なぜ今企業はウェルビーイングに向き合うべきなのでしょうか。
それは、少子高齢化・人口減少による「人材不足」と、仕事に対する価値観や働き方の「多様化」が背景にあります。このような環境においては、意識的に人材のウェルビーイングに向き合い、従業員一人ひとりの能力やスキルを高め、モチベーション高く能力を発揮できる環境をいかに作るかが、企業価値の向上に直結します。その取組みを主導するのが人事部門です。
本レポートでは、企業活動において人事部門が考えるべき「従業員のウェルビーイング」に着目し、KPMGが日本企業に行ったアンケート調査の結果も紹介しながら解説します。また、KPMGが、人事部門が取り組むべきであると考える2つのミッション、「仕事のウェルビーイングを高め、個の力を最大化する」「組織貢献のウェルビーイングを高め、求心力を最大化する」と、これらのミッションを遂行するための6つのトレンドテーマについて考察します。
ページ末尾よりダウンロードいただけるレポートのPDFでは、前回のレポートでもご協力いただいた、花王株式会社、明治ホールディングス株式会社の取組み事例も紹介しています。
本レポートが、貴社の人事部門が人的資本経営をリードする価値提供部門へと変革する一助になれば幸いです。
目次
1.経営戦略と人事戦略の連動は道半ばの状態
【経営層と人事部門の連携】
今後、経営戦略と人事戦略を連動させていくには、経営層が人事部門に対して取組みを指示するだけではなく、人事側が経営層に提言できるような仕組み・体制を整える必要があります。
そのためには人事部門のトップは人事の専門家だけではなく、経営の目線も持った人材をCHROや担当役員として配置する必要があります。そのうえで、経営層と人事部門との意見交換等の対話の場を増やすことが重要です。
激しい環境変化のなか、人事部門の危機意識は高まりつつありますが、実際に変革に向けてアクションを起こしている企業は多くないと言えます。状況の変化に対して素早く対応できる実行力の差がこれからの企業の明暗を分けることになると考えられます。
2.人事部門が考えるべき3つのウェルビーイングと取組み
【ウェルビーイング向上への取組み状況】
人事部門が捉えるべき3つのウェルビーイング
KPMGでは、従業員のウェルビーイングの定義を、3つに分けて考えています。
(1)「心身のウェルビーイング」 | 身体的に健康であるか、精神的に健全な状態であるかは、すべての活動の土台となります。心身のウェルビーイングを高めるために、昨今の健康経営の取組みにみられるように、企業の人事部門は従業員の健康状態の把握や、健康課題解決に向けた取組み設定を行っていく必要があります。 |
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(2)「仕事のウェルビーイング」 | 一人ひとりが個として行う仕事を通じた幸福度が高い状態を指します。一人ひとりの能力の向上による成長実感に加え、仕事のやり方や進め方を自ら最適化し、やりがいのあるものにすることが重要です。 |
(3)「組織貢献のウェルビーイング」 | 企業のパーパスに共感し、組織に帰属意識を持って、同じ方向に貢献していこうという気持ちが高まり、ほかのどの企業・組織でもなく、この会社で働きたい、ここに貢献することが幸福であると感じている状態です。 |
ポイントは、「仕事のウェルビーイング」 と「組織貢献のウェルビーイング」とのバランスを図ることです。仕事のウェルビーイングが高まった状態の組織は、当事者意識を持った活力ある従業員個人が社外に目を向け、組織に新たな視点を持ち込む遠心力は高まるものの、組織に強い結束力をもたらす求心力は弱まります。優秀な人材は労働マーケットで引く手あまたであり、従業員の選択肢が増える状況となり社外流出が促進するリスクが高まります。そのリスクを回避するには、組織貢献のウェルビーイングにアプローチして求心力を高めることが重要となります。
【人事部門が捉えるべき3つのウェルビーイング】
人事部門が取り組むべき重点テーマ
3つのウェルビーイングの定義を踏まえた、これからの人事部門が取り組むべき2つのミッションは下記のとおりです。また、次章以降で6つのトレンドテーマについて詳しく解説します。
【2つのミッション】
(1)「仕事のウェルビーイングを高め、個の力を最大化する」 | 心身のウェルビーイングが満たされている状態から、さらなる企業の価値向上につなげるためには、一人ひとりの持つ個の力を最大化していくことが必須となります。 個の力を最大化する具体的な取組みとして、従来の企業が主導するOff-JT 、OJTを通じた能力向上だけではなく、従業員の主体的なリスキリングを後押ししていくとともに、それに報いることができる制度や仕組みといったハード面の整備を両輪で推進していくことが重要です。 |
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(2)「組織貢献のウェルビーイングを高め、求心力を最大化する」 | 最も本質的な取組みとしてはパーパスや企業理念の見直しによる存在意義の明確化が挙げられます。 特に、企業のパーパスを押し付けるのではなく、個人のパーパスと融合させていくことが重要です。併せて、DE&Iの推進やリーダーシップの発揮によって、組織の活力を高め、ほかの組織ではなくその組織に貢献したいという意欲を高めることにより、求心力を高めていくことが求められます。 |
【6つのトレンドテーマ】
3.仕事のウェルビーイングを高め、個の力を最大化する
【企業が取り組むリスキリングの現状】
どうすればリスキリングの実効性を強化し、リスキリングを推進できるか 学びと成果の好循環の創出には、「学びを活かしてチャレンジできる仕組み」と「チャレンジを後押しする風土醸成」が不可欠です。 仕組みの面では、公募制のような手上げ式の制度やスキルデータを活用した最適配置の実行が代表例として挙げられます。風土の面では、従業員個人への内発的動機付けと職場による後押しが重要となります。 スキルを糧に経験した成功体験による成長から得られる「有能感」や、自身の意思で行動を起こす「自律性」は、人間のモチベーションを高める大きな動機付け要因となると言われています。 リスキリングによって起こる自律性の向上と成長の好循環が、従業員の仕事のウェルビーイングにつながっていくと言えます。 |
【テクノロジー活用の取組み状況】
ウェルビーイング向上のためのデータ活用の視点と業務効率化・高度化 テクノロジーの活用はオペレーショナルエクセレンスを実現していくために有用ではありますが、テクノロジーだけでなく、“データ”についても着目し、“データをテクノロジーで活用”していく視点が重要となります。 データを活用する際には、データガバナンスへの取組みと人事戦略に紐付いたデータ定義に特に重点的に取り組む必要があります。また、業務がテクノロジーやデータ活用により効率化、高度化された人事部門は、新たな工数を捻出することができ、その工数を従業員の仕事のウェルビーイングの向上のための施策検討に割り当てることが可能となります。 仕事のウェルビーイング向上のための直接的なテクノロジーやデータの活用だけでなく、そもそもの仕事のウェルビーイング向上のための施策を検討することも重要となります。 |
従業員のニーズの多様化とビジネスの複雑化に伴い、事業現場は人材の採用や育成、引き留めに関する課題が大きくかつ深刻になっており、事業現場に近い人事サービスの提供が求められています。HRBP(Human Resource Business Partner)は、個別の事業・ビジネスに応じた人事サービスの提供を担う機能で、事業部の人事戦略・方針の策定および実行のサポートを担う社内の人事プロフェッショナルです。
HRBPの導入状況について、約半数の企業は「取り組んでおらず、取組み予定もない」と回答しています。また、HRBPに期待する効果は、「現場課題の把握」、「適正配置、要員管理の強化」が上位(1位、2位)を占めており、現場の問題を早期に発見し、要員について管理を強化したいことがわかります。
【HRBPの導入状況】
ウェルビーイング向上のカギとなるHRBP HRBPは、現場にいる従業員に対して働く悩みやキャリアの相談相手となり、従業員一人ひとりのパフォーマンスの最大化につなげる重要な機能となります。また、HRBPが事業現場の課題に向き合い、一人ひとりの能力向上や、仕事に対してのやりがいを感じる対策をサポートすることで、従業員のエンゲージメントが向上し、最終的にウェルビーイングの向上につながっていきます。 HRBPが期待される役割を発揮するには、全社戦略とオペレーションの機能を分けると効率的で、全社的な観点で捉える人事と現場課題に対応する人事とが連携することで、経営層と人事部門の連携もしやすくなると考えられます。 |
4.組織貢献のウェルビーイングを高め、求心力を最大化する
組織貢献のウェルビーイングにおいて、最も上位かつ重要なポイントは企業のパーパス(社会的使命・存在意義)であると言えます。
調査結果においても、約半数の企業が企業理念見直しへの取組みを行っており、取組み予定の企業も含めると60%を超えているという結果が出ています。人材獲得競争が激しくなるなかで、企業理念やパーパスを改めて見つめ直し、従業員への理解を促し組織に浸透させることで、企業の求心力を高めていきたいと考える企業が増えていることがうかがえます。
また、企業理念の見直しや浸透活動実施で特に期待する効果として最も多かった回答が「向かうべき方向性や意義の明示による従業員エンゲージメントの向上」となっています。企業理念の見直しや浸透活動を通じて、社外へのPRとともに従業員の意識変革・行動変容を図りたいと考えており、その優先度が非常に高い状態であることがうかがえます。
【企業が取り組むパーパスの現状】
パーパスの最重要目標は「浸透活動」 企業の理念やパーパス、方向性に共鳴し、その企業で働くことが社会貢献につながると感じられることは、組織貢献のウェルビーイングを高めることにつながります。 パーパスは「策定」がメインではなく、「浸透」がメインであり、浸透しなければほとんど意味がないということに留意が必要です。パーパス浸透のゴールとは、あらゆる企業活動の場面において、パーパスを起点に自ら問いを立てられる状態であり、そのためには浸透活動が非常に重要となってきます。 目指すべきは、「企業のパーパスと個人のパーパスの重なりを大きくしていくこと」です。企業理念やパーパスの見直し・策定もさることながら、浸透活動に重きを置いた取組みを行っていくことは、従業員の組織貢献のウェルビーイングを高めるために今後ますます重要になると考えられます。 |
組織貢献のウェルビーイングを高めるために次に重要なポイントは、組織を活性化させることです。「Diversityー多様性ー」、「Equityー公平性ー」、「Inclusionー包括性ー」の頭文字を取ったDE&Iは、多様性を組織に組み入れて活かすことで、組織の成長や発展を促そうという考え方で、注目度の高いテーマです。
今回の調査結果では、DE&Iに取り組んでいる、もしくは取組み予定があると回答した企業は90%を超えており、DE&Iに取り組むことで期待する効果は「女性活躍の推進」が最も多い結果となりました。「外部からの要請(人的資本情報開示等)への対応」といった、外部的要因に起因する項目の回答も一定数みられます。
コーポレートガバナンス・コードにおける多様性確保の要請や、有価証券報告書への女性管理職比率や男女間賃金格差等のデータの開示が求められるなど、外部環境の変化が影響していると考えられますが、DE&Iは外部からの要請に対応するためだけに取り組むものではありません。
DE&I 推進を通じて、従業員の組織貢献のウェルビーイングを高めることによってパフォーマンス発揮を最大化し、最終的に企業価値(財務パフォーマンス等)を継続的に向上させていくことが本来の目的です。
【企業が取り組むDE&Iの現状】
DE&Iを組織貢献のウェルビーイングにつなげるためのポイント DE&Iには、「多様性の確保(ダイバーシティ)」と 「多様な人材が活躍できる環境の整備(エクイティ&インクルージョン)」 の2つの側面があります。どちらか一方が欠けていても、多様な人材が活躍できません。組織貢献のウェルビーイングを高め、企業価値を最大化していくためには、双方の取組みが必要です。 DE&Iの浸透と人事制度への反映といった取組みを着実に積み上げていくことで、多様性が確保され、多様な人材が活き活きと活躍できる環境が醸成され、組織貢献のウェルビーイングにつながると考えられます。 |
調査結果では、リーダーシップ開発に取り組んでいる、もしくは取組み予定がある企業が85%を超えており、大半の企業が注力しているテーマと言えます。リーダーシップ開発で特に期待する効果は、「人材育成の強化」や「後継者育成」が上位(1位、2位)を占めており、企業の持続的な成長や次世代への円滑な継承を期待する様子がうかがえます。
前項で述べたように、多様性が重視される時代においては、多様な個を率いるリーダーシップが求められ、明確なビジョンの提示やチーム内の信頼関係の構築、そして前向きな動機付けに長けたリーダー像に注目が集まっています。このような組織力を高めるリーダーの育成は、リーダー自身の成長のみならず、メンバーの育成にも貢献します。結果として、チーム全体の組織貢献意欲が高まり、ウェルビーイングにつながると考えられます。
【企業が取り組むリーダーシップ開発の現状】
カリスマリーダーの育成ではなく、リーダーシップを発揮できる人数を増やすことの重要性 経営幹部候補者を対象に少人数を育成するこれまでのリーダーシップ開発の手法からは脱却し、これからは組織のメンバー一人ひとりがリーダーシップを養い、リーダーシップを発揮できる人数(リーダーシップキャパシティ)を増やす必要があります。それには、意思決定や業務推進・挑戦の機会を、上位者が下位者に意図的に提供することが効果的です。 上位者目線で全体を捉える経験を積み、自己効力感・自己肯定感を上げた人材が組織内に多くなるほど、組織全体が活性化します。つまり、リーダーシップを発揮する人数を増やすことが、組織のウェルビーイングにつながると言えます。今後は組織のメンバーのリーダーシップを底上げしていくことが重要です。 |
本レポートのPDFでは、より詳細な調査結果や考察をご覧いただけます。また、「パスファインダー企業のその後」として、花王株式会社、明治ホールディングス株式会社の取組み事例も紹介しています。
- 花王株式会社:「社員の自律を促すOKR定着に向けたチャレンジ」
- 明治ホールディングス株式会社:「グループ全体を活性化させるための人事部門の役割」
ぜひご一読ください。
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