産業用ドローンとは何か?

「俯瞰する賢者の鏡」
産業用ドローンは、建設現場監視や農業モニタリング、災害調査、物流業務といった産業用途で使用される無人航空機を指す。産業用ドローンの主要構成要素は、機体と送信機・プロポの2つからなる。尚、プロポとはプロポーショナルコントローラーの略称であり、ドローンの前後や上下左右への移動を遠隔操作する操縦機である。機体は、プロペラ・フライトコントローラー・カメラ・センサー・受信機・バッテリーで構成され、送受信機と外部情報を収集するカメラ・各種センサーをフライトコントローラで統合し、フライトコントローラからの指令をモーターへ電圧変換して伝える。

図表1:産業用ドローンの主要構成要素と動作メカニズム

Japanese alt text:図表1:産業用ドローンの主要構成要素と動作メカニズム

出所:各種公知情報に基づきKPMG作成

産業用ドローンの対比となるのが、ホビーや空撮で使用されるコンシューマー用ドローンである。コンシューマー用ドローンは、空中写真や動画撮影・空中アクロバット・ドローンレースなどに利用されることから、軽量で小型の機体が多く、カメラやGPS機能の搭載に留まる。一方、産業用ドローンは、コンシューマー用ドローンと異なり、機体に対する要求特性が用途で異なるため、顧客現場でのソリューションの作りこみが重要となる。例えば、長距離・長時間の飛行や雨風など天候に左右されない飛行安定性や、複数の異なる業者が運行しても安全な運行が管理できるシステム等、使用用途によってカスタマイズされる。

 

産業用ドローンで特に期待されている分野が、農業・空撮・建築・警備・物流の5つである。例えば、農業の分野では、農薬や肥料の散布と作物の成長度合いをカメラにより確認するといった用途があり、そのために農薬散布用のタンク・均一に農薬散布ができる性能が求められる。空撮では、上空から写真や映像を撮影する用途があり、高画素カメラを内蔵もしくは外付けできる機能が求められる。また、建築の分野では、インフラや設備の点検・測量用途があり、カメラや測量器といった機材を内蔵・外付けし、測量精度を高める安定飛行性能が求められる。警備の分野では、スポーツ・ライブ等のイベントの監視や施設・ビルの巡回用途があり、飛行の安定性・安全性と長時間の連続飛行時間性能が求められる。空中での機動力、カメラやセンサーの掲載、危険な場所への進入(人的リスクの回避)等の特性を生かし、さまざまな産業での活用が期待される。

産業用ドローンの技術課題と技術ブレークスルー

用途別の要求特性と技術達成度を整理したものが、図表2である。機体そのもの速度・航続距離・センサー・GPSといった技術は、殆どの用途で要求特性を満たしている。残る課題として、警備センシングや自己位置推定技術、物流航続距離の改善が求められる。

図表2:産業用ドローンの用途別要求特性と技術達成度

Japanese alt text:図表2:産業用ドローンの用途別要求特性と技術達成度

出所:日経エレクトロニクス 2020年8月号「国産ドローンの逆襲 品質勝負の産業分野に勝ち筋」を基にKPMG作成

一方、運行管理システムについては技術課題が山積している。産業用ドローンの活用シーンは、複数のドローンが飛び交い、対象物と障害物を見分けながら、測量・空撮・輸送といった機能を提供するため、ドローン同士の衝突防止、空域侵害の防止、地形・障害物との衝突回避が求められるが、こうした要求特性は一部しか充たせていない。

2022年12月5日に改正航空法が施行され、国内でのレベル4での飛行が可能となった。これにより、有人地帯上空での目視外飛行が可能となり、産業用ドローンの社会実装が現実味を帯びる。このレベル4で求められる技術課題が、機体と飛行の「安全性」である。

機体の安全性については、レベル4は有人地帯上空を飛行するためには、安全基準を満たしたことを示す第一種機体認証の取得が必須となる。第一種機体認証を受けられる機体の安全基準は、「電動・自律制御飛行」「地上局で挙動監視・異常時警報表示・緊急着陸などの指示への対応」「非常用パラシュートの搭載」「高セキュリティ」「製造工程・部品単位での安全性」の5つが定められている。物流用途でも述べたが、特に長距離飛行を実現するバッテリーの高性能化が技術課題となる。現状、連続飛行可能時間は30〜40分程度のため、長距離輸送や長時間測量には適さない。

現行のドローンが概ね250Wh/kgで30分飛行できるが、同じバッテリーサイズで1000Wh/kgになれば120分飛行できる。このように電池重量当たり出力の増加が飛行時間に直結するため、セルの高容量化、質量低減、密度向上、最大出力密度向上が求められる。次世代電池の開発目標では、充放電回数が1000回以上、重量エネルギー密度が400Wh/kgというレベルに2020年代後半から30年代に到達することが期待されている。

この水準値達成に向けてはリチウム電池の改善に加えて、全固体リチウムイオン電池の開発も進められている。全固体リチウムイオン電池は現行リチウムイオン電池と比較し、重量エネルギー密度は2.5倍、充電時間は1/3、寿命は3倍、さらに発火事故を回避できるという性能を持つ。また、水素燃料電池の開発も進んでおり、水素燃料電池を搭載したドローンは1回の充電で3時間以上かつ最大200kmの飛行が可能とされている。水素燃料電池は適応温度がマイナス20度から40度と広いことから環境適合性も高く、発電時に発生するのは水のみで二酸化炭素を排出しない点も有益である。

飛行の安全性は、飛行ルート近くの人が少ない場所に自動・手動での着陸、機体の高度を下げて安全な場所への着陸、飛行困難となった際にパラシュートを開いて降下する、といった機能が求められる。特に飛行の安全性を担保する技術課題として、運用管理システムが挙げられる。前述した通り、レベル4では多くのドローンが飛び交うため、接触・衝突事故を回避する仕組みが必要となる。現在、国土交通省は、複数ドローンの飛行計画や飛行状況、地図・気象情報などを共有する運航管理システム(UTM)の整備を進めており、図表2で解説した通り最も技術開発が求められる分野である。

この技術開発の端緒として、NEDO(国立研究開発法人新エネルギー・産業技術総合開発機構)は、NEC、NTTデータ、日立製作所の3社とUTMの機能構造に関する規格化を進め、ISO(国際標準化機構)から国際規格「ISO 23629-5 UAS traffic management(UTM)- Part 5:UTM functional structure」として2023年4月に正式に採択・発行された。これにより、UTMの機能構造の国際標準化がなされ、ドローンを活用したシステムに求められる具体的なサービス・機能要件やシステム全体のアーキテクチャの検討、ステークホルダー間の機能実装分担、システムの調達などの調整を齟齬なく実施できるようになった。

今後UTMは、国が集中的に管理する形態から、複数の民間UTMプロバイダが分散的に相互接続するものに移行すると見込まれる。国際規格ができたことで、飛行の安全性を担保するUTMの技術開発が加速することが期待できる。

図表3:UTM機能構造の概念図

Japanese alt text:図表3:UTM機能構造の概念図

出所:2023年4月7日 NEDO ニュースリリース「ドローンの社会実装に向けてドローン運航管理システムの機能構造を国際規格化」https://www.nedo.go.jp/news/press/AA5_101645.html

産業用ドローンのアプリケーション展開状況

図表4は産業用ドローンの国内サービス分野別市場規模の推移である。産業用ドローンが上市した2017年から2028年にかけて年率約40%の成長が見込まれている。特に急拡大する用途が物流と点検の分野である。

物流分野は、ANAホールディングスによる沖縄県久米島町でのドローン配送サービスの実証実験や、KDDI、JAL(日本航空)、JR東日本、ウェザーニューズ、メディセオの6社による医薬品輸送サービスの実証などが開始されており、2024年は物流用途の産業ドローン元年となり、2025年以降市場が本格的に立ち上がっていくだろう。

点検分野は、太陽光パネルや移動体通信の基地局・通信鉄塔、橋梁、屋根、建築物などさまざまなインフラや設備の点検が実用化されている。直近では2024年1月に首都高速道路と首都高技術、JDRONE、NTTコミュニケーションズ、KDDIは、災害時などにおける迅速で確実な点検手法の確立を目的とした首都高速道路で初となるドローンポートを用いた自動飛行の実証実験を首都高速道路の長大橋3橋(五色桜大橋、小松川斜張橋、レインボーブリッジ)を対象として実施した。このように2024年以降からプラントや大規模建造物の外壁や天井裏、風力発電設備分野での活用が見込まれている。

図表4:産業用ドローンの国内サービス分野別市場規模

Japanese alt text:図表4:産業用ドローンの国内サービス分野別市場規模
Note:「その他」には空撮、警備、エンターテインメントなどの用途が含まれる。
出所:インプレス総合研究所「ドローンビジネス調査報告書2022」 を基にKPMG作成

図表5は、国土交通省が公表している社会資本の老朽化の現状であるが、今後20年間で高度成長期以降に整備された道路橋、トンネル、河川、下水道、港湾など建設後50年以上経過する施設割合が加速度的に高くなる。しかしながら、こうした社会インフラ全てを再建造することは、人口減少が予測される中では現実的ではない。そこで求められる対策が、損傷が軽微な段階で補修を行うことで施設を長寿命化させる「予防保全」である。この予防保全で大きな役割を果たせるのが産業用ドローンである。

日本は社会インフラの老朽化に人口減少・高齢化と同様に先進国で最も早く直面することが予想される。その点でも世界に先駆けて産業用ドローンの社会実装は、グローバルレベルの社会インフラ課題への寄与と広大なグローバル市場の獲得という社会価値と経済価値の両立というDeep-techの醍醐味に溢れる取り組みといえよう。

図表5-1:社会資本の老朽化の現状

Japanese alt text:図表5-1:社会資本の老朽化の現状

図表5-2:社会資本の老朽化の現状

Japanese alt text:図表5-2:社会資本の老朽化の現状
出所:国土交通省「国土交通白書2022」を基にKPMG作成
https://www.mlit.go.jp/hakusyo/mlit/r03/hakusho/r04/pdfindex.html


注1)建設後50年以上経過する施設の割合については建設年度不明の施設数を除いて算出した。
注2)国:堰、床止め、閘門、水門、揚水機場、排水機場、樋門・樋管、陸閘、管理橋、浄化施設、
   その他(立坑、遊水池)、ダム。 独立行政法人水資源機構法に規定する特定施設を含む。
    都道府県・政令市:堰(ゲート有り)、閘門、水門、樋門・樋管、陸閘等ゲートを有する施設及び
    揚水機場、排水機場、ダム。
注3)一部事務組合、港務局を含む。

お問合せ

執筆者