事業承継型M&Aと後継者問題の現状
後継者のいないオーナー企業の事業承継問題が言われるようになってから久しい。2019年に中小企業庁によって「日本の中小企業の経営者の高齢化および後継者不在により、2015年から2025年までの10年間に60万者の黒字廃業のおそれあり」という衝撃的な分析結果が発表された。それにより失業者の増加や過去日本の経済を支えてきた中小企業の有形無形の経営資源が失われる危険性があるというのだ。
強い問題意識をもった中小企業庁は、M&Aなどにより、年間6万件(10年間で60万件)の円滑な事業承継が必要との仮説のもと、M&Aの円滑な推進を目指し多くの施策を打ち出してきた。全国の各都道府県への事業承継・引継ぎ支援センターの設置、様々なガイドラインや指針の作成、補助金や税優遇策、M&A支援機関登録制度設置等々である。
中小企業庁によると事業支援・引継ぎ支援センターと民間M&A支援機関を通じて実施されたM&Aが2014年度には362件であったものが、2022年度には5,717件となっている。民間においては、年間6万件のM&A発生をビジネスチャンスと捉え、多数の仲介業やFA業務等、M&A支援事業への参入者が急激に増加し、前述の中小企業庁によるM&A支援機関登録数は2,800社にものぼり、百花繚乱の様相を呈している。しかしながら、統計に表れていない件数を含めたとしても恐らく年間1万件に満たない程度のM&A実施件数でしかなく、年間6万件が必要とされている事と比較すると遠く及ばない状況ではある。
この間、経営者の年齢は着実にあがっており、また一方で倒産、廃業も高水準で推移している。後継者問題の円滑な解決はいまだ途上といえるだろう。
図表1:中小M&Aの実施件数の推移
出所:中小企業庁(令和6年6月28日)中小企業の事業承継・M&Aに関する検討会資料「事業承継・M&Aをめぐる現状分析と今後の取組の方向性」
もう少し詳しく事業承継型M&Aの現状を見ていくと、いくつかの特徴が見えてくる。一つは経営者の年齢別の意識変革と行動の二極化と、もう一つは譲り受け先の多様化である。
1. 経営者の年齢別の意識変革と行動
中小企業庁の調べでは、経営者の年齢別構成をみると、2010年には60代の経営者の割合が最大であったのが、2023年には50代~60代に分散しており、経営者の若返りがある程度進んでいることが伺える。一方で70代以上の経営者の割合は増加傾向にあり、高齢の経営者に関しては若返りが進んでいない事が想定される。
図表2:経営者の年齢割合の変化
出所:中小企業庁(令和6年6月28日)中小企業の事業承継・M&Aに関する検討会資料「事業承継・M&Aをめぐる現状分析と今後の取組の方向性」
中小企業庁によると10年前と比較したM&Aによる売却に対する抵抗感も、30代以下の経営者は約30%がプラスのイメージに変わったと答えているが、70代、80代の経営者では17~18%にとどまっている。
30代40代のオーナー経営者において積極的にファンドや事業会社の資本を受け入れ、事業成長を目指すケースも着実に増えてきており、後継者問題を乗り越えさらに企業としての活性化を目指す動きが出てきている。一方で高齢の経営者がM&Aへの抵抗感から後継者問題を解決出来ずに年を重ねていってしまうという二極化が進んでいる様子がうかがえる。
2. 譲り受け先の多様化
事業承継型M&Aにおける譲り受け先は、かつては事業会社が中心であったが、現在ではプライベートエクイティファンドも重要な役割を担っている。かつてのハゲタカのイメージはかなり薄まっており、実際にファンドにより承継され継続成長をしている実例も増えていることから譲渡先としての安心感も増している。
事業会社への譲渡は、ビジネスへの理解がありまたファンドのようにエグジットがないという安心感はあるが、多くの場合は競合先や取引先が相手であったり、買い手事業会社の経営方針を押し付けられるのではないかという懸念、相互理解の不足によるPMIフェーズでの混乱・停滞、また上場企業の場合は中小企業がすぐに上場企業のガバナンス体制に対応出来るかといった問題もあり、必ずしも常にベストな先であるとは限らない。いったんファンドによる経営管理体制の整備を実施してから、再成長を目指せる段階になった時点で事業会社へのエグジットによりさらなる成長を目指すシナリオも十分狙えることが認知されてきている。
また中堅企業が、同業・近接事業を中心に複数の中小企業をM&Aにより集約、中小企業連合体として連邦経営を推進する動きも広がりつつある。買収後の経営ノウハウの共有化、共通機能の支援・集約を通じて、各社の企業価値向上をねらう動きである。
このように譲渡相手の選択肢や成功事例が増えることにより、経営者が安心して事業承継を実現する、もしくは後継者難であるからと消極的に捉えるのではなく、外部資本を活用する事により積極的なスタンスで企業成長を目指すような方向に向かうのではないかと考えられる。
サーチファンドについて
事業承継型M&Aの譲渡先としてはまだまだ件数、規模ともに市場全体へのインパクトは限定的ではあるが、サーチファンドの活用について紹介してみたい。
サーチファンドとは、経営者を目指す個人(サーチャー)が主導し、ファンドの資金を活用し中小企業を買収し、企業価値を向上させた後に、投資家に資本を還元するという仕組みであり、バイアウト・ファンドの一つの類型といえる。米スタンフォード大ビジネススクールで同校の起業志望の学生を支援する形で誕生、2010年頃より活発化し現在300以上のサーチファンドが設立されている。
図表3:サーチファンドの仕組み
出所:KPMG FAS作成
北米では、経営者を目指す個人が主導で投資家を募り自らファンドを組成するが、日本においては、現状金融機関主導でサーチャーを発掘するところから始まっているようである。日本では、2018年にサーチファンドのアクセラレーターとしてJapan Search Fund Accelerator(JaSFA)が設立され、2019年2月に山口フィナンシャルグループと日本初のファンド・オブ・サーチファンド(サーチファンドへ投資するためのファンド)として「YMFG Searchファンド投資事業有限責任組合」を設立している。
2020年10月には、日本M&Aセンター、日本政策投資銀行、キャリアインキュベーションなどがファンド・オブ・サーチファンドであるサーチファンド・ジャパンを設立している。
2021年12月には、野村リサーチ・アンド・アドバイザリーとJapan Search Fund Acceleratorが「ジャパン・サーチファンド・プラットフォーム投資事業有限責任組合」を設立している。大同生命保険、山陰合同銀行、中小企業基盤整備機構、ゆうちょ銀行、足利銀行、阿波銀行、その他の地域金融機関などの出資を受け、セカンド・クロージングでは総額58億円を超える規模となった。2022年2月には、山口フィナンシャルグループが「地域未来共創Searchファンド」を設立し、山口銀行、もみじ銀行、北九州銀行、十六銀行、南都銀行、百十四銀行、愛媛銀行、中小企業基盤整備機構、大和証券グループ本社の出資を受け約50億円規模のファンドとなっている。
地域金融機関主導でサーチャーを探索し、企業に紹介するという仕組みも、サーチャー主導の欧米とは異なる日本的なアプローチとして捉えられる。後継者問題を抱えている中小企業と直接の窓口を担っている金融機関の勧めで経営者候補とまずは一度会ってみて、次に一定期間会社に入りお互いの相性や適正を確認したうえで、経営者として迎えるというプロセスを経ることもあるようで、オーナー経営者と外部承継者との日本的なマッチング方法として受け入れられやすいと思われる。
日本においては、まだ黎明期を迎えたばかりといえるサーチファンドであるが、その意義の一つは、今回の主題である事業承継型M&Aの多様な受け皿の一つとなり得るという点である。これまでオーナー企業の後継者はファミリー内で引き継ぐということが多かったが、少子化や価値観の多様化、中小企業の経営環境の厳しさから必ずしもファミリーのなかから後継者が生まれなくなってきており、一方で経営意欲のある若手がファミリー外からの後継者としてその穴を埋めるという形も受け入れられていくべきであろう。
意義の二つ目として注目したいのは、経営意欲のある優秀な若手ビジネスマンが活躍できる場の提供にある。ゼロからのスタート(ベンチャー)というハードルの高い経営のスタートではなく、既に実績ある企業を引き継ぐイチからのスタートという意味でも、意欲のある若手が活躍できる選択肢を増やすことができる。実際サーチャー候補を募ると数百人の応募者があり、商社や大手企業で投資業務の経験がある人材、MBAを取得したような人材がいるとのことからも、ゼロからベンチャーを立ち上げることの難しさも感じている次世代にとって活躍の場として期待されていることがよく分かる。筆者はサーチファンドの手法により会社経営に携わっている人物と酌み交わす機会があったが、大手の金融機関から転身され、忙しくしながらも活き活きと経営者として活躍されている様子をみて、このような形での働き方もあるのかと新鮮でありまぶしく思えたものだ。
とはいえサーチファンドのゴールはM&A実行ではなく数年経営後のエグジットという現実もあるため、引き継いだ承継者の経営の結果が非常に大事であり、責任重大であることはいうまでもない。
サーチファンドに関しては、後継者問題と働き方の多様化という日本の社会的課題を解決する新しい動きとして注目したい。
最後に
事業承継問題の解消は日本経済にとって大きな課題であり、一つの解決策である事業承継型M&Aは活況でオーナーの意識も変わってきてはいるが、さらなる推進が必要である。また事業承継問題は足もと一過性で終わるものではなく、オーナー企業がある限り必ず周期的についてまわる永遠の課題となる。事業の創造とその事業が円滑に承継され、さらに発展していくことが日本経済の維持発展にとって大事だということは疑いの余地がない。中長期的にも事業承継型M&Aを含む円滑な事業承継スキームが浸透し、根付くことを期待したい。