スタートアップ企業による資本業務提携から学ぶM&Aのポイント

はじめに:「事業会社によるスタートアップ企業のM&Aを取り巻く課題」要旨

KPMG Insight Vol.57(2022年11月号)で、「事業会社によるスタートアップ企業のM&Aを取り巻く課題」という記事を寄稿させて頂きました。そこで挙げさせて頂いたポイントは下記の通りですが、今回のコメンタリーでは、これをベースに、弊社で取り組むスタートアップ企業の資本業務提携案件で時間をかけて議論されるものから、広義のM&Aでも重要なトピックをご紹介いたします。

Point1:事業会社による国内スタートアップ企業への投資案件数は10年前の25倍の水準
事業会社によるスタートアップ企業のM&Aを加速するには、事業会社自身の努力に加えて、スタートアップ企業を取り巻く環境の改善が必要。

Point2:事業会社側はM&Aに向けて企業文化、制度や人材面で課題
特に企業文化や社内制度、人材不足に関しては、改善に向けた中長期目線での取り組みが期待される。

Point3:多くのスタートアップ企業がIPOを志向
非上場株式の流通プラットフォームが未整備であるため、IPOが創業者や投資家の投資利益の確定ニーズの受け皿となっている。

Point4:スタートアップ企業の資本政策を取り巻く環境は改善
投資家の多様性を高める・増やすための制度改正や、公募増資に関する開示規制の緩和、また、グロースキャピタルをはじめとする新たな投資家層の出現により、スタートアップ企業にとっての環境は改善されつつある。

図表1 事業会社による国内スタートアップ企業投資案件数の推移

 図表1 事業会社による国内スタートアップ企業投資案件数の推移

出所:レコフM&AデータベースよりKPMG作成

そもそもM&Aとは

よく「M&Aとは『時間』を買うことだ」と言われますが、それはM&Aの一側面に過ぎないと考えます。M&Aは「自社だけでは創造できない価値を生み出す」ことにその本質があります。

エディス・ペンローズ先生の経営資源用役論では、企業は資金的資源のほかに、人的資源と物的資源を有します。しかし、生産に投入されるものは決して資源そのものではなく、資源がもたらす「用役」であるとされています。全く同じ資源でも、別の目的または用途に用いられる場合や、あるいは別のものと一緒に用いられる場合には、異なった用役(または用役の集合)となります。これが、それぞれの企業がその企業だからこそ社会に提供できる特有のサービスであり、企業の価値の根源です。

時間を掛ければ個々の経営資源を集めることは可能ですが、M&Aは「利用可能な用役の束」に基づく「経営サービス」そのものを取得する行為であり、だからこそ同じ資源を集めても手に入れられないものを手に入れることができると考えます。

図表2 企業の価値のイメージ

図表2 企業の価値のイメージ

提携協議におけるスタートアップ企業の特徴と成功のポイント

資本業務提携案件において事業会社側で検討する事項として「この提携で何が得られるのか?」と「減損懸念は?」がありますが、これを考える上ではスタートアップ側の視点を理解することが重要です。

BtoCビジネスでアグレッシブなマーケティング・広告戦略による拡大を企図する場合、VCを中心とした資金調達をまず検討するケースが多く見受けられます。しかし、以下のような状況下(1つもしくは複数の組み合わせ)では、業務提携も絡めたパートナー事業会社を探索するケースが多々あります。

(1)キャッシュ・バーンに鑑みてランウェイが1年を切っており喫緊の資金調達ニーズがある

(2)製品・サービスは開発済み(売上として実現)であるが、そこからのスケールアップに大規模なセールスネットワークや他のサービスとのバインドが必須

(3)ファウンダーCEO(及び経営陣)のビジョンとスピード感に合った従業員採用が間に合わない

(4) 企業が成長する中で、ファウンダーCEOの役割が変化し、個人としてのありたい姿とズレが発生

そして、提携先が見つかり、次のステージの成長に踏み出しているスタートアップ企業の特徴としては、以下2点を明確に語れるという点が挙げられます。

  1. 長期的なビジョンとしてどのような業界または社会のアンメット・ニーズに対してソリューションを提供しようと思い創業したのか
  2. 現在に至るまで取り組んできた結果、最終的に実現するための自社の強みとクリティカルな弱みは何なのか

図表3 資本業務提携/M&A成功のポイント

図表3 資本業務提携/M&A成功のポイント

おわりに

スタートアップ企業のよくある例として、有する技術や特許またはビジネスモデルの中でのひらめきのみが強調され、それが社会実装されることでどのようなニーズが満たされるのかという創業当初の想いがないがしろにされてしまうケースがあります。結果として、未来の技術の優位性の検証の議論という、誰も答えを持ちえない協議に終始してしまった結果、資金もつき、事業そのものをたたまざるを得なくなったスタートアップ企業を筆者はいくつも見てきました。

一方、事業会社側としては、そのスタートアップ企業に何を提供すれば、それがスタートアップ企業の用役となり、当該スタートアップが実現したい経営サービスに昇華するのか、ひいては自社の事業とのシナジーまたは新たな柱として寄与するのか、をクリアにしたいという考えがあります。

スタートアップ企業との資本業務提携に限らず、買い手側・売り手側は、そのM&A案件のゴールや目的の確認と設定を徹底的に行うことが重要であるという、当然の話で締めさせて頂きます。

※本文中の意見に関する部分については、筆者の私見であることをお断りいたします。

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