2025年1月に米国で第二次トランプ政権が発足します。自国の経済合理性を追求するトランプ氏の姿勢は、世界のマーケットにどのような影響を及ぼし、そして日本の企業は地政学リスクを踏まえどのような備えが求められるでしょうか。
本稿は、2024年11月15日に実施したKPMGコンサルティングとThe Asia Groupの共催フォーラム「米国大統領選後のビジネス展望〜中長期的な経営計画とサプライチェーンの再考〜」を基に編集しました。
対中国外交は、同盟国との協調から二国間取引へ
クリス・ジョンストン氏
The Asia Group マネージング・プリンシパル 兼 CSIS日本部 シニア・アソシエイト(客員)
インド太平洋地域を中心としたトランプ新政権の外交政策と、この政権交代がもたらす可能性のある地政学的影響について展望を述べたいと思います。
最初に明確にしておきたいのは、トランプ新政権の外交政策は複数存在する可能性があるということです。そして、これらの政策は時に対立し、矛盾することもあるでしょう。これは第一次トランプ政権でも観察された現象です。バイデン政権でも、中国は米国の外交政策にとって中心的な課題として位置付けられていました。
その際のキーワードは「投資(Invest)・連携(Align)・競争(Compete)」です。つまり、中国に対して何か直接的な変化を求めるのではなく、米国国内への投資(インフレ削減法やCHIPS法など)や、同盟国と連携した機密技術の輸出管理、またイノベーションで中国と競争するため積極的な行動など、中国を取り巻く環境を変えていくというアプローチです。
経済面では、半導体や関連機器など軍事転用が可能な先進技術への中国のアクセスを制限しました。いわゆる「スモールヤード・ハイフェンス」(輸出管理の対象を絞って厳重に管理する)のアプローチを採用し、同盟国やパートナー国に対しても、米国と同様に輸出制限や投資制限などの措置をとることを奨励しました。中国政策において同盟国と共通の戦線を維持しようとする努力は、バイデン外交の大きな特徴でした。
トランプ氏も、バイデン氏と同様、中国を経済戦略における課題の中心に据えていますが、そのアプローチは根本的に異なります。
トランプ氏は「アメリカファースト」の哲学に則って、米中経済のより広範なデカップリングを目指しています。たとえば中国からの輸入品に対する関税率を大幅に引き上げたり、中国に対して「恒久的最恵国待遇(PNTR)」を撤廃したりする可能性も考えられます。トランプ氏にとって重要なのは、米国の貿易赤字を削減することです。同盟国と強調して中国を取り巻く環境を形成しようとしたバイデン氏と異なり、同盟国を頼らない二国間の取引を優先する傾向にあります。
「ギブアンドテイク」を重視し、多国間よりも二国間の関係を強く好むのは第一次トランプ政権でも見られたパターンです。トランプ氏は関税を貿易交渉のカードと捉えています。第二次政権発足初期に大きな行動をとり、米中関係は難しい時期を迎えることになると思います。
他の地域の外交政策についてはどうでしょうか。まず、米日韓が一緒に議論のテーブルにつくということは少なくなるでしょう。トランプ氏が好むのは自分たちの影響力が最も強く出る、二国間関係です。日本や韓国、そして台湾に対して、防衛費の増額や米国製の装備購入など圧力をかけてくることも考えられます。
また、第一次トランプ政権では、米国は台湾に対する多額の武器販売を承認し、外交的な関与を高めました。ただ、トランプ氏は台湾への防衛費に不満を表明し、台湾の重要性に疑問を呈しています。米国の台湾への外交政策については、先行きは不透明であり、突然方針が変わる可能性もあります。
米国の中国政策がサプライチェーンに与える影響
カート・トン氏
The Asia Group マネージングパートナー
トランプ氏が米国大統領となり、次の4年間の任期中に起こり得る、必然的かつ潜在的な変化についてお話させてください。
トランプ氏のアジア政策、「関税(Tariffs)」「技術(Technology)」「取引主義(Transactionalism)」と「3つのT」を使って説明されることがよくあります。
まず「関税」についてですが、トランプ氏は中国に対する関税を引き上げていくでしょう。米国の中国からの輸入は減少し、これによって二次的な影響がサプライチェーンにもたらされます。「技術」については、中国の軍事発展につながるような特定の製品や技術が中国に入るのを阻止しようと熱心になるでしょう。特に焦点が当てられるのは人工知能(AI)とコンピューティングですが、生命科学を含む他の技術分野にも及ぶ可能性があります。
バイデン政権では、中国との関係は競争的ではあるがマネージ(管理)もしたいという雰囲気がありましたが、トランプ氏にはそのような意識はありません。中国は競争相手であり、「取引主義」と「交渉」の時代が始まります。こうした変化は、経済的なデカップリングを招く可能性が高いです。
それでは、日本への影響はどうでしょうか。トランプ氏は選挙期間中、全ての輸入品に一律10~20%の関税を課すと言及しましたが、それは実現可能性が低いと思われます。しかし、自国の利益に反するような行動については政治的な手続きをとって強く批判するなど、日本企業が米国から一方的に「悪者」とみなされるような状況は十分に起こり得ると思います。
日本企業への具体的な影響を考えると、まずインフレが挙げられます。トランプ氏の財政・金融政策や貿易政策はドル高につながり、米国での売上高や収入に影響が出ると考えるべきです。また、日米間では、第一次トランプ政権のように、貿易交渉が再開する可能性があります。そうであれば、日本企業は、この交渉のなかでどのように自分たちを位置づけ、価値を最大化するか考えなければいけません。
中国で生産した製品を米国に輸出している場合、関税の対象になるだけでなく、サプライチェーン全体が問題視される可能性があります。問題は、日本企業のサプライチェーンが中国企業とどの程度密接に結びついているか、そしてそれが米国の経済安全保障にとってどの程度の脅威と認識されるか、という点です
ここで重要なのは、中国企業との関係性において、何が「小さな問題」で何が「大きな脅威」なのかという判断基準が、日本と米国では大きく異なるということです。これらは、政治と経済安全保障という観点から判断されることになるため、日本企業は備えが必要です。
今後、世界は保護主義の時代に突入するでしょう。米国が積極的に関税を引き上げ、中国もそれに対抗して関税を引き上げる。これがエスカレートすれば、中国は経済面で、多くの企業のサプライチェーンで使用する原材料の輸出をさらに制限するなどの対応をとる可能性があります。
サプライチェーンに関して、米国をはじめとした各国政府は、供給効率性より安全性を重視しています。今後、サプライチェーンは短縮化・細分化されていくと考えられます。
また、ウクライナについても目を向けていただきたいです。個人的には、トランプ氏とプーチン氏が交渉をしても戦争は終わらず、状況はさらに複雑になると考えています。2025年後半に予定されているトランプ氏と習近平氏の交渉が重要なベンチマークになるでしょう。
変化の時代、日本企業に求められるインテリジェンス機能
新堀 光城
KPMGコンサルティング アソシエイトパートナー(弁護士)
「トランプ2.0」の特徴は、米国の利益を第一に、経済合理性を重視する姿勢です。想定より需要が伸び悩むEVに補助金を拠出することや、化石燃料の利用を抑制することには消極的です。インフレ対策として化石燃料回帰によるエネルギーコストの削減を図ろうともしています。貿易については普遍的一律関税や、メキシコ等の中国以外の国に対しても関税の引き上げ、迂回輸出への規制強化等を示唆していますが、他国の反発やインフレを招く側面があるため、どのように調整しながら進めるのかを注視しなければなりません。
今後のメガトレンドを押さえていくうえでは、これまで欧米が主導してきた政策や価値観とは異なる立場との向き合いかたが一層重要となります。アフリカ諸国やインド、インドネシアなどのグローバルサウスでは、各国の人口増加に伴い、政治経済の分野で存在感が高まることが予想されます。
ただ、たとえばウクライナ紛争に関する立場に見られるように、欧米諸国の政策や価値観などから一定の距離をとることが少なくありません。欧米でも、サステナビリティについて、その経済的負担から気候変動対策に反発する動きが見え始めています。気候変動対策に消極的なトランプ氏が支持を集めたのも、その一兆候とも言えます。
このように不確実性や複雑性が高まっている経営環境のもとでは、経営インテリジェンスの強化が重要です。情報を単に共有する・収集するだけではなく、情報をしっかりと精選し、分析し、意思決定者のニーズを捉えて意味のある情報とすることが必要です。しかし、インテリジェンス機能を活用して施策立案するインテリジェンスサイクルをプロセスとして確立・活用できている企業は少ないのが現状です。
インテリジェンス機能を活用するには、その目的や活用対象となり得るアウトプットを特定したうえで、時間軸を意識した仮説シナリオの設計と将来動向の変曲点となり得る事象を整理することが大切です。また、情報の質や客観性の向上のために、有識者を含めた社外ネットワークやAI・データ解析による予測も活用することが求められます。
不確実性の高い世界で、変化にいち早く対応する経営体系
濱田 知典
KPMGコンサルティング 執行役員 パートナー
事業環境が大きく変化するなかで、従来の中期経営計画を核に据えた経営計画のあり方が「機能不全」を起こしている状況が散見されています。中期経営計画を立てても、経営環境がすぐに大きく変わり、計画立案時の前提が早期に崩れてしまうためです。
その一方、中期経営計画は多くの企業で開示されているため、その見直しに関する原因分析やリカバリープランに関して投資家などステークホルダーとの対外コミュニケーションに大きなコストがかかることもあり、「中期経営計画を立てる意味はあるのか」という疑問の声も多く聞くようになりました。
こうした状況を打破するためには、環境が激変することを前提とした長期ビジョンドリブンの経営体系の構築と事業環境変化を把握するインテリジェンス機能の強化が必要です。
長期ビジョンドリブンの経営体系は、中期の計画値を核に据えるのではなく、長期の目指すべき方向性や社会に提供する付加価値、事業ポートフォリオの構造変化など短期変化に左右されない大きな方向性を示したうえで、その進捗を示していく経営スタイルです。そして、目標達成するためのビジネスドライバーに影響を与える、業界やサプライチェーンの変化といった予兆を把握し常に事業プランに連携させ続ける役割を持つのがインテリジェンス機能です。
長期ビジョンドリブンの経営体系とインテリジェンス機能は、独立して別の部門が作られるケースがありますが、相互作用を意識してそれぞれを設計することが重要です。常に情報をキャッチ、連携する必要があるため、どのような情報を予兆として捕捉するか、経営計画にはどのように反映するかという実務レベルの業務の流れ、情報の流れを連携させる設計が必要となります。
これは、単に中期経営計画をやめるということではなく、経営体系自体を作り直すことを意味します。長期のブレない姿を定義し、それに向けては常に変化し続ける予兆を把握し、対応を行い続ける経営体系を形作ることが、この変化の激しい今日には求められています。
不確実性の高い世界で、変化にいち早く対応する力を
フォーラム後半では、今後の日本企業が向かうべき方向性を展望したパネルディスカッションが行われました。
カート・トン氏は、KPMGコンサルティングの新堀、濱田の講演を受け、「ERM(エンタープライズリスクマネジメント)の考え方では、不確実性の高い世界では通用しません」とリスクのモニタリングを経営計画に織り込むことの重要性を強調しました。
リスクを追跡する機能と、生産性や投資などの事業計画を立案する機能が分かれた従来型のERMの経営体系では、激しい変化に対応することが難しいためです。「ファクトを集めるだけではなく、ファクトを理解した上でビジネスモデル自体を変えるべきか、迅速に考えていく必要があります。それができれば競争に勝てるはずです」と語りました。
インドのビジネス・政治経済のスペシャリストであるThe Asia Group パートナーのアショク・マリク氏は、「サプライチェーンは多様化し、今や製造拠点は中国だけではありません。グローバルサウスはチャンスです」と指摘し、インドに拠点を置いてアフリカや西アジアに輸出する日本企業の事例を紹介しました。
たとえばインドでは自動車や電子部品、半導体など製造業の成長が期待されていることを挙げ、グローバルサウス向けにモノを作ることを考えるのではなく、グローバルサウスを拠点としたサプライチェーンの在り方の重要性を示唆しました。
サステナビリティの潮流について、KPMGコンサルティングの新堀は、「ESGへの反発やサステナビリティへの対応疲れの兆候と向き合い、稼ぐ力を伴う施策を実行しなければ頓挫するおそれがある」と見通しを示しました。
サステナビリティに関する取組みは推進されるべきですが、欧米諸国に見られるように、産業政策が十分に整備されていないと国際競争力の低下という課題に直面するためです。「企業としてもステークホルダーの理解を得られにくい課題にも直面しており、サステナビリティ経営について自社の長期ビジョンや事業成長ストーリーを踏まえて説得的に論じられる必要がある」と語りました。
日米関係の今後について、KPMGコンサルティング シニアアドバイザー(ユーラシア・グループ前日本代表)の稲田誠士は、「トランプ氏の対アジア外交については日米関係よりも中国に対する懸念への対処が優先しているのが実情であり、日本はその防波堤の役割を果たせるか、という点に関心を持っていると見られている」と指摘。
第一次トランプ政権時に結ばれた日米貿易協定に「トランプ氏らは当時満足していたと聞いている」としたうえで、「自動車など一部の物品の貿易については再交渉になる可能性がある。今後は、経済安全保障や輸出管理の強化といった自国産業の保護的政策が各国の国際通商政策における優先課題になっていくだろう」と述べました。
また、KPMGコンサルティング シニアエキスパート(元ハーバード大学国際問題研究所客員研究員)の恩田達紀は、「トランプ氏のエネルギーと自動車政策には特に注意する必要がある」と強調しました。
シェールオイル・ガスの大増産を軸としたエネルギー政策の変更により米国内のインフレを抑制すると同時に、現在のエネルギー産出国のロシア、中東などの影響力を相対的に低下させ、アメリカの安全保障上の優位性を築こうという、トランプ氏の考え方を示したうえで、「自動車も徹底的に狙われるだろう」と指摘。輸入日本車に対する関税引き上げや米国内で生産された自動車を優遇するトランプ氏の方針を挙げ、「米国に生産拠点を持つことを真剣に考える必要がでてきます」と語りました。
左から KPMGコンサルティング 恩田 達紀、
The Asia Group アショク・マリク氏、カート・トン氏、
KPMGコンサルティング 稲田 誠士、新堀 光城