本稿は、KPMGコンサルティングの「Automotive Intelligence」チームによるリレー連載です。
今回は、KPMGが毎年行っている調査レポートである「グローバル・オートモーティブ・エグゼクティブ・サーベイ2023」から、欧州とアメリカの法令で重要視すべき、自動車の資源にも適用される規制内容を解説し、日本企業が対応すべき事項を考察します。
自動車資源に課される法令規制
欧州の対応 -重要原材料法案-
欧州では、重要原材料法案(Critical Raw Materials Act)という、材料に関するサプライチェーンの強靭化と回復性の向上を目指した法案を2024年3月にEU理事会が最終承認しました。この法案はEU域内での資源採掘や製錬能力の向上のみならず、特定国に材料の供給を頼らない国際的なサプライチェーンの多様化も目標としています。
この法案では、CRM(Critical Raw Materials:重要原材料)およびSRM(Strategic Raw Materials:戦略的原材料)と呼ばれる、CRMのなかでもグリーン化、デジタル化、防衛、宇宙分野などのEUの戦略的重要性、需要の伸びおよび増産の難易度から定められる材料が対象となります。特筆すべきは欧州委員会と議会の立法化議論のなかでアルミニウムがSRMとして追加指定されたことです。
【重要原材料法案で指定されたCRMおよびSRM】
重要原材料(CRM) | 戦略的原材料(SRM) | |
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欧州では、2022年のロシア・ウクライナ情勢の影響を受けて、エネルギー価格が高騰し、一次アルミニウム製錬能力の約半数が削減・休止に追い込まれました。これに、同年に欧州で消費されるアルミニウムのうち欧州産の一次アルミニウムが占める割合が激減していることや、航空機や自動車などの産業で多用されていることも影響していると考えられます。そして、下記に掲げる4つの目的のもとに、さまざまな規制が課される予定です。
【重要原材料法の4つの目的】
1 | バリューチェーンのさまざまな段階に対してEUの能力を強化する。目標は2030年までに次のことを確実にする
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2 | EUの原材料輸入を多様化する:第三国からの供給シェアがEUの年間消費量(SRMごとに)の65%を超えないようにする |
3 | 監視能力とリスク軽減能力を向上させる |
4 | CRMの持続可能性と循環性を向上させながら、単一市場が適切に機能することを保証する |
この4つの目的に対して、詳細な目標や内容が条文に記されています。このなかで欧州電池規則や新EU ELV指令(廃車指令)で規定されているように、持続可能性向上のためのリサイクル材への取組み、特に磁石に関する取決めが新たに記述されており、日系自動車メーカーも大きく影響を受ける可能性があることから、次の章で紹介します。
磁石へのリサイクルの要求
重要原材料法案では永久磁石の使用有無表示、リサイクルのための分解性とリサイクル材使用率の表示が求められることが予測されます。対象磁石としては(1)ネオジム磁石(2)サマリウムコバルト磁石(3)アルニコ磁石(アルミニウム・ニッケル・コバルト)(4)フェライト磁石であり、下記の3つの要求に従う必要があります。
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これらのうち、リサイクルのための磁石への安全なアクセスは、製品の分解性、つまりは製品設計の問題となるため、法案成立前ではあるものの、永久磁石を使用した部品を欧州で販売しているメーカーは、法案に備える必要があります。また、強力な磁力をもつ大型磁石ほど安全な取外しは困難です。そこで、加熱による脱磁を行い、磁石を分解するという手順が想定されますが、加熱により不純物の混入などリサイクル性を阻害することがないかなど、改めて確認する必要があります。
米国の対応 -IRA(インフレ抑制法)-
米国においては、国家戦略重要鉱物生産法案(National Strategic and Critical Minerals Production Act、2021年)、インフラ投資・雇用法(2021年)、国防生産法(2022年)、インフレ抑制法(IRA法、2022年)など、重要鉱物の国内生産強化や日本と日米重要鉱物サプライチェーン強化協定(2023年)を結ぶなど、重要鉱物の確保や国際的なサプライチェーンの強靭化を狙った取組みが強化されています。
特にIRA法では、バッテリー電気自動車(BEV)に対する購入時の政府補助金の支給条件が2つ設けられました。この条件は車載、電池に使用する重要材料(クリティカルマテリアル)および部品の生産に関する制約を設けるものです。具体的には、2025年以降、ロシアや中国産の原料使用が禁止され、2029年以降は使用する電池部品のすべてが北米生産であることが求められています。
このように、最終製品を指定したうえで、材料生産から部品生産のサプライチェーンを米国内もしくはその同盟国内で構築するためのインセンティブがIRA法の特徴です。欧州および中国から保護貿易としてWTOの自由貿易ルールに違反しているとの主張がありましたが、欧州とは気候変動、グリーン化、デジタル化への移行、そして中国への対応という共通課題を前にして摩擦は沈静化しつつあるようです。具体的な議論はまだ始まったばかりと言えるでしょう。また、2024年は米国大統領選挙、欧州議会選挙、EU加盟国の国政選挙など、9ヵ国で選挙が行われるため、政治的な動向にも注意が必要です。
企業が取り得る対応
製造業は日系企業含めグローバル分業によるコストダウンを行い、厳しい生存競争を繰り広げてきました。その結果、サプライチェーンの複雑性が増加しています。企業は日々直面しているコストとともに、問題が顕在化する前のリスク管理も求められます。しかし、安易な複数社購買や地産地消などのリスク低減策はそもそもの企業競争力を低下させる可能性があります。そこで、材料を含むサプライチェーンの見える化とリスクの定量化を基にしたうえで、グローバル分業によるコスト削減効果とそれに対するリスクのバランスを取りながら、戦略的な思考でサプライチェーンを構築していくことが必要となるでしょう。
執筆者
KPMGコンサルティング
スペシャリスト 伊藤 登史政
自動車サプライチェーン ~グローバル企業と中国企業の比較分析~
第24回KPMGグローバル自動車業界調査
本調査では、グローバルの展望、パワートレインの未来、デジタル消費者、脆弱なサプライチェーン、新たなテクノロジー、という自動車業界の5つの領域に対してエグゼクティブの考える将来展望を分析しました。
また、独自に日本の消費者約6,000名を対象にした調査を行い、BEV(バッテリー電気自動車)や自動運転の商用化、消費行動に関するデジタル化について、グローバルの経営者の見解と比較しました。
英語版はこちらよりご確認いただけます。