本稿は、過去のトランプ政権と現政権の政策を振り返るとともに、新たに民主党候補となったハリス氏の方針やトランプ氏の公約・方針を概観したうえで、「トランプ2.0」が日本企業のビジネスに与える影響を考察します。
以下に記載する内容は、2024年9月16日執筆時点のものであること、および筆者の私見であることを予めお断りします。また、2024年3月25日公開された記事の更新版となります。
目次
1.ハリス氏とトランプ氏の対決に
米国大統領選挙は、民主党候補のカマラ・ハリス副大統領と共和党候補のドナルド・トランプ氏が対決する構図に変わりました。2024年7月、トランプ氏への銃撃事件によって同氏がこのまま優勢を強めるかと思われましたが、バイデン大統領が選挙戦からの撤退を表明し、後継としてハリス氏が名乗りを上げ、民主党側も再び勢いを強めています。
ハリス氏は、バイデン政権の基本的な政策路線をおおむね踏襲する見通しですが、8月16日の演説で発表した経済政策では、住宅、食料品、医薬品の価格抑制などを柱に据え、生殖に関する女性の権利保護のための法整備や補助金や税制優遇措置を通じた中所得者・貧困層への負担軽減を積極的に実施する考えを表明しました。また、8月19日に開幕した民主党の党大会では、バイデン氏が撤退する前の素案をもとにした政策綱領を採択し、法人税率を現行の21%から28%に引き上げることなどを明記しました。
【ハリス氏が8/16の演説で表明した経済政策(一部政策のみ)】
食品 |
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医療 |
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住宅 |
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子ども |
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移民政策は、大統領選の重要争点の1つとなっています。インドやジャマイカから移住した両親を持つハリス氏は、国境の安全確保や亡命制度の改革のほか、合法的な移民の拡大など、移民対策に関する法案を可決するよう働きかけるとみられます。一方で、トランプ氏は、国境監視の強化や不法入国・不法滞在に対する罰則強化を推進する意向を示しており、米国の発展に資するようなメリットベースの移民制度を導入するなど大規模な移民政策を「共和党政策綱領」で掲げています。トランプ氏は、不法移民増加の責任は政策担当者であるハリス氏にあると追及する構えです。
共和党は、7月15日からの党大会において、トランプ氏を正式に党候補に指名し、副大統領候補には激戦州の1つである中西部オハイオ州選出のJ・D・バンス連邦上院議員の起用を決定しました。バンス氏は、貿易・移民政策などでトランプ氏の方針に近い立場を取っており、トランプ氏同様に、ウクライナやNATOへの支援の縮小を主張しています。
民主党では、ミネソタ州知事のティム・ウォルツ氏が、党の正式な副大統領候補として選出されました。ウォルツ氏は、エネルギー、教育、医療分野などで実績を持ち、貿易政策なども現政権の方針に近いとの見方があります。
米国大統領選挙は2024年11月5日に投開票が行われ、次期政権の発足は2025年1月20日を予定しています。
【就任式までの選挙日程】※2024年9月16日時点
年 | 月日 | 直近の動向および今後の日程 |
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2024 | 6/27 | 第1回討論会 |
7/8 | 共和党が政策綱領を発表(7/15に正式採択) | |
7/3 | 民主党が政策綱領の草案を発表(8月の党大会で正式採択される見通し) ペンシルベニア州で演説中のトランプ氏の銃撃事件が起きる |
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7/15~7/18 | 共和党全国大会、トランプ氏正式指名、バンス氏を副大統領候補として発表 | |
7/21 | バイデン氏が大統領選からの撤退を表明、後任候補にハリス副大統領を支持 | |
8/2 | ハリス氏がオンライン投票で指名獲得に必要な代議員の過半数を確保 | |
8/6 | 民主党は、ハリス氏とミネソタ州知事のウォルツ氏を党候補者に正式指名 | |
8/19~8/22 | 民主党全国大会、候補者を正式決定 | |
9/10 | ハリス氏とトランプ氏によるテレビ討論会実施 | |
10/1 | 副大統領候補のテレビ討論会実施 | |
11/5 | 大統領選挙選挙日。僅差の場合、選挙結果の確定に時間がかかる可能性がある | |
2025 | 1/20 | 大統領就任式 |
2.「トランプ2.0」は、重大な外部環境変化
米国大統領選挙は、その結果次第では、ウクライナ支援、国際協調路線、サステナビリティ関連政策、移民政策など多くの分野で変化をもたらす重要な分岐点となり得ます。
近時の世論調査では、バイデン氏の選挙戦撤退後にハリス氏が追い上げ、その後もハリス氏とトランプ氏の支持が拮抗する状況が続いています。一部メディアは、第一次トランプ政権をトランプ1.0、第二次トランプ政権をトランプ2.0と呼び、一定程度、同氏の再選を織り込むかたちで2024年11月以降の米国政治の見通しを論じています。
このような背景から、トランプ2.0が実現した場合の政策やその影響を点検することは、特に中長期的な戦略やサプライチェーン施策を検討するにあたり重要であると考えられます。
3.トランプ政権の方向性 ーAGENDA47と共和党政策綱領
今回の選挙戦では、トランプ氏は当選時の公約集「AGENDA47」を発表しています。
「AGENDA47」では、たとえば、脱炭素・エネルギー領域では、気候変動問題に関する国際的な枠組みであるパリ協定からの再離脱や、化石燃料の生産拡大に舵を切ることを主張しています。貿易・投資に関しては、関税措置強化の方向性を示しています。また、ロシア・ウクライナ情勢に対しては、支援見直しや停戦を唱えています。国内向けには、予算執行停止を可能とする大統領権限を復活させることに言及しているほか、不法移民対策の厳格化の方針などを掲げています。
2024年7月に採択された「共和党政策綱領」においては、バイデン政権が2023年10月に発令したAIに関する大統領令を廃止するほか、暗号資産に対する規制緩和などについても言及しています。
日本企業も、「AGENDA47」や「共和党政策綱領」の実行に向けた政策が進展する可能性を一定程度織り込み、急速な外部環境の変化へ備えておくことが肝要です。
次項では、特に多くの企業の活動に影響を与え得る環境、通商政策に関して、バイデン政権とトランプ1.0、トランプ2.0を対比しつつ、新たに民主党候補に選出されたハリス氏が採り得る政策の方向性やバイデン氏との違いに触れながら、留意すべき事業環境の変化を考察します。
4.政策比較
トランプ1.0は環境政策にきわめて消極的で、オバマ前政権の政策に否定的でした。地球温暖化対策では、大統領就任とともに温暖化ガス削減のための国際枠組み「パリ協定」からの離脱を宣言しました。脱炭素関連の研究費・予算を大幅に削減・撤廃し、化石燃料への回帰を志向しました。EV普及への投資も消極的で、内燃機関(ガソリン車やハイブリッド車等)産業の保護を目的とした通商政策への傾きも見られました。
バイデン政権では、国家安全保障戦略でも環境政策に言及するなど、環境政策を重視しています。パリ協定への復帰を宣言したほか、石油・天然ガス規制を強化し、再生可能エネルギーを拡大しました。
EVについては、2030年に新車販売の半数以上を環境配慮型の車にする目標を掲げるとともに、産業のインフラ投資・雇用法(Infrastructure Investment and Jobs Act:IIJA)やインフレ削減法(Inflation Reduction Act:IRA)などを成立させ、 EVシフトを進めようとしてきました。
IRAは、気候変動対策や公的医療保険の延長などの歳出政策と、15%の最低法人税率設定や政府による薬価交渉などメディケア改革等の歳入政策を組み合わせた政策パッケージですが、国内産業の保護主義的な側面も指摘されています。特にEV向けの購入補助金については、自国産業の優遇を事実上認める内容となっています。懸念国由来のサプライチェーンが形成されている場合には適用対象外としており、経済安全保障の視点も重視しています。
対してトランプ2.0の公約では、環境分野でのバイデン政権の政策の多くを引き継がない方針です。パリ協定からの再離脱、石油や天然ガスの再度の規制緩和・大幅増産を掲げています。ESG投資についても、企業年金の投資先について、ESG要因も考慮して選択できるとした現行の規則を、大統領令で直ちに停止するとしています。またIRAの廃止やそれにともなうEV補助金撤廃を訴えています。 もっとも、IRAを活用した投資案件は共和党支持が優勢な州が多いことから、トランプ氏は、バイデン政権の環境政策をすぐには撤回できないとの見方もあります。
なおバイデン政権は、EVの販売比率の引き上げを計画していましたが、大統領選挙を前に急激な「EVシフト」に反発する自動車の労働組合に配慮し、EV移行を促す環境規制の緩和を検討しています。そのため、米国でEV普及一辺倒になる可能性は以前より下がったとの見方もできます。
ハリス氏は、バイデン氏のエネルギー・脱炭素・EV政策の路線をおおむ踏襲するとみられています。他方、ハリス氏がかつてバイデン氏を超える規模の気候変動対策を提唱していたことや、クリーンエネルギー移行を積極的に推進するグリーン・ニューディールの共同提案者であったことを根拠に、バイデン氏よりも気候変動対策に積極的であるとの見方があります。クリーンエネルギーとEVのインセンティブに重点を置くIRAの推進に尽力したハリス氏は、気候問題への対応と規制措置を優先課題としつつ、既存の気候変動関連規制を拡大する可能性があるというものです。ハリス氏は以前、2020年の予備選時の民主党大統領候補として、シェールガスや石油開発に用いる水圧破砕法の禁止を支持するとしていました。一方で、ハリス氏が今回、後継候補になった後は、水圧破砕法の禁止をすることはないとハリス陣営が声明を出すなど、化石燃料業界とその労働者の懸念を払拭する姿勢も見せています。激戦州での有権者への訴求を目的に、今後、エネルギー政策にどれだけ修正が入るのか注目されます。
トランプ1.0では、他国の不公正な貿易慣行に対抗しつつ、国内の産業・技術基盤を保護・発展させ米国の競争優位性を維持することは、米国の国家安全保障等にとって重要な問題と位置づけられました。
貿易協定ではまず、大統領就任後、環太平洋パートナーシップ(TPP)協定から離脱する覚書に署名したほか、関税分野では2018年以降、1974年通商法301条に基づき、中国原産品の輸入に対して最大25%の追加関税措置を講じました。安全保障貿易では、米国輸出管理規則(EAR)に基づく輸出管理ルールを厳格化し、中国特定企業向けの米国製品の輸出・再輸出等を原則不許可としました。また、輸出管理改革法(ECRA)を制定し輸出管理の対象となる技術領域を拡大しました。
投資領域では、米国人による中国軍事企業への投資規制導入に加え、外国企業による対米投資を審査する対米外国投資委員会(CFIUS)の権限を強化しました。
バイデン政権は、トランプ1.0と同様に中国の軍民融合政策を警戒しており、トランプ1.0での対中措置を基本的に継続しています。バイデン政権は2022年10月、米国EARによる先端半導体・製造装置関連製品の対中輸出規制を実施し、日本など同盟国にも取組強化を求めたほか、2023年10月には、第三国からの迂回輸出を防止するための規制の強化等も発表しました。米国当局は引き続き半導体領域での中国向け規制に、貿易制限の強化を検討しています。
2023年8月には対中投資規制についての大統領令で、半導体・マイクロエレクトロニクス、量子情報技術、AIの3分野で対外投資を制限するプログラムを新設しました。また、バイデン政権では、米国の安全保障に加え、環境、サステナビリティ、人権領域も通商政策の根拠としつつ、同盟国や友好国との連携を重視しています。2024年5月には、鉄鋼やアルミニウム、半導体、EV、バッテリー等の戦略分野への対中追加関税の引き上げを発表するなど、トランプ氏同様に保護主義的な政策を打ち出す動きもみられます。
ハリス氏は、貿易問題についても、バイデン氏の政策を大筋では継続するとみられています。ハリス氏は、トランプ氏の掲げる一律関税は、米国の家庭負担を増大させると非難しています。ハリス氏はかつて、環太平洋パートナーシップ協定(TPP)に反対したほか、環境問題への取組み不足を理由に米国・メキシコ・カナダ協定(USMCA)に反対票を投じました。バイデン氏が推進してきた欧州連合(EU)との連携強化を目指し、中国などの炭素と排出量の多い鉄鋼に貿易障壁を設けるグリーンスチール協定など、貿易交渉において環境視点を重視してくる可能性も指摘されています。
一方で、トランプ氏は再選に向けた公約で、貿易・関税領域では、米国への輸入製品に対して原則一律10%の一律関税を課すとし、世界貿易機関(WTO)の規定に基づき、これまで優遇関税での輸入を認めてきた中国の最恵国待遇の撤廃を唱えています。また、外国が米国製品に関税を課す場合、米国もその国の製品に同率の関税を課すことができるとする「相互貿易法」も創設も掲げており、同盟国や友好国であっても例外はないとしています。
特に中国からの輸入製品に対しては、最大60%の関税を課す考えが示されています。中国の自動車メーカーに対して、メキシコやカナダで製造した自動車に100%の関税を課す意向も示しています。
投資に関して、トランプ氏は⽶国企業の対中投資や、中国による⽶国企業買収に対する厳しい規制を導入し、⽶国の利益に資する投資のみを許可するという公約を掲げています。これらの施策が実現すれば、米国向け輸出コストの増大や関税・規制回避を目的としたサプライチェーンの再編や見直すうえでのコストの増加などの影響が想定されます。
なお、トランプ氏は上記の関税施策などを踏まえて、国内製造業の競争力を確保し、製造大国としての米国の復活を目指す「戦略的国家製造業イニシアチブ」を打ち出すことも公約で掲げています。
【トランプ氏(前政権と公約)と現政権の政策比較(一部政策のみ)】
主要な争点 | トランプ1.0の政策 | 現政権の政策 |
トランプ2.0の公約 |
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エネルギー・脱炭素 |
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電気自動車(EV) |
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関税 |
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中国の最恵国待遇 |
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貿易・通商 |
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※WTO協定の基本原則の1つ。いずれかの国に与える最も有利な待遇を、他のすべての加盟国にも与えなければならないという原則。たとえば、ある国の製品の関税率を5%に削減する場合、この関税率を他のすべての加盟国にも適用しなければならない。
5.トランプ2.0が与える事業環境への影響
以下、2024年9月16日時点の公約等を前提として、トランプ2.0における事業環境への影響を考察します。
環境分野では、エネルギー、電子機器、素材等をはじめとする再生可能エネルギー関連産業やEV産業で、環境政策の転換により事業環境が大きく変わる可能性があります。米国内の環境政策に対する予算が大幅に削減されることで北米における関連市場が縮小するだけでなく、米国での脱炭素政策が低調となり、国際的な足並みが乱れる可能性も出てきます。企業は、環境分野の事業・サプライチェーンの見直しなどの検討が必要になるでしょう。EV関連補助金の削減に伴い、米国のEV拡大にブレーキがかかることが考えられます。ただ、IRAの投資案件が共和党優勢の州で多いことから、EV補助に関する政策転換をどこまで実現できるのかについては要注意です。
貿易・関税領域では、トランプ氏は、「輸入製品に原則10%の関税」「中国の最恵国待遇撤廃」「中国からの重要物品の段階的な停止」を公約として掲げています。中国からの輸入品には最大60%の関税を課す可能性にも言及しています。これらの施策が実行されれば、特に中国から米国向け輸出コストが増大し、トランプ1.0の米中貿易摩擦時よりも、関税回避を目的としたサプライチェーン再編の動きが強まると予想されます。中国メーカーがメキシコで製造した自動車に100%の関税を課した場合には、中国メーカーによるメキシコ生産やメキシコ経由の米国輸出などのサプライチェーンに影響を及ぼすことが想定されます。
近時、グローバルサプライチェーンを有する企業において、カントリーリスク低減の観点から、サプライチェーンの多元化や海外事業戦略の見直しに向けた動きが少なからずみられます。米国を軸とした国際的連携が変容した場合、保護主義や自国主義が進展し、企業におけるサプライチェーン再編の方向性に影響することが考えられます。今後の情勢変化を注視する必要はありますが、中長期的な戦略や事業計画を立案するに際しては、複数の世界情勢シナリオを織り込んだうえで検討することが肝要です。
執筆者
KPMGコンサルティング
アソシエイトパートナー 新堀 光城
マネジャー 白石 透冴
スペシャリスト 原 滋
シニアコンサルタント 柿野 和平
コンサルタント 上船 開法
助言
KPMGコンサルティング
シニアエキスパート 恩田 達紀(元ハーバード大学国際問題研究所 客員研究員)
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