本稿は、KPMGコンサルティングの「Automotive Intelligence」チームによるリレー連載です。
今回は、KPMGが毎年行っている調査レポートである「グローバル・オートモーティブ・エグゼクティブ・サーベイ2023」における結果を踏まえながら、自動車のバッテリー資源であるリチウム、コバルト、ニッケルの市場動向について紹介します。

EVバッテリー資源の現状

リチウム
リチウムは、過去はガラス・窯業添加剤・鉄鋼製造時のフラックスおよび自動車を含む機械部品のリチウムグリースや吸収式冷凍機などに用いられてきましたが、現在ではリチウムイオン電池としての利用が進んでいます。世界の需要量に占めるバッテリー用途の比率は、2022年までに過半数を占めるようになりました。我々の身の回りを見ても、スマートウォッチ、スマートフォン、ノートPCをはじめバッテリー電気自動車(以下、BEV)など各種製品に用いられているため、使用済み電池のリサイクルが注目を浴びています。回収率やリサイクル率を高めるためのインセンティブや義務化などの法規制化が進められており、欧州電池規則やインフレ抑制法(IRA)がその代表です。

リチウムの確認埋蔵量および鉱石生産量は、チリ、オーストラリア、中国、アルゼンチンなどの上位4ヵ国で約80%を占め、偏在性の大きい資源と言えます。鉱石生産量のシェアは、オーストラリアが第1位ですが、コストの関係から、そのほとんどは中国に運搬されて製錬されます。そのため、鉱石やかん水から精製される炭酸リチウムや水酸化リチウムなどの生産量は中国が過半数を占めています。

【リチウムの生産量】

 EVバッテリー材料から読み解く、資源の現状と課題_図表1

出典:ページ末尾記載の各公表データを基にKPMG作成

一方で、リチウムイオン電池の商品課題の1つはコストの高さであるため、リン酸鉄リチウム(以下、LFP)と呼ばれるコバルトやニッケルを使用しない材料を用いた電池がBEVに使用されつつあります。この、高価な原材料を使用しないLFP電池は従来と比較して重量エネルギー密度が約3分の2、体積エネルギー密度がおおよそ2分の1程度となっています。そのため、OEMは車両ごとの商品性に応じた使い分けを行っています。

LFP電池をリサイクル視点で見ると、商品優位性とは真逆の傾向となります。つまり、重量、寸法が大きくなるため廃電池の運搬コストが高くなり、さらには材料としての価値が低いという利益低下要因となっています。欧州電池規則では、廃電池の回収義務が販売代理店に課されることを鑑みると、商流上OEMがそのコストを負担することになると予測されます。この回収コストに対して、欧州の仕組みを前提とすれば、車両にコバルトなどの高価格元素を利用した電池を搭載し、廃電池リサイクル時に廃材料を販売することでコストを相殺するという方法も考えられますが、所有権が最終消費者にある限りは不確実な選択肢と言えるでしょう。

現行の冶金プロセスを利用したリサイクル方法では、コスト面の問題からリチウムは回収せず、スラグとして路盤材等に利用しているのが現状です。欧州電池規則などでリチウムなどの再資源化率、リサイクル原料の最低使用率が定まっていることを考えると、LFP電池でも採算が取れるリサイクル技術の開発が急務となります。そのため、電池セルからリチウムを含む正極材を分離・回収し、そのまま再利用する技術など、コスト削減かつ材料再生率の向上を狙った開発が進められており、電池種類ごとのリサイクル工程の採算性などの研究も進んでいます。

コバルト
コバルトは、リチウムイオン電池以外にも鉄鋼の添加元素として、また切削工具、磁石、耐熱合金や触媒にも利用されていますが、リチウムと同様に電池用途が増加しています。

コバルトの確認埋蔵量および鉱石生産量は、コンゴ民主共和国、オーストラリア、キューバ、インドネシア、フィリピンの上位5ヵ国でそれぞれ80%以上を占める偏在性の大きい資源であり、銅やニッケルなどの他金属元素の採掘時に副生成物として産出しています。ただし、コバルト地金の生産量(製錬)は、中国が60%以上を占めています。

【コバルトの生産量】

EVバッテリー材料から読み解く、資源の現状と課題_図表2

出典:ページ末尾記載の各公表データを基にKPMG作成

コバルトはそもそも材料としての価格が高いうえ(2018年の高騰時を除いておおよそ3万USD/トン前後で2011年より推移)、ともに使われる材料も高価な元素を使用したものが多く、リサイクルの取組みが従来から進められてきました。たとえば、切削工具の材料として炭化タングステン粉末のバインダーにコバルトを利用したものも使われていますが、これらは有償で回収したのちにリサイクルされ、新たな刃具として利用されているものです。

ニッケル
ニッケルの確認埋蔵量および鉱石生産量は、インドネシア、オーストラリア、ブラジル、ロシア、ニューカレドニアの上位5ヵ国でそれぞれ70~80%弱を占める偏在の大きい資源です。一次ニッケルの生産量としては、中国が多くのシェアを占めていた時期もありましたが(2020年は34%)、インドネシアによるニッケル鉱石の全面輸出禁止措置(2020年)による製錬工程の国内化以降は、インドネシアが最大の生産量を占めています。

【ニッケルの生産量】

EVバッテリー材料から読み解く、資源の現状と課題_図表3

出典:ページ末尾記載の各公表データを基にKPMG作成

代表的なニッケルの用途としては、ステンレス鋼が挙げられます。たとえば、オーステナイト系ステンレス鋼のSUS304は18Cr-8Niとも言うようにニッケルが8wt%含まれているなど、2020年時点で一次ニッケル消費量の半数以上を占めています。次いで鋼への添加、ニッケル合金等、電池用途となっています。電池用には高い純度が求められるため、使用済み電池から回収したニッケルはステンレス鋼に利用するというカスケードリサイクルも行われています。

まとめ
ここまで紹介してきたように、バッテリー材料として重要なリチウム、コバルト、ニッケルは中国での鉱石生産量は比較的少ないものの、製錬工程は世界1位もしくは2位のシェアを持っています。このようなサプライチェーンが成立した要因として、自由貿易によるグローバル化を前提とした、コストと立地面の要因が挙げられます。コスト要因としては、人件費に加え、緩い環境規制による安価な環境コストや行政からの経済的支援が一般的に言われています。立地要因としては、材料を大量消費する自国の工場に近いことが挙げられます。

経済安全保障に対する懸念の高まりに伴い、サプライチェーンに変更を加える政策が各国で取られつつあります。詳細は第4回にて紹介することとし、次回(第3回)は自動車の構造材料の現状を紹介します。


本文のおよびグラフの数値は下記資料を参考にしています。また、参考値は2024年3月21日時点のものとなっています。

U.S. Geological Survey「Mineral commodity summaries 2024:U.S. Geological Survey, 212 p
European Commission「Study on the Critical Raw Materials for the EU 2023 – Final Report
独立行政法人 エネルギー・金属鉱物資源機構(JOGMEC)「鉱物資源マテリアルフロー2021コバルト(Co)
独立行政法人 エネルギー・金属鉱物資源機構(JOGMEC)「鉱物資源マテリアルフロー2022ニッケル(Ni)

執筆者

KPMGコンサルティング
スペシャリスト 伊藤 登史政

お問合せ

第24回KPMGグローバル自動車業界調査

本調査では、グローバルの展望、パワートレインの未来、デジタル消費者、脆弱なサプライチェーン、新たなテクノロジー、という自動車業界の5つの領域に対してエグゼクティブの考える将来展望を分析しました。
また、独自に日本の消費者約6,000名を対象にした調査を行い、BEV(バッテリー電気自動車)や自動運転の商用化、消費行動に関するデジタル化について、グローバルの経営者の見解と比較しました。

英語版はこちらよりご確認いただけます。