本稿は、米国大統領選でのドナルド・トランプ氏当選を受けて、第二次政権「トランプ2.0」の方向性が日本企業のビジネスに与える影響を考察します。

以下は、2024年12月9日執筆時点の内容であり、2024年3月25日公開・9月30日更新の記事の再更新版です。

ポイント1:トランプ氏は米国第一主義、対中強硬が基本方針。サプライチェーンへの影響に注意

ポイント2:関税で国内産業を保護する一方、インフレには化石燃料開発によるエネルギー価格低下で対応する戦略

ポイント3:反ESG(サステナビリティ政策への反動)の広がりにも注意が必要

1.トランプ氏の再選

米国大統領選挙は2024年11月5日に投開票され、共和党候補のトランプ氏が勝利しました。トランプ氏は激戦7州すべてを制したほか、2016年時と異なり、選挙人数だけでなく獲得票数でも民主党候補を上回りました。この勝因は、ヒスパニック系など従来民主党の支持基盤だった有権者層を取り込んだことが、決定打となりました。近年のガソリンや食料価格、家賃の高騰を受けてインフレ対策が重要な争点となり、現民主党政権への批判票がトランプ氏に追い風となったことも指摘できます。

同時に実施された議会選では、共和党は法案を可決するために必要な過半数の議席を上下両院で確保しました。これにより、大統領と上下両院の多数を共和党が独占するいわゆる「トリプルレッド」となりました。

トランプ氏はこの勢力図を生かし、2025年1月20日の就任から急ピッチで公約実現を目指すと考えられます。上下両院での議席差はわずかな状況であり、時間の経過とともに造反議員が出るなどすれば共和党の優位が崩れる恐れがあるからです。2026年には中間選挙が予定されており、民主党が議会で過半数を取り返す可能性も、共和党側では懸念されています。

トランプ氏の再選は、エネルギー、貿易、環境などの多くの政策分野で大きな変化をもたらすでしょう。
本稿では、第一次トランプ政権をトランプ1.0、第二次トランプ政権をトランプ2.0と表記し、後者の主な政策やその影響について詳しく考察します。

【米国大統領・議会選挙の結果】

「トランプ2.0」の企業影響を考える _図表1

2.トランプ政権の基本方針

トランプ氏の基本方針は選挙戦中に発表した公約集「AGENDA47」のほか、2024年7月に共和党が採択した「共和党政策綱領」、同氏による各種インタビューから読み解くことができます。

トランプ氏の政策の根底には、米国の利益を最大化、最優先する「MAGA」(“Make America Great Again”, 米国を再び偉大な国に)、「America First」(米国第一主義)の考え方が貫かれています。自国の利益のためには国際協調の後退や同盟国との緊張関係もいとわない点に特徴があり、第一次政権と同じくトランプ2.0でも基本方針となる可能性が高いでしょう。

政策分野別にみると、産業政策では以下の3つの方針を挙げられます。
1つ目は、エネルギー・環境分野での「化石燃料への回帰」です。エネルギー価格を下げることでインフレの抑制を目指しており、気候変動問題に関する国際的な枠組みであるパリ協定からの再離脱や、化石燃料の生産拡大などの公約に反映されています。

2つ目は、関税引き上げを軸にした貿易政策です。中国の経済力・技術力拡大に歯止めをかけることや、米国の産業を保護し「Manufacturing Superpower」(製造大国)を目指すことを目的としています。

3つ目は、規制緩和や減税に見られるような「小さな政府」の志向です。共和党政策綱領は、バイデン政権が2023年10月に発令したAIに関する大統領令を廃止するほか、暗号資産に対する規制緩和を進めることを言及しています。法人税の引き下げも明言しており、企業活動の活性化を図ることが狙いです。

産業政策以外にも目を向けると、ロシア・ウクライナ情勢の深刻化を終結させることや、不法移民対策の厳格化の方針なども掲げています。

トランプ氏はこうした基本方針を実現するために、閣僚人事も相次いで発表しています。「忠誠心」を人選の最重要視する基準とし、同氏の掲げる貿易・関税政策、エネルギー政策、移民政策等に強く賛同する人材が選ばれています。

3.政策の見通し

ここからは特に企業への影響の大きい、環境・エネルギー、貿易・投資政策を中心に紹介します。

(1)環境 ・エネルギー ―脱炭素・EV政策の転換
まずは環境・エネルギー分野で、化石燃料の開発を強化することで米国のエネルギー価格を世界最低水準にまで引き下げるとしています。これは、米国有権者にとって関心の高いインフレ対策の目玉となる方針です。

“Frack, Frack, Frack”, “Drill Baby Drill” 

インフレ抑止に向けた化石燃料増産を実現するため、パリ協定からの再離脱のほか、資源の掘削や採掘の規制緩和、LNG輸出の新規認可の一時停止措置を撤廃、排ガス規制見直しといった政策を進める見通しです。化石燃料増産を検討する新組織「国家エネルギー会議」の新設も発表しています。

トランプ氏は選挙戦を通じて、Energy Independent”(エネルギー自立、エネルギーによる覇権)、Frack, Frack, Frack” “Drill Baby Drill”(化石燃料の掘削・生産拡大)といったスローガンを強調してきました。米国における脱炭素に向けた取組みが後退する可能性があり、脱化石燃料依存を目指したバイデン政権からの大きな方針転換となりそうです。

EV普及政策廃止を求める

EV政策についても大きな転換が予想されています。トランプ氏はバイデン政権のEV普及政策が米国の自動車産業を損なうとして、撤廃する意向を示しています。EVの購入補助などを定めたバイデン政権の政策パッケージ「インフレ削減法(Inflation Reduction Act:IRA)」を廃止することを掲げました。

ただIRAはEV普及政策だけでなく、太陽光や風力発電の設置も支援する複合的な政策パッケージです。このため、IRAを活用した投資案件は共和党支持が優勢な州で多いことがわかっており、廃止には踏み切りにくいとの見方もあります。EV購入者に対する最大7,500ドルの税額控除(IRAの30D条)廃止といった部分的な見直しは検討される一方で、法律の全廃は見送る可能性が浮上しています。

反ESGの姿勢

トランプ2.0のESG(環境・社会・企業統治)への懐疑的な姿勢(反ESG)も特徴的です。企業年金の投資先について、ESG要因を考慮して選択できるとした現行の規則を、大統領令で直ちに停止するとしています。また、環境対策だけなく、採用・職場環境で多様性を高めるDEI(多様性・公平性・包括性)の取組みに対しても消極的な方針を取ると見られています。ESG政策を進めてきたバイデン政権とは政策転換が進みます。

米国内では、一部で反ESGの動きが活発化しており、トランプ氏の姿勢はこれをさらに後押しする可能性があります。具体的には米国市場で、かつては有望な投資先とされたESG銘柄への資金流入が鈍っているほか、DEIに反感を持つ活動家が声を上げ、企業が取組みの撤回に追い込まれる事例が出ています。トランプ氏の再任とともに、こうした動きが勢いを強める可能性もあります。

日系企業に追い風の側面も  

環境・エネルギー関連の政策変更により、企業の事業環境は大きく変わる可能性があります。米国での再生可能エネルギー市場の伸びが従来より鈍化する可能性があり、サプライチェーン見直しの検討に迫られる企業が出てくることが予想されます。さらに、国際的な脱炭素に向けた協調が乱れることで、たとえば、気候変動関連の国際会議で合意形成が難航することも考えられます。

一方で、EV政策の見直しによって米国ではEV市場の伸びが一層鈍化し、内燃機関車の需要が従来予想より高まる可能性があります。ハイブリッド車やディーゼル車に強みを持つ日系メーカーには追い風となる可能性も考えられます。

(2)貿易・投資 ―関税引き上げに伴うインフレ加速リスク

次に貿易・投資分野について詳しく見ていきます。
トランプ2.0は関税の引き上げを主要な戦略の1つに据えた貿易政策を展開する考えです。関税を引き上げることで貿易赤字を是正し、国内での生産を促して産業発展につなげるという考えが基になっています。米国に次ぐ世界第2位の経済大国である中国との競争を主に意識していますが、同時に中国以外の国を標的とした公約も打ち出しています。

対中関税、引き上げに強い関心

対中貿易政策では、中国の最恵国待遇の撤廃を唱えています。この最恵国待遇とは、加盟国に対して平等な貿易条件を提供するという世界貿易機関(WTO)の原則に基づくものですが、トランプ氏は「中国からの経済的な独立を果たす」と公約で掲げて撤廃の理由を説明しています。対中貿易赤字は減少傾向にあるものの2023年時点で約2,800億ドルを記録しており、トランプ氏は問題視しています。

最恵国待遇を撤廃した場合、理論上は対中貿易政策の自由度が高まります。中国からの輸入製品に対しては、最大60%の関税を課す考えを示しています。

中国製自動車に対しては特に厳しい措置が取られる見込みで、中国の自動車メーカーがメキシコで製造した自動車に100~200%の関税を課すとしています。メキシコを経由することにより、関税を免れるいわゆる「迂回輸出」を防ぐ狙いがあります。

より幅広い国を対象に

トランプ2.0では、より幅広い国を対象とし、貿易赤字の解消を目指す方針が掲げられています。米国のすべての輸入製品に一律10~20%の関税を課す方針が示されています。実際には対象国や品目を絞り込む可能性がありますが、日本企業にとっても大きな影響が出ることが予測されます。特に、外国が米国製品に関税を課す場合、米国もその国の製品に同率の関税を課すことができるとする「相互貿易法」の創設も掲げており、同盟国や友好国であっても例外はないとしています。

メキシコ・カナダに対しては、大統領選挙直後に、カナダとメキシコからの移民や違法薬物の流入を理由に、両国からのすべての輸入品に25%の関税を課す文書に署名する旨の発言をしています。直近では、ブラジル、ロシア、インド、中国等9ヵ国で構成されるBRICS諸国が共通通貨を創設した場合等に、加盟各国から米国への輸入に100%の関税を課す意向を示しました。

北米自由貿易協定(NAFTA)に代わって発効した「米国・メキシコ・カナダ協定(USMCA)」は2026年に見直しが予定されています。この見直し条項はトランプ1.0の強い意向で盛り込まれたもので、自動車の原産地規則の厳格化をはじめ、トランプ氏再選により見直し実施の可能性が出てきています。実際にトランプ氏は、就任後には再交渉条項を発動する意向をメキシコとカナダに通知すること、中国など他国からの部品がメキシコを経由して自動車部品を無税で輸出することを防ぐ内容をも盛り込むと発言しています。

輸出管理規制には引き続き注意

トランプ2.0の公約では、安全保障貿易に関する具体的な言及はありません。ただし、対中輸出規制強化については超党派の合意があることから、引き続き半導体関連等における中国向け規制、貿易制限の強化が検討されると見られます。

米国は近年、一貫して対中輸出規制を強めており、トランプ1.0では米国輸出管理規則(EAR)に基づく輸出管理ルールを厳格化し、中国特定企業向けの米国製品の輸出・再輸出等を原則不許可としました。続くバイデン政権では、2022年、米国EARによる先端半導体・製造装置関連製品の対中輸出規制を実施し、日本など同盟国にも取組み強化を求めています。

IPEF(インド太平洋経済枠組み)に消極的

一方、トランプ氏はバイデン政権が主導し、日本や韓国を含む14ヵ国が参加する「インド太平洋経済枠組み(Indo-Pacific Economic Framework for Prosperity、IPEF)」への関与に消極的であると見られています。トランプ氏は多国間交渉に懐疑的で、二国間での問題解決を志向していることが背景の1つです。IPEFは関税引き下げを交渉対象とはしていませんが、重要物資確保に向けた協力などの国際協調やルール共通化を目指してきました。こうした取組みが停滞する可能性が出ています。

人権を理由にした規制執行・強化の可能性

公約や発言等で明確に言及されてはいないものの、保護主義のツールとして利用できること等から、人権侵害を理由にした輸入規制の執行の維持/強化もなされる可能性があります。そのため、たとえば、強制労働等の人権侵害を理由に、中国や東南アジア諸国からの輸入差止措置が増える可能性にも留意が必要です。

国内投資、対外投資規制は強化へ

トランプ2.0では、⽶国企業の対中投資や、中国による⽶国企業買収に対する厳しい規制を導入し、⽶国の利益に資する投資のみを許可するという意向が示されています。施策が実現に向かえば、米国向け輸出コストの増大や関税・規制回避を目的としたサプライチェーンの再編などの影響が想定されます。

トランプ1.0では、米国人による中国軍事企業への投資規制導入に加え、外国企業による対米投資を審査する対米外国投資委員会(CFIUS)の権限を強化しました。続くバイデン政権では、2023年8月には対中投資規制についての大統領令で、半導体・マイクロエレクトロニクス、量子情報技術、AIの3分野で対外投資を制限するプログラムを新設、2025年1月に発効します。

関税引き上げは功罪入り混じる

トランプ氏が掲げる関税政策は功罪両面が指摘されています。米国市場について見ると、プラスの影響では米国内での生産を促す効果が挙げられ、外資企業による工場新設などの投資を呼び込むと考えられます。雇用を生み出し、失業率の低下につながる可能性があります。

一方で、マイナスの側面としてインフレの加速が懸念されます。関税は輸入品のコストを増加させるため、最終的には消費者負担の増大につながります。幅広い品目で関税引き上げが実施された場合、消費者は割高な商品を買うことになり、消費の冷え込みを招く恐れがあります。

関税政策には、企業のサプライチェーンにも大きな影響を及ぼし得ると予測されています。

具体的には、中国からの米国向け輸出コストが増大するため、関税回避を目的としたサプライチェーン再編の動きが強まると予想されます。高率の対メキシコ・対カナダ関税が実現した場合には、同国拠点で関税の対象とならない製品に生産を切り替えるか、輸出に占める米国向けの割合を下げるなどの対応が必要になるでしょう。

ただしいずれの貿易政策も他国との交渉次第で実際の内容は変わる可能性があり、日本企業は北米の生産・輸出の見直しが必要かどうか冷静に見極める必要があります。

(3)法人税・所得税 ―減税を通じた国内投資の促進

個別の政策として、最後に国内の税制について概観します。
トランプ氏は、米国内で製品を生産する企業に法人税率を15%まで引き下げる方針を表明しました。国内生産や調達を要件に企業を優遇する政策が強化される可能性がありますが、法人税の引き下げも活用して米国内の産業活性化を目指します。トランプ1.0の目玉政策となった個人の所得税引き下げなどを含む「トランプ減税」が2025年末に期限を迎えるため、減税措置の延長についても優先的に検討すると見られます。

政策領域 トランプ2.0の政策の方向性(一部政策のみ)
エネルギー・脱炭素
  • 石油や天然ガスの採掘制限緩和で大幅増産
  • パリ協定からの再離脱
  • 企業年金の投資先に、ESG要因を考慮して選択することを禁止
電気自動車(EV)
  • EVへの移行に向けた制度撤廃(IRAの見直し等)
貿易・投資
  • 対中関税強化(中国からの輸入品に最大60%の関税を課す)
  • メキシコ等への関税強化(迂回輸出対応)
  • 外国製品を対象にした一律関税の導入
  • 輸入品に対し外国と同率の関税を課す相互貿易法の創設
  • 対中輸出規制・投資規制の維持または強化
  • 安全保障を理由にした中国の最恵国待遇撤廃
法人税・所得税
  • 米国内で製品を生産する企業は、法人税率を引き下げ(15%を想定)
  • トランプ減税(個人所得税の減税措置等)の延長

※WTO協定の基本原則の1つ。いずれかの国に与える最も有利な待遇を、他のすべての加盟国にも与えなければならないという原則。

4.多角的なシナリオを想定して海外事業戦略の立案を

企業がサプライチェーンの多元化や海外事業戦略を見直す動きが相次いでいますが、トランプ2.0の発足でその動きが加速する可能性があります。米国の影響を受けて、複数の国が保護主義や自国第一主義に傾けば、企業の収益に変動をもたらす場面が出てくるからです。米国が過度に自国第一主義を推し進めると、中国などがグローバルサウスとの政治的・経済的関係を強化し、日本企業にとっての商機やサプライチェーンリスクが変化する可能性もあります。

今後の中長期的な戦略や事業計画立案については、トランプ2.0の発足に伴い、諸外国に与える影響も織り込んで、多角的なシナリオに基づいて検討することが肝要です。

執筆者

KPMGコンサルティング
アソシエイトパートナー 新堀 光城
マネジャー 白石 透冴
スペシャリスト 原 滋
シニアコンサルタント 柿野 和平

助言
KPMGコンサルティング
シニアエキスパート 恩田 達紀(元ハーバード大学国際問題研究所 客員研究員)

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