ファイナンス思考が求められる時代―企業価値を高めるためにCFO組織・機能はいかに変革すべきか

本稿では、本領域のアドバイザリーの第一線で活躍する3名が、日本企業が追及すべきCFO組織・機能の変革について議論します。

本稿では、本領域のアドバイザリーの第一線で活躍する3名が、日本企業が追及すべきCFO組織・機能の変革について議論します。

東京証券取引所(以下「東証」)による、「資本コストや株価を意識した経営の実現に向けた対応」に関する要請から2年が経過しました。東証の集計によれば、2025年5月末日時点でプライム市場の上場企業はすでに92%が何かしらの開示を行っており、一定程度対応は進んでいるようにみえます。

一方、東証フォローアップ会議では、開示対応は進んでいるものの、「今後の改善が期待される企業」が大多数を占めるという分析結果が示されています。東証フォローアップ会議で取り上げられた投資家からのコメントでは、「資本コストに対する理解は進んでいるが、経営に反映させるという意識が依然として希薄である」ことや、「不採算事業の撤退や成長事業への資源配分撤退など、ドラスティックな経営判断ができていない」ことが指摘されています。

また、最近のメディア報道にもあるように、自社株買いを中心に株主還元が増えているものの、「このような場当たり的な株主還元策は株価に対してはあまり意味をなさず、目指すバランスシートの姿やキャッシュアロケーション方針を定めた上で、中長期的な企業価値向上に向けたコアビジネスにどのように投資するかが重要」といった意見も出ています。

東証からは、「開示の有無」ではなく「抜本的な取組みの実行や改善」の重要なフェーズに移行していることが示されていますが、「抜本的な取組み」を着実に実行していくためには、ファイナンス思考に基づいて企業価値を高められるよう、CFOの組織・機能を変革する必要があります。本稿では、本領域のアドバイザリーの第一線で活躍する3名が、日本企業が追及すべきCFO組織・機能の変革について議論します。

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(左から)
有限責任 あずさ監査法人 アドバイザリー統轄事業部 マネージング・ディレクター 柏原 恭太

同 サステナブルバリュー統轄事業部/アドバイザリー統轄事業部 パートナー 土屋 大輔

同 アドバイザリー統轄事業部 ディレクター 安東 容載

実行力を阻むCFO組織・機能のサイロ化

土屋
アドバイザリーを提供する立場からも、日本の上場企業は、「開示はできているが実行力が乏しい」と感じることが多いです。
特に実行力が乏しい企業ほど、CFO組織・機能が弱い傾向が見て取れます。
CFOには、「企業価値向上の番人」としての役割が求められます。

それは投資家との対話において、CFOが資本市場との接点を一義的に担う存在であり、東証の要請を待つまでもなく、投資家の期待は企業価値向上にあるからです。投資家の目線からみて、CFOに求められるのは、企業価値を高めるために適切な経営資源配分ができているのかを冷静に見極め、実行に移す司令塔の役割を担うことにあるのではないかと思います。投資家の目線の根底にあるのはファイナンス思考です。ファイナンス思考、つまり、資本コストを起点とした戦略の実行ができるよう、CFOの組織・機能を変革することが求められていると考えます。

柏原
コーポレートガバナンス・コードが導入されて10年経ちましたが、東証の要請を受けて、ようやく「資本コストを意識した経営」に対する意識が高まってきたように思います。ただ、戦略の実行となると、投資家からはまだ不十分だと思われているということですね。

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有限責任 あずさ監査法人 サステナブルバリュー統轄事業部/アドバイザリー統轄事業部 パートナー 土屋 大輔

土屋
はい、東証の要請を踏まえて企業価値向上策を開示はしたものの株価がついてきていない、という企業が多いのが実態です。

私は、「企業価値向上に向けた戦略立案」の視点でお客様に助言させていただく機会が多いですが、その観点で重要な論点は2点あると思っています。1点目は「資本市場目線で自分たちの企業価値向上の戦略を正確に分析・点検できているのか」、そして2点目は「その戦略を後押しする機能がCFO組織に備わっているのか」ということです。

1点目はストラテジック・レビューを指しています。ストラテジック・レビューは、自社の戦略から導出される企業価値が正しく株価に反映されているのか、反映されていないのであれば投資家がディスカウント評価している要因は何であるのかを定期的に分析し、自社の戦略の見直しを行う一連の工程を指します。しかし、実際には、インハウスDCF等を活用して自社のバリュエーションを定量的に評価し、かつ、取締役会レベルでその議論を行っている企業は極めて少ないのが実態です。

実は、このストラテジック・レビューを実施するのに必要なのがファイナンス思考なのです。ストラテジック・レビューは一言でいうと「投資家からみた自社の戦略の妥当性の検証」が出発点になります。そのうえで、自社の戦略を必要に応じて軌道修正していく、つまり、経営資源配分の方針を適宜見直して戦略の実行を後押ししていく、そのベースとなるのがファイナンス思考です。

ここで2点目につながるのですが、ストラテジック・レビューを実施するのに最も適しているのが、CFOおよびその傘下の組織であるということです。ファイナンス思考は、投資家との一義的な接点を担うCFO組織だからこそ持ちうる機能だと思います。

しかし、日本ではそのような機能を担えるCFO組織を有している企業は多くありません。柏原さんはどう見ていますか?

柏原
昨今、企業価値向上を経営目標に掲げ、PBRの引き上げや資本コスト経営への転換を本格的に表明する企業は確実に増えてきていますが、CFOに求められる役割が拡大しているなか、その傘下にどこまでの組織や機能を実装すべきか、既存の部門・組織をどう変革し、人的リソースをどう配備すべきか、悩んでおられるケースが増えていると感じます。

事業ポートフォリオの大胆な組み替えや、キャッシュアロケーション、経営資源の再配分などは企業価値経営における最重要テーマですが、誰が、どの組織が遂行するのかについて、担い手が明確に定義されていないことも少なくありません。そもそも2000年代前半から間接部門全体のスリム化が進んだ影響もあり、コーポレート組織自体に余力がなく、度重なる制度対応や開示の要請に追われてきた結果、業際化が過度に進み、経営企画部門や財務部門といった組織のサイロ化が加速したというのが実情ではないでしょうか。

このような状況の中で、多くの日本企業においてFP&A(Financial Planning and Analysis)に対する必要性の認識が高まり、導入の検討が進みつつあります。これまでは、FP&Aは外資系企業に特有の機能であり、日本企業には経営企画機能との併存が難しくなじまない、という見方も多くありました。しかしながら、先ほど土屋さんが言われたような投資家や資本市場の要請に本質的に応え、ファイナンス思考を企業の経営管理プロセスに根付かせていくためには、企業価値創造を担う‶社内投資家“としての視点を持ちつつ、財務戦略を立案し、事業活動を企業価値向上に向けてコントロールするFP&A機能の必要性が実感されてきているのではないかと思います。どの組織が担うにせよ、日本企業においてもFP&A機能の実装は間違いなく本格化していくと思います。

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有限責任 あずさ監査法人 アドバイザリー統轄事業部 マネージング・ディレクター 柏原 恭太

土屋
FP&Aの実装は、日本でいう経営企画機能と経理財務機能が統合されて、はじめて機能するのではないかと思います。実際に欧米企業では、それらの機能はCFOのもとで一体化されていますが、日本では機能が分かれているケースが多いですね。

柏原
間違いなく、その点は日本企業の特徴といえます。これまでのCFO組織の中心に置かれてきた経理や財務といった機能の多くは、決算や開示、金融機関対応に関連する業務にリソースを集中投下せざるを得ず、一方、経営企画機能はCEOラインにあって、各部門の計画の調整や経営層の意向の具現化などを主軸に置く、いわゆる‶守り“と‶攻め“の役割で分断されてきていたといえます。また旧来からCFO組織は‶事務方“であって、事業活動を支え、結果としての会計数値や業績管理を中心に対応してきました。その結果、本来、経営戦略の根幹である事業ポートフォリオマネジメントや、最適資本構成を企画・推進する企業戦略に直結する役割ですら、責任の所在が不明確であることも少なくありません。欧米企業では、経営戦略を企画する機能はCEOもしくはCOO傘下にあったとしても、計数や業績をコントロールする役割は、すべてCFO傘下に置かれています。端的な例として、日本では外部投資家とのコミュニケーションを担うIR機能がCFO管掌範囲にないケースも依然として多いですね。社内に本質的な意味でファイナンスの専門家が存在しない点も、欧米企業との違いだと思います。

データドリブン経営を通じて意思決定の質とスピードをどう上げるか

土屋
安東さん、FP&Aを機能させるには、自社の企業価値を構成するあらゆるデータを情報収集する必要があります。その目的は、データによる経営の可視化や業績予想の解像度を高めることによって経営の意思決定の質とスピードを上げる、ということかと思います。これがデータドリブン経営の本質だと思うのですが、その観点で日本企業のCFO組織の課題は何であると思いますか?

安東
まず、データドリブン経営とは何を指すのか、改めて定義する必要があると思います。

KPMGでは、「ビジネス実態の把握と未来予測に資する多様なデータをタイムリーに収集し、迅速かつ正確な経営判断と経営管理を徹底し、データ分析からインサイトを得てビジネスの勝ち筋を見出す仕組み」をデータドリブン経営と定義しています。

先ほど組織のサイロ化の話がありましたが、データドリブン経営の観点で特に問題となるのは、コーポレートの管理部門と事業管理部門との間での情報のサイロ化であると思います。それぞれの事業部門でシステム基盤やデータを持ちつつも、全体最適的な観点でデータが管理されておらず、事業部門に情報が偏りがちで、コーポレート部門、すなわちCFOまで必要な情報が共有されていないといったことが、現実として多く見られます。これではCFOがデータからインサイトを得ることはおろか、ビジネスの勝ち筋を見出すことはできないでしょう。

データを整備する、というのはデータドリブン経営の大前提です。そのためには、まずコーポレート側で必要とする情報をしっかり定義し、事業部側と共有していかなくてはならないと思います。そのうえで、必要な情報を同じプラットフォームで共有・管理していくといった取組みから進めていく。データの標準化という観点で管理しやすい形に持っていくことが、非常に大事だと思います。

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有限責任 あずさ監査法人 アドバイザリー統轄事業部 ディレクター 安東 容載

土屋
データと一言でいっても、経営判断に必要なデータは財務・非財務の両方あると思います。非財務データは少し前まではCFOとは関りが少ないと考えられてきたように思います。CFOの視点で、非財務のデータ収集の課題や難しさをどう考えますか。

安東
非財務データは、例えば人的資本やGHG、廃棄物といった環境情報など、財務以上にさまざまな種類があるので、それらをどのように捉えるかは非常に難しい課題だと思います。そして、事業体ごとに必要な情報・見るべき情報は変わってくるため、一つひとつきちんと整理することが大事であり、そのうえでそれらの非財務データが最終的に企業の利益・価値向上にどのようなインパクトを及ぼすのか、分析ロジックを考え、整備していく必要があると思います。

また、非財務データ=サステナビリティに関するデータと捉える風潮が強くなっていますが、そうではありません。例えば、為替や市況データ、顧客満足度やブランド認知度等といった、サステナビリティ以外の非財務データも依然として重要です。企業がいままで当然のように見ていたデータについても、CFO組織と事業部門との間でどのように共有し、どのように経営の意思決定に活用していくかを考えていかなくてはなりません。

土屋
逆に言うと、企業価値向上に資する非財務の要素は何かということを特定したうえで、CFOがそれをデータとしてどう整備するかという議論がないことには、データドリブン経営は進まないということですね。

柏原
ROICなど、企業価値を前提とした指標・データの重要性はだいぶ認識されてきていると思いますが、非財務データに関しては、その定義も含めて開示目的、コーポレートの専権事項と認識されている風潮が依然として強いのではないでしょうか。外部に対して資本コストと経営への転換を打ち出すのであれば、CFO組織が旗振り役になって、事業部門や業務の現場を巻き込んで、データに基づき自発的にPDCAを回すことが、これからの課題だと考えます。そのためには人海戦術ではなく、何らかのデータプラットフォームをもって、財務と非財務と両面において活動の成果が、全社の企業価値との相関性をもって可視化される必要があると考えます。その担い手をだれにするのか、CFO組織のあり方においても重要な論点です。

土屋
CFO組織が、まさにデータドリブン経営の担い手になるべきなのだと思います。ただ、その実装に当たっては、どうしてもデータ収集が目的化し、戦略との整合性が蔑ろにされがちと感じます。

安東
データドリブン経営を支えるデータ基盤導入・活用は、概念的には下流に位置づけられますが、これらのデータ基盤に集められた意思決定に資する経営情報を上流の戦略立案側で検証し、戦略の実行とその評価に活用することで、上流~下流のループを繰り返していくことが重要です。

近年では、DX活動の一環でデータ基盤を作る際に、さまざまな管理部門がデータを投入してとりあえずBIなどで可視化するような取組みも多々見られますが、BIによる可視化で満足して、データドリブンな意思決定まで至っていない企業も多いと思います。

その理由として、個々人のDXスキル不足の問題も多分にあります。ただ、よりクリティカルなのは、そもそも何のためにデータを分析し、ネクストアクションに繋げるのかという、データ分析の目的やPDCAフローが明確になっていないことだと思います。データ活用が現場レベルの分析に留まり、CFO等の経営層がどのような情報を見るべきかといった整理をすることなく、ただただ闇雲にデータを投入して可視化しているだけになってしまっている、といった状況があるのではないでしょうか。

またAIの活用も考えていかなくてはなりません。請求書データの取り込みなど、データ入力に関する定型業務の効率化や、簡易なグラフや定型分析レポートの作成など、既にAIの効果が出ている分野がある一方、個々の事業のバリューチェーンレベルでリスク・機会を踏まえた経営に関する高度な判断や、多様な情報が必要な将来予測データの生成やインサイトの提示といった分野では、まだまだ発展途上です。

AIの性能は日進月歩で進化していますので、経営分野でもAI活用が進むと予想されますが、いずれにしても、正しいデータなくしてAIは正しい結果を導けないため、AI活用に対応できる経営データ管理基盤の整備・構築はマストであると私は考えます。そして、これらのデータ基盤を使っていかにデータドリブンに意思決定ができるか、戦略に活かしていく良いループを作ることができるかが非常に大切であると思います。

柏原
先ほども触れましたが、CFO組織やコーポレート組織はすでにリソースの限界にきている感があります。働き方改革の中で、開示要件の変更やさまざまな制度対応が入ってきていますので、非常に余裕のない状況で業務をされている実態を目にします。

付加価値の高い業務とルーチン業務を明確に分けて、ルーチンの側はできるだけデジタルソリューションを用いて効率化し、CFO組織は企業価値に直結する業務に人や時間を割くべきだと考えます。多くの企業では、すでに税務相談や簡単な会計相談をAI対応に切り替えています。CFO組織においても本質的に必要な業務を棚卸しし、“生産性”を意識して大胆にデジタルを活用する必要があります。DXを情報システム部門の領分として切り分けず、DXを推進する“インフルエンサー”のような存在を、CFO組織の中にも配置すべきでしょう。

CFO組織・機能の変革に必要なのはファイナンス思考

土屋
柏原さんにもお話しいただきましたが、経営企画部門と財務部門がサイロ化していることが象徴するように、上流の戦略立案は経営企画部門、中流の計数の取りまとめは経営企画部門あるいは財務部門、下流のデータ整備はDX部門がそれぞれ担うことが多く、企業価値向上の実現という観点で十分な連携がとられてこなかったのではないかと思います。先ほど、安東さんから「上流~下流のループ」という発言がありましたが、今こそこのようなサイロ化を脱し、CFO組織・機能の変革が必要であると考えています。

私たちKPMGは、CFO組織・機能を変革するためには、「企業価値向上に向けた戦略立案」「FP&A導入を含めた組織改革」「データドリブン経営」を一気通貫で実現する体制を備えることが必要不可欠であると考えています。それを実現するキーワードがファイナンス思考です。資本市場目線で企業価値向上を実現するためにはどのような組織・機能をCFOに持たすのが良いのか、個々の企業の実態に合わせて設計していくのがポイントです。FP&Aやデータ基盤整備はあくまでもそのための手段です。手段が目的化しないように、CFO組織・機能が果たすべき役割を定義するところから始めるのが重要だと考えています。

KPMGはCFO組織・機能改革を通じて、日本企業の企業価値向上の伴走をして参りたいと考えています。

本日はありがとうございました。

【KPMG – CFO組織・機能改革アドバイザリー】

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