海外法人売却増加の背景と売却時における実務上の留意点

日本企業による海外法人の売却M&Aが増加

近年、日本企業による海外子会社等の売却が増加している。歴史的にみると、日本企業によるクロスボーダーM&Aと言えば、圧倒的に買収案件が多かったが、ここに来て売却案件が増加してきている背景としては、事業ポートフォリオの再構築、内部リソースの制約、過去買収企業との間の当初想定シナジーの未達、事業環境の変化等の要因が考えられる。

このように、国内外のカーブアウト売却案件が急増しているが、海外法人の売却となると、検討すべきポイントが多く、難易度が上がる。これまで日本企業内であまり事例が蓄積していないことから、「海外法人の売却」を中心に、改めてポイントとなる点を整理してみたい。

図1:日本企業が出資する海外法人売却のM&A件数の推移

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(出所) レコフデータベースよりKPMG作成

海外セルサイド案件における主なポイント

国内を含め、子会社売却に際しては、事業・人事・IT・財務等のスタンドアローンイシューがよく論点となるが、それらに加えて、海外セルサイド案件においては、主に下記の点に注意が必要である。

1.不十分な内部管理資料

当然であるが、海外のセルサイド案件の場合、買い手候補は、現地同業者やグローバル企業が中心となる。そのため、マーケティング資料の作成や買い手とのコミュニケーションなど、プロジェクトにおける主言語は英語となる。他方で、多くの日本企業の海外法人の内部資料が、日本語でしか用意されていない場合があり、特に戦略的資料は日本語のみで作成されている事例をよく目にする。これによって、海外アドバイザーの理解が進まないことや、翻訳の過程でメッセージが失われるケースなども多く、IM(「Information Memorandum」の略。企業概要書のことを指す)やDDの準備段階において、多大な労力と時間を要することが多い。コミュニケーションに不安があるからこそ、売り手として資料準備はしっかりと行うことが求められる。対応策としては、現地マネジメントへの負担軽減という観点からも、ベンダーDD等の積極的活用も一考に値するであろう。

2.プロジェクトチームの範囲

次に、海外法人の売却方針は、多くの場合、日本本社主導で決定され、本社からの駐在者には伝達されるものの、情報拡散リスク等を考慮し、現地経営陣・現地スタッフには開示されないことが多い。

確かに、現地従業員に知れ渡ることにより、現地で噂が広まり、事業への悪影響や最悪の場合ストライキに発展することなどを懸念する気持ちは理解できる。しかし、対象企業の通常のオペレーションは現地経営陣が深く関与していることも多く、日本人駐在者のみで売却プロセスを完遂させることは通常困難である。プロジェクトチームの範囲(インナーサークル)を、どの段階でどの程度まで広げるのか、多くの案件で議論になるところである。

3.海外アドバイザーとのコミュニケーション

海外法人を売却する場合には、海外アドバイザーを利用することが一般的であるが、彼らの案件の進め方に対して、不安を覚える日本企業も少なくない。

国によりM&Aの進め方が異なるため、現地からの情報は不可欠である。国民性や個人的な能力差があることは前提としつつ、最低限、現地駐在員と現地アドバイザー間の意思疎通が不十分で、お互いにフラストレーションを感じるような状況は避けなければならない。

また、売り手グループのサプライチェーンや連結決算へのインパクトなど、売り手企業全体にどのような影響があるかという視点での検討も必要である。例え海外の売却案件であっても、国内アドバイザーと現地アドバイザーの共同チームの組成は有効であろう。

4.外部専門家との役割分担

最後に、業績が悪化している海外法人を売却する場合、単純な株式売却のみならず、一部事業売却や資本再編などリストラクチャリングの要素も加わることが多く、案件が複雑化する。税務や法務などは専門家を起用することが一般的であるが、各個別論点を整理の上、社内コンセンサスを得つつ、海外の買い手を相手に売却プロセスを進めていくことは、かなりのスキルと経験、ならびに労力を要する。社内に適切な人材がいないケースも多く、売却プロセスマネジメントに苦労することが多い。社内リソースの実態に即して、外部アドバイザー関与レベルを検討すべきであろう。

図2:海外法人売却時の主な検討事項

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まとめ

日本企業は、買い手としてこれまで多くの経験を積んできた。その結果、M&Aに対するバリュエーションやDDなど個別論点をノウハウとして社内で蓄積し、積極的な買収を実現してきた。他方、売却の場合はというと、個別論点のノウハウよりも、しっかりとした準備や社内外のステークホルダーマネジメントが案件の成否に大きな影響を与えることが多い。特に、日本からのガバナンスが比較的弱い海外案件であれば、その傾向は強くなる。このようなソフトなノウハウを蓄積できていない日本企業では、対応が後手に回ったり、業績が悪化しているにも関わらず、売却という手段を敬遠したりするケースも少なくない。

 

グローバル経済が激変する中、日本企業の海外法人を取り巻く事業環境も日々変化している。日本企業が、海外法人を再起不能になるまで放置するのではなく、定期的に自社グループにおける位置付け・役割を整理していくことで、タイムリーに機動的な意思決定を行っていくことが有効であることは言うまでもない。その整理の過程で、海外法人の売却という判断に至った場合には、実務上よく直面する論点として、上記の点を参考にして頂ければ幸いである。

 

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