世代を超えたノウハウの継承により税務調査への対応を強化
税務調査のノウハウは属人化しやすく、税務担当者の異動とともに失われがちである。こうしたノウハウの散逸を防ぎ、度重なる追徴課税を防ぐためには、社内でノウハウを共有する仕組みの構築が不可欠である。
税務調査のノウハウの散逸を防ぎ、度重なる追徴課税を防ぐためには、社内でノウハウを共有する仕組みの構築が不可欠である。
ハイライト
「過去に学ぶ」ことで追徴課税を未然に防ぐ
グローバルなタックスプランニングにより税務コストを最適化するためには、各国の税制や子会社の税務ポジションの情報を集約したプラットフォームの構築が必要となる。「情報インフラの構築はグローバルタックスマネジメントの第1ステップ」では、ITツールを利用してグループ全体の税務情報を収集し、一元管理することの必要性について述べた。
だが、タックスプランニングのための基盤整備だけが、税務インフラ構築の目的ではない。税務申告や税務調査への対応など、いわゆるコンプライアンスの観点においても、税務インフラの整備は危急の課題となっている。
企業経営は一定の持続性をもって行われるため、税務調査の現場では、同じような項目について繰り返し指摘を受けるケースが多い。したがって、過去の税務調査の経緯が分かれば、申告書の記載方法を工夫して、追徴課税を未然に防ぐことは十分に可能である。
ところが、多くの日本企業の場合、税務担当者はジョブローテーションで頻繁に交代するため、前任者が蓄積したノウハウは、往々にして人事異動とともに失われてしまう。このため、過去の税務調査の経験が活かされず、調査が入るたびに同じ項目で指摘を受け、繰り返し追徴課税を受ける企業の例は枚挙にいとまがない。
なぜ、このような問題が起こってしまうのか。その原因は、税務調査で培われたノウハウが担当者の個人ファイルや記憶の中で完結し、属人化してしまいがちな点にある。BEPS問題によって各国当局が課税姿勢を強める中、本社税務部門が主導してノウハウ共有を進めないかぎり、追徴課税や税務紛争による税務コストの増大を防ぐことはもはや不可能といっていい。過去の経験で培ったノウハウを税務部門全体で共有し、世代を超えて継承していくための仕組みを作ることが、今こそ求められているのである。
属人化したノウハウをいかに情報資産として昇華させるか
では、どうすれば、税務のノウハウを共有化する仕組みを作ることができるのか。
この分野でいち早く情報武装を進めてきた欧米の先進的なグローバル企業は、IT技術を最大限活用することによって税務調査のノウハウを蓄積し、海外拠点における税務当局への対応を強化してきた。こうした企業は、グローバルに各国の税務調査の履歴を管理し、税務訴訟の可能性も想定しながら、組織的にデータを共有・分析する仕組みを確立してきたのである。
一方、多くの日本企業では、税務担当者が個別にノウハウの充実を図っているものの、組織的な情報共有という点では、欧米企業に大きく水をあけられているのが実情だ。
例えば、税務当局との間で過去にどのようなやりとりがあり、どのような対応を行って解決に至ったのか、税理士に対して何を質問し、どのような回答を得たかという情報は、税務調査への対応において極めて貴重なノウハウとなりうる。だが、こうした情報は、税務担当者のパソコンや机、もしくは記憶の奥深くにしまい込まれたまま、異動とともに散逸してしまうケースが多い。
この値千金の秘蔵メモを、いかに税務担当者の個人ファイルの中から発掘し、社内で共有できる情報資産として昇華させることができるのか。税務情報インフラの構築を成功させる鍵は、まさにそこにかかっているといっても過言ではない。
ナレッジデータベースにより情報共有とノウハウ集積を実現
税務ノウハウを共有するためには、まず、情報共有の基盤となるデータベース・システムを構築する必要がある。このデータベースでは、各国子会社の税務調査に関するドキュメントのPDFを一元管理し、税務部門のメンバーがいつでも必要に応じて閲覧できるようにする。
ただし、企業の税務情報は機密性が高いため、万全のセキュリティ対策が必要であることはいうまでもない。データベースへのアクセス権限を設定して、情報管理を徹底しながら、税務担当者が過去の記録を参照できる仕組みを作る。これが、税務ノウハウ蓄積のための第1ステップである。
次に、過去の税務調査を通じて培われた知識や経験もデータベース化し、世代を超えたノウハウの継承を図る。過去の税務調査ではどのような点が指摘され、税務当局とどのようなやりとりが交わされたのか。税理士からどのようなアドバイスを受け、最終的にどのような形で決着したのか。現地の税務当局の行動特性や傾向はどうであったか、税務訴訟における過去の判例としてはどのようなものがあるかなど、税務調査のログや参考情報をデータ化して国・地域ごとに蓄積し、全社的な情報資産としてのナレッジデータベースを構築する。これが、ノウハウ蓄積の第2ステップである。
このような情報インフラがあれば、税務部門のメンバーはいつでも必要な時に過去の記録を参照し、税務調査が入っても迅速かつ適切に対応することができる。のみならず、個々の税務担当者が培ったノウハウをグループ全体で共有し、世代を超えて継承していくことも可能になる。
こうした情報共有の仕組みは、税務コンプライアンスの向上と税務リスクの低減をもたらし、企業経営を支える強固な基盤として、その持続的成長を底支えしていくのである。
税務調査結果や会計事務所への 質問事項を含むノウハウの蓄積
外部のITツールを活用して手軽に情報インフラを構築
近年、税務情報インフラの構築にあたり、外部のサービスプロバイダーが提供するITツールを利用する企業が増えている。ただし、こうしたツールの実効性を担保し、その効果を最大化するためには、税務に精通した専門家のサポートが不可欠である。また、国際税務が複雑化・厳格化する中、日本企業の税務部門が直面する課題もボーダレス化の一途をたどっており、税務専門家がグローバルに連携しなければ解決できない案件も飛躍的に増えている。
こうした社会ニーズに応えて、世界トップクラスの税理士法人の間では、契約企業に対する包括的な税務サービスの一環として、グループの税務情報の管理・活用を支援するITツールを提供する動きが広まっている。
これらのツールの中には、企業の税務担当者と税務専門家が交わしたオンラインQ&Aの内容を、データベースに自動登録できるものもあり、利用企業は労せずしてノウハウが蓄積できる仕組みとなっている。こうしたツールやサービスを賢く利用しながら、低コスト・短期間でナレッジデータベースを構築し、ノウハウの蓄積・活用を着々と進めているグローバル企業も少なくない。
社内外のリソースを活用してノウハウを集積し、グローバルタックスマネジメントを効率的に行うための税務情報インフラを構築すること。それは、税務コストの最適化と企業体質の強化を目指す日本企業にとって、避けては通れない税務戦略の1つであるといえよう。