変動する地政学リスクやESGへの対応要求、生成AIなどのテクノロジーの進展、インフレによるコスト高騰などの複雑な要素に直面する状況下において、調達部門は多様な不確実性の影響や潜在的なシナリオを検討することが必要不可欠です。
本レポートでは、これらの諸要因が調達戦略に与える主な変化を把握し、調達部門のリーダーが押さえるべきポイントを解説します。また、調達プロセスの自動化を戦略的に進めるための要点も取り上げており、企業の競争力を高めるための道筋を明らかにします。
ページ末尾よりダウンロードできるレポートのPDFでは、各課題に対応するために実行されたさまざまな企業の取組み事例も掲載されています。
1.調達戦略に影響を与える変化の兆候
これからの調達のあり方は、以下の5つの主な要因によって決まる可能性が高いと思われます。ただし、こうした要因が及ぼす影響力の大きさは、地域、業界、組織規模によって異なります。
(1)地政学リスクとグローバルネットワークの課題
調査回答者の大多数(77%)が、外部の危機的な課題の1つに供給混乱のリスクを挙げています。その圧力によってサプライチェーンのレジリエンスは試練に晒されており、企業は商品や部材の不足と価格高騰のリスクを低減するため、調達戦略の再考を強いられています。
「チャイナプラスワン」戦略、すなわち、グローバル企業が製造拠点を中国だけでなく他の国々にも拡大して多極化する戦略が広がっており、インド、タイ、ベトナムといった経済圏がニアショアの一般的な代替進出先となっているほか、メキシコやポーランドがファーショアの選択肢として台頭してきています。
(2)急速に進歩するテクノロジー
今後12~18ヵ月で、どのテクノロジーが自社の調達業務に最も大きな影響を及ぼすか、という質問に対して回答者は、生成AIと予測型アナリティクスをそれぞれ第1位と第2位にランク付けし、ロボティックプロセスオートメーション(RPA)は、上位2つとやや差が開きました。しかし回答者は、現在直面している最大の内部課題としてデータとインサイトが限られていることを挙げており、この領域への投資が緊急に必要とされていることも示唆しています。
【今後12~18ヵ月で、どのテクノロジーが自社の調達業務に最も大きな影響を及ぼすでしょうか?】
テクノロジーのタイプ | 回答の比率 |
---|---|
生成AI | 29.3% |
予測型アナリティクス | 22.8% |
デジタル決済 | 16.3% |
ロボティックプロセスオートメーション(RPA) | 12.0% |
ブロックチェーン | 6.8% |
プロセスマイニング | 3.0% |
拡張現実/仮想現実 | 2.8% |
自然言語処理 | 2.5% |
わからない | 2.5% |
メタバース | 1.5% |
その他 | 0.8% |
※加重平均は、記載された百分率に50%の重み付けを適用することで求められます。
(3)規制と戦略の両面におけるサステナビリティとESGの重要性の高まり
一部の地域(特に欧州)の企業は、ますます厳格化する規制要件と報告要件の影響を受け始めています。調査回答者のほぼ3分の2(66%)が、今後3~5年のうちに、規制とESGに対する要求の拡大が戦略的調達に多大な影響を及ぼしていく、と指摘しています。企業は、自社の生産活動およびサプライチェーンが脱炭素など環境に配慮していることだけでなく、従業員に適切な報酬と労働条件を提供していることも実証しなければなりません。
ESGを調達活動に組み入れるためには、ギャップ分析を含めた、すべての活動の包括的な分析が必要となります。その目的は、サプライチェーンの可視性を高め、循環型のアプローチを採用し、脱炭素化して業界の同業者と協力することです。このトランスフォーメーションにはコストと時間が必要となりますが、気候変動に対するサプライチェーンのレジリエンスを高める機会も提供してくれます。
(4)コストの高騰とインフレーション
調査結果によると、インフレ圧力とコモディティ価格の上昇は調達部門にとって外部要因による課題の第1位(83%)であり、コスト削減/コスト回避がミッションの第1位となっています(91%)。調達担当者には、カテゴリー、コストドライバー、価格設定方式に関する知識を深めること、そして他部門やサプライヤーと緊密に連携することが、より強く求められています。さらに、不安定な環境では限られた財務資源から最大限の価値を生み出す必要があるため、予算・契約管理を継続的に強化していくことも不可欠と言えます。
(5)雇用のミスマッチの拡大
他部門と同様に、調達も人材ギャップを埋めることに苦慮しています。たとえば、契約ライフサイクル管理のための高い契約分析能力を自社が保持していると考えている回答者はわずか34%であり、調達部門における高スキルの専門家の必要性を浮き彫りにしています。生成AIなどの最新テクノロジーを使いこなす、デジタルスキルに秀でた未来の労働力が可及的速やかに必要となっています。
2.調達リーダーが戦略遂行で考慮すべき5つのポイント
調達部門のリーダーが変化の兆候にどのように対処して新たな機会を捉えるべきかを検討する際、以下の5つが戦略の遂行に不可欠な要素となります。
(1)レジリエントなグローバルフットプリント(世界的拠点網)の構築
輸入の制限や禁止の影響を受ける国の企業は、今後、圧力が増大する可能性に備えるべきであり、現地で組み立てる最終工程の比率を増大させ、バックアップとなるサプライヤー(現地または海外サプライヤー)を確認し、完成品の輸入ルートを近隣諸国に変更するための計画を立てておくべきです。
また、予測不可能な世界では、どのようなサプライチェーンも安全であると断定することはできません。そのため、地政学的な紛争、インフレ、災害などの破壊的混乱がサプライチェーンに及ぼす影響をシナリオとしてモデル化する能力が必要不可欠となります。
(2)ビッグデータと生成AIの組込みによる自動化の推進
AIに促されて調達のあり方の見直しが進んでおり、多くの企業が、AI主導のテクノロジーをどのように統一的な調達アーキテクチャのなかに組み込むべきかを検討しています。調達部門は、(構造化と非構造化の両方の)データ処理と分析、適切なインサイトの創出を劇的にスピードアップすることで、イノベーションを推進し、生産性と意思決定を改善できます。また、AIの早期採用によって、調達部門は見積から支払いまで(S2P)のプラットフォームで先端テクノロジーのメリットを享受することができます。
しかし、AIを活用した自動化は、データプライバシーとサイバーセキュリティをめぐる倫理的および法的な問題を引き起こすため、AIによる業務に関する新しい明確なポリシーが必要となります。
(3)サステナビリティとESGへの取組み方針の再確認
調査回答者は、ESGに関するケイパビリティを開発することが今後3~5年の優先課題であると述べており、半数を少し超える回答者(52%)が、今後1~3年にわたる持続可能なサプライチェーンへの投資を方向付けるロードマップを策定しています。調達業務は、即応性と透明性をより高めることによって、増大する規制と市場の圧力に対処しながら持続可能な調達活動を実践し、実証することができます。また、ESGは調達部門がより大きな戦略的役割を果たすチャンスも提供してくれます。
サードパーティリスク管理は、サプライチェーンのESGリスクを評価するうえで、ますます重要性を増しています。今後は、再委託先の事業者も含めて、サプライヤーのカーボンフットプリント、資源の使用状況、廃棄物、汚染、労働慣習の正確な把握が求められることが予想されます。
(4)継続的なパフォーマンス改善の推進、およびデータアナリティクスの活用
調査回答者は、データアナリティクス分野のテクノロジーを導入することを今後12~18ヵ月で最も重要な活動としており、70%が予測型アナリティクスを今後1~3年にわたって調達業務に影響を及ぼす非常に重要なテクノロジー動向の1つとみなしています。新たなレベルのパフォーマンスを達成するためには、ユースケースの開発とともに、ある程度のチェンジマネジメントと新しいスキルの獲得が必要となる可能性が高いでしょう。
生成AIは、契約のスクリーニングと再交渉に役立ちます。セルフサービスのデータアナリティクス機能を作成して、AIモデルを組織固有のニーズに合わせて調整することも可能です。AIの力を活用した契約ポートフォリオ分析は、膨大な量の非構造化データを精査し、パターンを発見して改善すべき領域をピンポイントで特定することができます。そのような施策のメリットの1つは、企業にとってリスクとなり得る契約条項を見つけ出せることです。たとえば、特定の原材料の価格高騰を許容せざるを得なくなるリスクや、EUの一般データ保護規則(GDPR)や重要原材料法などの法律に抵触するリスクなどです。
また調達部門は、AIとテクノロジーを利用して見積から支払いまで(S2P)のプロセスを改善することもできます。それにより、多くの手作業を自動化すれば、調達部門は、価値の源泉となる戦略的な課題に取り組む時間の余裕が得られます。今後、調達部門はアナリティクス機能の成熟度を高めることで、「記述的分析」から「規範型分析」への移行が可能となるでしょう。
【アナリティクスの成熟度】
(5)未来の労働力の構築・育成および定着
技術的能力の高いチームを作ろうと努力している調達部門のリーダーは、人材の希少性と、それゆえに生じる最適な人材の獲得競争に対処しなければなりません。
カテゴリーマネジメントのソフトウェアは、ギャップを埋める出発点になるでしょう。テクノロジーがますます有益な役割を果たすようになるなか、調達部門は、AIの力を活かした新しいオペレーティングモデルを定義し、AIがどのように既存スキルを補完できるかを明らかにしたうえで、手作業のタスクを減らし、生産性を向上させる必要があります。
調達担当者は、AIを効果的に取り扱うためのトレーニングを受け、セルフサービスプラットフォームと開発ツールキットを使用できるようになるべきであり、またチャットボットとの効果的な連携や新しい働き方の採用についてバイヤーを教育しなければなりません。
3.調達プロセスの戦略的自動化において押さえるべき要点
自動化は今後の調達プロセスをどのように進化させていくのでしょうか。
調達部門のリーダーは、生成AIの活用と自動化を推進することで、調達部門を戦略的な組織として再構築し、高実績の持続可能な購買活動を推進して、組織のバリューチェーンにおける主要なインフルエンサーとなる機会が得られます。これにより、製品の共同設計、サプライチェーンのイノベーション推進、ビジネス開発およびアライアンス形成、新興プロバイダーの支援など、従来の任務に加えて新たな役割と目標を担うことが可能となるでしょう。
調達部門の大半は、おそらく自らを高度な自動化と戦略的インフルエンサーの間のどこかに位置付けており、個々の業務が実際にどの方向に進んでいくかは、地域、規模、業界、地政学、雇用市場など、多数の要因によって左右されます。
【調達部門はどのように自動化からインフルエンサーの道を進むのか】
自動化の機は熟しているか?-機会とリスク
調達部門における自動化が進行しています。サプライヤーオンボーディング、サプライヤー事前審査、サプライヤーパフォーマンスマネジメントなどのほか、契約管理、報告、請求処理においてもすべて自動化の準備は整っており、ある種の支出カテゴリーやテールスペンド(非計画購買)マネジメントにおいても同様です。
しかし、自動化への過度な依存は、サステナブルな調達活動による循環性や製品設計に関するイノベーションを妨げる可能性があります。調達担当者が主要な社内顧客や社外のサプライヤーとの連携を欠くと重要なリスクが増大する懸念もあるため、調達部門は人間の介入が必要な場面を見極め、内部統制の強化が求められます。
自動化すべきか、すべきでないか?
以下に示す一連の質問は、さまざまな調達プロセスのなかで何が自動化の候補になり得るかを明らかにします。また、テクノロジーによってオペレーションを合理化できる領域と、依然として人の判断が最優先となる領域を明確にする指針となります。
- 調達プロセスのどの部分を自動化することで、価値が生まれるのか?
- バリューチェーンにおいて、人材戦略と自動化プロセスをどこに位置付けるか?
- RPAやAIの導入コストとメリットのバランスはとれているか?
- 人の介入が必要不可欠な領域とは?
- 担当プロセスは自動化およびタッチレス化が可能か?
- プロセスの自動化や意思決定を支援するAIによってメリットを受ける部分はどこか?
調達の戦略的影響力に作用する要因
激しく変化する調達情勢のなかで組織は、自動化と人的介入のバランスをどのように取るべきかという極めて重要な課題に直面しており、調達部門は自動化と戦略的役割の両面で組織全体の競争力向上に貢献することが求められています。サプライチェーンマネジメントのレジリエンス、イノベーション、戦略的整合性を達成するためには、テクノロジーと人の専門能力の統合が重要です。
ビジネストランスフォーメーションを成功させるには、適切なテクノロジーと最適なプロセス、そして幅広く深い洞察力をもつ人材が不可欠な要素です。
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詳細についてはサプライチェーンマネジメントをご覧ください。
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