核融合発電とは何か?

「地上に太陽を創る」

そんな壮大な試みが60年前から取り組まれている。これが核融合発電である。核融合発電とは何か?一言で表現すると、「プラズマ状態の原子核同士を融合させることで膨大なエネルギーを発生し、そのエネルギーで電力を生み出す発電方法」となる。

E=mc2

かの有名なアルバート・アインシュタインが1905年に発表した特殊相対性理論で導いた世界一有名な数式である。Eであるエネルギーは、mである質量と等価であることを記述しており、「ほんのわずかな物質にも,膨大なエネルギーが秘められている」ことを意味する※1 。これは、物質からエネルギーを引きだせることと、逆にエネルギーから物質を生みだすことができることを示している。前者は、原子核が分裂する「核分裂」や原子核同士が融合する「核融合」が該当する。後者は、粒子同士を衝突させて物質の根源である素粒子を生みだすことができる「加速器」が該当する。

核融合発電とは「プラズマ状態の原子核同士を融合させることで膨大なエネルギーを発生させる」と述べたが、物質からエネルギーを生み出すために進められている方法が、重水素(deuterium)と三重水素(tritium)の原子核が衝突して融合し、ヘリウム(helium)と中性子(neutron)が放出され、その過程で莫大なエネルギーを放出するという物理現象である。核融合反応が起きる前の重水素(D)と三重水素(T)の質量より、格融合反応が起こった後のヘリウムと中性子の質量が軽くなることから、その差分の質量がエネルギーに変わるというメカニズムである。これは、重水素と三重水素の頭文字であるDとTを取り上げD-T反応と呼ばれる。

※1:光速:Cは日常的な単位では大きな数字(約 300 000 km/s または 186 000 mi/s)であるため、系が静止しているときに測定される少量の「静止質量」が、物質の組成とは無関係に膨大な量のエネルギーに対応することを意味する。

 図表1

出所:「誰でも分かる核融合のしくみ | 核融合が起こるとどうなるの? - 量子科学技術研究開発機構 (qst.go.jp)」量子科学技術研究開発機構HP

核分裂は既に実証された技術であり、原子力発電は核分裂反応を利用しているが、放射性物質の管理や核分裂反応の制御に課題がある。一方、核融合発電は重水素とトリチウムが原料となるが、いずれの元素も基本的には海水から抽出されことから、実質的に燃料はほぼ無尽蔵である。また、エネルギー効率の観点でも核融合は核分裂に勝る。核分裂反応で得られるエネルギー量は、ウラン燃料1グラムから石油 1.8トン分とされるが、核融合反応の場合は、核融合燃料1グラムから石油8トン分とされている。更に、核融合は核分裂とは異なり、核融合反応で生成される粒子は、次の核融合反応に直接的には関わらないことから、連鎖反応が起こらず反応の暴走や爆発の危険が無い。核融合発電はエネルギー原料の膨大さ、エネルギー効率、安全性の3つの観点から核分裂反応を活用した原子力発電よりもメリットがある。

核融合発電の技術段階と技術課題

原子核の融合つまり、2つの物質を結合させるのはとても難しい。同じ正の電荷を持っているため互いに反発し合うからだ。この反発を乗り超えるには多くのエネルギーが必要になる。太陽では1000万度という超高温環境と地球の1000億倍以上の圧力が可能にしているが、地上で核融合を持続させるには、燃料を1億度以上の高温、高密度のプラズマ状態にし、長時間保持させる必要がある。そのためには、燃料である重水素と三重水素の原子から電子を電離することで、イオン化させて原子核をむき出し状態にし、その上で電気的にプラスである原子核同士を電気的な反発力に逆らって高速で衝突させ続ける必要がある。

このプラズマを生成する装置が真空容器であり、プラズマを1億度以上に加熱する装置がプラズマ加熱装置である。更にプラズマを長時間保持させるには、磁場を利用してプラズマを炉の中に浮かべる必要があるが、この磁場を安定して作り出す装置がトロイダル磁場(TF)コイルである。他にも縦方向の磁場を作るコイルである中心ソレノイドコイル、粒子排気、熱除去、プラズマ閉じ込め改善の3つの機能を担うダイバータ、発生するエネルギーの殆どは高速で運動する中性子として放出されるが、これを受け止め発電機を回す熱エネルギーとして取り出す変換器であるブランケットがある。これらの装置を組み合わせたものが核融合炉である。

図表3 核融合炉業界地図

出所:「核融合炉業界地図、6つの主要機器で市場に食い込む日本メーカー」日経クロステック(2023/4/18)、公開情報よりKPMG作成

核融合炉には、トカマク式、ヘリカル式、レーザー式と3つの方式があるが、ここでは2025年の運転開始を目指し、日本・欧州・米国・ロシア・韓国・中国・インドの7極により進められているITER計画で採用しているトカマク式を解説する。

現在は科学的・技術的実証フェーズにあり、大きく三つの課題がある。一つ目は高い核融合エネルギー倍増率の実現である。これは発電ソースとして使用するために、投入エネルギーに対して高い倍増率でエネルギーを抽出できる効率性が求められる。ITER計画における目標であるエネルギー倍増効率10に対して現時点で、1.2を達成しているが、商用化には30が必要と言われている。二つ目は長時間燃焼の実現である。これは核融合反応を連続して起こすべく、超高温のプラズマを数か月~1年程度炉内に閉じ込めることが求められる。三つ目は核融合炉工学基礎の構築である。これは実用化に向けた機能として、定常かつ安定した電気出力、高い稼働率、三重水素増殖の達成が必要となる。特にヘリウムおよびプラズマ中の不純物の減少に使用されるダイバーダの設計が大きな課題となっている。

図表2 核融合研究開発の現状

出所:文部科学省「核融合研究開発の現状」、公開情報よりKPMG作成

核融合発電の事業化要件

核融合発電の事業化に向けては、研究から開発にシフトする”魔の川”を超える必要がある。3つの技術課題をクリアするためには、臨界プラズマ条件達成、連続核反応・燃焼時間維持、エネルギー効率向上・電力の抽出と段階的に技術要件を満たす必要がある。このうち最初の臨界プラズマ条件は達成しており、残る連続核反応・燃焼時間維持とエネルギー効率向上・電力の抽出が当座の目標となる。

連続核反応・燃焼時間の維持は、実験炉の開発・構築がゴールとなる。そのためには、トカマク式の核融合炉を構成するプラズマ加熱装置、トロイダル磁場(TF)コイル、ボロイダル磁場コイル、中心ソレノイドコイル、ブランケットモジュール、真空容器等の各装置の開発が必要となる。核融合炉は「人類史上最も複雑な構造体」と言われ、最先端工学技術が要求される。例えば、トロイダル磁場(TF)コイルだけでも高さ16.5m、幅9m、総重量300トンという巨大な装置であり、求められる製作精度は誤差数ミリ以下である。製作工程は多岐にわたり、コイル材のニオブ3スズ超伝導線は650度の熱処理を100時間以上かけようやく完成する。こうした要素技術は、日本の重工メーカーを中心に1970年代から蓄積されている。事業化に向けては、蓄積された要素技術を持つ企業が各装置の完成度を高め、“協調”しながら実験炉を構築し、量産化フェーズでは100倍の市場規模になるとも見積もられており、市場創造を狙った思い切った投資判断により“競争”を志向していくことが必要だろう。

図表4 フュージョンエネルギー・イノベーション戦略

出所:KPMGデータベース、文部科学省「フュージョンエネルギー・イノベーション戦略」、核融合炉業界地図、6つの主要機器で市場に食い込む日本メーカー」 日経クロステック(2023/4/18)、公開情報よりKPMG作成

エネルギー効率向上・電力の抽出は、核融合炉工学の構築とそれを基盤として核融合炉の開発・構築がゴールになる。そのためには、ブランケット、ダイバータ、タービン発電機、蒸気発生器 等の開発が必要となる。この領域は実用化フェーズであり、核融合炉開発に伴う発電ビジネスにも直結することから、世界中で様々なスタートアップが勃興している。Commonwealth Fusion SystemsやHelion Energyの米国スタートアップは、2021年までに約2,600億円と桁違いの資金を調達し、Microsoft創業者であるビル・ゲイツやAmazon.com創業者のジェフ・ベゾスが出資したことで話題にもなった。

このエネルギー効率向上・電力の抽出領域は、連続核反応・燃焼時間の維持の後工程とバリューチェーンになっており、事業化においては、前工程を手掛ける重工系大企業と後工程に関わるDeep-techスタートアップとの連携が肝要となる。後工程のDeep-techスタートアップの開発が成功し、核融合炉の構築と運用が進めば、前工程のハードウェアも成長するという構造にある。従って重工系大企業はこの段階からCVCなどを通じて、スタートアップに業務提携と出資を組み合わせた戦略出資により、後工程と前工程の共進化を図ることが有効となる。

図表5

出所:日経ものづくり「核融合発電の主役はスタートアップ」、日興リサーチセンター「核融合発電技術の展望と課題」、各社HP、公開情報よりKPMG作成

​※2:磁場と慣性(レーザー)閉じ込めの双方を組み合わせた複合的な閉じ込め方式

また、事業化の初期フェーズはハードウェアの販売が中心となるが、成長フェーズにおいては、付加価値の幅出しも図っていくべきだろう。核融合炉のユーザ企業は、初めて核融合を運用することから、メンテナンスにおいてIoTを活用した交換部材のアフターサービス、顧客要望に合わせた重用部材についてDigital-Twinを活用したチューニング、設計技術のIPラインセンスなどが考えられる。

Deep-techとは、世の中に深く根ざした問題(ディープ)を解決できる技術(テック)と言われる。Deep-techは極端・極限環境での要素技術を活用することから、参入障壁が極めて高くコモディティの懸念が殆どない。開発にかかる時間と資金は膨大であるが、人類普遍の課題に挑戦する領域であることから、絶対的なソーシャルニーズが存在する。誤解を恐れずに言えば、開発に成功するまで取り組み続ければ絶対に成功する分野である。Deep-techは、大学・研究機関・企業の研究所での技術蓄積が起点となる。モノづくりのほとんどの分野で世界一を取ったことのある日本にとってはこうした技術蓄積の厚みがある。本シリーズでは、Deep-techの展望を解説することで、日本の技術蓄積の可能性を探究していく。

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