FP&A(Financial Planning &Analysis)が導く経営管理の未来形
Financial Planning & Analysis(以下、「FP&A」という)が日本企業にもたらしつつある経営管理の新しい形について解説します。
Financial Planning & Analysis(以下、「FP&A」という)が日本企業にもたらしつつある経営管理の新しい形について解説します。
本稿は、Financial Planning & Analysis(以下、「FP&A」という)が日本企業にもたらしつつある経営管理の新しい形について解説します。
ここ数年、日本企業においてFP&Aという組織機能の導入が真剣に検討されています。その背景には、PBR(株価純資産倍率)の向上など企業価値に対するマーケットからの厳しい要請が本格化し、欧米企業のようなファイナンス思考、未来志向の経営管理への変革が待ったなしの状況にあることが挙げられます。近い将来、FP&Aがあたりまえのようにコーポレート組織に組み込まれることは間違いなく、経営管理のありかたも、必然的にドラスティックな変革が進むことになります。FP&Aは経営判断に直接的に寄与する管理会計制度や自由度の高い切り口での分析や予測を可能にする情報基盤を武器にして、事業ポートフォリオの組換えや企業の魅力を高めるように働きかける「社内投資家」というべき存在として、コーポレート組織の中で、今後一層、必要不可欠な中核的役割を担う存在になっていくと考えられます。
なお、本文中の意見に関する部分については、筆者の私見であることをあらかじめお断りいたします。
POINT 1
昨今、FP&Aが求められている背景には、日本企業が事業ポートフォリオの組換えや最適資本構成の設計に対して真剣に取り組まなければならない状況が差し迫っていることを意味している。
POINT 2
FP&Aを導入するということは経理や経営企画といった既存のコーポレート部門では対応できない経営管理上の課題が顕在化していることを意味し、単なる組織のアップデートではない。
POINT 3
FP&AがCEOやCFOまた事業執行責任者の意思決定に寄与する提言を行うためには、自由度の高い管理会計の仕組みとそれを支える情報基盤が必要不可欠である。
ハイライト
I.FP&Aが求められる背景とその意味
1.経営を取り巻く環境の変化
ここ数年、日本企業においてもCEOやCFOの傘下にあって経営の意思決定や企業価値向上に向けた事業効率の向上を強力にグリップするFP&Aというコーポレート機能が強く求められてきています。その背景には、2023年3月に、東京証券取引所がPBR(株価純資産倍率)の低迷する上場企業に改善策を開示し、実行するように促したことに対応するなかで、FP&Aへの注目がさらに高まったこと、それに加えて企業の業績予測そのものも非常に困難になってきていることが挙げられます。PBR 向上への要請は、稼ぐ力、財務レバレッジの適正化、成長期待の醸成といった株主からの期待に真剣に向き合うことを余儀なくし、トップラインの成長率や収益額を中心にした過去の結果の振り返りでは、求められる説明性が担保できなくなってきたことを意味します。現状の事業ポートフォリオの是非や、個々の投資、撤退の判断に対しても、理由や根拠についての説得力ある説明が強く求められます。また業績予測が益々難しくなっていることは、業績と経営資源投入の因果関係についての感応度を業績の予測ドライバーとしてしっかりと手中にし、環境変化と業績の結果の因果関係を合理的に予測するというフォーキャスト思考の経営を促します。これからの経営管理は、業績を過去の延長線上に置くのではなく、変化要素のうちコントロール可能な要素を見極め、経営の意思をもってシナリオ別に業績予測を能動的に行うことが求められるようになってきているのです。
2.既存組織による解決の限界
欧米や外資系企業に固有の機能とされたFP&A機能の必要性が高まっているということは、これまで日本企業の本社コーポレートを構成してきた経営企画や経営管理、財務、経理、事業管理、関係会社管理といった組織のフォーメーションでは、以上のような要請に対して十分に対応することが難しくなってきていることを意味します。すなわちCEOやCFOが対峙しているさまざまな環境変化と要請に対して、従来型のコーポレート組織体制や経営管理プロセスの限界を示すものです。それは単なる一組織形態を追加することでも、従来型の組織をアップデートする取組みでもなく、経営管理プロセスとそれを遂行するために必要な機能や組織体制とレポーティングラインの抜本的なトランスフォーメーションであると捉えるべきです。
II.FP&Aとは:既存のコーポレート組織との違い
FP&Aの本質的な役割
そもそもFP&Aとはどのような役割を担うべきであり、組織機能としてどのように組み込むべきものなのでしょうか。
図表1は、古くから欧米型組織においてFP&A機能が普遍的に担ってきた役割を、整理したものです(図表1参照)。
FP&Aの組織機能としての主要な特徴は以下に整理されます。
(1)CFOの直下で、企業価値向上のための経営戦略の策定やその実現に向けた具体施策や達成すべき目標水準を定めるため、分析、予測、計画の策定、業績報告といった業務を通じて、CEOや事業執行責任者の意思決定プロセスに貢献する役割を担う。
(2)そのため組織の枠組みを超えて図表1に示される包括的な機能体系のすべてを組み合わせて、企業価値=事業価値の向上に向けて事業活動を支援・統制する。
(3)投資や事業ポートフォリオ構成、ステークホルダーへの利益分配の説明など高度なファイナンス的知見が求められる。
特徴(1)は、FP&Aの分析(Analysis)的側面を示しており、すなわちコーポレートのなかにあって、企業の経営戦略の意思決定者や財務業績の責任者が担う重要な経営判断や将来の予測に対して示唆を与える役割です。ここにおいて重要なのは、過去の結果や分析にとどまらず、将来の見通しや財務数値だけでは測られない諸般の環境分析を通じてNext Actionにつながるコンサルティングのスキルです。これはまた数値分析のスキルでだけではなく、自社を取り巻く外部環境要因の変化をとらえる能力と、自社の実力値や業績に影響を与える要因を予測的にとらえ、CEOやCFOに忖度することなく客観的に提言する役割です。その際、投資家の視点をもち、外部にも説明できるような客観的な論証と数値による根拠付けが求められます。
特徴(2)は、FP&Aが事業部のなかにあって、事業部が期待通りのリターンを生み出しているかを常にチェックし、期待を下回ると予測される場合には業績改善のための課題解決を促す機能であることを意味します。事業執行責任者や事業部門が企画するアクションに対して財務業績の因果関係について合理的に理解し、あるいは全社的に目指す財務業績との整合性を図り提言する能力が求められます。このことはP/L(損益計算書)上で表現されるトップラインやボトムラインの予実差異の議論のみならず、最終的に企業価値や事業価値を構成する財務・非財務の“価値”が中期的にいかに増加したかを司る意味で、B/S(貸借対照表)上の資産や資本の増減、C/F(キャッシュフロー計算書)上のキャッシュの実質的な増減について、アクションとの因果関係を包括的に企画・統制する視点が求められていることを意味します。
特徴(3)は、FP&Aの最大の特徴であるファイナンスのスキルを指しています。ここでいうファイナンスとは、資金繰りや資金調達の意味ではなく、事業活動の「元本」を活用して、いかに事業活動成果としてのキャッシュを生み出すか、投資リターンを差配する意味での金融:ファイナンスを意味します。それゆえ元本利回りが期待を下回る事業について撤退や再編を提言することは当然のことながらFP&Aの最重要とする役割であり、過去のしがらみや感情的な思い入れといったバイアスが介入する余地はありません。FP&Aは企業内にあって、こうした金融的思考をもってあたかも「社内投資家」のように、投下した資産や資金が生み出す結果の巧拙を社内、特に事業執行責任者に厳しく問うのです。
日本企業では、こうした金融的概念が、コーポレート部門の間でもカルチャーとして根付いていないケースが多く、ましてや事業執行部門に浸透させることが非常に困難になっています。そのため短期の予算統制の議論に終始し、時系列での元本利回りの発想に乏しいことが少なくありません。そのためB/S思考といっても、コーポレートの経理や財務部門の領分とされ、事業執行と並行して議論される機会が乏しいともいわれます。したがって金融的素地がないケースではFP&Aは事業執行部門とハレーションを起こすことがあります。
最も重要なポイントは、上記の(1)~(3)のようなFP&Aの特徴が、CEOやCFOにおいて切実に求められているかどうかであり、かつ経理や財務部門、経営企画部門といった既存のコーポレート組織では充足されないことが明確に認識されているかどうかです。またFP&Aの(1)~(3)の役割は、従来の財務部門や経営企画部門の業務内容と類似しています。実際に予算策定や予実差異の分析、対策の提言、財務プランニングなどはFP&Aが担う業務と同じとも言えます。しかしながら意識やミッションの部分で全く似て非なる存在である点に留意が必要です。FP&Aは投資家や金融機関の要請を真剣に意識し、こたえることを主眼に置いていること、事業活動の原資を調達して運用し、還元することを最大のミッションにしています。したがって、事業執行責任者の「想い」をただ具体化するのでは役割として不適格であり、指摘したり、根拠を厳しく問う役割を担いうる存在なのです。これがすなわちFP&Aが「社内投資家」といわれる所以なのです。
図表1 FP&A組織の原則的な概念と機能整理図
III.FP&Aを有効化する条件
1.意思決定を支える管理会計制度を有効化
FP&Aは経営判断に資する多岐にわたる情報の分析と提供を求められるため、過去の業績情報のみならず、予測や見通しに関わる経営課題の検討に役立つ多種多様な財務数値や会計情報およびその源流情報であるサプライチェーン上の生産効率、在庫や販売管理上の単価や数量など幅広く取り扱います。そのため、各企業の経営課題、たとえば売上利益を最大化するためのプロダクトミックスの決定や、グループ全体での得意先別損益分析に基づく価格政策、長期的な設備投資の意思決定、為替を考慮した最適な販売、生産ロケーション、市場性の予測を考慮した販売・生産計画情報など、意思決定の目的に応じた提言を行うために、さまざまな知見と状況に応じた臨機応変な対応が求められます。そこでは財務会計における決算単位別や開示事業セグメント別などの切り口だけでなく、目的に応じて事業や地域はもとより顧客や製品カテゴリー別、商流、販売チャネル別といった経営判断に有効な切り口で分析することが求められます。
たとえば生産拠点の必要生産量を算出するために損益分岐点を導く際に使用する費用の固変区分は、財務会計上の費用区分とは異なる性質別の区分けが必要であり、エネルギー費用や非正規の労務費、残業代なども実態に即して固定費か変動費かを判断すべきです。また海外子会社の損益も移転価格税制の考え方に基づき、保有する機能などに照らして合理的な利益を達成するように調整された結果である財務会計上の数値であり、販売努力やコスト削減効果の実態をとらえるには不十分です。FP&Aに集まる情報は適切に事業上の成果を反映する切り口で表現されなければならないのです。また意思決定を支援するということは、スピードと情報の鮮度が高度に求められるということです。正確性を追求するあまり配賦計算や金額の小さい項目の数値確定に過度に時間をかけるよりはタイムリーに有効な粒度での情報を次のアクションにつながることを重視して提示する必要があります。たとえば事業部に展開するROICなども、財務会計上の正確性よりも、事業部門が「コントロール可能であることを実感できること」が重要であり、製品別の粗利益、固定資産や在庫などの管理可能なB/S項目を責任をもって具体的な改善策につなげられることが重要なのです。
言い換えれば、FP&Aを有効に機能させるためには財務会計で求められる正確性へのこだわりを捨て、経営判断や事業上のアクションにつなげられる意味のある切り口でかつ求められるスピードをもって運用される管理会計制度の構築が大前提なのです。(図表2参照)
2.経営にとって意味のあるデータの統合と集約
FP&Aが有効に機能するための上記のような自由度の高い管理会計の仕組みを整えるうえで、最も障害になるのが企業組織内の情報の断絶と分散です。たとえば、コーポレート部門が保有する財務数値で表現されるデータと、各事業部門や関係会社が保有する事業運営に伴って把握されるデータ(販売や仕入の数量、取引価格、商流に関する情報、現物としての在庫数量や供給リードタイムなどのサプライチェーンに関わる情報、製造原価や生産効率に関する現場の情報など)は必ずしも一連の相関性をもって紐付けられていないことがあります。また投資の是非を判断するための、リターンの見通しや、さまざまなコストやリスクを見積もるための根拠情報が、各事業部や現場、各担当者個人に滞留していたり、感覚に依存していることも多くあります。
こうした状況下ではFP&A機能の導入によってレポートラインの増加やデータ集計作業の増加により事業部門や関係会社の計数管理担当者に多大なるストレスを与えてしまう事態が生じます。ましてや勘と経験に依存した予算策定の結果が、思い通りの結果になっているうちは、FP&Aによる改善提案やデータを活用した合理的な経営管理に移行する動機付けがきわめて低くなりがちです。
それゆえFP&Aの導入を検討される企業では、計画と実績の乖離を真剣に問題視するとともに、レポートラインを精査する取組みや、分散する情報を専用の共通データプラットフォームに集めるプロジェクトを並走させることになるのです。
図表2 FP&Aを支える管理会計制度の整備
IV.FP&A導入のアプローチ:誰がどのように推進するべきか
FP&A導入方法の2つのパターン
FP&Aの導入アプローチは、先進企業の事例からおおよそ2つのパターンに類別されます。1つ目は、計数に関わる部門:経営管理、事業管理、原価管理、財務管理、IRなどを組織の壁を取り払って集約し、自社においてFP&Aとして求められる機能構成に再編するケースです。情報の集約や人的リソースの集約を一気呵成に進められる点で有効である反面、既存の組織とのすみ分けや権限の配置、レポーティングラインの整理など、実務的な整理が完了しない間は、関係部門の抵抗や業務の混乱が生じる危険性も高いといえます。このアプローチではCFO管掌に計数系の組織をほぼすべておさめておく必要があり、CFO主導で強力に推進できる組織風土や権限の集約が前提になります。
2つ目のアプローチは、既存の組織体系はそのままに、少数精鋭で、人材を指名して組成し、必要性の高い事業部門の支援的役割を充足し実績を作りながら、他の事業部門への横展開やコーポレート組織の組成、情報環境の整備など段階的に整えていくケースです。これは実績と信頼を重ねながらスモールサクセスを積み重ねていくボトムアップ型の進め方といえます。関係各所の反発は少ないものの、最終的な完成形に至るには少なくとも3~5年程度の中長期的な時間軸を要することになります。またその過程で、経営意思決定に必要な情報がすべてFP& Aに集まるよう、レポーティングラインが一元化されなければなりません。
どちらのアプローチをとるかは、経営管理体制が変革を迫られていることに対する緊急度合いや人材の状況、また経営トップの推進力や業務執行部門の理解度などさまざまな要因に基づいて決定されるべきです。いずれにしても、そこでは、外部の投資家との建設的なコミュニケーションを重視し、形式だけでなく社内全体のアクションとその根拠を十分に説明できる状態にする、また投資家だけでなくそれによって従業員にも報いようという会社の姿勢が問われます。
FP&Aを先行して導入している企業においては、事業部門や事業部、海外子会社での管理スタッフを経験したうえで、小規模なM&Aや新規事業の企画に関わった経験を持った人材や、投資家対策などのバックグラウンドをもった人材が登用されるケースが多く見られます。すなわち制度に対応するための専門的な会計基準や財務の知見よりは、事業活動の成否がどのように数字に影響するのか、勘所を構造的かつ動的にとらえられる能力がより重要だということです。こうした人材を育成するには、外部人材に依存するだけでなく、会計・財務の専門家としての知見と、事業活動のなかで経験や知見として蓄えられた事業企画的なスキルセットを融合する必要があります。また必要に応じて組織的かつ計画的にローリングするようなキャリアモデルや社内公募制やサポートする事業部門の事業効率性指標に連動した成果報酬型の評価制度などもFP&Aを定着させる制度的なインフラとして求められます。そして業績連動型の評価制度の導入も求められます。加えて最近では、FP&Aという、やや企業内では理解しがたい役割や仕事の内容、やりがいについて社内広報活動を展開していく試みも多くみられます。
V.さいごに
以上のように、FP&Aは全社的な経理管理思想、プロセスの変革の重要なパーツであること、その基本的な概念と特徴、既存組織との違い、日本の先進企業における成功要因と思われる特徴や導入ステップについて述べました。またFP&A機能は近い将来、間違いなく日本企業を支える重要な機能の1つとして当たり前に組み込まれることが予想されます。
そこに至るまでにはCEOやCFOの強い推進力が不可欠であるとともに、企業風土にあった業務内容と役割を明確にし、企業内に認知訴求していく働きかけも重要です。その意味でFP&Aというコーポレート機能は経営のニーズや課題認識が顕在化したタイミングで速やかに導入に向けた取組みをはじめるべきであるといえます。
執筆者
有限責任 あずさ監査法人
アドバイザリー統轄事業部
マネージング・ディレクター 柏原 恭太