アップデート!非財務情報開示の今 第6回 非財務情報の開示を巡る国内外の動向(2021年11月までの動向)

「週刊経営財務」(税務研究会発行)3536号(2021年12月20日)に「アップデート!非財務情報開示の今 第6回 非財務情報の開示を巡る国内外の動向(2021年11月までの動向)」に関するあずさ監査法人の解説記事が掲載されました。

「週刊経営財務」(税務研究会発行)3536号2021年12月20日)に「アップデート!非財務情報開示の今 第6回 非財務情報の開示を巡る国内外の動向(2021年11月までの...

この記事は、「週刊経営財務3536号」に掲載したものです。発行元である税務研究会の許可を得て、あずさ監査法人がウェブサイトに掲載しているものですので、他への転載・転用はご遠慮ください。

1.はじめに

本連載企画「非財務情報の開示を巡る国内外の動向」では、各月における国内外の非財務情報に関する最新動向について解説している。主に2021年11月を対象とする本稿では、COP26(国連気候変動枠組条約第26回締約国会議)において公表された国際サステナビリティ基準審議会(International Sustainability Standards Board, ISSB)(以下「ISSB審議会」という。)の設立とその関連情報を中心に解説する。
なお、本文中の意見にわたる部分は、筆者の私見であることを申し添える。

2.IFRS財団によるISSB審議会の設立の公表

現在、持続可能な社会の構築のため、各国・地域において多くの政策や枠組みが検討されており、多くの企業や投資家団体がそれぞれの立場からサステナビリティ課題に取り組んでいる。このような種々の取組みが最大限の効果を発揮するためには、サステナビリティに関連する情報が世界的に認知された高品質で一貫した方法で適切に報告されることが重要という認識が拡がっている。

2021年11月3日、グラスゴーで開催されていたCOP26において、IFRS財団評議員会は、上述の高品質なサステナビリティ開示基準の開発に向け、ISSB審議会を設立することを正式に公表した。以下、これまでの流れも踏まえ、ISSB審議会の設立に向けた動きについて解説する。

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3.ISSB審議会の設立

(1)目的

ISSB審議会の設立目的は、公共の利益に資するため、投資家の情報ニーズを満たす高品質なサステナビリティ開示基準の包括的で国際的なベースラインを開発することである。ISSB審議会の設立に先立ち、2020年9月にIFRS財団評議員会が公表した、サステナビリティに関する報告基準を開発するための審議会の設置に関する提案には、G20及び証券監督者国際機構(International Organization of Securities Commissions, IOSCO)をはじめ、各方面の関係者から広範な支持が表明されていた。

財務報告基準の世界では、すでにIASB審議会が、高品質で理解可能な、強制力のある財務報告基準であるIFRS®基準を開発し、2021年11月現在、世界で144の国・地域が導入、その他12の国・地域(日本を含む)がその適用を許容する等、大きな成果をあげている。サステナビリティ課題に関する開示についても、投資家の情報ニーズを満たす高品質で包括的なサステナビリティ開示基準が開発され、広く導入されることにより、情報の透明性、比較可能性が向上することが期待される。

(2)組織構成、拠点

ISSB審議会の創設に伴い、IFRS財団の定款が変更されている。改訂後の定款によれば、ISSB審議会は、IASB審議会と並列の位置づけで、独立したIFRSサステナビリティ開示基準の設定主体となる(図表1参照)。

図表1:IFRS財団とISSB審議会

図表1:IFRS財団とISSB審議会

出所:IFRS財団のウェブサイト ”Our Structure” を参考に筆者作成

ISSB審議会のボードメンバーは、原則14名であり、8名未満となってはならない。また、フルタイムでないメンバーは、全体の過半数を超えてはならないこととされている。ボードメンバーには、専門的知見と関連する領域での経験が求められ、会計士、財務諸表の作成者及び利用者、学者、規制当局等、様々なバックグラウンドと専門的能力・経験を有する人々から構成される予定である。地域別には、アジア・オセアニアから3名、欧州から3名、アメリカから3名、アフリカから1名、残りの4名については特に指定がなく、地理的に不均衡とならない限り、どの地域からでも選出可能とされている。

IFRS財団の公表によれば、ISSB審議会(と議長のオフィス)はフランクフルトに設置し、このフランクフルト事務所とモントリオール事務所が主要拠点となる予定である。また、サンフランシスコ事務所とロンドン事務所がテクニカルサポートや市場エンゲージメントを提供し、ステークホルダーとの関係を強化していく予定とされている。アジア・オセアニア地域の拠点として、北京と東京にも事務所を開設するかについて、検討が行われている。

(3)今後の予定

今後、ISSB審議会設立に向けて、議長及び副議長の指名が行われたうえで、2022年初頭からISSB審議会の業務が徐々に開始される予定である。また、本稿5.「IFRSサステナビリティ開示基準について」でご紹介する2つの基準のプロトタイプについては、公開協議を経て、2022年後半にISSB®基準書として公表される予定である。当該基準書の公表後は、IOSCOがエンドースメントを行うことが想定されており、これを踏まえて各国の証券監督当局が一定の措置を講ずることが期待されている。

4.IFRS財団とCDSB及びVRFとの統合

COP26においては、IFRS財団が2022年6月末までに、既存のサステナビリティ関連のフレームワーク及び基準設定主体であるCDSB(コラム1.参照)及びVRF(コラム2.参照)と統合し、1つの組織となることも公表されている。

サステナビリティに関する関心が高まるにつれて、サステナビリティ関連報告に関するフレームワークや基準が国内外で数多く開発され、その結果、多くのフレームワークや基準が存在することによる混乱も生じていた。しかし、近年、これらの混乱を低減するため関係する組織が連携する取組みが行われている。例として、サステナビリティ関連のフレームワークや基準の設定主体として広く認知されていた5団体(コラム3.参照)が主体となって開始されたコーポレート・レポーティング・ダイアログによる、それぞれの基準等における要求事項の類似点と相違点を整理し、整合性を向上させるための取組み(Better Alignment Project)等が挙げられる。ISSB審議会の設立やIFRS財団とCDSB及びVRFの統合等を契機として、こうした流れがさらに加速していくことが期待される。

コラム1. CDSB(Climate Disclosure Standards Board)
2007年1月に設立された、ビジネス及び環境関連の非政府組織(NGO)による国際的なコンソーシアムである。企業の気候変動やその他環境・自然資本等に関する情報開示の標準化を目指してCDSBフレームワーク(CDSB Framework for reporting environmental & climate change information)を策定している。

 

コラム2. VRF(Value Reporting Foundation)
2020年11月に、国際統合報告評議会(International Integrated Reporting Council(以下「IIRC」という。))とサステナビリティ会計基準審議会(Sustainability Accounting Standards Board(以下「SASB」という。))が合併してできた組織である。IIRCは、企業が統合思考に基づき、統合報告書を作成する際に参照する国際統合報告フレームワークを策定し、SASBは、企業財務に影響を与えると考えられるサステナビリティ事項に関する報告事項と指標(metrics)を定めた業種別の基準(77業種)を策定している。

VRFは、「統合報告フレームワーク」は業種に共通して適用される原則を示している一方、「SASB基準」は業種に固有の報告事項を定めており、両者を一緒に利用することにより企業による報告の質が改善されるとしている。

 

コラム3. CDP、CDSB、GRI、IIRC、SASBの5団体による協働
コラム1.及び2.で紹介したCDSB 、IIRC及びSASBに、以下の2つの団体を加えた5団体による協働。2020年9月に協働作業を進めていく旨の共同声明文書を公表したほか、2020年12月には、この取組みの第1弾として、気候関連の財務報告基準プロトタイプを例示した企業価値報告に関する文書を公表した。

  • CDP(旧称:Carbon Disclosure Project)
    他の団体のように基準やフレームワークを作成しているわけではないものの、世界各国の企業に対して、気候変動、水セキュリティ、森林、サプライチェーン等に関する質問票を送付し、その結果に基づきスコアリングを行うという取組みを通じて、実質的に企業等に情報開示基盤を提供し、投資家等が求める適切な情報開示を促進している。
  • GRI(グローバル・レポーティング・イニシアティブ、 Global Reporting Initiative)
    企業が経済、環境、社会に与えるプラス及びマイナスのインパクトについて報告するための包括的な基準であるGRIスタンダードを公表している。GRIスタンダードは、サステナビリティに関する報告を作成するすべての企業に適用される共通スタンダードと、企業が自社にとってマテリアルである項目を選択して適用する経済・環境・社会の項目別スタンダードから構成されている。

5.IFRSサステナビリティ開示基準について

(1)ISSB審議会が開発する基準の特徴

ISSB審議会は、TRWG(Technical Readiness Working Group、コラム4.参照)の作業成果に基づき、今後、図表2に示すように、サステナビリティ情報の開示に関する全般的な要求事項を定めた基準と、気候変動等のテーマ別の基準及び業種別基準を開発する予定とされている。

図表2:ISSB審議会が開発する基準の構成(TRWGによる提案)

図表2:ISSB審議会が開発する基準の構成(TRWGによる提案)

出所:IFRS財団 “Summary of the Technical Readiness Working Group’s Programme of Work” を参照して作成

コラム4. TRWG
TRWGとは、ISSB審議会の設置後、直ちに基準開発が進められるように技術的な準備を行うために設置された作業グループであり、IFRS財団の主催により、CDSB、IASB審議会、VRF、TCFD及び世界経済フォーラム(WEF)がメンバーとして参加している。また、証券監督者国際機構(International Organization of Securities Commissions, IOSCO)及び国際公会計基準審議会(International Public Sector Accounting Standards Board, IPSASB)がオブザーバーとなっている。TRWGにおいて検討された内容については、本連載非財務情報の開示を巡る国内外の動向(2021年10月の動向)」を参照。

ISSB審議会が開発する基準は、投資家の情報ニーズを踏まえた包括的なベースラインとなるものを想定している。ISSB審議会による基準を採択する国・地域においては、自国及び当該地域の投資家以外のステークホルダーの情報ニーズも踏まえ、ISSB審議会が開発するサステナビリティ開示基準に独自の開示要求事項を上乗せして運用していく形となっていくことが想定されている。

IFRS財団は、COP26におけるISSB審議会の設立公表と同時に、サステナビリティに関連する財務情報の全般的な開示に対する要求事項を定めた基準(以下「全般的な開示基準」という。)のプロトタイプ及び気候変動に関する開示基準(以下「気候変動開示基準」という。)のプロトタイプを公表している。以下、その概要について説明する。

(2)全般的な開示基準(プロトタイプ)の構成と主な特徴

全般的な開示基準(プロトタイプ)は、2020年12月に5団体から公表された基準のプロトタイプ(コラム3.参照)を基礎として作成されている。また、IASB審議会が公表しているIAS第1号「財務諸表の表示」の内容を組み込むとともに、TCFD(Task Force on Climate-related Disclosure、金融安定化理事会により設置された気候関連財務情報開示タスクフォース)による提言と整合したものとなっている。

全般的な開示基準の目的は、経済的資源を企業に提供すべきか否かの意思決定に有用である企業のサステナビリティに関連するリスク及び機会に係る重要性がある(material)情報を、一般目的の財務報告の利用者に対して提供することを企業に要求することである。この目的達成のため、全般的な開示基準(プロトタイプ)には、以下の点が盛り込まれている。また、全般的な開示基準(プロトタイプ)で示されている主な項目は、図表3のとおりである。

  • 企業の重要性があるサステナビリティに関するリスク及び機会に関する完全で、中立的であり正確な記述の開示
  • 重要性(マテリアリティ)の定義
    ※ 全般的な開示基準(プロトタイプ)においては、「情報は、それを省略したり、誤って表示したり、または不明瞭に表示したりした場合に、一般目的の財務報告書の主な利用者が当該報告書に基づいて行う意思決定に影響を及ぼす可能性があると合理的に予想される場合、重要性がある」としており、IASB審議会が公表している「財務報告に関する概念フレームワーク」における記述と整合した定義としている。
  • 重要な(significant)サステナビリティ関連リスク及び機会の開示に関する一貫したアプローチの採用(企業のガバナンス、戦略、リスク管理、指標と目標の4つの柱-図表2参照)
  • 比較可能で他の情報との整合性のある情報の提供に資する要求事項及びガイダンス

図表3 全般的な開示基準(プロトタイプ)で示されている主な項目

区分 項目
概念的要素の適用
  • 重要性(マテリアリティ)
  • 報告企業のバウンダリー
  • 他の情報との整合性
一般的な特徴
  • ガバナンス
  • 戦略
  • リスク管理
  • 指標と目標
  • 比較情報
  • 報告の頻度
  • 報告の経路
  • 関連する財務諸表の識別
  • 財務データ及び仮定の利用
  • 適正表示の達成
  • 会計上の見積りの理由、及び不確実性
  • 誤謬
  • 準拠の宣誓
  • 適用日

    

(3)気候変動開示基準(プロトタイプ)の構成と主な特徴

気候変動開示基準(プロトタイプ)は、TCFDによる提言を組み込み、2020年12月に5団体から公表された気候関連財務開示基準のプロトタイプ(コラム3.参照)を基礎として作成されており、図表3にあるように、TCFDによる提言に基づく4つの柱(ガバナンス、戦略、リスク管理、指標及び目標)を中心に構成されている。当該プロトタイプには、付録BとしてSASB基準における業種ごとの開示要求事項が含まれており、これらも基準の一部を構成し、強制力のある要求事項となっている。また、当該業種別開示要求事項の詳細が、581ページにわたる補足文書(“Supplement:Technical Protocols for Disclosure Requirements”)として別途公表されている。
気候関連開示基準(プロトタイプ)は、一般目的の財務報告の利用者が、企業の以下の事項について評価することができる情報を提供することを要求事項としている。

  • ガバナンス
    企業が気候関連のリスク及び機会をモニターし管理するための、ガバナンスのプロセス、コントロール及び手続
  • 戦略
    将来の短・中・長期にわたる企業のビジネスモデル及び戦略を強化し得る、または脅かし得る、あるいは変化させ得る気候関連のリスク及び機会
  • 気候関連のリスク及び機会が企業のビジネスモデルに及ぼす現在の影響及び予想される影響
  • 気候関連のリスク及び機会に関する情報が経営者による戦略及び意思決定(移行計画を含む)に及ぼすインパクト
  • 気候関連のリスク及び機会が企業の財政状態、経営成績及びキャッシュフローに及ぼすインパクト(当期末のインパクト及び短・中・長期の将来において予想されるインパクト)
  • 企業の戦略の気候関連リスク(移行リスク・物理的リスク)に対するレジリエンス(シナリオ分析に関する開示を含む)
  • リスク管理
    気候関連のリスク及び機会の識別、評価、管理及び削減方法
  • 指標及び目標
    気候関連のリスク及び機会に関する企業の経時的なパフォーマンスを管理しモニターするための指標及び目標

※ 気候関連開示基準(プロトタイプ)においては、全業種について、TCFDが2021年10月に公表した「気候関連指標・目標及び移行計画に関するガイダンス」における7つのカテゴリー(Scope1、2、3を含む温室効果ガス排出量、移行リスク、物理的リスク、気候関連の機会、資本的支出や資金調達、内部炭素価格、報酬)に関する開示要求も示されている。

6.おわりに

本稿では、ISSB審議会の設立と、全般的な開示基準及び気候関連開示基準の2つのプロトタイプの概要について概観した。サステナビリティ関連の情報ニーズが高まる中、高品質で包括的な開示基準を早期に開発することが期待されており、ISSB審議会は、全般的な開示基準及び気候関連開示基準について、2022年の早い段階で公開草案を公表することを想定している。

今回ご紹介した2つのプロトタイプは、「プロトタイプ」と呼ばれているものの、既存のフレームワークや基準、TCFDの提言を踏まえて作成されたものであり、完成度が高いものとなっている。このため、プロトタイプを読み込むことにより、今後の方向性について理解し、必要に応じて検討を開始することをお勧めしたい。

執筆者

有限責任 あずさ監査法人
パートナー 公認会計士
辻野 幸子(つじの さちこ)

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