本稿では、国際情勢や各国・地域の規制・政策に関するリスクを中心に、2025年の注目テーマを紹介します。
また、本記事の内容は2025年1月14日時点の情報に基づいて、作成しています。
視点 | 注目テーマ |
---|---|
保護主義の連鎖 | 帰ってきたタリフマン |
露わになる自国ファースト | |
グローバルサウスに広がる中華 | |
経済安保のニューノーマル(新常態) | |
価値観の分断 | 脱炭素疲れ |
「寛容さ」を失う世界 |
|
政治的不確実性の拡大 | EU主要国の政治経済停滞リスク |
不安定化する東アジア情勢 | |
岐路に立つウクライナ |
|
中東情勢の不確実性 |
2025年注目テーマを捉える3つの視点
- 保護主義の連鎖
アメリカ・ファースト(米国第一主義)を掲げるトランプ新政権の誕生(トランプ2.0)によって、他の多くの国も同様に保護主義的な政策を採用する可能性があります。たとえばトランプ2.0は、関税や国内企業の税優遇などを通じて産業を保護し「Manufacturing Superpower」(製造大国)を目指すことを掲げていますが、他国でも同じく補助金や税優遇で自国産業を守ろうとする傾向が露わになる可能性があります。こうした傾向は関税引き上げによるインフレ圧力の高まりだけでなく、世界的な自由貿易停滞を引き起こす恐れもあります。
米新政権は、自国の競争力を高めようとAIなどの規制緩和にも強い関心を持っています。技術開発の加速に期待する声がある一方で、安全な活用法を図るという観点が抜け落ちないか懸念する意見も出ています。
米国の関税と輸出規制といった保護主義的な政策は、グローバルサウスへの中華系企業や資本の広がりというもう1つの現象も生んでいます。米新政権はその一角である東南アジア諸国などへの関心が低いと見られ、中国政府はこの状況を好機と捉えて各国との連携を強めていくことが想定されます。中国が主導権を握る独自の経済圏拡大を志向していることが背景です。
国家間の競争や保護主義が強まる趨勢のなか、経済・技術分野に安全保障の観点を盛り込む考え方が常態化するでしょう。投資やサプライチェーン、技術開発など幅広い領域で経済安全保障への配慮が前提となります。
- 価値観の分断
サステナビリティ、脱炭素、移民の受け入れなど、多くの国や企業が「普遍的」と捉えてきた取組みについて、特に米国と欧州で価値観の分断が目立つようになっています。サステナビリティ推進の一環として語られるDEI(多様性、公平性、包括性)については、企業がDEIを訴えて採用活動を進めることが逆差別だとの声が出ています。
背景として指摘されるのは、取組みにかかわるさまざまなコストや変化への反感が強まってきたことです。脱炭素のために、各国政府が普及を進める電気自動車(EV)は割高であり、補助金で無理に普及を図っているとの批判が出ています。また、移民は職を奪い治安を悪化させると懸念する人々もいます。伝統的な考え方を持つ層の一部は、LGBTQ+のような価値観の広がりを受け入れがたいと感じています。
価値観の広がりが目立って見えるもう1つの要因は、サイバー空間です。SNSなどを通して、個人の主張が一瞬で全世界に届くようになりました。少数派の意見であっても、真偽不明な情報に基づいて発信量を増やすことで、多数派の正確な情報のように見える特徴があります。
こうした声を吸い上げた政治的勢力が、分断をさらに際立たせるような動きとして各地で現れています。米国やドイツ、フランスなどでは、このような価値観の対立が、政治家や政党を通じて可視化されています。サステナビリティや脱炭素といった取組みの大きな方向性は今後も推進される可能性が高いと考えられますが、分断の顕在化によって、踊り場に差し掛かる恐れが出ています。
- 政治的不確実性の拡大
世界的な選挙イヤーであった2024年は、米国だけでなく、多くの先進国や新興国でも国政選挙が実施されました。結果は総じてその時点の政権に厳しい内容となり、首脳が厳しい立場に追い込まれたり、政権交代が起きたりする事象が相次ぎました。背景には、一部の野党が掲げたポピュリズム的政策の高まりもあり、財政的な裏付けが十分でないとされる生活支援策を掲げたのにもかかわらず、これに賛同した有権者が多く投票したという側面もありました。各国で政策の継続性への不透明感が高まっており、2025年も国際関係や市場を揺るがし得るリスクとして浮上する可能性があります。
紛争地域でも先行き不透明な情勢が続いています。衝突が長期化するウクライナに対し、トランプ新米大統領は、終結を唱え、NATO(北大西洋条約機構)への関与縮小も掲げています。中東でもイスラエルとハマスの衝突がイランにも拡大するなかで、イスラエル支持を強く打ち出すトランプ新米大統領の就任で不確実性が一段と高まる可能性があります。
帰ってきたタリフマン
米新政権は、中国をはじめとした他国との貿易赤字を問題視しており、関税引き上げを主張の柱にした通商政策で、解消を目指す見通しです。トランプ氏は自らを「タリフマン(関税男)」と呼んでおり、米国のすべての輸入製品に一律10~20%の関税を課す方針を示しています。相手国の製品にその国と同率の関税を課す「相互貿易法」の創設も掲げており、同盟国や友好国であっても対象とすると見られます。日本企業にも大きな影響が出るでしょう。中国製品には最大60%の関税を課す考えを示すだけでなく、迂回輸出対応を念頭に、中国メーカーがメキシコで製造した自動車に100~200%の関税を課すとしています。
トランプ氏は大統領選挙直後、移民や違法薬物の流入を理由に、メキシコとカナダからのすべての輸入品に25%の関税を課す文書に署名する旨を表明しました。ブラジル、ロシア、インド、中国などで構成されるBRICS諸国が共通通貨を創設した場合に、加盟各国から米国への輸入に100%の関税を課す意向も示しています。トランプ新米大統領はまず部分的な実施を目指す可能性が高く、国や製品ごとに検討を進めると考えられます。
この強硬な姿勢は相手国の報復関税を招く可能性があり、貿易摩擦の再燃が考えられます。米国の保護主義が他国の保護主義を誘発する構図で、世界中でモノの流れが停滞し、経済にとって逆風となる恐れがあります。また関税は、米国では短期的には雇用にプラスの側面があるとの見方をする一方で、引き上げた国でのインフレを加熱させる恐れがあり、民間消費や企業活動の停滞を引き起こす恐れもあります。特に、輸入品への依存が高い業種や特定の製品によっては、サプライチェーンの組み換えに迫られるケースも予想されます。
ビジネス上の留意点 |
---|
・ 関税引き上げに伴うインフレ加速リスクに留意 ・高関税が長期間続くと見込まれる場合は、サプライチェーンの見直しが迫られる可能性も ・関税関連の公約はまず部分的な実施を目指すと見られるため、国や製品ごとの慎重な分析が必要 |
露わになる自国ファースト
米新政権の政策の柱の1つが「アメリカ・ファースト」です。多国間で決めた合意に縛られることを嫌い、自らの方法で自国の利益を追求しています。化石燃料への回帰はその一例で、脱炭素の国際合意に縛られることなく、原油や天然ガスの増産を進めることでエネルギー価格を引き下げ、自国に有利な状況を作りだそうとする考え方です。
産業政策においては、米国の経済成長につながる外資の直接投資は強く歓迎する一方で、輸入品が米国市場で高いシェアを取ることには拒否反応を示しています。トランプ2.0では、⽶国企業の対中投資や、中国による⽶国企業買収に対する厳しい規制を導入し、⽶国の利益に資する投資のみを許可するという意向が示されています。また、法人税の引き下げも活用して米国内の産業活性化を目指しているほか、国内生産や調達を要件に企業を優遇する政策が強化される可能性があります。
特に自動車やエネルギー生産に対する規制撤廃や暗号資産推進を示唆するなど、さまざまな規制緩和を通じて米国への投資や資金流入拡大も狙っています。AIについても前政権が打ち出した規制を撤廃するとしています。こうした規制撤廃は企業にとってむしろ機会となる可能性もあり、注目すべきです。一方で、AIなどまだ安全な活用法が完全に確立していない技術について、規制緩和が過剰に進むことへの懸念も指摘されています。
米新政権の自国第一主義は、同盟国との衝突もためらわない特徴もあります。日本企業においても例外ではなく、対米輸出品が関税引き上げの影響を受けたり、米国企業買収が頓挫したりなどの事態が考えられます。日本企業は同盟関係だから冷遇はされないはずとは考えず、米新政権の政策を注意深く分析する必要があります。一方で、交渉次第では公約どおりの政策とはならない可能性にも留意が必要です。
この自国第一主義が見られるのは米国だけではありません。中南米や東南アジアなどの資源国では、再生エネルギー需要の高まりを背景に、レアアースなどの資源を自国の利益第一で活用しようという「資源ナショナリズム」の動きが強まっています。世界首位のニッケル鉱石産出国インドネシアは、同鉱石の輸出を禁止して国内の加工産業育成を目指しています。フィリピンでもニッケル輸出規制の検討が進むほか、チリもEV電池生産に必要なリチウムを国家が管理するという考え方に傾いています。
資源ナショナリズムは昔から存在しますが、世界で自国第一主義が強まるなか、資源国にも動きが波及している側面があります。中長期的に調達価格の上昇につながる恐れがあり、資源国の政策に応じてサプライチェーンに脆弱さがないか再点検することが必要になります。
ビジネス上の留意点 |
---|
・ 米国の自国第一主義は日本も標的になり得る。対米輸出や企業買収などに影響も ・米国の自国第一主義きっかけに、他国でも保護主義的政策の採用が進展する恐れ ・ニッケルやリチウムなどを自国第一で活用する動きもあり、資源価格の上昇要因となる可能性 |
グローバルサウスに広がる中華
中国は、グローバルサウスとの関係強化に積極的です。グローバルサウスは新興国や途上国の総称ですが、中国にとって貿易や投資の重要な拠点とされています。
米国が関税や輸出規制を強化するなか、中国は自国陣営に加わる国を増やして米国との競争を有利に進めたいと考えています。経済の減速を背景にかつての勢いはないものの、経済圏構想「一帯一路」への参加・協力を呼びかけ、政治的・経済的な結びつきを深めようとしています。この構想を通じて、インフラ整備や投融資のほか、支援先国に中国企業や中国人労働者を送り込み、対象国の経済的な依存度を高める戦略を取っています。戦略分野であるデジタルインフラ建設の加速や、自動車、重要鉱物、バッテリー、再生可能エネルギー製品などの領域での輸出振興策を通じて、グローバルサウスをはじめとする諸外国との関係強化や当該国市場での影響力拡大を進める考えです。
中国政府による一帯一路構想に不透明感が出ているなかで、中華系企業や資本、人脈といった企業・個人レベルによるグローバルサウスへの浸透も注目されています。中国では経済の減速などを背景に富裕層などの国外移住が増加傾向となっています。シンガポールや米国などの主要な移住先に加えて、グローバルサウスへの移住も一部見られます。特に東南アジアにはもともと強い中華系の人脈があり、新しい移住者も加わって中華系経済圏が強化されていく可能性があります。
一方で、グローバルサウス諸国側もしたたかに動いています。米中どちらとの関係強化も拒まないバランス外交を目指す姿勢は変わらないものの、近年相次いで「BRICS」への加盟を申請し、中国から受ける経済的利益に期待する動きもあります。米国が過度に自国主義を推し進めれば、この傾向がさらに強まる可能性があります。
グローバルサウス諸国での中華系企業の影響が強まれば、日本企業に不利になる場面も出かねません。タイの自動車など日本企業が歴史的に優位に立ってきた市場はすでに脅かされています。グローバルサウスは、市場の成長性だけでなく、重要物資の調達先の候補としての検討が進んでいます。希少資源などの重要物資の確保を巡って、中華系企業との競争はますます強まっていくと見られます。ただしこうしたリスク一辺倒ではなく、中華系企業と手を組む場面も出てくるでしょう。グローバルサウスの各地で協業と競争の両方の場面が増える可能性があります。
ビジネス上の留意点 |
---|
・ 中国政府はグローバルサウスと関係を強化。(デジタル含む) ・協業の機会も増えるなか、米国政策との板挟みリスクへの対応に留意 |
経済安保のニューノーマル(新常態)
政府や企業が戦略を立てるときに、経済安全保障の視点を組み込むことが当たり前のように求められる「ニューノーマル(新常態)」の時代が訪れています。ロシア・ウクライナ情勢の深刻化や米中対立を背景に、にわかに注目を浴びた“経済安保”という考え方ですが、一過性の傾向ではなく政府や企業が長期的に取り組むべき課題となっています。
対応が必要な範囲は多岐にわたります。先端半導体やAI、量子、蓄電池といった覇権争いに直結する戦略分野は強い関心が集まっており、米政府は半導体などの分野での対中投資を規制して自国の優位性を守ろうとしています。サイバーや宇宙といった新興技術が使われるイノベーション分野にも裾野は広がり、日本政府は2024年1兆円規模の「宇宙戦略基金」を立ち上げて、民間の力も活用して宇宙分野の国益を守る姿勢を鮮明にしました。
特に米中対立については、政府や企業が長期化も見据えて施策を作るのが常識となっています。デカップリングや、陣営間でのサプライチェーンや技術の囲い込みの度合いは進展していく見通しです。
米中競争を背景とした地政学リスクの高まりなどが今後も続くことになれば、派生する経済安全保障の潮流が今後も10年、20年続くという視点で経営戦略を考える必要があります。
安全保障の裾野が経済・技術分野に拡大していく傾向が強まるなかで、政府による伴走支援や官民連携が進展しています。政府側が経済安保のニューノーマル化を後押ししている側面があるとも言えます。企業としては、投資やサプライチェーン、技術開発等に至る幅広い領域で経済安全保障を念頭に置いた施策展開が当然のように求められるようになるでしょう。また、米中間の規制の応酬に対処するだけでなく、経済安全保障の観点から有利に事業展開できそうな領域を選別するほか、サプライチェーン強靭化や技術開発等で国の支援を活用するなど、事業機会拡大につなげる発想が必要です。
加えて、戦略資産であるデータの保護と利活用を目的に、データ保護主義の流れが強まると予想されます。AIの進化には大量のデータが欠かせず、データの価値は国力を左右する重要なテーマとなっています。自国の有するデータの囲い込みだけでなく、データにかかわる外国からの投資に対しても各国が敏感になっていくことが考えられます。外国政府によって取得されたデータは産業スパイ行為や人権弾圧などに使用される可能性があるため、現地での協業や、越境移転するなどして海外企業とデータ共有する場合には留意が必要です。
今後、サービスの安定稼働やデータ保護の観点から、基幹インフラなどの重要セクターを中心に、重要データを国内保存する法整備が進む可能性があります。2025年は、政府が保有する安全保障上重要な情報へのアクセスを認めるセキュリティ・クリアランス(SC)制度が開始します。クリアランス保有が前提となる政府調達や国際共同研究開発への参画などの機会が開ける一方で、重要経済安保情報の漏えいの働きかけを受ける対象となり得るなどのリスクも想定されます。データ保護や情報管理は引き続き重要テーマとなりそうです。
ビジネス上の留意点 |
---|
・ 経済安全保障の潮流の常態化・長期化を見据え、経営戦略に織り込む必要 ・ 投資やサプライチェーン、技術開発など幅広い領域で経済安全保障の視点が前提に ・ 単なる規制対応にとどまらず、経済安全保障をビジネスチャンスと捉える発想を ・ データ保護主義の高まりを背景に、データの囲い込みや外国投資制限の検討が進む可能性 ・セキュリティ・クリアランス制度の活用は、事業機会拡大の「攻め」と情報管理の「守り」の視点のバランスが重要 |
脱炭素疲れ
欧米を中心に、「脱炭素疲れ」とも言うべき現象が相次いで起こっています。米国では新政権が化石燃料回帰の政策を取り、天然ガスや原油の採掘を促す方針です。電気自動車(EV)も購入補助を撤廃すると掲げており、前政権の普及策を積極的に推進してきたにもかかわらず、陰りが出ていたEVの販売台数がさらに減速する可能性があります。また、欧州連合(EU)では農家が脱炭素の目標設定に反対し大規模な抗議運動を繰り広げました。脱炭素に伴うコストへの不満が背景にあり、各国政府も世論を意識した政策立案を進めざるを得なくなっています。
一方で、中国はEVや再生可能エネルギーといった脱炭素市場に注力する姿勢を保っており、すでに高い市場シェアを持つこの分野でさらに存在感を強める可能性があります。特にEV販売台数は世界全体での成長をけん引しており、中国メーカーは収益性に課題を抱えつつも輸出を強化しています。
他方、欧米市場では再エネやEVなどの脱炭素関連の投資が低調化する事態が考えられます。
また、脱炭素に寄与する電力源として原子力発電所に注目する動きもあります。米国は次世代原子炉である小型モジュール炉(SMR)の開発を進め、欧州では英国やフランスが原子炉の新設を検討しています。AIの普及やデータセンター需要の高まりを受けて、化石燃料と再生可能エネルギーを補完する格好で発電量を増やそうと模索しているのが理由です。
ビジネス上の留意点 |
---|
・ 米国での化石燃料回帰政策に伴う石油・天然ガス関連需要の増加 ・ 米国でのEV普及策減退で、ハイブリッド車(PHEV含む)や内燃機関車市場が堅調に ・中国企業が世界の再エネ、EV市場に輸出を拡大することによる機会と脅威 ・米国・英国・フランスなどでの原子力発電への関心の高まりとサプライチェーン再構築の動き |
「寛容さ」を失う世界
欧米各国を中心に、DEI(多様性、公平性、包括性)や移民受け入れといった社会の寛容さにかかわるテーマに対し、批判的な声が出ています。DEIは採用や職場環境で多様性を高める取組みですが、米国では逆差別だなどとして訴訟が起こり、アピールを控える企業が複数出てきました。米新政権もDEIには批判的な立場です。
米国では、メキシコ経由などで多数の移民が入国しており、そのなかには法的な手続きを経ていない不法移民も含まれています。前政権では、無秩序な流入を招いたなどとして批判を受け、トランプ新米大統領は、不法移民に対する母国への強制送還を含めた強硬な姿勢で臨むことを約束しています。
欧州では中東や北アフリカからの移民・難民流入が続いており、特に受け入れの「玄関口」になっているイタリア、ギリシャ、スペインなどで懐疑的な見方を強める世論が広がっています。
欧米ともに雇用が奪われる危機感や価値観・社会の急速な変化に対し、主に保守層が違和感や反発を抱いていることが背景にあると考えられます。欧州では、移民拒絶を唱える極右政党の影響力が拡大しており、欧米政府の政策決定にも影響を与えることは確実です。特に移民取り締まりの傾向が強まれば社会全体の対立にもつながりかねません。政府が特定の企業をやり玉にあげる可能性もあり、日本企業はこの分野で目立たない外部発信の戦略を立てるなどの検討も必要でしょう。
ビジネス上の留意点 |
---|
・DEIや移民受け入れに関する施策に対し、欧米の保守層に反発する意見強まる ・ 欧米政府が世論の影響を受けた政策を実行する可能性。米新政権はDEIに批判的 ・国・地域の情勢を勘案しつつ、外部発信でバランスを考慮した戦略を |
EU主要国の政治経済停滞リスク
EU主要国であるドイツ・フランスでは、政治的な不安定性が拡大しています。ドイツでは、2025年2月に予定される総選挙での政権交代と極右政党の議席積み増しが予想されます。ドイツ経済は中国製品との競争激化や欧州で最も高い電力価格などの構造的な要因に悩まされています。2025年は経済成長率がほぼゼロと予想されており、現政権が支持を失う原因となりました。政権交代となっても、こうした構造要因がすぐに解決することは考えにくく、低成長が続く恐れがあります。また極右政党が他党と連立を組んで政権入りする可能性は非常に低いと言われるものの、ドイツ政治への影響力を強めることは確実です。
一方、フランスでは、少数与党の政権運営に課題が多く、2024年に続き2025年中に再度の総選挙が実施される可能性があります。同国も経済の低成長を背景に世論が分断しており、現在議会が3分割された状態になっています。公的債務の合計額がGDPの100%を超えるなど財政悪化が景気回復の足かせになっていると指摘されますが、どの勢力も議会で過半数を獲得できず、打開が難しい状態に陥っています。3勢力の一角を占める極右政党は支持を伸ばしており、2027年の大統領選挙勝利を狙っています。
EUの意思決定はドイツとフランスがけん引することがしばしばありますが、両国の政治的停滞により、ロシア・ウクライナ問題、脱炭素政策など多方面で政策決定が遅れる恐れが考えられます。ドイツとフランス両国の極右政党の政策は反脱炭素、EU懐疑主義、反移民などの特徴を持ち、世論の後押しを受けて発言力を強める可能性もあります。たとえば脱炭素関連で方針決定が遅れれば、関連の投資を検討する企業にとっては戦略が立てにくくなるという悪影響が出ます。
ビジネス上の留意点 |
---|
・ドイツ総選挙で極右政党が議席増の可能性。脱炭素市場拡大に逆風も ・ フランスで再選挙の恐れ。経済政策停滞で投資先としての魅力が後退 ・EUで経済政策などが停滞すれば、ビジネス環境悪化も |
不安定化する東アジア情勢
東アジアでは、韓国の政治的混乱が目立っています。大統領が野党との対立を契機に「非常戒厳令」を発令し、その後国会は大統領の弾劾を求める議案を採決しました。さらに警察などで作る捜査本部が非常戒厳令を出したことを巡り、現大統領を拘束するなど混乱が続いています。現大統領は日本との関係強化を進める姿勢を示していますが、野党は大統領の対日政策を批判しています。野党から次期大統領が選出された場合、日韓関係の停滞につながる恐れもあります。日韓関係は進展と停滞を繰り返しており、関係が非常に悪化した時期には日本製品の不買運動も起きました。日韓関係が揺れていた2019年には、日本側も、貿易管理上の優遇措置を受けられる「グループA(ホワイト国)」のリストから韓国を除外するなど、規制強化により半導体関連産業中心に一時混乱を招きました。2023年には、ホワイト国に再指定されました。
日米韓の3ヵ国は近年、北朝鮮のミサイル警戒情報共有や共同訓練などの安保協力だけでなく、半導体や蓄電池、重要鉱物などの特定物資の供給網混乱に備えるためのサプライチェーン強靭化や、重要・新興技術の保護・育成を含む経済安全保障領域での連携強化に向けて協議を重ねてきました。宇宙協力に関する対話強化や、AIガバナンスを含め新興技術の技術標準をめぐる協力を拡大することでも合意しています。
中東やウクライナでの地域紛争が国際秩序を揺るがすなかで、朝鮮半島や台湾海峡でも危機が波及することになれば、日米韓の3ヵ国協力は東アジア情勢の安定に欠かせない枠組みになる可能性があります。日米韓の協力枠組み強化の行方は、韓国での政治混乱や米国新政権の始動など、東アジアを取り巻く多くの不確定要素の影響を受けると見られます。情勢変化によって協力拡大の制度化に向けた動きが後退するかどうか注意深く見守る必要があります。また北朝鮮を巡っては、トランプ新米大統領の就任により、一次政権同様に韓国の左派政権誕生が重なれば北朝鮮との交渉で動きがある可能性がありますが、一方、近年、ロシアとの接近が強まる北朝鮮が一層対米強硬策に傾く恐れもあります。
また、中国と台湾を巡る関係に目を向けると、両者の緊張関係は依然として続く見通しです。中国政府は、中台統一のためには武力行使の選択肢を放棄しないと繰り返し表明しています。しかしながら、中国が即座に統一を迫ることは軍事的にも経済的にもハードルが高いと見られており、企業はこのようなリスクを含む国際的な緊張感の高まりに対し、投資とリスクマネジメントのバランスを取ることが必要です。米国は基本的には台湾との安保・経済分野での連携強化を図っていくと見られますが、トランプ新米大統領は台湾に対しては同分野でより取引的なアプローチを強めていく可能性があります。
ビジネス上の留意点 |
---|
・韓国で野党から次期大統領が選ばれた場合、安全保障や輸出管理など対日政策が厳しくなる可能性 ・日米韓の協力枠組みはまだ道半ば、経済安保協力含む制度化への動きを引き続き注視 ・中台は緊張関係が続くが、投資とリスクマネジメントのバランスを取る必要 |
岐路に立つウクライナ
2022年2月に深刻化したロシアとウクライナの衝突から間もなく3年を迎えます。トランプ新米大統領はウクライナへの軍事支援打ち切りと衝突の早期終結を主張しており、これまで欧州でウクライナを支えてきたドイツとフランスも政治的混乱で積極的な支援が難しくなる可能性があります。
また当事者国であるロシアとウクライナも被害の大きさから終結を望んでいると見られます。このため、事態は2025年に何らかの形で進展する可能性が高いと思われます。
しかし、ロシアが占領するウクライナ領の帰属問題や、ウクライナのNATO加盟の是非など関係国が同意しなければならない議題が数多く存在します。どのように事態が進展するかは不透明感が依然残っている状態です。
ロシアに有利な終結となった場合、欧州とロシアの緊張関係は続くでしょう。東欧を中心に安全保障リスクが高まり、企業にとって東欧諸国への投資判断が難しくなる可能性があります。また原油や石炭などロシア産エネルギーは日米欧各国の制裁対象となっていますが、制裁の強化や緩和があれば世界の資源価格に変化をもたらすでしょう。
いずれの形でも衝突が終結すれば交通やエネルギー、通信網などでウクライナの復興需要が高まると予想されます。世界の企業が投資に乗り出す可能性があり、日本企業がかかわる場面も出てくるでしょう。日本政府も関心を高めており、リスクを勘案しつつ投資を検討することが求められます。
ビジネス上の留意点 |
---|
・ロシアに有利な形で衝突が終結した場合、東欧を中心としたビジネスに安全保障リスク ・ロシア産エネルギーに対する日米欧の制裁内容の変更に伴い、資源価格の変動 ・衝突が終結した場合、ウクライナ復興需要が高まり日本企業に影響も出る可能性 |
中東情勢の不確実性
2023年10月に発生したイスラエルとハマスの衝突を発端とした中東危機は2025年に入っても沈静化していません。緊張はイランを含む周辺地域に拡大しており、エネルギー輸送や企業のサプライチェーンへの影響が局地的に発生しています。緊張関係にあるイスラエルとイランは全面衝突を望んでいないものの、事態が深刻化する恐れが残っています。
シリアでは旧政権が崩壊しましたが、新政権が諸外国とどのような関係を結ぶかなどについて不透明感があります。シリアは2015年に内戦が激化したことに伴って多くの難民が発生し、欧州ではその受け入れを巡って政治や社会の分断が見られました。シリアがテロ組織の拠点となって、世界のテロ事件の遠因になったことも指摘されています。こうした経緯から、欧米諸国はシリア情勢を厳重に注視しています。
中東情勢に影響を与える可能性があるのが米国の対応です。トランプ米新大統領は選挙期間中に中東地域の平和実現を主張しましたが、一次政権と同様にイスラエル寄りの姿勢やイランへの厳しい対応を続けると見られます。さらに対立をあおる結果となった場合に、主張通りの結果を出せるかは明確ではありません。一方で、米国が事態の沈静化に向けて強く働きかけることで、紛争当事国がいったん停戦で合意するとの見方もできます。
中東にかかわりを持つ日本企業は、リスク管理活動の継続的な見直しが求められるでしょう。中東の不安定化は原油価格や輸送経路に影響を及ぼす可能性があります。現地に拠点を持つ企業にとっては、社員の安全確保などの対応が必要になるほか、当事者国とかかわるビジネスが人道的な観点から批判を受ける恐れもあります。
ビジネス上の留意点 |
---|
・中東情勢を契機に原油や物資の輸送経路の乱れや価格変動につながる恐れ ・中東を含む海外の役職員の安全確保や緊急時の連絡手段の再点検を衝突の当事国で実施 ・衝突の当事国企業とのビジネスはレピュテーションリスクに留意 ・中東情勢は多様な視点を考慮し、経営インパクトの大きい複数のシナリオと対応を想定 |
執筆者
KPMGコンサルティング
アソシエイトパートナー 新堀 光城
マネジャー 白石 透冴
スペシャリスト 原 滋
助言
KPMGコンサルティング
シニアエキスパート 恩田 達紀(元ハーバード大学国際問題研究所 客員研究員)
シニアアドバイザー 稲田 誠士 (前ユーラシアグループ日本代表)
経済安全保障・地政学に関するインサイト
経済安全保障・地政学に関する知見や最新情報を紹介します。
経済安全保障・地政学に関するセミナー/講演動画
経済安全保障・地政学に関するセミナーのご案内や過去の講演動画を紹介します。