税務指標のKPI化により税務部門の自己変革が加速する
グローバルタックスマネジメントを実現する10のポイント 第10回 - 税務部門がタックスプランニングの企画・実行主体へと自己変革を遂げるためには、税務部門が果たすべき役割と目的を明確にし、責任の所在を明らかにする必要がある。
税務部門がタックスプランニングの企画・実行主体へと自己変革を遂げるためには、税務部門が果たすべき役割と目的を明確にし、責任の所在を明らかにする必要がある。
税務指標をKPI化している日本企業は少ない
グローバルタックスマネジメントを実現するためには、本社税務部門が主体となってグループ内の税務の状況を把握し、潜在的な課税リスクの洗い出しに努める必要がある。その上で、各国子会社と連携をとりながら、必要な対策を講じていかなければならない。
しかしながら、日本企業の税務部門の多くは、慢性的な人材不足から申告書作成や税務調査対応などのコンプライアンス業務に忙殺され、本格的なタックスプランニングを実践するには至っていない。その背景には、税務戦略の重要性に対するトップマネジメントの理解不足があることは、本欄で再三にわたって指摘してきた。
税務に対するこうした傾向は、経営目標の達成に向けて各プロセスでの目標達成度を測る、KPI(Key Performance Index: 重要業績評価指数)の設定方法にも如実に表れている。
現在、日本企業の大半は、「売上高」や「売上総利益(粗利益)」、もしくは売上総利益から販管費を引いた「営業利益」を中核的なKPIとしている。一方、税務関連の指標をKPI化しているケースは稀であり、経営陣が税務の問題に対して積極的に関与しようとの動きは広がっていない。
また、税務指標をKPIに採用している企業の例を見ても、そのほとんどは「正確かつタイムリーな税務申告」といったコンプライアンス面の業績評価が中心となっている。税務リスク管理やタックスプランニングにまで踏み込んでKPIを設定している日本企業は、まだまだ少ないのが実情だ。
税務部門がタックスプランニング部隊へと変貌する日
税務に関わるKPIの不在は、経営陣が税務を、経営上の重要課題と認識していないことの表れでもある。そして、それこそが、税務部門の変革を阻む最大の要因となっている。
税務指標のKPI化がもたらす最大のメリットは、KPI化が、税務部門が自部門の役割とミッションを見直すきっかけになるという点だ。例えば「実効税率の低減」というKPIを達成するためには、税務部門は本社主導で各国税務に関する情報を収集し、そのためのプラン作成を行い実行に向けて動きださなければならない。このように、KPIの設定は、税務部門にタックスプランニングの企画・実行主体としての自覚を促し、目標達成に向けた具体的なアクションを促す。いわばKPIの設定が、税務部門に自己変革を促すスイッチの役割を果たすのである。
もう1つのメリットは、KPI化によって、税務の問題における責任の所在が明確になるという点だ。例えば、海外の税務当局から追徴課税を受けるということは、その進出先国においてタックスガバナンスが十分に機能していなかった可能性を意味する。しかしながら、日本企業においては、そもそも「各国子会社のタックスガバナンスに対して誰が責任を持つのか」ということすら曖昧であることが多い。もしKPI化によって責任の所在が明確になれば、税務部門長は自己の責任において、グローバルなタックスガバナンスの強化に本腰を入れざるをえなくなる。これも、KPI化がもたらすメリットの1つである。
第3のメリットは、税務指標のKPI化により、「税務戦略が経営戦略上重要である、という社内コンセンサス」が醸成されるという点だ。経営陣は税務のKPI化によって、その目標達成度をベンチマークし、税務がキャッシュフロー経営にいかにインパクトをもたらしているかをモニタリングできるようになる。それと同時に、税務戦略の重要性が社内に広く理解され、事業計画への税務部門の関与がよりスムーズになるという副次効果も期待できる。
このように、税務指標のKPI化は、税務部門が自己変革を遂げるための起爆剤となりうる。それは、税務部門がコストセンターとしての位置づけから脱却し、タックスプランニングによって利益を生み出す組織に生まれ変わるための触媒として働くのである。
KPIと評価制度との連動がカギ
では、税務指標をKPI化するにあたっては、具体的にどのような方法が考えられるのか。
例えば、「実効税率をxx%低減する」というように、事業目的にも照らしつつ具体的な税率をKPIに掲げて目標管理を行うのも1つの方法だ。また、不要な納税や税金の二重払い低減を目指して、「キャッシュタックス(実際に支払う税額)」や、キャッシュフローの改善に着目して「間接税の納税ポジション」をKPIとする方法なども考えられる。
重要なのは、こうして設定したKPIを、税務部門に対する業績評価や税務部員への評価制度と連動させることだ。つまり、上述のKPIを達成すれば税務部門・部員の評価が上がり、逆の場合は評価が下がるという仕組みを構築するのである。
税務指標のKPI化および税務部門に対する評価体系見直し
加えて個人レベルでも、担当業務に応じて実務的なKPIを設定する。例えば移転価格の担当者であれば、「税務当局との交渉におけるロイヤリティ料率の妥結目標」をKPIとして設定し、グループ間における所得配分最適化に向け、税務当局との交渉をより積極的に行う動機づけをしやすい制度とする等が考えられる。
このように、KPIに基づいて個人の目標管理も行い、その目標達成度によって人事評価や昇進の判断を行う。無論、「コンプライアンスの遵守」が業績評価の対象となることはいうまでもないが、必要に応じて、業務・プロセスの改善目標もKPIに加えていく。例えば、「提案力(プランニング力)」や「プロジェクトマネジメント力」、「事業部門担当者からの評価」などは、一考に値する個人評価の指標の例である。
いずれにせよ、税務指標のKPI化を真に効果あらしめるためには、目標管理システムと評価・報酬制度との連携が欠かせない。KPIの目標達成度を人事評価と結びつけ、税務部門の評価体系の見直しを行うことが重要である。
国際税務の動向を視野に入れながらKPIを設定
しかしながら、税務指標のKPI化はいわば“諸刃の剣”でもある。このため、どのような指標をKPIとして採用するかについては、国際税務に精通した専門家の意見を聞きながら、細心の注意を払って検討する必要がある。
例えば、「実効税率」をKPIとした場合、進出先国の税制や税務当局のポリシーによっては、思うように実効税率の低減が図れないケースもある。また、過去にBEPS問題を引き起こした一部の欧米企業のように、実効税率の低減を追求するあまり、行きすぎたタックスプランニングに走る懸念もないとはいえない。
こうした事態に歯止めをかけるためにも、あくまでも実効税率低減の目的は「アグレッシブな節税」ではなく「納税の適性化」にあると肝に銘じるべきであろう。税務部門は、近年の国際税務に関する各国法令の改正状況や、世論の動向も十分に考慮しながら、慎重に検討を進めることが重要である。
KPIを媒介としてタックスプランニングのPDCAを回す
このように、税務指標のKPI化にあたっては課題もないわけではない。こうした中、KPI化に先立ち、「予実管理」の枠組みを使うことによって、税務の実態把握に乗り出した日本企業の例もある。
これは、各国子会社の納税額の年間予算をはじき出し、1年後に予算と実績を対比するというもの。その結果を踏まえて、グローバルな納税実態を把握し、何か気になる点があれば、原因を分析して必要な対策を講じるという手法である。
同社の例は、あえてKPIを設定せず、予実管理によって納税実態の自己分析を行ったケースといえる。とはいえ、真に実効性あるタックスプランニングを行うためには、KPIによる目標管理の導入が望ましい。まずはKPIの導入によって、自社の税務状況を「見える化」し、納税の最適化が達成可能な分野を検知する。さらに、KPIによる目標管理を各種評価システムと連動させることによって、タックスプランニングを有効に機能させる。つまりは、KPIを媒介としてタックスプランニングのPDCA(Plan-Do-Check-Act)を回すことが、グローバルタックスマネジメントを成功に導くための処方箋といえる。