パワー半導体とは何か?
「電力の心臓」
CPUやメモリが、「演算」や「記憶」といった脳のような働きをすることに対して、パワー半導体は、電力の「供給」と「変換」といった心臓のような役割を果たす。パワー半導体は、従来の冷蔵庫やエアコンといったモータやコンプレッサーを搭載する家電製品から、電気自動車、通信、防衛・宇宙、系統電力とその活躍が期待される場が広がりつつある。
こうした新用途では、高電圧・高周波数での環境下で効率よく電流を流すことが求められる。電流とは電子の流れであるが、電子が移動する際に導線の物性によって違いはあるものの、金属原子によって妨げられ、電子が動くことに使われる予定であったエネルギーは金属原子の振動に利用されてしまい、発熱という形で送電ロスが生じてしまう。これが電気抵抗である。パワー半導体が登場する以前は、可変抵抗器を使って電流を制御していたが、この抵抗制御では常に抵抗器に電流が流れるため、発熱分が大きなロスとなっていた。パワー半導体はON/OFFするスイッチングにより、電流の制御が可能となり(チョッパ制御という)、特にOFF時に電流が流れないため、抵抗での発熱を無くすことができた。パワー半導体は、こうしたスイッチのON/OFFを高速で繰り返すことで、(1)交流を直流に変換(整流:コンバータ)、(2)交流の周波数を変換、(3)直流の電圧を変換(昇圧・降圧:レギュレータ)、(4)電流の直流を交流に変換(インバータ)といった4つの機能を実現している。
図表1:パワー半導体の4つの機能
電流が流れている状態(オン状態)の時に熱によって生じる損失を導通損失といい、このときの電気抵抗をオン抵抗と呼ぶが、このオン抵抗を低減することがパワー半導体の技術課題となっている。こうした技術課題に対処すべく、機器内部には回転ファンやヒートシンクといった熱を逃がす部材が備え付けられている。しかしこれだけでは、根本的な解決には至らない。そこで注目されているのが採用する半導体の素材開発である。
パワー半導体の技術課題と技術ブレークスルー(ワイドバンドギャップ半導体の開発)
パワー半導体は、ダイオードとスイッチングデバイスの2つに分類される。スイッチングで主に使用されているのは、大電流や高電圧に対応する能力が高く、電動車両や太陽光発電用のパワーコンディショナなどで利用されているIGBT(絶縁ゲートバイポーラトランジスタ)と高速なスイッチングが得意で低電圧領域(1,200 V未満)で利用されているMOSFET(金属酸化膜電界効果トランジスタ)1 の2つのトランジスタである。IGBTはスイッチング特性に課題があり、高速なスイッチングには向いていない。一方、MOSFETは電子のみが電気の伝導に寄与するため、高速スイッチングに適している。
大電流が必要となる用途では、低コストであることからSi(シリコン)を基材としたIGBTが使用されてきたが、スイッチング損失から発生する熱問題があり、高周波駆動には限界があった。そこで注目されたのが、MOSFETの構造を持ちながら高速スイッチングを実現するシリコンと炭素から構成される化合物半導体であるSiC(炭化ケイ素)を基材としたSiC-MOSFETである。SiCは従来のSiパワー半導体では達成できない高耐圧・低オン抵抗・高速という3つの機能が実現できる。SiCは、Siに代わる次世代素材であり、他にもGaN(窒化ガリウム)が開発途上にある。
これらはワイドバンドギャップ半導体と呼ばれ、原子同士の結びつく力が強く、絶縁破壊2 を起こす電界強度が桁違いに高いことが特徴である。SiCのバンドギャップ 3はSiの3倍程度広く、それに伴い絶縁破壊電界強度は10倍以上となる。Siと同じ耐電圧のパワー半導体をSiCで実現する場合、オン抵抗値を一桁以上低減できる。ワイドギャップ半導体は、バンドギャップが大きくなると電子の流れを止める臨界電場の強さが徐々に増える。つまり、バンドギャップが大きいことは、「電気を流すために莫大なエネルギーを要する=電気が流れにくい」ということを意味する4 。ワイドギャップ材料を使うと設計の自由度が高まり、低抵抗な層を使ってデバイスを構築できる。これにより、電気が通る際の損失を少なくすることができる。
図表(2)は、化合物パワー半導体の機能一覧である。これまで解説したワイドバンド半導体の絶縁破壊電解の値がSiよりも大きいことが見て取れる。更に高い値を示しているのが、UWBG(ウルトラワイドギャップ)半導体と呼ばれるGa2O3(酸化ガリウム)とダイヤモンドである。特にGa2O3は実用化も見えてきており、開発が急速に進展している。Ga2O3は、α・β・γ・δ・εと様々な結晶構造をとるが、低温・常圧における安定相であるβ相と準安定相のα相については成長技術が確立されている。
1 MOSFETはmetal-oxide-semiconductor field-effect transistor、IGBTはInsulated Gate Bipolar Transistorの略称。
2 電気回路・部品は保護を目的として、導体と導体の間に絶縁体を設置し隔離している。絶縁体も限界無くどのような電圧の電気も通さないわけではないため、絶縁体の限界値以上の電圧が絶縁体に流れた時、電気抵抗は急激に低下し、本来絶縁されるべき箇所に想定しない大電流が流れることになる。絶縁体の絶縁性能が何らかの原因で破壊 され、絶縁状態が保てなくなることを絶縁破壊と言う。
3 電子が存在することのできない領域(禁制帯)を指す。電気を通す、通さないは電子が移動することができるかどうかによる。
4 バンドギャップはeV(エレクトロンボルト)という単位で表される。Si(シリコン)のバンドギャップは約1.2eV。この数値は価電子帯の上部から伝導帯の下部までのエネルギーの差を指す。
図表2:化合物パワー半導体の機能一覧
Ga2O3の具体的な特徴として、Siと同様に融液からバルク単結晶を成長させられることが挙げられる。よって、昇華法により気相成長させてウェハを製造するSiCやシリコン・サファイア基板などの上にエピタキシャル成長させてウェハを製造するGaNと比較して、ウェハ製造費用を低減できる。SiCやGaNは気相成長で製作されるが、気相成長速度は1時間当たり数百μmと非常に遅い。Ga2O3は融液成長で成長速度は1時間当たり数十mmであり、100倍程度早い。また、SiCは非常に硬く研削・研磨など加工時間が長く生産性に問題がある。この加工性という観点でもGa2O3はSiCに比べて大きなアドバンテージを持つ。但し、Ga2O3は熱伝導率が SiC と比べて一桁小さく、また Si よりも劣る。大電流を流した際の放熱が十分にできず、デバイス内部に蓄積してしまうという弱点があるため、デバイス構造に工夫が必要となる。
ワイドバンドギャップ/UWBG半導体の事業化要件(産業応用への道筋)
高耐圧・低オン抵抗・高速というワイドバンド/UWBG半導体の特徴はどのようなシーンで活かされるであろうか。図表(3)は、ワイドバンド/UWBG半導体を含むパワー半導体全般の技術・用途を示したものである。縦軸に出力電力(高耐圧)、横軸に動作周波数(高速)を取り、用途とパワー半導体の種類をプロットした。従来のSiベースのMOSFETとIGBTが相対的に低・中耐圧で低・中波領域に位置している一方、SiC、GaN(横型・縦型)、Ga2O3、ダイヤモンドがSi MOSFETとSi IGBTを“上書き”する位置にある。
図表3:パワー半導体技術・用途動向
その用途は、公的インフラ・送電網用変換機、電鉄用インバータ、レールガン用パルス電源、EVのモータ系統駆動用インバータと充電スタンド、BEMS/HEMSのパワーコンディショナ、サーバ電源・基地局用増幅器モジュール、軍事用レーダーRFモジュール、宇宙衛星用コンバータ、電動ハイブリッド航空機用モータとなっている。これは今後10年間で勃興する新産業そのものである。これは、ワイドバンド/UWBG半導体が新産業のキードライバーとなることを示している。こうした新産業の勃興の先行指標として、それぞれのパワー半導体の今後の動向はどうなっているかについて、KPMGの分析に基づいた見解を示したい。
SiCについては、6インチウェハは2025-26年に量産体制に入る見込みであり、8インチの達成にはあと5年程要すると予想する。電流通電時の積層欠陥拡張とそれに伴う電気抵抗が増大するバイポーラ劣化の課題は、概ね解消している。産業機器や電鉄向け用途の1,700〜3,300V耐圧素子、電気自動車向けの650〜900V耐圧素子が提供されているが、高い歩留まりで形成できる高品質大口径ウェハ供給が十分ではなく、その確保が課題となる。GaNは横型の開発が進展する見込みである。横型GaNは、高電圧下では大電流が流せず、高電圧帯では量産化が困難だが、一部量産フェーズに入っており、USBパワーデリバリー充電器で普及する見込みである。600V 耐圧品を中心に中耐圧のデバイスに関しては、量産化段階。GaN HEMT(High Electron Mobility Transistor)を中心に各社展開しており、高圧デバイスに関しては、現在開発中にある。Ga2O3はα型とβ型が台頭している。α型は結晶欠陥が少ない2-4インチのウェハ製造について、歩留り改善が足元の目標となっており、6インチウェハは長期の取組みとなっている。先行してショットキーバリアダイオード(SBD)の販売が進み、トランジスタの商用化は2030年頃になると推察される。β型は、足元では4インチウェハでの製造に成功している。6インチウェハの販売は2027-2030年が視野に入る。大口径化に加え、膜厚、キャリアモード、制御性等が課題であり、トランジスタの商用化はα型と同様に2030年頃になる見込みで、先行してSBDの販売が進行するだろう。
図表4:パワー半導体における技術の進化・成熟イメージ
過去のパワー半導体市場での技術進展から今後の動向をまとめると図表(4)のように、ダイオード、トランジスタの上市後、信頼性・低コスト等の高い壁を越え普及に至ると考えられる。量産化には、大規模生産に適応できる低コスト化、安定供給、信頼性向上の実現という厚い壁が存在する。パワー半導体は様々な機器に組み込まれることから、社会実装に向けては、ユーザである産業界との密接な連携が必須である。技術の社会実装には、日本の製造業が1960~1970年代にかけて開発したQFD(Quality Function Deployment)という品質機能展開手法がある。QFDは後に米国を始めとする海外へと広まった。これは顧客ニーズ(Voice of Customer)を起点に、開発設計・生産技術・調達・製造・品質保証の各工程での目標と課題を明確化し、顧客満足度の高い製品を確実に開発する体系的アプローチである。このパワー半導体の社会実装は、改めて基本に立ち返って進めることが有用ではないだろうか。