アップデート!非財務情報開示の今 第5回 非財務情報の開示を巡る国内外の動向(2021年10月までの動向)
「週刊経営財務」(税務研究会発行)3531号(2021年11月15日)に「アップデート!非財務情報開示の今 第5回 非財務情報の開示を巡る国内外の動向(2021年10月までの動向)」に関するあずさ監査法人の解説記事が掲載されました。
「週刊経営財務」(税務研究会発行)3531号(2021年11月15日)に「アップデート!非財務情報開示の今 第5回 非財務情報の開示を巡る国内外の動向(2021年10月までの動向)
この記事は、「週刊経営財務3531号」に掲載したものです。発行元である税務研究会の許可を得て、あずさ監査法人がウェブサイトに掲載しているものですので、他への転載・転用はご遠慮ください。
1.はじめに
本連載企画「非財務情報の開示を巡る国内外の動向」では、各月における国内外の非財務情報に関する最新動向について解説している。国内では、金融庁金融審議会ディスクロージャーワーキング・グループの会合が2021年9、10月にかけて既に3回開催されるなど、今後のサステナビリティ情報の開示制度のあり方についての議論が活発化している。2021年10月(一部、9月下旬)を対象とする本稿では、海外の動向に焦点を当て、以下について解説する。
- G20財務大臣・中央銀行総裁会議による「G20サステナブル・ファイナンス・ロードマップ」への支持
- 気候関連財務情報開示タスクフォース(Task Force on Climate-Related Financial Disclosures)(以下「TCFD」という。)による新たな3つの文書の公表
- 国際サステナビリティ基準審議会(International Sustainability Standards Board)(以下「ISSB審議会」という。)の設置に向けた状況
なお、本文中の意見に関する部分は筆者の私見であることを申し添える。
2.G20サステナブル・ファイナンス・ロードマップ
サステナビリティ情報への注目は近年急速に高まり、企業においてその要請への対応に戸惑いが生じるのは想像に難くない。こうした状況の中で、そもそもサステナビリティ情報の開示がどういったコンテクストで求められているものなのか、今一度理解を整理しておくことは、今後の更なる開示の高度化を検討する上で有益だと考える。2021年10月13日に行われたG20財務大臣・中央銀行総裁会議でも支持が示された「G20サステナブル・ファイナンス・ロードマップ」(以下「本ロードマップ」という。)は、こうしたコンテクストを俯瞰的に理解する上での一助になるだろう。
本ロードマップは、脱炭素経済の実現、SDGs目標の達成に向けてサステナブル・ファイナンス市場を発展させる前提にある課題について、解消にむけた中長期的な道筋を具体的な取組み、時間軸と共に示している。本ロードマップでは、SDGs目標の達成という趣旨に整合した資金の流れを作るためのアプローチの構築や、金融システムに対する気候変動を含むサステナビリティ関連のリスクの評価および管理手法の構築といった領域と並んで、サステナビリティ情報に関する領域が優先領域として挙げられている。サステナビリティ情報におけるG20の対応としては、主に以下の取組みが示されている。
- G20は、IFRS財団によるサステナビリティ関連情報の開示基準の開発に向けた取組みを歓迎する。開示基準の開発にあたっては、TCFD提言を基礎とするほか、その他のサステナビリティ報告に関する組織による作業を考慮すべきである。
- 金融安定化理事会(FSB)、気候変動リスク等に係る金融当局ネットワーク(NGFS)、経済協力開発機構(OECD)、国際決済銀行(BIS)、国際通貨基金(IMF)及びその他の国際組織によるこれまでの取組みを基礎として、金融システムに関するデータ品質やアクセス可能性の向上を目的としてサステナビリティデータの戦略、ガバナンス、仕組みを更に改善するとともに、広くサステナビリティデータへのアクセスを改善することを目的とした具体的な対応を講ずる。
- ESGの格付け機関及び情報ベンダーから提供されるデータの品質、有用性、測定手法(例:指標の選択、加重付け)の透明性の改善に向けて国際組織が実施する取組みを奨励する。
- サステナビリティ報告を行う上で中小企業や新興市場経済が直面する課題等を適切に理解し、対応を検討しようとする国際組織による取組みを奨励する。
- 企業や金融機関による開示において利用すべき自然や生物多様性に関連する指標を理解しようとする国際組織、ネットワーク等による取組みを奨励する。
3.TCFDによる3つの文書の公表
TCFDは2021年10月14日に、「附属文書:気候関連財務開示に対するTCFD提言の履行」(以下「附属文書(2021年改訂版)」という。)、「指標と目標、移行計画に関するガイダンス」(以下「本ガイダンス」という。)及び「2021年度状況報告書」の3つの文書を公表した。これら3つの文書について、今後開示を検討する企業の参考になりうる点を紹介する。
(1)附属文書(2021年改訂版)
TCFDは2017年に、「最終報告書:気候関連財務開示に関するTCFD提言」(以下「最終提言」という。)と共に、附属文書「TCFD提言の実施に向けて」(以下「附属文書」という。)を公表した。附属文書では、TCFD提言で示されている気候関連のリスクと機会について、4つの中核的要素、11の推奨される開示内容(図表1参照)に対する、全てのセクターに属する企業を対象としたガイダンスと、特定のセクターに属する企業を対象とした補完的ガイダンスが公表されていた。
図表1 気候関連のリスクと機会に関する4つの中核的要素、11の推奨される開示内容の関係
中核的要素 | ガバナンス | 戦略 | リスク管理 | 指標と目標 |
各中核的要素について推奨される開示内容 | 取締役会による監視 | リスクと機会 | リスク識別と評価のプロセス | 組織が利用する指標 |
経営者の役割 | 組織に与える影響 | リスク管理プロセス | Scope 1, 2及び 3(適切な場合)のGHG排出量 | |
戦略のレジリエンス | 総合的リスク管理への統合 | 組織としての目標 |
2021年10月に公表された附属文書(2021年改訂版)では、4つの中核的要素のうち「戦略」、「指標と目標」に含まれる推奨される開示内容に関するガイダンスが改訂された。改訂内容の主なポイントは、以下の通りである。
(全てのセクターに属する企業を対象としたガイダンス)
- 「戦略」に含まれる「組織に与える影響」の項目において、気候関連の課題の経営成績、財政状態への財務影響を開示すべき旨が明記された。また、組織がGHG排出量削減にコミットしている場合、GHG排出量削減にコミットしている管轄地域で活動する場合、又は投資家からのGHG排出量削減に関する期待に応える合意をしている場合、低炭素経済に移行する上での組織の計画(移行計画という)を開示すべきとされた。さらに、「戦略のレジリエンス」の項目においても、「組織に与える影響」と同様、気候関連の課題の経営成績、財政状態への潜在的な財務影響を開示すべき旨が明記された。
- 「指標と目標」に含まれる「組織が利用する指標」の項目において、気候関連のリスクと機会を測定、管理するための重要な指標として開示すべき7つのカテゴリー(図表2参照)が新たに明示されたほか、適切な場合には、経営計画が対象とする時間軸に沿った将来志向の指標を開示するかどうかを検討すべきとされた。
図表2 指標の7つのカテゴリーと財務影響の可能性
- 「指標と目標」に含まれる「Scope 1、 2及び 3(適切な場合)のGHG排出量」の項目において、Scope 1、 2のGHG排出量の開示について、従来は重要な場合のみ開示が求められていたが、重要かどうかに関わらず開示すべきと変更された。また新たに、Scope 3のGHG排出量の開示は気候関連のリスクと機会への組織のエクスポージャーを把握する上で重要な情報であるという旨が示された上で、Scope 1、 2、 3全体の中でScope 3のGHG排出量が占める割合を考慮してScope 3のGHG排出量を開示すべきかどうかを検討すべきであるという認識が脚注で示された。これを受けて、全ての組織がScope 3のGHG排出量について開示すべきかどうかを検討すべきとされた。
- 「指標と目標」に含まれる「組織としての目標」の項目において、「組織が利用する指標」 で提示された7つのカテゴリーと整合する目標を開示すべきという旨が新たに示されたほか、中長期目標を開示している企業においては、中間目標についても新たに開示すべきとされた。
(金融セクターに属する企業を対象としたガイダンス)
- 金融セクターへの補完的ガイダンスでは、銀行向けの補完的ガイダンスとして、「戦略」に含まれる「リスクと機会」の項目において、炭素関連資産へのエクスポージャーを開示するにあたって「炭素関連資産」に関する脚注での説明が変更された。具体的には、各銀行が定める「炭素関連資産」の範囲についてエネルギー及び電力業界に関連する資産という定義から、最終提言において特定された気候変動を受けやすい4業種全てに関連する資産へと拡大して定義することが奨励されている。
- 銀行、保険会社、アセットオーナー、資産運用会社向けの補完的ガイダンスでは、「指標と目標」に含まれる「組織が利用する指標」の項目において、各業種それぞれ、融資、保険引受、投資、管理対象資産が2℃を十分下回るシナリオとどの程度整合しているかについて新たに開示すべきとされた。
- 「指標と目標」に含まれる「Scope 1、 2及び 3(適切な場合)のGHG排出量」の項目において、銀行、保険会社、アセットオーナー、資産運用会社向けの補完的ガイダンスが新たに追加され、データが入手可能で集計手段が存在する場合に、各業種それぞれ、融資、保険引受、投資、管理対象資産に関連するGHG排出量を開示すべきとされた。
(2)指標と目標、移行計画に関するガイダンス
TCFDは、最終提言と共に、附属文書を公表しているほか、いくつかの特定のトピックについてガイダンスを公表している。2021年10月に公表された本ガイダンスは、特定のトピックについてのガイダンスに該当する。本ガイダンスは、投資家や金融機関から、気候変動が事業戦略に与える財務影響の実績や潜在的な金額、及びそのインプットとなる指標や目標に関する情報はリスクを評価するうえで特にニーズが高い情報であるにも関わらず、開示が進んでいないという認識が示されたことを踏まえて公表されたものである。
本ガイダンスは、附属文書(2021改訂)において明記された、「戦略」に含まれる移行計画、「指標と目標」に含まれる、業種横断的な気候関連の7つの指標カテゴリーと、対応する目標について、具体的なガイダンスを提供している。また、本ガイダンスでは、図表2に示したように、財務リスクを測る上での重要なインプットとなる7つの指標カテゴリーと財務影響の関係性が示されている。
(3)2021年度状況報告書
TCFDは、最終提言の公表以降、各国におけるTCFD提言の採用状況、提言に沿った開示の浸透状況に関する調査報告書を毎年公開している。
2021年度状況報告書では、推奨される開示内容の各11項目の開示実態に関する調査(対象は1,651社)を踏まえ、主に以下の点が報告されている。
- 11項目のうち3つ以上の項目を提言に沿って開示していると認められた企業は全体の半分程度に留まっている。
- 11項目のうち、最も開示が進んでいるのは「リスクと機会」の項目である一方、開示が進んでいないのが、「戦略のレジリエンス」(シナリオ分析に関する開示)である。
- ガバナンスに関する開示は重要性に係わらず開示が推奨されているものの、「取締役会による監督」、「経営者の役割」の双方について開示が進んでいない。
- 11項目の開示割合の平均は、欧州が50%で最も高く、続く地域との間に16ポイントの開きがある。
4.ISSB審議会設置に向けたTRWGの検討状況の報告
IFRS財団では、ISSB審議会が設置された後、直ちに基準開発を進められるよう、技術的準備に向けた作業グループ(Technical Readiness Working Group)(以下「TRWG」という。)が設置され、技術的な側面での準備が進められている。TRWGは、ISSB審議会の設置に向けて組成された小委員会の1つであり、ISSB審議会に対する技術的見解と提案、ISSB審議会へのリソースの移転に関する戦略的な提案を行うことを役割とする小委員会である。
TRWGでは、図表3に示す8つの項目について作業が進められている。
図表3 TRWGで検討されている項目
検討項目 | 作業の概要 |
気候関連基準のプロトタイプの改良 | ISSB審議会による公開草案の開発において検討の基礎となるよう、2020年12月にサステナビリティ報告に関する5団体から公表された気候関連基準プロトタイプを踏まえた作業を行っている。 |
表示基準プロトタイプの改良 |
気候関連基準のうち、表示に関する部分についてプロトタイプを踏まえた作業を行っている。 |
基準設定における概念の整理 | ISSB審議会の基準設定活動において参照しうる原則や概念(例:重要性)について整理している。 |
基準の構造 | ISSB審議会が開発する基準の構造について、報告対象の領域、業種共通の指標、業種特有の指標等に分けて整理している。 |
気候関連基準以外に取り上げるべきテーマ | 気候関連基準以外にどのようなテーマを取り上げるべきかについて検討を行っている。 |
基準開発におけるデュープロセス | ISSB審議会が基準開発を進める際に遵守すべきデュープロセスについて検討を行っている。 |
デジタル技術の活用 | ISSB審議会が開発する基準に基づく情報についてどのようにデジタル技術を活用しうるかについて検討を行っている。 |
ISSB審議会と国際会計基準審議会(以下、IASB審議会)が開発する基準の関係 | ISSB審議会とIASB審議会が開発する基準の関係が明確なものとなるよう、IASB審議会による実務記述書第1号「経営者による説明」の見直しを踏まえた検討を行っている。 |
5.おわりに
本稿では、主に2021年10月における非財務情報開示に関する動向について概観した。サステナブル・ファイナンス市場の発展の前提として、また金融システムの安定性を高める観点からも、サステナビリティ情報の整備が重要視される中、ISSB審議会による基準開発に向けた期待が高まっている。本連載の次回の記事では、主に11月の動向について解説する予定である。
執筆者
有限責任 あずさ監査法人
マネジャー 米国公認会計士
笠原 悠莉(かさはら ゆうり)
関連リンク
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