専門人材の共有や外部委託により、低コストで高度なタックスガバナンスを構築
グローバルタックスマネジメントを実現する10のポイント 第11回 - 日本企業の多くは税務部門の人材不足という問題を抱えており、それがグローバルな税務戦略を遂行する上で大きな阻害要因となっている。
シェアードサービスにより専門家集団の集約化を図ると同時に、申告業務などのアウトソーシングを進め、グループ内で統一化された研修を実施する等、業務の見直しを図ることが肝要である。
ハイライト
グローバルな税務戦略の遂行を阻む専門人材の不足
これまで本欄では、10回にわたり、日本企業がグローバルタックスマネジメントを実践するための課題と対策について考察してきた。その中で明らかになったのは、日本企業においては、グローバルな税務戦略の遂行に必要な税務人材が決定的に不足しているという現実である。
今や、日本企業の多くが多数の海外拠点を持ち、目まぐるしく変わる各国税制への対応を迫られている。のみならず、国際税務を取り巻く環境は複雑化・厳格化の一途をたどっており、本社税務部門が司令塔となってグループ全体のタックスガバナンスを構築しなければ、各国の税務当局からの課税圧力に対抗しきれなくなりつつある。
とはいえ、従来「税務コストの最適化が利益を生む」という発想を持たず、事業部門への投資を優先してきた従来型の日本企業においては、トップの大胆な経営判断なくして税務部門を拡充することは難しい。実際、現場の税務担当者からは、「国際税務の担当者が数人しかいないのに、トップから『外部の専門家を使わず、社内のリソースだけでグローバルタックスマネジメントを実践しろ』と言われて困っている」という声も聞こえてくる。
では、今まさに直面している税務部門の人材不足を解消し、山積する国内外の課題に対応するためにはどうすればいいのか。その対策として、近年、世界的に普及しつつあるのが、「シェアードサービス」と「アウトソーシング」である。
ハブ拠点の地域統括会社に専門人材を集約
国際税務のシェアードサービスとは、グループ内で地域のハブとなる拠点に税務の専門家を集中的に配置し、業務効率化とコスト削減を目指す手法である。
業務の見直し(シェアードサービスやアウトソーシング)と研修体系の充実化
もちろん、各拠点にあまねく税務のスペシャリストを配置できれば、それに越したことはないが、社内の専門人材の不足や、それに要する莫大なコストを考えると、この方法は実現性に乏しいといわざるをえない。
そこで、欧州・北米・南米・アジア太平洋などの主要拠点に地域統括会社を作り、税務の専門家を集中的に配置して、該当地域の子会社の税務マネジメントを担当させる。いわば本社税務部門の出先機関として、海外の主要拠点に税務部門を設置し、その地域にある全ての子会社の税務リスク管理やタックスプランニングを一手に担わせるのである。
近年、欧米先進企業の間では、シンガポールに税務のコントロールセンターを設置し、アジア地域のハブ拠点とする動きが顕著である。例えば、人件費が安く有能な人材を確保しやすいフィリピンやマレーシアにデータセンターを設置して、各国のERPデータを集中処理し、各国子会社では伝票の起票やERPシステムへのデータ入力のみを行う。このデータを分析して、該当地域の子会社の税務マネジメントを行うのが、シンガポールの税務スペシャリスト集団である。彼らは、域内の税務戦略の策定に力を注ぎ、各国子会社からの求めに応じて税務のアドバイスも行う。
これは一例だが、税務をその業務内容によって切り分け、拠点間で機能分担を進めることは、今や世界的な潮流となりつつある。地域の子会社が専門人材を「共有」することで、トータルコストを下げつつ、高度なタックスガバナンスを構築する――それがシェアードサービスの眼目であり、国際税務に精通した人材の不足を解消するための、1つの有力な解であるといえる。
申告書作成をアウトソースし、プランニングに注力
一方、税務のアウトソーシングとは、社内の人材不足を解消するため、税務業務の一部を外部に委託する手法である。ただし、アウトソーシングを有効に活用するためには、「どの業務を外部に委託するか」を見極めなければならない。そのためにも、まずは自社に何が不足し、何を補う必要があるのかを洗い出した上で、今後どのような業務に注力していくのかという方針を決定する必要がある。
税務業務のアウトソーシングは、(1)高度なノウハウを要するプランニング業務を外部委託するケースと、(2)申告書作成などの労働集約的業務を外部委託するケースの2つに大別される。
一般に、税務の専門人材が社内に不足している場合は、(1)を選択するケースが多い。だが、あえて(2)を選択し、社内のリソースを難易度の高いプランニング業務に移行させる企業も少なくない。実際、社内に専門家集団を抱える欧米企業の多くは、申告書作成を外部に委託し、税務部門はプランニングに注力できる体制を構築している。それによって、社内でのノウハウの蓄積・活用を進め、本社主導でグローバルタックスマネジメントを行うための基盤とするのである。
今後、税務戦略を強化して企業価値の向上を目指すのであれば、申告書作成のような「制度」に関わる業務は外部に委託し、「事業」に深く関わるタックスプランニングは自社で行う、というのが1つのあるべき姿であろう。
ただし、社内に税務のスペシャリストがいないからといって、タックスプランニングを内製化できないと考えるのは早計である。経験豊かな税務専門家の サポートがあれば、自社の事業実態や中期経営計画と照らし合わせながら、タックスプランニングを行うことは十分に可能である。
また、各国の税制は多様かつ複雑を極めており、日本の税務の常識に囚われていると、思わぬ税務リスクに足を取られかねない。したがって、追徴課税のリスクを最小限にとどめる意味でも、自社でタックスプランニングを行う際は、現地税制に精通した税務専門家の助言を受けることが望ましい。
いずれにせよ、「どの業務を外部に委託するか」は、その企業の税務戦略によって大きく変わってくる。したがって、様々な観点からあるべき税務の姿を整理し、それに基づいてアウトソーシングの方法を検討していくことが肝要である。
業務の標準化なくしてアウトソーシングは成功しない
とはいえ、アウトソーシングの導入にあたっては課題もないわけではない。その1つに「業務の品質が必ずしも保証されない」という問題がある。
現在、日本企業の海外子会社では、申告業務を現地の会計事務所に外注しているケースが多い。だが、委託先の選定基準や業務の品質にはバラツキがあり、必ずしも本社が求める水準を満たしているとはいえないのが実情だ。
例えば、申告書の作成にあたっては、既存の資料からは見えてこない潜在的なリスクを見出し、あらかじめその芽を摘んでおく必要がある。だが、十分な知見を持たないまま、現地で申告業務を請け負っている会計事務所も多く、結果として追徴課税に至るケースが跡を絶たない。
しかも、申告業務を現地任せにすることは、単に業務品質のバラツキを生むだけではない。それは、申告業務が不正の温床となる危険さえ孕んでいる。例えば、現地子会社の税務担当者が、自分の息がかかった会計事務所に申告書を作成させて、ミスや不正の隠蔽を図るケースもないとはいえない。こうした事態を防ぐためにも、不正が入り込む余地のないよう、本社主導で業務の標準化を進める必要がある。
では、外注品質のバラツキをなくし、アウトソーシングを成功裡に導入するためにはどうすればいいのだろうか。
そのためには、(1)信頼できる税務専門家を委託先に選ぶこと、さらには、(2)税務業務をルーティン化し、個人のスキルに依存しなくとも常に一定の業務レベルが維持できるような仕組みを作ることが重要だ。例えば、本社税務部門が申告書作成にあたってチェックすべき項目のリストを作り、各国子会社にチェックの徹底を指示する、といった対策も有効である。
このように、アウトソーシングの導入にあたっては、業務の標準化も併せて進める必要がある。それが、アウトソーシングの効果を最大化し、タックスガバナンスの品質をグローバルに保つことを可能にするのである。
外部の専門家を活用してグローバルタックスマネジメントを実現
以上、税務の人材不足という問題を克服し、グローバルタックスマネジメントを実現するための方法について述べてきた。
とはいうものの、シェアードサービスとアウトソーシングさえ導入すれば、人材不足による問題が全て解決するわけではない。これらの仕組みを円滑に導入・運用するためには、信頼できる会計事務所のサポートが重要である。
近年、欧米企業の間では、グローバルネットワークを持つ大手会計事務所に、世界中の子会社の申告書作成を一括して委託する動きが広がりつつある。グループ全体の委託先を統一すれば、業務標準化と体系的マネジメントが容易に実現できる点に、多くの企業が注目し始めたのである。
また、あえて委託先を統一しなくても、大手会計事務所が提供する税務のプラットフォームを活用してグローバルに情報管理を一元化すれば、労せずして業務の標準化を進めることができる。
このように、外部の専門家やサービスをうまく活用すれば、社内に税務の専門人材が不足していても、グローバルタックスマネジメントの構築を加速させることは十分に可能である。それは、日本企業の持続的成長を促し、グローバル市場での競争優位確立に大きく寄与することになるだろう。