税務最適化への貢献を考慮した業績評価手法の導入により、全社最適の実現を目指す

事業部制を採用している企業の場合、本社主導でグローバルに税務の最適化を進めようとしても、事業部門の理解を得られず頓挫することが多い。

事業部制を採用している企業の場合、本社主導でグローバルに税務の最適化を進めようとしても、事業部門の理解を得られず頓挫することが多い。

事業部の壁(トップダウン型意思決定の欠如)の克服

事業部の壁(トップダウン型意思決定の欠如)の克服

グローバルな税務の最適化をはばむ「事業部の壁」

グローバルに税務を最適化するためには、個々の組織の壁を超えて、大局的な視点から税務の合理性を検討する必要がある。この分野で先進性を発揮してきた欧米のグローバル企業が、本社主導でグローバルタックスマネジメントの構築を進めてきたことは、「事業計画の策定に税務が関与することが、グローバルタックスマネジメントの第一歩」でも述べた。

しかしながら、税務最適化のプロセスは、しばしば、グローバルなサプライチェーンの見直しや組織再編といった大規模な変革をともなう。それを遂行するためには、本社主導によるトップダウンのアプローチが必要であることはいうまでもない。このことが、ボトムアップ型の経営手法を強みとする日本企業において、グローバルタックスマネジメントがなかなか定着しない原因の1つとなっている。

とりわけ、税務最適化へのハードルが高いのが、事業部制を採用している企業である。
こうした企業では、事業部が独自の権限と責任を持っているため、自主独立の気風が強く、各事業部の発言権も強い。このため、全社的プロジェクトの遂行にあたっては、個々の事業部の意向が優先されがちで、税務の観点からトップダウンで変革を進めることが極めて困難なケースが多い。

また、海外拠点の税務を現地子会社に一任している日本企業も多く、このことも、組織の壁を超えたタックスガバナンスがなかなか実現できない理由の1つとなっている。

サプライチェーンの再編がもたらす組織間の軋轢

では、なぜ事業部制が、税務の最適化をはばむ足かせとなってしまうのか。

事業部制は組織の縦割り化をうながし、自部門の営業利益といったKPI達成が事業部にとっての最重要課題となる。おのずと全体最適よりも部分最適を追求する機運が高まり、他部門からの干渉を排除しようとする力学が働きがちだ。このため、本社が税務の観点から事業計画に修正を加えようとすれば、事業部門からの大きな抵抗に遭うことも珍しくない。

さらに、多くの日本企業が売上金額や営業利益をKPIとしていることも、税務の最適化をはばむ大きな要因となっている。仮に、事業部の協力によってグループ全体の税務コストが削減され、税引後利益が拡大したとしても、そのことを評価するKPIが設定されていないかぎり、事業部の貢献度を正当に評価することはできない。つまり、従来のKPIを抜本的に見直さないかぎり、いかに税務の最適化に貢献しようとも、事業部は何らメリットを享受することができない。このことも、事業部からの協力が得られにくい理由の1つとなっている。それだけではない。税務最適化の試みは、しばしば事業部門と税務部門との間に大きな軋轢をもたらす。なかでも、こうした傾向が顕著なのが、グローバル・サプライチェーンの再編をともなうケースである。

サプライチェーン再編に失敗し、税務最適化の好機を失う

ある日系メーカーが、グローバルな調達業務の集約化に乗り出したときのことだ。従来、同社では、各国の販売拠点ごとに部材の調達を行っていた。だが、調達コストの削減と税効率の改善を図るため、低税率国の子会社にグループ全体の調達業務を集約。のみならず、この子会社をプリンシパル会社とし、購買や製造・在庫保有などの機能とリスクをグローバルに集中させることを計画した。この会社をサプライチェーンの司令塔とすることで、業務効率を向上し、税務の全体最適を図ることを狙ったのである。

この新たな事業モデルは、プリンシパル会社が全ての製品在庫のリスクを持ち、他国の子会社はストリップト・バイセル・ディストリビューターとして自国のマーケットで商品を販売すると同時にプリンシパル会社から製品を購入するというものであった。この変革がもたらす最大のメリットは、低税率国のプリンシパル会社に機能、リスクおよび利益を集中させることで、グローバルに税務コストの削減が実現できる点にあった。

ところが、同社がこの計画を発表すると、事業部門から強い反対の声が上がった。機能および利益を削減させられる他国の子会社が激しく反発したのである。

その結果、ストリップト・バイセル・ディストリビューター方式の導入は見送られ、税務の全体最適化を達成する好機も失われた。本社のコーポレート部門主導による税務最適化の試みは、事業と組織の広汎かつドラスティックな変革をともなう。このため、事業部門の激しい抵抗に遭い、計画が頓挫するケースも少なくないのが実情だ。

グローバルな貢献度を評価する業績評価システムが必要

なぜ、グローバルな税務の全体最適化はうまくいかないのか。その理由の1つに、「組織の機能・リスク分担の変更に見合った業績評価システムの検討が行われていない」という点が挙げられる。

例えば、上記のようなケースでは、プリンシパル会社に利益が集約されるため、売上や営業利益についてはストリップト・バイセル・ディストリビューターとの間で大きな格差が生まれる。事業部門において、売上や営業利益が主要な業績評価項目であることはいうまでもなく、これらの業績評価はマネジメントの人事評価にも直結する。このため、「苦労に見合うだけの評価も得られないのに、なぜ我々がプリンシパル会社のために汗をかかなければならないのか」という不満が蔓延し、計画が頓挫する大きな要因となってしまうのである。

こうした事態を防ぐためには、サプライチェーンの再編にともなう各子会社の新たな機能分担とグローバルな貢献度に応じて、業績評価の基準をアップデートしていく必要がある。つまり、法人単体をベースとした財務指標による従来の業績評価に加えて、グローバルな企業価値向上への貢献度を正しく評価する、新たな業績評価手法の導入が求められるのである。

税務最適化への貢献を考慮した業績評価の導入が鍵

では、どうすれば組織の壁を乗り越え、グローバルな税務の最適化を進めることができるのか。

これに対する有力な解としては、税務コストの低減に協力した法人や組織にメリットを還元する仕組みの構築が考えられる。

実際に欧米では、全体最適を実現することによって得られたベネフィットを、各組織の貢献度に応じて、子会社や事業部門に還元する仕組みを構築している企業が多い。
その具体的な方法としては、事業部門の主要KPIに「税コストの低減」もしくは「企業価値向上への貢献」を加える、あるいは事業部門のKPIである「営業利益」にボーナスポイントを加算するなど、さまざまな方法が考えられる。

このようにして事業部門が「税コストの低減」もしくは「企業価値向上への貢献」について理解が深まれば、欧米グローバル企業のように事業部門別又はビジネス・ユニット別にグローバルP/Lを作成し、その税引後利益でその事業部門又はビジネス・ユニットが評価されることにも余り抵抗感がなくなる可能性もあるように思われる。そのような状況となれば、税引後利益を最大化するために、事業部門又はビジネス・ユニットの各機能又は各現地子会社の責任者に適切なKPIを設定するということも日本企業においても可能となるであろう。いずれにせよ重要なことは、サプライチェーンの変更にともない、子会社や事業部門が不利益を被ることのないよう、適切な評価を行うための経営管理上の指標を導入すること。さらには、利害が異なる組織にメリットを還元し、税務の最適化に向けたモチベーションを全社的に高めていくことだ。

もしそれを実現することができれば、全社が一丸となって、税務の全体最適化に向けて協力する体制を構築することができる。それが、縦割り組織の壁を乗り越えて、グローバルタックスマネジメントの導入を成功させるための必要条件なのである。

グローバルタックスマネジメントを実現する10のポイント

お問合せ