3Dプリンターとは何か?
「デジタルの息吹、物質の舞台へ」
3D プリンターとは、3次元(Three Dimension)の設計データを基に、材料の層を積み重ね、硬化・焼結といった工程により、立体造形物を出力する装置を指す。Rapid Fabricationなど様々な呼び方がされていたが、2009年にASTM InternationalにおいてAdditive Manufacturingという用語が正式に定義された。
3Dプリンターが登場する前の立体造形物を製造する方法は、金型を用いた成型加工と工作機械を用いた切削加工が主流であった。これらの製造方法は現在でも主流であるが、成型加工は金型製作の時間と保管費用が、切削加工は部位によって適した材料を単一の部品では使えない、といった課題があった。こうした課題に対して3Dプリンターは、設計データから直接作るため、金型が不要で、且つ在庫を持たずオンデマンドでどこでも生産でき、部位ごとに適切な素材を用いて、切削・成型加工では不可能な構造が実現できる。
切削・成型加工で不可能な3Dプリンターでしか実現できないことが、「トポロジー最適化」という最適形状を求める設計技術である。トポロジー最適化は、製品の利用シーンで想定する構造的な制約、荷重・拘束条件で設定した設計空間において、最も効率のよい材料の分布を見つけることができる。3Dプリンターは、複雑で柔軟性のあるデザイン、ラピッドプロトタイピング、オンデマンド印刷、廃棄物の最小化、費用削減、ひいてはサプライチェーンの最適化など、様々なメリットが挙げられている。
図表1:3Dプリンターによる立体造形出力プロセス
3Dプリンターは、個人、中小企業、教育機関がトレーニングや研究目的で使用するデスクトップ用と重工業、自動車、エレクトロニクス、航空宇宙・防衛、ヘルスケアなどの大規模な製造目的で使用される産業用の2種類が挙げられる。本稿では産業用の中でも複雑な電子部品の製造に利用されている電気・電子機器製造業にフォーカスして解説する。
3Dプリンター技術の進化過程
3Dプリンターは、B to C向けにも普及し始めたことから、最新技術のように捉えられるが、開発の歴史は40年以上に亘る。図表2は、3Dプリンターの技術開発経緯であるが、その起源は1980年にまで遡る。この時期は3次元CADを基に光硬化性の熱硬化性ポリマーを用いて、樹脂の3次元構造体を制作する方法から3Dプリンティングが産声を上げた。その後、積層造形法(AM1)が共通言語となり、1990年代から製造方式が多様化し始めた。2000年に入ると医療用3Dプリント技術が進歩を遂げ、初の人工血管が制作された。そして、オープンソースの「RepRap」プロジェクト2が立ち上がり、技術発展に伴って家庭用・商業用の3Dプリンター開発へとつながった。
1. Additive Manufacturing
2. RepRapは2005年にイギリスバース大学のAdrian Bowyer博士によって創設された3Dプリンターを開発する計画。RepRapはreplicating rapid prototyperの略である。
図表2:3Dプリンターの技術開発経緯
2010年には、FDM方式とSLS方式に関わる特許切れを契機に、多くの企業の新規参入により低価格開発が加速した。その結果、積層印刷する材料や部品の種類に応じて、SLA、DIW、SLM、EBM、BJ、MJ、LOM、DMLSといった主要技術が開発された。(図表3)
図表3:3Dプリンターの主要技術
2020年になると、図表3で示した主要技術は一層進化し、高解像度、広い印刷エリア、高い表面品質、高速印刷を実現したHPS技術が開発された(後段で詳細解説)。更にSLA技術の後発となるLFS3の発展に伴い、新技術となるSAF4、FGF5といった方式が次々と開発されている。将来的には時間という4番目の次元が追加され、時間の経過と共に形状が変更する4Dプリンターの開発、そして、3Dと4Dプリンターの後継技術として、プリントヘッドに2つの移動軸が追加され、湾曲したレイヤーを作成可能な5Dプリンターの開発も視野に入っている。
3. Low Force Stereolithographyの略で、造形モデルにかかる荷重力(Force)を低く(Low)抑えることで、高精細で正確な造形を実現する3Dプリント方式
4. Selective Absorption Fusionの略で、カウンター回転式ローラーを使用してプリントベッド上に粉末層を塗装し、HAF高吸収流体を印刷してパーツを造形する量産ニーズに対応する造形技術
5. Fused Granular Fabricationの略で、熱溶融積層方式だがフィラメントだけではなくプラスチックペレットも直接素材として利用できる技術。リサイクル材料のrPETやrPPもそのまま原料にできる
3Dプリンターの技術課題と技術ブレークスルー
3Dプリンターの技術革新は目覚ましく、あらゆる用途に活用が進むことが期待される一方、顧客要望も高まっており複数の技術課題が生じている。主要な技術課題として「解像度と精度の向上」「材料の多様性」「印刷速度の向上」の3つが挙げられる。
1つ目の解像度と精度の向上は、ノズルのサイズや動きの正確性が求められているが、素材の粒子サイズに比例して、微小な構造を正確に制御することが難しい。ノズルが高速で動作する際、機械的な振動や共振が発生しやすくなるが、これにより印刷物の表面にムラや歪みが生じ精度が低下する。他にもノズルの非線形な動きの補正や加速度制御が挙げられる。
2つ目の材料の多様性であるが、特に、高強度・耐熱・透明性といった機能が市場要望としてある。高強度を発揮するためには、精密に層を積み重ねる必要があり、層の境界での剥がれや接着の強度向上が求められる。耐熱性を持たせるには、材料が高温で劣化せず、機械的な特性が維持されることが求められ、材料を積み重ねる際に生じる熱を効果的に排熱する方法も必要となる。透明性を確保するには、均一な層の厚さや表面の仕上げと透明材料が特定の波長の光を通す光学的な特性を精密に制御する技術が求められる。
3つ目の印刷速度の向上であるが、印刷速度が上がると、特に小さな構造や微細なディテールの印刷において、精密な位置決めが求められる。更に、高速な動作により、機械的な振動や共振が生じることから。これを制御する振動制御技術が必要となる。高速で連続的に素材を積み重ねると、ホットエンドやノズルが過熱しやすくなる。よって、適切な冷却材の選定や冷却流体の制御が必要となる。また、印刷ヘッド周りの機械部品やモーターも高速で動作するため、これらの部品の冷却も重要となる。これには冷却ファンの配置や冷却フィンの効果的なデザインが求められる。そして、積み重なった層が急速に冷却されると、応力が生じやすくなり、割れや歪みの原因となるため、適切な冷却プロファイルや冷却ソリューションの開発も求められる。
これら3つの技術課題のブレークスルー技術として登場してきているのが、図表③で示したHPS(Hybrid Photosynthesis)技術とHTCP(High-Throughput Combination Printing)技術(図表4)である。
まずHPS技術だが、これはAxtra3Dという光エレクトロニクスを利用した高度なアディティブ・マニュファクチャリングソリューションの開発を専門とするテクノロジー企業が開発した新技術である。この技術は、SLA、DLP、LCDの長所を一台の3Dプリンターに一体化することで、高解像度・広い印刷エリア・高い表面品質・高速を実現するものである。SLAの表面品質と同等以上の品質を提供しつつ、DLP/LCDの印刷速度で連続印刷と等方的な部品性能を実現している。
次にHTCP技術であるが、これはNotre Dame大学(米国)のYanliang Zhang准教授が開発した技術である。この新技術は勾配のある組成と特性を持つ材料を生成し、金属・半導体・ポリマー・生体材料等の幅広い領域に適用できることが特長である。具体的には、印刷中に複数のエアロゾル化ナノマテリアルインクを混合し、印刷材料の構造や局所的な組成を細かく制御し、それぞれが数千種類にも上る独自の組成を含む「ライブラリー」として機能し、コンビナトリアルな材料の製造を可能にするというものである。
図表4:The design strategy of HTCP6
6. aはイン・シチューエアロゾル混合に基づく組み合わせ印刷方法の模式的なイラスト。bは直交および平行勾配印刷の設計戦略と青いインク(食品染料ブルー1)と赤いインク(ロダミンB)を使用した対応する印刷勾配パターン。これにより、組成変調の特徴を表示。cはオプティカルマイクロスコピー画像で示されるエアロゾルインクの流速が堆積物に与える影響。dは各種インク(ポリスチレン、AgNW、グラフェン、Bi2Te3)の印刷物の厚さと流速との関係を、それぞれ示す
3Dプリンターのアプリケーション展開状況
電気・電子機器製造業では、複雑な回路や試作品に3Dプリンターが使用されており、用途としては、高速プロトタイピング・プリント回路基板(PCB)・モールド接続デバイス(MID)・センサー・電磁石・アンテナが挙げられる。
高速プロトタイピングは、最も汎用的に使用されるアプリケーションで、複雑な電気回路や回路基板の試作を可能にする。設計の反復作業を高速化し、より多くのテストの概念検証を可能とし、複雑な形状やコンポーネントを柔軟に設計でき、カスタマイズを可能としている。プリント回路基板(PCB)における3Dプリンターの活用は、従来のフラット・ボード設計に制約されず、PCBを様々な形状やサイズの製品に適合させることが可能で多層PCBも製造できる。モールド相互接続デバイス (MID)については、従来の製品インターフェースを構成する回路基板・筐体・コネクタ・ケーブルを組み合わせ、完全に機能する1つのパーツに統合できる。3Dプリンターを使用することで、メーカーはMIDを内製化することができ、外注生産のリスク、時間、コストのペナルティに関する懸念を払拭することができる。センサーは、物理センサー・化学センサー・バイオセンサーなど様々なセンサーがメーカーによって生産されている。3Dプリンターの活用により、1つの装置に複数の機能を配置して組み込む、生産時間とコストの削減といった効果が上がっている。電磁石は、ハードディスクドライブ・スピーカー・モーター・発電機などに使用されており、3Dプリンターにより、様々な形状とサイズの電磁石を設計・印刷し、最適なアプリケーションフィットを実現できる。また、電磁石コイルの分解能を大幅に向上させることが可能で、軽量化とコンパクト化を実現し、リードタイムとコスト削減に寄与している。アンテナは、3Dプリンター使用により、小型で軽量なアンテナの製造が可能で、製造時間の大幅な短縮と単一のプリントで製造することができる。尚、3Dプリントしたアンテナは、従来のアンテナと同様の性能を発揮できる。
図表5:3Dプリンターのアプリケーション展開状況(電気・電子部品製造業)
3Dプリンターの活用は、シーメンス、エアバス、ボッシュ、シュナイダーエレクトリック、GEなど欧米製造業では、ユースケースを公表するなど積極的な活用が際立つ。日本企業は、従来の製造技術で十分な品質が実現できていることと、当初試作品で3Dプリンターを活用したものの適用限界を知ったことからか、積極的な活用という点では停滞している。
3Dプリンターは、トポロジー最適化という設計の多様性と解像度・材料の多様性・速度という機能向上から、付加価値を生み出す技術に進化している。最近では、在庫をデータで管理し、3Dプリンターでの製造・納品に切り替えることで、保守パーツのコストやスペースを大幅にカットするといったサプライチェーンの変革につながるケースも出てきている。今後の技術進化では、4D・5Dも視野に入っていることから、従来の製造手法の持続的イノベーションに注力するうちに、3Dプリンターが破壊的イノベーションとなるといった、いつか来た道のイノベーションのジレンマとならないよう、日本企業による積極的活用を期待したい。