情報インフラの構築はグローバルタックスマネジメントの第1ステップ
グローバルタックスマネジメントを実践するためには、各国の税制改正や各国子会社の税務ポジションについての情報を一元管理し、タイムリーに把握するための仕組みを構築する必要がある。
グローバルタックスマネジメントを実践するためには、各国の税制改正や各国子会社の税務ポジションについての情報を一元管理し、タイムリーに把握するための仕組みを構築する必要がある。
ハイライト
各国税制の知識なくしてグローバルな税務の最適化は不可能
グループ全体で税務コストを最適化するためには、海外税務を現地子会社任せにせず、本社主導でタックスマネジメントを実践していく必要がある。本社税務部門が進出先の各国税制を理解することなくして、グローバルな税務リスク管理やタックスプランニングを実践することは不可能であるといっても過言ではない。
しかしながら、各国の税制は多様かつ複雑を極め、国際課税ルールに対する解釈やフォーカスポイントも国によって大きく異なる。こうした微妙なニュアンスの差は、現地の税務に精通していなければ理解できないことも多く、税務当局の課税方針を見誤って、日本企業が莫大な追徴課税を受けるケースも跡を絶たない。
さらに、世界中で税制改正が毎年のように行われていることも、本社税務部門の情報収集を難しくしている要因の1つである。日々アップデートされる情報の渦の中で、どの国のどのような税制改正が、よくも悪くも自社の事業にインパクトをもたらすのか。慢性的な人材不足に悩む税務部門にとって、膨大な情報を精査するためのリソースを割くことは難しく、それが日本企業の大きな課題となっている。
現地子会社任せではなく、本社主導で各国から情報を収集
とはいえ、進出先国における税制改正は、企業のグローバルビジネスに無視できないインパクトをもたらしている。
トランプ米政権による税制改革が施行され、法人税率の大幅引き下げが行われたこともあり、今後、日本企業の対米投資意欲が高まり、アメリカ子会社に対する利益配分も拡大するかもしれない。同じように、拠点国で増税があれば、企業がグローバルにビジネスモデルを見直すことによって、増税のインパクトを最小限にとどめようとの動きが進むことが予想される。
このように、各国の税制改正はビジネスに多大な影響を及ぼし、その情報をタイムリーに収集できるかどうかは、企業経営を左右するほどの意味を持つ。しかしながら、こうした情報収集の仕組みを作るためには、ITや人材に対する多額の投資が必要であり、従来、日本企業の多くは、現地での情報収集を海外子会社に依存せざるをえなかった。
一方、海外子会社の情報収集体制も、必ずしも万全とはいえないのが実情だ。
「税制改正のどの部分が自社の事業にインパクトをもたらすか」を的確に判断するには、税務に対する一定の知見が必要となる。しかしながら、日本企業の海外子会社に税務のスペシャリストが配置されているケースは極めて稀である。したがって、情報提供を現地子会社に依存しているかぎり、グローバルタックスマネジメントに必要な、質の高い情報が送られてくる保証はない。
こうした現状を踏まえて、本社税務部門は、自らが主導して必要な情報を定義し、各国子会社に働きかけて情報の収集とアップデートを進めていく必要がある。すなわち、テクノロジーを活用して、各国税制の情報を効率的に収集し、タックスプランニングに活用するための仕組みを確立することが求められているのである。
各国拠点の税務ポジションを把握し、税金の払いすぎを防ぐ
本社主導による情報収集が求められているのは、各国税制に関する情報だけではない。海外拠点ごとに、加算項目や減算項目、税額控除の活用状況、繰越欠損金などの税務ポジションを把握することも、グローバルタックスマネジメントを実現するためには欠かせない作業の1つである。
近年、新たな国際課税ルールの導入により、多国籍企業の事業実態の可視化が進み、各国税務当局から追徴課税を受けるリスクは、以前とは比較にならないほど高まっている。こうした課税リスクを回避する意味でも、本社税務部門は、各国子会社における税務ポジションの実態を正確に知っておく必要がある。
だが、本社が各国の税務ポジションを把握するべき理由は、それだけではない。それは、グローバルに最適化されたビジネスモデルを構築し、税引後利益を最大化するという点でも大きなメリットをもたらす。
例えば、日本の税制では、単年度の課税所得が赤字の場合、これを繰越欠損金として翌期以降の黒字と相殺することができる。だが、国境を超えて赤字と黒字を相殺することはできないため、仮に連結ベースでは赤字でも、黒字を計上した国では納税義務が発生してしまう。
この場合、繰越欠損金を抱える国を、新規ビジネス立ち上げの拠点にすれば、その利益によって赤字と黒字を相殺することが可能となる。各国子会社の税務ポジションを把握してタックスプランニングを行うことにより、「税金の払いすぎ」を防ぐことができるのである。
このように、本社が各国子会社の税務ポジションの実態を的確に把握できれば、税務リスクの低減とグローバルなビジネスモデルの最適化が可能となる。したがって、本社税務部門は各国税制のみならず、各国子会社の税務ポジションについても積極的に情報を収集していく必要がある。
必要な情報を洗い出し、各国子会社に情報提供を依頼
では、各国税制や税務ポジションの情報の収集は、どのように進めていけばいいのか。
まず重要なのは、本社税務部門が各国子会社の税務担当とのコミュニケーションを深め、情報収集のための協力体制を構築することだ。その上で、世界中の子会社から効率的に情報を収集し、グローバルに一元管理するためのプラットフォームを構築するのである。
ここでポイントとなるのが、プラットフォームにおいて管理すべき項目の抽出である。
各国の税制、税務ポジションのアップデート
まず、本社税務部門は「グローバルタックスマネジメントを行うためには、どのような情報が必要か」を洗い出し、項目を指定して各国子会社に情報提供を依頼する。その内容としては、各国の税制改正の内容や税務調査の動向、各子会社の税務ポジションなどの情報を網羅していることが望ましい。また、税制改正については、プラスマイナスを問わず、自社の事業に影響があるものはすべて報告してもらうようにする。
こうして、各国から送られてきた情報をプラットフォームに集約できれば、グループ全体の税務ポジションの実態が「見える化」され、本社税務部門はいつでも必要に応じて比較・分析を行うことが可能となる。世界中の拠点における最新の税制や税務ポジションを、タイムリーに把握するための情報インフラを構築すること。それこそが、グローバルな税務リスク管理やタックスプランニングを実現するための前提条件であり、第1ステップであるといえる。
外部リソースを活用し、低コストかつ手軽にプラットフォームを構築
とはいえ、やみくもに情報を集めるだけでは、この仕組みは有効に機能しない。このプラットフォームが真に効果を発揮できるかどうかは、各国子会社から提供される情報の質と精度にかかっている。
例えば、新興国では、外国企業に対して独自の基準で課税を行う傾向があり、一見、国際課税の一般的なルール(例えばOECDガイドライン)に沿っているように見えても、そこには条文からは読みとることのできない様々な税務リスクが潜んでいる。こうした税務リスクや現地の生の情報をいかに吸い上げられるかが、プラットフォーム構築のポイントとなるが、税務上の豊かな知見がなければ、潜在する税務リスクを見出すことはできないのも事実である。したがって、本社への報告にあたっては、現地の税務に精通した専門家のサポートを受けることが望ましい。
近年、グローバルネットワークを持つ大手会計事務所では、全世界の子会社の申告書作成を一括して請け負うサービスを提供している。また、一括契約の付帯サービスとして、会計事務所がWebベースの税務管理ツールを提供しているケースもある。
こうしたツールを利用すれば、各国の税制や税務ポジションの情報を一元管理するための自社専用プラットフォームとして活用できるだけでなく、会計事務所のグローバルネットワークを経由して各国の税務専門家から情報提供を受けたり、本社へのレポート作成支援やタックスプランニングのアドバイスを受けたりと、多岐にわたるサポートを受けることができる。
高度なグローバルタックスマネジメントを実現するためには、ITツールを活用した情報インフラと、税務に精通した人材の活用が不可欠である。この分野で先行する欧米グローバル企業は、外部の人材とサービスを積極的に活用することにより、情報収集能力を飛躍的に高めてきた。
外部リソースもうまく活用しながら、低コストかつ容易に税務情報のプラットフォームを構築すること。それは、企業価値の向上を目指す日本企業にとって、今後の成長を支える1つの大きな選択肢と考えられる。