事業計画の策定に税務が関与することが、グローバルタックスマネジメントの第一歩

税務面で十分なチェックを行わないまま事業計画を実行すれば、税金の払いすぎや税務リスクが発生し、企業価値を損なう懸念もある。こうした事態を防ぐためには、事業計画の策定にあたり、必ず税務部門が関与する仕組みを確立することが重要である。

税金の払いすぎや税務リスクを防ぐためには、事業計画の策定にあたり、必ず税務部門が関与する仕組みを確立することが重要である。

事業計画、個別の事業意思決定時における税務部門の関与

事業計画、個別の事業意思決定時における税務部門の関与

事業における税務視点の不在は、税務リスクの増大をもたらす

事業戦略に税務の視点を導入することは、税引後利益の拡大に測り知れない効果をもたらす。一方で、税務のチェックを経ることなく事業計画を実行すれば、二重課税といった余分な税金を払いすぎたり、事後のペナルティなど想定外の税務リスクを抱え込んだりする懸念もある。こうした事態を防ぐためには、事業計画の策定プロセスにおいて、税務部門もしくは税務担当者が関与する仕組みを作ることが重要だ。さらには、M&Aや新会社設立、事業売却といった事業上の意思決定を行う際にも、税務の立場から精査して税務コストを最小化するとともに、税務リスクを回避することが肝要となる。
とはいうものの、事業計画への税務部門の関与を実現するにあたっては、ハードルも多い。
欧米のグローバル企業は、税引後利益の最大化を至上命題としているため、そもそも税務部門の承認なくして事業計画そのものが成立しない。しかし、日本企業は一般に、税務コスト削減の重要性に対する認識が薄く、事業計画に税務部門が関与することに抵抗を感じる企業も少なくない。
「税務に話すとプロジェクトが進まないから」と、事業部門が税務部門への説明をできるだけ遅らせようとするばかりか、事業計画を細部まで固めたうえで、税務部門に事後承諾を求めてくるケースすらある。このため、税務の十分なチェックがないまま事業計画を実行し、税金を払いすぎて、税引後利益を圧縮している企業や、それに気づくことすらできていない企業があまりにも多いのが実態だ。

稟議制度の活用や税務ポリシーの整備により、税務部門の関与を実現

では、事業計画の策定や事業上の意思決定に「必ず税務が関与する」ようにするためには、どうすればよいのだろうか。
それを可能にする有効な対策の1つに、「稟議制度」の活用がある。つまり、稟議書の中に税務の承認欄を設け、税務部門の関与および承認なしには稟議が通らないような仕組みにしてしまうのである。
この方法は、事業計画の策定における税務コストの最適化を可能にするだけではない。それには、「この事業計画に関して、誰が税務の決裁をしたか」という、責任の所在を明確にする効果もある。税務に関する承認のプロセスが明らかになれば、後で「税金の払いすぎ」や追徴課税などの問題が発生した際、タスクコントロールの機能不全をもたらした原因を、過去に遡って分析することができる。その結果を踏まえて、将来に向けて適切な対策を講じることも可能になるだろう。
このように、事業上の意思決定に対する税務部門の関与は、既存の稟議制度に若干の修正を加えることによって、容易に実現することができる。それは、ボトムアップ型経営が根付いた日本企業にとっては、最も簡便かつ親和性が高い方法であるといっても過言ではない。
これをさらに一歩進めた対策として、「グループ経営管理規定において税務ポリシーを整備する」という方法がある。つまり、世界各国の法令遵守と株主価値の最大化を目的として、グローバルに税務コントロールの方針を定め、事業に税務部門が関与する仕組みを全社的に確立するのである。例えば、税務リスクの高い事案または金額インパクトが大きい事案については、意思決定に際して税務部門長の承認を得ることを制度化・義務化していく。このように、質的重要性(税務リスク)と量的重要性(金額)の両面から、事業計画における個々の事案の重要度をランク付けし、一定レベル以上の重要性を持つ事案については、税務部門長の承認を得なければゴーサインを出せない仕組みにしてしまうのである。こうしたグローバル税務ポリシーの策定は、事業に対する税務部門の関与を確立するためには大変有用な方法といえる。
このように、事業戦略に税務の視点を導入するための対策としては、企業特性に応じて、さまざまな方法が考えられる。そんな中、自社の現状に見合った最適な仕組みを導入することが、日本企業にも求められているのである。

M&Aの成否を握る、税務デューデリジェンスと買収後の税務マネジメントの重要性

こうした税務の視点は、M&Aやグローバルな事業再編においてもますます重要となっている。
例えば、M&Aの検討プロセスにおいては、買収のターゲットとなる企業の資産価値を評価するため、さまざまな観点からデューデリジェンスが行われる。なかでも、近年、その必要性が認識されつつあるのが税務のデューデリジェンスである。
仮に、買収先企業が行き過ぎたタックスプランニングを行っていた場合、合併・統合後の税務調査で追徴課税を受ける可能性がある。こうしたリスクを避けるためには、財務や法務のみならず、税務の観点でもデューデリジェンスを行い、潜在的な税務リスクの存在を洗い出さなくてはならない。
のみならず、買収形態や買収後の税務ストラクチャリングも、M&Aを成功に導くためには欠かせないポイントである。海外企業を買収した後、グループ内のサプライチェーンや移転価格をどのように設定すれば、税務コストの低減が図れるのか。あるいは、どのような形で統合・再編を行い、買収先企業をどのような形で保有すれば、将来事業ポートフォリオを組替える際に税務上のメリットを享受できるのか。こうした税務上のインパクトを事前にいかに精査するかによって、買収後の課税リスクは大きく左右され、かつ税引後のキャッシュフローも改善されるのである。
M&Aを実施している企業では、税務コストを考慮して、配当だけではなく、例えば、減資等による投資資金回収等も検討することが重要である。M&Aの成功は、単にビジネス上のシナジー効果によってもたらされるわけではない。その成否は、買収前と買収後のタックスマネジメントにかかっているといっても過言ではないのである。
このように、M&Aのプロセスにおいても、税務の視点と税務部門の関与は欠かせないものとなりつつある。しかしながら、情報漏洩やインサイダー取引の防止という観点から、M&Aの交渉に関与するメンバーはごく少数に限られており、必ずしも税務に精通したメンバーが参加しているとは限らないのが実情だ。
とはいうものの、税務部門の関与がなければ、買収先企業の税務状況の精査が十分に行われる保証はなく、買収形態の決定や買収後の組織再編を、税負担の少ない方法で行うことも難しくなる。したがって、買収により、事業や組織のスキームを大きく変えるような意思決定を行う際には、税務部門の関与が必要であり、それなくしては将来に大きな禍根を残しかねないということを肝に銘じておく必要がある。

税務部門と事業部門のコミュニケーション強化が鍵

ところで、事業計画に税務部門が関与できる体制が整ったとしても、それだけで、税務の最適化が保証されるわけではない。
欧米企業の場合、税務最適化のプロジェクトは本社の税務部門主導で行われるため、事業部門による承認は必要とされない。しかしながら、日本企業では一般的に事業部門の力が強いため、税務の視点を事業計画に反映させるためには、それ相応の努力が必要となる。
そこで鍵となるのが、税務部門と事業部門とのコミュニケーションの強化である。事業部門に税務コストや税務リスクの問題の重要性を十分理解してもらうためには、税務部門は事業部門に対して、根気よく啓蒙活動を続ける必要がある。そのプロセスを通じて、税務部門の側でも個々の事業に対する理解が深まり、真に実効性のある提案を行うことが可能になる。
このように、日本企業において、税務部門の意向を事業計画に反映できるかどうかは、事業部門との連携を確立できるかどうかにかかっている。それを実現するためには、「部門間コミュニケーションの強化」を税務部門のKPIとして設定することも、1つの有効な方法となりうるだろう。グローバルな税務戦略の立案・実行において、トップダウンのアプローチが重要であることはいうまでもないが、こうしたボトムアップ型のアプローチによって税務と事業との連携が進めば、欧米企業にない日本企業ならではの強みが生まれる可能性もある。
いずれにせよ、事業戦略の策定と個々の事業意思決定において、必ず税務部門が関与する仕組みを確立することが、グローバルタックスマネジメントを実現するための第一歩といえよう。

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