IT情報武装によりグローバルな税務ポジションを把握

各国子会社の税務ポジションを把握するための社内情報インフラを整備し、体系的・一元的に管理する仕組みの構築が重要である。

各国子会社の税務ポジションを把握するための社内情報インフラを整備し、体系的・一元的に管理する仕組みの構築が重要である。

タックスプランニングの不在が追徴課税を誘発する

BEPSプロジェクト最終報告書の「行動計画13」に基づき、日本でも平成28年度税制改正において、移転価格文書化の見直しが行われた。これを受けて、グループ連結売上高1,000億円以上の多国籍企業グループは、国別報告書とマスターファイル、ローカルファイルの提出を義務付けられることとなった。

この国際課税ルール改正は、多国籍企業のグローバルな利益や納税額の配分を明らかにすることだけが眼目ではない。その真の目的は、グループの事業ポリシーやサプライチェーン、無形資産の取り扱いなど、これまで秘密のヴェールに閉ざされていた多国籍企業の活動の全容を解明することにある。

なぜなら、一部の多国籍企業に顕著であった「形式と実体の乖離」こそが、BEPS問題の発端であったからである。こうした企業は、タックスヘイブンにペーパーカンパニーを設立し、いわば擬態することによって租税回避を行った。この「形式と実体の乖離」という病巣を、いかに発見し治療するか。それこそが、BEPSプロジェクトの主眼であり至上命題であったといえる。

この新たな移転価格文書化ルールの導入は、過剰ともいえるタックスプランニングを行ってきた一部の欧米企業に対しては、「形式と実体の乖離」に歯止めをかけるという一定の成果をもたらした。一方、税務コストの節減という発想自体を持たず、“誠実な”納税者として振る舞ってきた一般的な日本企業には、今回のルール改正は一見、何の影響もないように見える。

だが、事実はけっしてそうではない。企業のグローバルな事業実態が白日の下にさらされた今、国際税務を俯瞰する視点の欠落は、想定外のリスクをもたらしかねない。タックスプランニングの不在が課税リスクに対する認識の甘さを生み、各国税務当局からの追徴課税を誘発するという事態が、今まさに世界中で起こり始めているのである。

固定ロイヤリティ制により、子会社への利益移転を疑われるケースも

その典型的な例ともいえるのが、知的財産権の供与に関わる問題だ。

現在、多国籍企業の多くは、親会社が海外子会社に知的財産権を供与することによって海外事業を展開している。この場合、ロイヤリティ料率の算出方法には「固定」と「変動」の2つの考え方がある。

固定ロイヤリティ制とは、海外子会社が親会社に対して、固定料率でロイヤリティを支払う方法だ。この場合、海外子会社は売上の多寡にかかわらず、常に一定料率でロイヤリティを支払うことになる。一方、変動ロイヤリティ制とは、技術供与を受けた海外子会社の売上に応じて、ロイヤリティ料率を変動させる方法だ。つまり、無形資産の利用によって子会社の売上が拡大すれば、それに連動して、ロイヤリティの料率も3%、5%、8%と上がっていくことになる。

世界的な趨勢からいえば、他社から供与された無形資産が、供与先のビジネスの存立を左右するほどの重要性を持つ場合には、変動ロイヤリティ制が選択されることが多い。一方、固定ロイヤリティ制は、その無形資産が、供与先のビジネスにおいて補完的な役割を持つ場合に使われる手法である。

しかしながら、ことグループ内取引に関する限り、日本企業はいかなる場合であっても、固定ロイヤリティ制を採用しているケースが多かった。仮に新興国の現地子会社が、日本の親会社から供与された技術を利用して莫大な利益を上げたとしても、ロイヤリティ料率の見直しが行われず、親会社が膨大な研究開発コストを回収できないでいる例は枚挙にいとまがない。

ところが、新たな移転価格文書化の導入は、こうした日本企業の“親心”が仇となりかねない事態をもたらしている。例えば、日本で税務調査が行われ、海外子会社の収益に見合ったロイヤリティの徴収が行われていないと判断されれば、親会社は子会社への利益移転を疑われかねない。実際に、日本の親会社がロイヤリティの取り漏れを指摘され、追徴課税を受けるケースも出てきている。つまり、グローバル税務に対する感度の低さが「形式と実体の乖離」を生み、それが新たな税務リスクを生み出す懸念が高まっているのである。

移転価格文書化のルール改正は、社内情報インフラ構築の好機

とはいうものの、「BEPS対策税制とは、意図的な租税回避に歯止めをかける制度なのだから、ありのままを報告すれば問題ない」と考えている日本企業は依然として多い。また、移転価格文書化への対応も、税務部門の人材不足や知識不足から、形式的かつ最小限の報告に終始しているケースが多いのも事実である。

だが、新たな移転価格税制によって、グローバルな事業実態の解明が進めば、各国の税務当局は、親会社や各国子会社の利益や税額を比較できるようになる。のみならず、自国に有利な形でルールを解釈し、課税権の主張を一層強めることになるだろう。こうした中、企業は課税権の争奪戦に巻き込まれ、国家間の協議を通じても解決されない二重課税のリスクが高まることが予想される。タックスプランニングの不在が、重大な税務リスクを生み出しかねない時代が到来したのである。

こうしたリスクを回避するためには、グループ全体の事業実態を捉え直し、適正な損益配分に基づく納税が行われているかどうかを把握することが重要である。その意味で、今回の移転価格文書化の見直しは、日本企業にとっては好機といえる。このルール改正を奇貨として、各子会社の税務ポジションを把握する仕組みが整えば、それは、今後日本企業がグローバルな税務戦略を展開する上で、はかり知れない恩恵をもたらすことになる。

グローバルな情報収集こそ、国際的な課税強化への対抗策

では、各子会社の税務ポジションを把握して、効果的な税務戦略を立案するためには、どのような社内情報を収集する必要があるのか。

その一例を示したのが、下図である。

税務ポジションの把握 - 情報収集の内容(例)

税務ポジションの把握 - 情報収集の内容(例)

具体的には、グループ内の各子会社の税引前利益や課税所得、配当可能利益をはじめ、実効税率や繰越欠損金、税額控除額、ロイヤリティ、今後3年間の事業計画など、税務に関わる情報を収集して一覧表を作成する。すると、これまで可視化できなかった様々な問題があぶり出されてくる。

例えば、日本の税法上、単年度の課税所得が赤字の場合には、繰越欠損金として翌期以降の黒字と相殺することができる。ただし、これには使用期限があるので、税務部門は常に各子会社の繰越欠損金の残高と使用期限に目を光らせながら、期限切れの欠損金が出ないよう対策を講じなければならない。

にもかかわらず、こうした子会社の情報を吸い上げる仕組みができていないために、「資産性」のある繰越欠損金を活用できないまま、期限切れを迎えてしまうケースも珍しくない。

こうした事態を防ぐためには、本社税務部門が主導して、各子会社の情報を収集し、税務ポジションを把握する仕組みを導入する必要がある。もはや、グローバルな税務情報収集の仕組みなくして、効率的な税務管理の達成と国際的な課税強化の流れへの対抗を両立することは不可能だといっても過言ではない。

社外サービスも活用して、各国子会社の情報を一元管理

しかしながら、税務部門の人材不足が常態化している中、グローバルな情報収集を人手で行うことは容易ではない。限られた要員で、各国の情報の収集や管理をタイムリーに行うためには、ITツールを活用して社内情報の収集を行うことが望ましい。
こうした社内情報インフラの必要性は、新たな国際課税ルールの導入以降、日増しに高まっている。日本では電子申告の普及は緒についたばかりだが、この分野で先行する海外では、税務当局が電子申告のビッグデータ分析を行い、税務調査の対象の絞り込みを行うケースも増えている。なかには、バルト3国のエストニアのように、税務当局が企業のERPシステムにアクセスし、当局自ら企業の税務申告書を作成している事例すらある。

こうした中、日本企業がアナログ的な税務申告を続けていては、情報ツールで武装した各国の税務当局に全く太刀打ちできないのはいわずもがなである。平成30年税制改正によって電子申告の法的強制力が高まったのは日本の課税当局においても徴税の効率化を進めていることの表れである。そして、わが国でも今後は電子申告が主流となり、税務当局が、電子データを活用した課税強化に舵を切るであろうことは容易に想像がつく。来るべき変化に対応するためにも、税務申告の電子化対応を進めるとともに、ITテクノロジーを活用した税務インフラの導入を急ぐ必要がある。

現在、グローバル展開を行っている会計事務所では、独自のシステムを活用して各国子会社の税務情報を一括収集できる、包括的な税務情報管理サービスを提供している。こうした社外サービスの活用も視野に入れながら、社内情報インフラを構築し、各国子会社の税務ポジションを体系的・一元的に管理することが求められているのである。

グローバルタックスマネジメントを実現する10のポイント

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