アップデート!非財務情報開示の今 第3回 非財務情報の開示を巡る国内外の動向(2021年8月までの動向)
「週刊経営財務」(税務研究会発行)3523号(2021年09月20日)に「アップデート!非財務情報開示の今 第3回 非財務情報の開示を巡る国内外の動向(2021年8月までの動向)」に関するあずさ監査法人の解説記事が掲載されました。
「週刊経営財務」(税務研究会発行)3523号(2021年09月20日)に「アップデート!非財務情報開示の今 第3回 非財務情報の開示を巡る...
ハイライト
この記事は、「週刊経営財務3523号」に掲載したものです。発行元である税務研究会の許可を得て、あずさ監査法人がウェブサイトに掲載しているものですので、他への転載・転用はご遠慮ください。
1.はじめに
本連載企画「非財務情報の開⽰を巡る国内外の動向」では、各⽉における国内外の非財務情報に関する最新動向について解説している。非財務情報の開⽰にあたっては最近、特にサステナビリティ課題への対応に関する開⽰に⾼い関⼼が寄せられている。このため、本稿では、2021年8⽉(⼀部、7⽉下旬)における主な動向として、特にサステナビリティに関する開⽰に焦点を当てながら、以下について解説する。
- 気候変動開⽰基準委員会(Climate Disclosure Standards Board:以下「CDSB」という。)による⽔資源の開⽰ガイダンスの公表
- ⽇本銀⾏の黒⽥総裁による気候変動リスクへの対応に関する講演
- 年⾦積⽴管理運⽤独⽴⾏政法⼈(以下「GPIF」という。)による年次報告書の刊⾏
- IFRS対応⽅針協議会による書簡の提出
なお、本⽂中の意⾒に関する部分は筆者の私⾒であることを申し添える。
2.CDSBによる⽔資源の開⽰に係るガイダンスの公表
CDSBより、2021年8⽉23⽇に⽔資源に関する開⽰ガイダンスである"Application guidance for water-related disclosures"(以下「本ガイダンス」という。)が公表されている。
(1)CDSBとは
まず、本ガイダンスの公表主体であるCDSBについて説明したい。CDSBは、企業の気候変動情報開⽰の標準化を目指して世界的なフレームワークを構築し、メインストリームの年次報告書における気候変動情報の開⽰を進めることを目的としたNGOである。CDSBは、当初、気候変動開⽰に焦点を当ててフレームワークの開発等を⾏っていた。しかし、2013年に対象とする領域を拡⼤することを決定しており、その後、気候変動以外の環境や⾃然資本に関する情報開⽰にも活動の対象領域を拡⼤している。
また、最近、非財務情報の開⽰基準に関する設定主体として「主要5団体(⼜は、Group of Five)」が注目されているが、CDSBはその⼀つとしても知られている。
(2)CDSBフレームワーク
CDSBは2015年にCDSBフレームワーク(改訂版)※注1を公表し、7つの原則(図表1参照)と12の要求事項を整理している。本ガイダンスも、この原則に基づき作成されている。
図表1:CDSBフレームワーク(改訂版)における7つの原則
原則 | 原則の内容 |
1 | 関連性及び重要性が⾼い環境情報が開⽰されるべきである。 |
2 | 情報は忠実に表現されるべきである。 |
3 | 年次報告書における他の情報と関連付けて開⽰されるべきである。 |
4 | ⼀貫性があり、⽐較可能な情報が開⽰されるべきである。 |
5 | 明瞭で理解可能な情報が開⽰されるべきである。 |
6 | 開⽰情報は検証可能なものであるべきである。 |
7 | 開⽰情報は将来志向なものであるべきである。 |
(3)本ガイダンスの概要
⽔資源については、⼤きく、インフラ、流通、アクセスの問題に起因する「⽔が⾜りない(Too Little Water)」という課題、洪⽔等に起因する「⽔が過剰になっている(Too Much Water)」という課題、「⽔が汚染されており、利⽤できない(Polluted/Dirty Water)」という課題がある。
本ガイダンスでは、これらの⽔資源に係る開⽰がなぜ情報利⽤者にとって重要になっているかについて説明されている。また、⽔資源の開⽰を効果的なものとするために考慮すべき事項として主に以下について説明がされている。
- ⽔資源に関してどのような情報を対象として開⽰すべきかの検討
- ⽔資源に関する情報開⽰を検討するためのステップ、及び検討にあたって使⽤可能なチェックリスト
- CDSBフレームワーク(改訂版)における12の要求事項のうち、要求事項1から要求事項6の内容を踏まえ、⽔資源の開⽰内容を具体的に検討するうえで考慮すべき事項
上記のうち、1.については、重要性の概念を適⽤することが必要である旨が説明されたうえで、報告対象とする拠点や報告期間の決定において考慮すべき事項について説明がされている。また、情報の提供にあたって既に開⽰されている情報や既存のリソースの活⽤⽅法等について説明がされている。特に重要性の概念については、その重要性が本ガイダンスを通して強調されている。また、本ガイダンスにおける原則が、必ずしもすべての企業において必要とは限らない旨について強調されている⼀⽅で、⽔資源に重要性がないと判断して開⽰しない場合には、その理由を説明することが必要とされている。
2.については、フローチャートを⽤いて、企業が直⾯する⽔資源に関する課題の態様に応じて、関連する開⽰について講ずべき対応を⽰している(図表2参照)。さらに、3.については、CDSBフレームワーク(改訂版)の12の要求事項のうち6つ(図表3参照)を踏まえた対応案について解説がされている。
図表2:⽔資源に関する開⽰を検討する際のステップ※注2
図表3:CDSBフレームワーク(改訂版)における要求事項
要求事項 |
項目 | 概要 |
1 | ガバナンス | 環境施策、戦略及び情報に関するガバナンスについて開⽰すべきである。 |
2 | 経営者の環境施策、戦略及び目標 | 経営者の環境施策、戦略及び目標(業績評価に使⽤される指標、計画及びタイムラインを含む)を開⽰すべきである。 |
3 | リスク及び機会 | 組織に影響を及ぼす、現在及び予想される重要な環境に関するリスク及び機会を開⽰すべきである。 |
4 | 環境に対する影響の原因 | 環境に対する影響の重要な原因を反映するために、定量的及び定性的な結果を、測定⽅法とともに報告すべきである。 |
5 | パフォーマンス及び⽐較分析 | 要求事項4に準拠する開⽰にあたっては、設定されたパフォーマンスの目標及び過去の期間に報告された結果との⽐較分析とともに開⽰すべきである。 |
6 | ⾒通し | 環境に対する影響、並びに組織の将来のパフォーマンスと状況に及ぼすリスク及び機会について、経営者が結論を述べるべきである。 |
各要求事項の解説には、それぞれ参考となる⽂献、及び現時点で⾏われているベストプラクティスについて紹介がされている。特に実際に⾏われている開⽰例は、開⽰内容を検討するにあたって参考になると考えられる。また、要求事項3「リスク及び機会」には、リスク及びそれに対応する潜在的な事業及び財務影響の例⽰、要求事項4「環境に対する影響の原因」では、⽔資源に対する影響の原因とそれに対応する指標の例⽰が⽰されており、⽔資源に関する事業戦略を⽴案するうえでも参考になると考えられる。
3.⽇本銀⾏の黒⽥総裁による気候変動リスクへの対応に関する講演
サステナビリティ課題のうち、特に気候変動に関する課題への対応については、中央銀⾏による対応についても注目がされている。この点、2021年7⽉27⽇に、⽇本銀⾏の黒⽥総裁により、⽇本記者クラブにおいて「気候変動に関する⽇本銀⾏の取り組み」と題する講演(以下「本講演」という。)がされており、気候変動リスクに関する⽇本銀⾏の対応が⽰されている。
(1)本講演の主な内容
本講演では、「気候変動への対応は、(…略…)グローバルな対応が必要であると同時に、⻑期にわたって継続的に対処していかなければならない課題である」と冒頭に述べられたうえで、7⽉16⽇に公表された「気候変動に関する⽇本銀⾏の取り組み⽅針について」をもとに⽇本銀⾏の対応⽅針が説明されている。
そして本講演の中では、気候変動は、中⻑期的にみて、経済・物価・⾦融情勢に極めて⼤きな影響を及ぼし得る要因であることから、⺠間における気候変動への対応を⽀援していくことは、⻑い目でみたマクロ経済の安定に資するものであるとしている。また、中央銀⾏が個別具体的な資源配分に⼊り込まないようにすべきとしながら、温室効果ガスによる「負の外部性(=ある経済主体の意思決定が他の経済主体の意思決定に悪影響を及ぼすこと)」を考慮せずに現存する投融資を完全に同列で扱うことは、資源配分に対して真に中⽴であるかという問題を投げかけており、「負の外部性」を考慮して中央銀⾏が資産買⼊れや資⾦供給を⾏う⽅が、社会的には望ましい可能性がある旨を⽰唆している。
(2)NGFSについて
黒⽥総裁の講演の中では、海外での取り組みについても取り上げられており、その中では「気候変動リスク等に係る⾦融当局ネットワーク(Network of Central Banks and Supervisors for Greening the Financial System:以下「NGFS」という。)」についても触れられている。
NGFSは、2017年12⽉にパリで⾏われた「One Planet Summit」で設置が決まった組織であり、⽇本銀⾏は2019年から参加をしている。NGFSの目的は、パリ協定の目標を達成するために必要な中央銀⾏や⾦融監督当局としてのグローバルな対応を強化したうえで、グリーン投資や低炭素投資のためにリスクを管理し、資本を動員するための⾦融システムの役割を強化することにある。
NGFSは、2021年6⽉に「中央銀⾏および監督当局向けNGFS気候シナリオ」※注3を公表しており、これは2020年6⽉に続く2回目のものである。中央銀⾏や⾦融監督当局の中には、NGFSシナリオに基づいた⾦融システムの分析を実施しているところもある。シナリオは移⾏リスク、物理的リスク、経済影響の三つに分けて詳細が記載されており、2050年に脱炭素経済が実現するシナリオが中⼼とされている。当該シナリオは⺠間の⾦融機関や企業がTCFD開⽰などでシナリオ分析を⾏う際にも参考になると思われる。
4.GPIFによる年次報告書の刊⾏
2021年8⽉20⽇に、GPIFより、環境・社会・ガバナンスに関する取組みとその効果を報告するための「2020年度 ESG活動報告」(以下「本報告書」という。)が刊⾏されている。本報告書では、ESG活動の効果測定(ESG係数のパフォーマンスやポートフォリオのESG評価など)のほか、気候変動リスク・機会の評価と分析が⽰されている。また、本報告書では、前年度と⽐較すると、TCFDの提⾔を受けた分析がさらに充実したものとなっている。
5.IFRS対応⽅針協議会による書簡の発出
現在、IFRS財団において、サステナビリティに関する報告基準の開発主体(以下「ISSB」という。)を設置するための取組みが進められている。これについて、⾦融庁及び公益財団法⼈財務会計基準機構(FASF)が事務局を務めるIFRS対応⽅針協議会から、2021年8⽉31⽇に、ISSBの設置に関連して、IFRS財団評議会議⻑宛てにIFRS財団に対して拠出(⼈的・技術的貢献、及び資⾦)する⽤意があるという旨やISSBの運営においてIFRS財団アジア・オセアニアオフィスの活⽤を促す旨が記載された書簡が発出されている。
6.おわりに
本稿では、主に2021年8⽉における、非財務情報開⽰に関する国内外の動向について概観した。特にCDSBから出された⽔資源に関するガイダンスは、今後各企業において⽔資源の重要性を検討するにあたって参考になる⽂書と考えられる。本連載の次回の記事では9⽉の主な動向について解説する予定である。
※注1 "CDSB Framework"
※注2 "Application guidance for water-related disclosures" P.22に記載された図表を筆者翻訳・⼀部加筆。
※注3 "NGFS Climate Scenarios for central banks and supervisors"
執筆者
有限責任 あずさ監査法人
アシスタントマネジャー 公認会計士
渡部 瑞穂(わたなべ みずほ)
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