に関する合意 | 提出会社が、提出会社の株主(大量保有報告書を提出した株主その他の重要な株主)との間で、以下の株主保有株式の処分等に関する合意を含む契約を締結している場合 (a)保有株式の譲渡等の禁止・制限の合意 (b)保有株式の買増しの禁止に関する合意 (c)株式の保有比率の維持の合意 (d)契約解消時の保有株式の売渡請求の合意 |
<有価証券報告書等>
|
(3)ローン契約と社債に付される財務上の特約 | 提出会社又は連結子会社が、財務上の特約の付されたローン契約の締結又は社債の発行をした場合(※1)であって、その元本又は発行額の総額が連結純資産額の3%以上の場合 | <臨時報告書> (以下を記載した臨時報告書の提出が必要)
|
上記の財務上の特約に変更があった場合や財務上の特約に抵触した場合 |
|
|
上記のローン契約の終了又は社債の償還があった場合 |
|
|
提出会社又は連結子会社が、財務上の特約の付されたローン契約の締結又は社債の発行をしている場合であって、その残高(※2)が連結純資産額の10%以上である場合 | <有価証券報告書等>
|
※1:既に締結している契約や既に発行している社債に新たに財務上の特約が付される場合も含む。
※2:同種の契約・社債はその負債の額を合算する。
適用時期は、以下が予定されている。
- 有価証券報告書等:2025年3月期に係る有価証券報告書等から適用
- 臨時報告書:2025年4月1日以後提出される臨時報告書から適用
4.金融庁による「サステナブルファイナンス有識者会議第三次報告書」の公表
金融庁に設置された「サステナブルファイナンス有識者会議」では、新たな産業・社会構造への転換を促し、持続可能な社会を実現するための金融(サステナブルファイナンス)の推進を図る施策について、継続的に議論が行われてきた。
第一次報告書の公表以来、サステナビリティ情報の開示の充実、ESG評価・データ提供機関の行動規範の策定、金融商品取引業者向けの監督指針の改正、金融機関向けガイダンスの公表などの様々な施策の実行が進められている。
2023年6月30日に公表された「第三次報告書-サステナブルファイナンスの深化-」では、施策の大きな柱((1)企業開示の充実、(2)市場機能の発揮、(3)金融機関の投融資先支援とリスク管理、(4)その他の横断的課題)は維持しつつ、特にこの1年間の環境変化や施策の状況を取りまとめ、新たに認識された課題や論点を評価し、課題の全体像や方向性が改めて整理されている。
取組みの全体像として示されている項目は、図表2の通りである。
図表2:サステナブルファイナンスの取組みの全体像(項目)
項目 | 具体的な取組み |
---|---|
(1)企業開示の充実 |
|
(2)市場機能の発揮 |
|
(3)金融機関の投融資先支援とリスク管理 |
|
(4)その他の横断的課題 |
|
出所:金融庁「サステナブルファイナンス有識者会議第三次報告書」図1及び図2をもとに筆者作成
5.ISSBによる今後2年間のアジェンダの優先度に関する公開協議の開始
2023年5月4日、ISSBは、2024年間からの2年間における作業計画で優先すべき事項について意見を求める「情報要請(Request for Information)」を公表し、アジェンダ協議を開始した(コメント期限:2023年9月1日)。
ISSBは、2023年6月に最終化したIFRS S1号及びS2号の導入支援等を中心とした「基盤となる作業」に相当のリソースを割いたうえで、残りのリソースを2024年からの2年間に取り組むべき新たなプロジェクトに充てることを検討している。
アジェンダ協議では、以下の点について意見が求められている。
- ISSBの活動の戦略的方向性及びバランス
- どのサステナビリティ関連事項(トピック、業種、活動を含む)を優先し、作業計画に加えるかを評価する規準の妥当性
- ISSBの作業計画に加える新たなプロジェクト案(以下4つに関する進め方、優先度、範囲及び構成など)
|
ISSBは、寄せられたフィードバックについて、2023年9月から2024年3月の間に審議を行い、その後、それらへの対応と合意された2年間の作業計画を取りまとめ、フィードバック・ステートメントを公表する予定としている。
6.ISSBによる協議文書の公表
IFRS S1号では、開示対象とすべき「サステナビリティ関連のリスク及び機会」を識別するための情報源として、SASBスタンダードを考慮することが要求される。もともと、SASBスタンダードは、米国のサステナビリティ会計基準審議会(SASB)が2018年に一組のものとして公表した基準であるが、その後、組織統合を経て4、現在はIFRS財団がSASBスタンダードの維持・向上等に関する受託責任を担っている。
このような経緯から、SASBスタンダードの中には、法域固有(特に、米国固有)の法令等に基づく指標等の開示が要求されているものがあるため、ISSBは、国際的な適用可能性を向上させることを目的として、SASBスタンダードを修正することを決定し、2023年5月11日に協議文書を公表した。
本協議文書では、気候関連以外のSASBスタンダードの国際的な適用可能性を向上させるにあたり、ISSBが用いるメソドロジーに関して、コメントを求めている(コメント期限:2023年8月9日)。
7.ISSBよるIFRSサステナビリティ開示基準 S1号及びS2号の最終版の公表
2023年6月26日、ISSBは、最初のIFRSサステナビリティ開示基準となる以下の2つの基準書を公表した。
- IFRS S1号「サステナビリティ関連財務情報の開示に関する全般的要求事項」
- IFRS S2号「気候関連開示」
IFRS S1号は、サステナビリティに関連する重要なリスクと機会に関する情報について、TCFD5提言に基づく4つの分野(「ガバナンス」「戦略」「リスク管理」「指標と目標」)にわたる開示のためのフレームワークを提供している。また、IFRS S2号は、特に気候関連リスクと機会に関する情報について、開示事項及び開示のための詳細なガイダンスを提供している。
(IFRS S1及びS2号に関する詳細な解説は、後日予定されている。)
IFRSサステナビリティ開示基準は、各国及び地域の規制当局の報告制度の礎となる、投資家に焦点を当てたサステナビリティ報告のためのグローバル・ベースラインとして位置づけられている。IFRS S1及びS2号は、2024年1月1日より開始する事業年度において適用するとされているが、これらが強制適用されるか、及びその場合の時期は、各国・地域の規制当局により検討され、決定される。
8.欧州委員会によるESRSに係る最終草案の公表
(1)概要
欧州委員会は、2023年6月9日に欧州サステナビリティ報告基準(ESRS)をEUの法令として採択するにあたっての最終草案を公表した(コメント期限2023年7月7日)。同草案は、2022年11月に欧州財務報告諮問グループ(EFRAG)より提出されたESRSの基準案について、EUの関連する当局等から示されたコメントを踏まえて、欧州委員会が修正を加えたものである。
EU域内の大企業及びほとんどの上場企業(EUの規制市場に上場するEU域外の企業を含む)は、2024年度以降、段階的にCSRD(Corporate Sustainability Reporting Directive)に基づき、ESRSを適用することが要求される6。
(2)EFRAGによる基準案(2022年11月)からの主な変更点
項目 | 主な変更点 |
---|---|
要求される開示 | ESRS 2「全般的開示」に基づく開示は引き続き要求するが、その他の基準における開示要求について開示すべきかどうかはマテリアリティの評価結果を踏まえて判断することとする。 |
段階的な適用 |
環境に関する財務影響の開示の適用について、全ての企業に対して段階的な適用を可能にするような追加の緩和措置を提供する。
従業員数が750人未満の企業に対し、社会、及び生物多様性に関する基準に基づく開示を含め、更なる緩和措置を提供する。 |
基準間の互換性(フレームワークとの整合性) | IFRSサステナビリティ開示基準との互換性を改善し、他の欧州法令との整合性を図るための修正を行う。 |
出所:KPMG Japan Insight Plus「ESRSの動向 欧州サステナビリティ報告基準の最終化に向けて」
(3)今後の予定
欧州委員会は、図表3の通り、8月末までに最終基準を採択することを予定している。その後、今後、欧州議会及び欧州理事会から特段の異議が示されない限り、CSRDの適用対象となる企業は、2024年1月1日以降開始する事業年度から、段階的にESRSを適用することが求められる(図表3参照)。
図表3:ESRSの適用に関する今後のステップ
9.おわりに
本稿では、2023年4月から6月における、非財務情報の開示に関する国内外の動向について概観した。とりわけ、ISSBによるS1号及びS2号の最終化は、世界中の資本市場におけるサステナビリティ関連開示の新たな時代の幕開けとされ、注目度が高い。今後、各国において当該基準の採用や適用開始日、各国固有の追加的な要求事項を上乗せするか否かが判断されていくものとみられる。
わが国においては、サステナビリティ基準委員会(SSBJ)がS1号及びS2号に相当する日本版S1号及びS2号を開発中であり、将来的には有価証券報告書の開示要求に取り込まれることが予定されている。ISSBによる基準の最終化により、国内の基準開発も加速していくものと見られ、今後のSSBJの審議動向にも注目されたい。
1 (1)リスキリング、(2)日本型職務給(ジョブ型)の導入、(3)成長分野への円滑な労働移動の3つの改革を一体的に取組むとする政策。
2 資産所得倍増プラン(内閣官房 新しい資本主義実現会議 2022年11月28日)。
3 「スチュワードシップ・コード及びコーポレートガバナンス・コードのフォローアップ会議」意見書(6)(2023年4月26日公表)。
4 SASBとIIRC(International Integrated Reporting Council)の合併により2021年6月に設立されたVRF(Value Reporting Foundation)は、2022年8月1日にIFRS財団に統合されている。
5 気候関連財務情報開示タスクフォース。
6 適用対象企業の範囲は、段階的に拡大され、最終的にはEU域内で大規模な事業活動をしているEU域外の親会社までその範囲に含まれる。
執筆者
有限責任 あずさ監査法人
開示高度化推進部 山田 桂子
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