アップデート!非財務情報開示の今 第1回 非財務情報の開示を巡る国内外の動向(2021年6月までの動向)
「週刊経営財務」(税務研究会発行)3516号(2021年07月26日)に「アップデート!非財務情報開示の今 第1回 非財務情報の開示を巡る国内外の動向(2021年6月までの動向)」に関するあずさ監査法人の解説記事が掲載されました。
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この記事は、「週刊経営財務3516号」に掲載したものです。発行元である税務研究会の許可を得て、あずさ監査法人がウェブサイトに掲載しているものですので、他への転載・転用はご遠慮ください。
1.はじめに
最近、サステナビリティ課題への対応が世界的な関心事となっており、「ESG」※1という言葉を耳にしない日はない程になっている。サステナビリティ課題の中では、気候変動に関する課題が特に注目されているが、気候変動リスクへの対応だけをとっても、政府部門からの資金では課題の解決のために十分でなく、民間資金を如何に効果的に活用しうるかが大きなテーマとなっている。
こうした背景の下、金融セクターにおける投資プロセスにおいてESGの要素が効果的に考慮され、サステナブルな経済活動やプロジェクトに対してより長期的な投資がされるサイクルを確立することが重要となっており、「サステナブルファイナンス」が注目されている。また、サステナブルファイナンスを効果的に機能させるための手段として、投資判断の基礎となる「サステナビリティ情報」をどのように、より有用なものとしうるかについて様々な議論が進められている。
気候変動リスクへの対応をはじめとして、サステナビリティ課題への対応には時間の猶予がなく、国内外において政策当局が矢継ぎ早に対応を示している。企業の経理・財務に携わる者にとっても、ESGやサステナビリティ情報の開示に対して無関心でいられる余地は最早ないが、他方でこの分野は動きのスピードが非常に速く、今日知っている情報が明日には古くなってしまうといっても過言でない。また、サステナビリティ課題に関する情報は、財務諸表をはじめとする財務情報の一部という位置づけでなく、非財務情報の開示という媒体で提供されることが多い。
このため、「非財務情報の開示を巡る国内外の動向について」というテーマで、今後6回程度にわたって、各月における直近の動向を解説していく。今回は、連載企画の初回ということで、2020年後半頃から2021年6月までの主な動向について紹介する。なお、本文中の意見に関する部分は、筆者の私見であることを申し添える。
2.サステナビリティ情報の開示を巡る主なプレーヤー
サステナビリティ情報の開示を巡っては、まず投資判断に関連する一連のプロセス(インベストメント・チェーン)において、各関係主体がどのような役割を果たすかを理解する必要がある。サステナビリティ情報の開示を巡る一連のプロセスは、図表1のように表すことができる。
図表1:サステナビリティ情報の開示を巡る一連のプロセス
以下において、図表1における主体のうち、特に開示制度に影響力が強い政府/規制当局と基準設定主体による国際的な動向に焦点を当てて解説したうえで、国内の動向について概観する。
3.政府/規制当局による国際的な動向
(1)概要
サステナビリティ情報の開示に関する取組みは、前述のとおり、気候変動リスクをはじめとするサステナビリティ課題の解決の目的において進められているといえる。このため、情報開示の枠組みの検討にあたっては、財務情報の開示で主な想定利用者とされていた投資家への情報提供に加えて、経済・環境・社会に対するインパクトも考慮した広範なステークホルダーへの情報提供という観点も併せて検討されるケースが多い。このようにサステナビリティ情報は、複数の想定利用者を念頭において複数の目的で情報開示が検討されることから、「ダブル・マテリアリティ」※2 の考え方が採用されているといわれることがある。
(2)EUにおける動向
サステナビリティ情報の開示について国際的に最も先進的な動きを見せているのはEUではないだろうか。EUでは、2014年に欧州委員会が非財務情報の報告に関する指令(Non-Financial Reporting Directive)(以下「NFRD」という。)を採択しており、これに従った開示要求が各国で定められていた。EUにおいて、「Directive(指令)」は欧州委員会が公表しただけでは効力をもたず、各国で指令を踏まえた法制化がされて初めて発効する仕組みとなっている。
2014年に公表されたNFRDは、当時においては先進的なものであったが、その後におけるサステナビリティに関する課題の重要性の高まりを踏まえ、主に以下のような指摘がされていた。
- 報告が要求される対象会社が限定的すぎる。
- 報告事項が一部のE・S要素に限定されており、十分でない。例えば、無形の価値(人的資本、ブランド、知的財産、研究開発に関する無形の資産)が開示要求の対象となっていない。
- 要求される情報の粒度が十分に詳細でないため、開示情報の比較可能性が十分でなく、情報ニーズも一様でない。また、2014年以後に公表されたEUレベルの規制(Taxonomy RegulationやSustainable Finance Disclosure Regulation)による情報ニーズを充足することができない。
- NFRDに基づく情報は、殆どの場合、PDF形式で情報が提供されているため、データの収集・加工に手間が掛かる。
- NFRDに基づいて開示される情報の多くは第三者による検証がされていないため、報告される情報が十分に信頼できるものでない。
図表2:CSRD(案)の概要
CSRD(案)は、今後、EU議会や閣僚理事会との協議を経た上で、2022年前半に最終化されることが予定されている。この場合、企業は、2023年度の事業年度から指令に従った報告(単体・連結ベース)が要求されることが想定されている。この場合、日本企業にとってもEU所在の現地法人における実務に影響が生じるほか、仮にEUに所在する規制市場に株式や債券が上場している場合、企業及び企業集団全体として指令に準拠した報告をする義務を負うことになる。
また、CSRDの最終化に向けた動向と並行して、サステナビリティ報告書で報告すべき事項の詳細を定めるため、2022年中旬を目途に、欧州財務報告諮問グループ(EFRAG)においてEUとしてのサステナビリティ報告基準(European Sustainability Reporting Standards)の草案化に向けた作業が進められている。
(3)米国における動向
米国では、民間レベルではサステナビリティ情報の開示や当該情報の活用について積極的な取組みが進められていたものの、トランプ政権下においては政府や規制当局レベルではこれについて慎重な対応がされていた。しかし、バイデン政権への移行に伴い、大きく舵が切られている印象がある。
特に、米国市場における上場会社等の開示制度を所管する米国証券取引委員会(SEC)は、2021年2月に、企業開示のレビューにあたって2010年に定められた気候変動リスクに関する開示ガイダンスへの準拠性に留意していく方針を公表したほか、2021年3月には気候変動リスクに関する開示が十分になされているかを証券規制当局としての法執行において重視していく方針を示している。さらに、同月に気候変動リスクの開示のあり方について公開協議を開始している。SECは、当該コメント募集に寄せられたコメントも踏まえたうえで、今後、2021年10月に以下に関する開示要求を拡充する提案を示す方針を示している。
- 気候変動リスクに関する開示
- 人的資本(取締役会における多様性に関する事項を含む。)に関する開示
- サイバーセキュリティリスクに関する開示
図表3:SECによる対応
4.基準設定主体レベルの国際的な動向
(1)既存の基準設定主体の動向
サステナビリティ情報については、従来、制度的な開示が多くなかったことから、任意で多くの基準設定主体がそれぞれの使命を踏まえて、異なる報告基準やフレームワークを開発していた。このうち、主なものは、図表4のように示される。
名称 | 主な内容 |
サステナビリティ会計基準審議会(SASB:Sustainability Accounting Standards Board) | 77の業種ごとに、企業財務に影響を与えると考えられたESG要素に関する指標(メトリックス)を定めた基準を策定 |
気候変動開示基準審議会(CDSB:Climate Disclosure Standards Board) | 気候変動を含め、環境に関する情報を開示する際に参照するフレームワーク(原則及び要求事項を含む。)を定めた基準を策定 |
カーボン・ディスクロージャー・プロジェクト(CDP、旧称Carbon Disclosure Project) | 環境(気候変動リスクへの対応、森林や水資源の保全に関する活動)について企業や都市から所定のデータを収集し、当該データに基づき実施したスコアリングの結果を公表(当該取組みを通じて、実質的に企業等が開示すべき項目を識別) |
グローバル・レポーティング・イニシアティブ(GRI:Global Reporting Initiative) | 企業活動が経済・環境・社会に与えるインパクト等の報告に関して全般的な基準及び34の個別領域に関する基準を策定 |
気候関連財務情報開示タスクフォース(TCFD:Task Force on Climate-related Disclosure) | 気候関連財務情報開示タスクフォース(TCFD:Task Force on Climate-related Disclosure) |
これらのうち、IIRC、SASB、CDSB、CDP、GRIの5団体(通称「Group of Five」と呼称される。)が2020年9月に包括的な企業報告の実現に向けて協働作業を進めていく意思を表明する文書を公表し、関係者を驚かせた。これは、少なくとも、これまでは5団体はそれぞれの使命の枠内で活動していると考えられており、相互の利害を超えて協働で一つの方向に向けて進んでいくということが広く考えられていなかったためである。その後、5団体は、2020年12月に既存の基準やフレームワークを踏まえ、気候変動リスクに関するプロトタイプの報告基準を公表した。さらに、2020年11月にはIIRCとSASBから両者が統合に向けた検討を行っていく旨が公表され、2021年6月には両者は実際に統合し、Value Reporting Foundation(以下「VRF」という。)が設立されている。
また、日本の市場関係者にも有名なTCFDは、2021年6月に「気候関連の目標、指標、移行計画に関するガイダンス(案)」及び「ポートフォリオの整合性の測定:技術的な補足文書(案)」を公表し、自らが示す11の開示項目の提言に基づく開示実務の改善を促している。
これらの団体の関係をそれぞれが設定する基準に基づいて提供される情報との関係から整理すると、図表5のように示すことができる。
図表5:各団体の関係
(2)ISSB審議会の設置
上記の動きと並行して、IFRS®基準を策定する国際会計基準審議会(以下「IASB審議会」という。)を傘下に有するIFRS財団によって、国際的なサステナビリティ報告基準を開発するための国際サステナビリティ基準設定主体(International Sustainability Standards Board)(以下「ISSB審議会」という。)を設置する動きが進められている。
IFRS財団は、2020年9月にISSB審議会の設置に関する協議文書を公表しており、協議文書に対して寄せられたコメントを踏まえ、2021年4月にIFRS財団の定款の見直し(案)を公表している。また、IFRS財団は、ISSB審議会の設置に向けた様々な取組みを進めており、2021年11月に英国(グラスゴー)で開催されるCOP26においてISSB審議会の設置を正式に公表することを予定している。ISSB審議会は、図表6のような位置づけとすることが想定されている。
図表6:ISSB審議会の位置づけ
IFRS財団による取組みは、IFRS基準が日本企業を含め、世界で広く受け入れられており、その名前が国際的に広く認知されていることから影響が大きいことが想定される。IFRS財団トラスティーズがこれまでに明らかにしている方針は、主に以下の通りである。
- 投資家に対する情報の開示を目的とするベースラインとしての報告基準を開発する。このため、各国において、投資家に対する情報提供以外の目的で追加的な情報開示が要求される可能性がある旨を前提する。
- 気候変動リスクへの対応が喫緊の課題として認識されていることを踏まえ、まず気候変動リスクに関する開示に係る報告基準を開発する(「climate-firstアプローチ」の採用)。
- ISSB審議会の設置後、迅速に基準が公表できるよう、作業を進めていく。
上記を踏まえ、IFRS財団は、ISSB審議会を円滑に設置するとともにISSB審議会が直ちに基準開発を進めていけるよう、図表7に示した小委員会を組成したうえで具体的な検討を進めている。
主体 | 位置づけ及び主な役割 |
トラスティーズ運営委員会 |
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賢人会議 (Eminent Persons Group) |
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技術的準備に向けた作業グループ |
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多国籍作業グループ(Multilateral Working Group) |
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上記のIFRS財団によるISSB審議会の設置に向けた動きには証券監督者国際機構(IOSCO)からも強い支持が再三示されている。IOSCOは、Sustainable Finance Taskforceが中心となってIFRS財団による小委員会に積極的に参加しているほか、各国において情報ニーズが異なることを認識しつつも、ISSB審議会により開発される基準がグローバルなベースラインとして各国で受け入れられるよう、基準をエンドースする姿勢も示している。
また、政府レベルでも、2021年6月5日に開催されたG7財務大臣・中央銀行総裁会議を踏まえて公表された共同声明において、IFRS財団によるISSB審議会の設置に向けた動きについて強い支持が示されている。
5.国内における動向
国内においても、サステナビリティ課題への対応を含め、非財務情報の開示の拡充に向けた取組みが急速に進められている。また、2021年6月には、東京証券取引所/金融庁から、「コーポレートガバナンス・コード」及び「投資家と企業の対話ガイドライン」の改訂が公表されている。
これらの改訂にあたっては、プライム市場上場会社に対して、気候変動リスクの影響に関する分析を踏まえ、TCFDまたはそれと同等の枠組みに基づく開示の質と量の充実を進めることが奨励されていることが知られているが、中核人材の登用等における多様性の確保についての考え方と自主的かつ測定可能な目標を示し、その状況を開示すること等、サステナビリティ課題への対応について広範な開示が奨励されている。
また、金融庁/金融審議会では、2021年6月25日に開催された金融審議会総会において、「企業を取り巻く経済社会情勢の変化を踏まえ、投資家の投資判断に必要な情報を適時に分かりやすく提供し、企業と投資家との間の建設的な対話に資する企業情報の開示のあり方について幅広く検討を行うこと」が麻生金融担当大臣(2021年6月末時点)から要請されており、今後、サステナビリティやガバナンス等に関する開示のあり方について検討が実施されることが想定される。
6.おわりに
本稿では、2020年後半から2021年6月までを対象として、非財務情報の開示に関する国内外の動向について概観した。次回以降は、各月における主な動向について解説する。
※1 E:地球環境、S:社会、G:ガバナンス
※2 関口智和「企業に求められる「記述情報の充実」とは」第1回(Link)参照
執筆者
有限責任 あずさ監査法人
パートナー 公認会計士
関口 智和(せきぐち ともかず)
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