グローバルタックスマネジメントこそ競争優位確立のための基盤

従来、日本企業の海外税務は現地主導型で、グローバルな税務マネジメントはあまり行われてこなかった。しかし、国際課税ルールの見直しで各国の税務当局からの圧力が高まる中、日本企業にとってもグローバルタックスマネジメントの構築が危急の課題となっている。

国際課税ルールの見直しで各国の税務当局からの圧力が高まる中、日本企業にとってもグローバルタックスマネジメントの構築が危急の課題となっている。

日本企業の海外税務は「現地主導型」

近年、日本国内では少子化による内需縮小が進み、日本企業は新たな市場を求めてグローバル化を加速させている。そんな中、海外に拠点を持つ日本企業には、各国の税制に即して適切な納税を行うことが求められている。

しかしながら、進出先で適切かつ円滑に納税義務を履行するためには、現地の税制に精通しているのみならず、税務当局と渡り合えるだけの言語力やコミュニケーション力も必要となる。こうしたグローバル人材が本社管理部門に不足していることもあって、日本企業の多くは、海外子会社の税務を現地に一任しているのが実情だ。

一方、税務マネジメントにおいて日本のはるか先を行っているのが、欧米の先進企業である。外資系企業各社は、グローバルな税務戦略の観点から、海外子会社の税務リスク管理やタックスプランニングを一元化。本社主導により税務ガバナンスの強化を目指す、グローバルタックスマネジメントを実践している。

税金は「社会貢献」か「管理すべきコスト」か

このように、グローバル税務への取組みに関しては、日本企業と欧米企業との間にはきわめて大きなギャップがあるといわざるをえない。その背景には、税務に対する両者の考え方の違いがある。

欧米企業にとって、最も重要な使命の1つは「株主へのリターンの最大化」である。株主への配当を増やすためには、税引後の利益を最大限確保しなければならない。このため、欧米企業の間では「税金とは管理すべきコスト」であるという意識が強く、税務戦略を重要な企業戦略の1つとして重視する傾向にある。

一方、日本企業にとって、納税とは社会貢献の一環であり、税金は「利益に応じて支払うもの」という意識が強い。また、経営指標についても、税引前の営業利益や経常利益を重視する傾向があり、税務リスクや税務コストの問題を、企業戦略と結びつけて考える日本企業は少ないのが実情だ。

さらにいえば、税務に関する制度上の違いも、両者のギャップを生む一因となっている。

例えば、欧米諸国では税務と会計が制度的に独立しているため、税務に精通した専門人材を育成しやすい環境にある。一方、日本では会計処理をベースとして法人税制が成り立っているため、経理部内で税務の仕事を持ち回りすることが多く、税務のエキスパートが育ちにくい。したがって、社内に税務の観点から戦略を立案できる人材が不足しているという点も、日本企業がこの分野において海外勢の後塵を拝する一因となっている。

国際課税ルールを見直し、多国籍企業の納税状況を「見える化」

だが、こうした状況も、時代とともに大きく変化しつつある。その発端となったのが、世界経済を大きく揺るがした、BEPS(Base Erosion and Profit Shifting:税源浸食と利益移転)の問題だ。

近年、欧米の多国籍企業が、タックスヘイブンや低税率国に利益を移転し、行きすぎた節税策によって租税回避を行っている実態が明らかとなった。その対抗策として、OECDは国際課税ルールの見直しに着手。2017年10月にOECDは、多国籍企業が税務当局に対して、国別の損益配分などを記載した国別報告書を提出することを義務付けることを勧告し、日本でも平成28年度税制改正において「新移転価格文書化制度」が施行された。

この新たな国際課税ルールの導入によって、これまでヴェールに包まれていた多国籍企業の活動実態は、白日の下にさらされることとなった。だが、企業経営にもたらすインパクトはそれだけにとどまらない。今後、各国の税務当局の間で情報共有が進み、損益の配分に歪みがあると判断されれば、利益移転を疑われて税務調査の対象となりかねない。のみならず、各国が自国に都合のよい課税権の主張を行えば、企業は深刻な二重課税リスクにさらされる懸念もある。

こうした中、日本企業の税務管理もターニングポイントを迎えている。今後、世界規模で損益配分や納税状況が「見える化」されれば、本社の支援がないまま、海外子会社が税務当局の圧力に対抗することはきわめて困難となるだろう。今後は日本企業も本社主導による税務ガバナンスを強化し、グローバルな税務リスクの低減に本腰を入れて取り組む必要がある。

各国税務当局の課税強化で日本企業がターゲットとなる懸念

日本企業にとって、本社主導での税務ガバナンス構築が必要な理由は、それだけではない。

近年、海外市場攻略に本腰を入れるための足がかりとして、日本企業が外国企業を買収するケースが急速に増えている。とはいえ、M&Aを真に効果あらしめるためには、税務管理の面でも買収先企業との統合を進め、税に関するコンプライアンスを徹底させる必要がある。

M&Aにともなう税務リスクの1つは、企業文化の異なる海外の企業を買収すれば、日本企業特有の“性善説”は通用しなくなるという点だ。日本企業は納税を「企業の社会的義務」と考える傾向があるが、買収先企業がこうした価値観を共有しているとは限らない。このため、税務管理の面でも確固たる枠組みを作って、買収先企業も含めたリスクコントロールを行うことが重要になる。

さらにいえば、納税者としての日本企業の愚直ともいえる態度が、グローバル税務の現場では、必ずしもプラスに働いているとはいえないのも事実である。海外の税務当局からみれば、「日本企業は、圧力をかければ簡単に課税を積み増しできる存在」と見られかねず、日本企業のソフトターゲット化を誘発する懸念もある。したがって、本社の税務部門がリスク管理の司令塔としての役割を果たさなければ、日本企業はグローバルな課税の草刈り場となりかねない。

グローバルな税務リスク管理とタックスプランニングが急務

グローバルな税務マネジメントの不在は、税務コストの増大というデメリットをもたらす。なかでも日本企業に顕著なのが、「税金の払いすぎ」という問題だ。

例えば、グローバル企業同士が合併したケースや、事業部ごとに海外に進出したケースでは、往々にして複数の子会社が1つの国に併存することになる。もし、その国を統括する共通の親会社を作れば、連結納税により拠点全体で赤字を相殺することができる。だが、もし現地に親会社がなければ、例え拠点全体では赤字であっても、黒字の子会社には納税義務が生じて、連結納税によるメリットを享受できなくなる。

また、海外の税制に対する知識が不足しているために、税金を払いすぎているケースもある。例えば、アメリカには、研究開発に携わる人の給料につき、広範囲で税額控除する「R&Dクレジット」の制度がある。にもかかわらず、現地の税務担当者が控除の仕組みを知らず、みすみす余分な税金を払ってしまうケースが跡を絶たない。

このように、日本企業の多くは、海外税務に対するノウハウ不足もあって、グローバルに税務を最適化する体制ができていないのが実情だ。とはいえ、各国税務当局からの圧力が高まる中、今後は本社主導で税務リスク管理とタックスプランニングに取り組まなければ、グローバル市場で競争優位を確立するための基盤作りはできないといっても過言ではない。その意味でも、グローバルタックスマネジメントの構築は、日本企業にとってまさに喫緊の課題といえる。

日本企業の税務部門が取り組むべき課題とは

では、日本企業が、グローバルに税務を最適化するために取り組むべき課題とは何か。

KPMG税理士法人は、「組織風土・意識改革」「組織整備」「インフラ整備」「業務・プロセス改革」の4つの観点から、日本企業の税務部門が取り組むべき課題を整理。「10 things to do」として、以下の10項目に集約した。

グローバルタックスマネジメントを実現するための10 Things to Do

グローバルタックスマネジメントを実現するための10 Things to Do

組織・意識改革

1.税務戦略はオペレーション(事業)であるという認識
税務の全体最適を図るためには、税務戦略を事業戦略の一部として取り扱う必要がある。

2.事業意思決定時における関与
事業計画を策定する際、あるいは事業において個々の意思決定を行う際に、必ず税務が関与する仕組みを構築する。

3.事業部の壁の克服
税務コストの低減に貢献した事業部にベネフィットを還元することにより、事業部の壁を超えて税務コストの全体最適化を図る。

組織整備

4.税務部門の位置づけ
日本企業の税務部門の地位を、財務・人事・法務と同等のレベルまで引き上げることによって、税務部門の発言権を強化する。

5.職能別チームの組成と事業部への配置
税務部門にコンプライアンスチーム、税務戦略チーム、移転価格チーム、関税・間接税チームを作り、本社部門のみならず各事業部門にも配置する。

インフラ整備

6.税制・税務ポジション情報の収集
各国税制の最新情報や税務への取組みを、タイムリーに把握するための仕組みを構築する。

7.社内情報の収集(プロセス管理ツール・D&A活用)
税務戦略立案のため、各子会社の税務の状況を把握し、体系的・一元的に管理する仕組みを構築する。

8.ノウハウの蓄積
過去の税務調査の結果や会計事務所への照会内容などをデータベース化し、世代を超えて継承される仕組みを構築する。

業務・プロセス改革

9.税務指標のKPI化、税務部門の評価体系見直し
税務指標を業績評価項目に加え、税務部門の個人評価に結びつけるなど、評価体系の見直しを行う。

10.シェアードサービスやアウトソーシング
国内外の税務業務について、専門家集団の知見を効率的に活用するため、シェアードサービスの導入やアウトソース化を検討する。

次回以降は、この10項目について詳しく検討し、日本企業がグローバルタックスマネジメント体制を構築するための方法について考えていきたい。

グローバルタックスマネジメントを実現する10のポイント

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