2023年のM&A動向についての振り返り

2023年は、2020年のコロナ禍以後、初めて世界的にコロナによるパンデミックが落ち着きようやく緩やかな回復に向かい始めた年と言える。

グローバルのM&A動向についてみてみると、件数は2022年の58,386件と比較して2023年は55,817件となっており、▲4.4%である(図表1)。特に欧州(▲10.1%)での減少が目立っており(図表2)、これらは欧米の中央銀行による利上げによるマクロ経済の先行不透明感、インフレによる実質所得の減少が消費者心理に与えた影響、ロシアによるウクライナ侵攻に加え、2023年10月に発生したイスラエルとハマスの武力衝突といった有事が影響しているものと思われる。

図表1:四半期毎グローバルM&A件数推移

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出所:Refinitivのデータを基にKPMG作成 
注:買収ターゲットの所在地(北米、欧州、中国、日本、その他)に基づく件数

図表2:地域毎の件数

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出所:Refinitivのデータを基にKPMG作成
注:買収ターゲットの所在地(北米、欧州、中国、日本、その他)に基づく件数

一方で、日本企業が関与したM&A件数は4,461件となり、2022年の4,491件と比較してもほぼ同水準となった。属性を分析してみると、国内案件は2021年4,144件→2022年3,762件→2023年3,656件と2年連続で減少しているものの、クロスボーダー案件は2021年742件→2022年729件→2023年805件と2年振りに増加となった(図表3)。クロスボーダー案件の増加の背景としては、コロナにより冷え込んでいた海外進出や海外事業の拡大マインドが復活してきたことがあると言えよう。

図表3:日本企業が関与したM&A件数推移

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出所:Refinitivのデータを基にKPMG作成
注:日本企業による海外企業買収をクロスボーダー案件、国内企業を買収ターゲット(外資同士の国内案件除く)としたディールを国内案件として集計

一方で金額ベースでは、2023年は約17兆9643億円と前年より52%増加し、過去4番目の高い水準となった。これらをけん引したのは言うまでもなく、コンソーシアムによる東芝の買収(2兆円)、日本製鉄による米USスチールの買収(2兆円)、産業革新投資機構によるJSR(9039億円)および新光電気の買収(6848億円)、アステラス製薬による米アイベリック・バイオの買収(8006億円)、大正製薬ホールディングスのMBO(7086億円)といった大型案件であった。

2023年の日本企業によるM&A動向の特長

2023年の国内大型案件は、東芝やJSR、新光電気工業に代表されるように、投資ファンドによるTOB案件が目立ち、買付総金額は5兆6800億円(前年は1兆5300億円)と過去最高額となった。またMBO案件でも、大正製薬ホールディングス、ベネッセホールディングスやアウトソーシングといった大型案件が相次いで公表され、2023年のMBOによる非公開化案件も総額で約1兆4000億円と過去最大となった。

いずれの案件も背景は様々ではあるものの、共通しているのは今後の事業再生・成長のために積極投資が必要であり、一時期の業績悪化に囚われず思い切った投資を実行するためには非上場化したほうが良いという判断である。

また、意図的に上場廃止をする背景として、東証の動きが大きく影響しているものと推察される。東証は2022年に抜本的に市場区分を再編、2023年には資本コストや株価を意識した経営を要請し、「PBR1倍割れ」企業に対する改善を強く求めた。これらの動きを受けて、一旦市場から退出し、目先の利益確保ではなく注力事業への事業投資等を通じて長期的成長を目指す企業が増えたものと考える。

更に2023年はNIDECによるTAKISAWAの買収や、第一生命によるベネフィット・ワンへの提案(エムスリーへの対抗提案)といった「同意なきTOB提案」も散見された。これらに関する外的要素として、経産省が発表した「企業買収における行動指針」が大きく影響しているものと思われ、当該指針を念頭においたNIDECの提案は最終的にTAKISAWAの経営陣に受け入れられTOBが成立した。

クロスボーダー案件は、コロナ禍前の水準まで回復し、日本製鉄による米USスチールの買収(2兆円)、アステラス製薬による米アイベリック・バイオの買収(8000億円)、東京ガスによる米ロッククリフ・エナジーの買収(4050億円)、NTTアノードエナジーおよびJERAによる米グリーンパワーインベストメントの買収(3000億円)といった大型買収が公表された。

日本企業による売却案件は、ここ数年続いたPEファンドを受け皿として大企業による事業のカーブアウト案件は減少したものの、上場企業による子会社の売却は引き続き堅調であり、案件数は954件と前年の817件から17%増加した(図表4)。コロナが明けたことにより、新たな事業戦略に基づく事業構造改革が進んでいるものと見られる。

図表4:日本企業による売却案件数

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出所:Capital IQのデータを基にKPMG作成

2024年の日本におけるM&A展望

2024年の日本におけるM&Aの展望としては、引き続き東証やアクティビストといった外部からの圧力により、MBO、企業価値向上のための買収および売却等、2023年同様に活況となることが予想される。

また経産省の「企業買収における行動指針」に基づき、企業は価値向上につながる提案については真摯に検討することが求められていることから、今後「同意なき買収」案件も一定程度増えて行くものと思われる。

クロスボーダー案件については、現状の円安の状況を鑑みると、海外企業の買収はコスト高となり決して追い風ではないものの、それ以上に日本市場の成熟を踏まえてグローバリゼーションが必須と考えている企業は多い。実際に筆者も複数の顧客から「M&Aは戦略上の必要性から検討しており、円安がクロスボーダーM&Aを阻害する要因にはなっていない」と聞いている。このような背景から、クロスボーダーM&Aについて2024年も引き続き堅調な活動が想定される。ただし、昨今各地で起きている紛争や、米中間の緊張、その他の地政学的リスクについての検討は、M&Aを検討する上で新たに重要な判断要素となっていくであろう。

企業の生き残りの源泉は「成長」である。成長にはオーガニックな成長とインオーガニックな成長があり、一般的にはオーガニック成長には時間がかかると言われている。昨今上場企業は、東証や市場からの圧力を受け、改めて上場維持の意義を問われており、インオーガニックな成長を求めて買収に動くか、または市場からの圧力を回避するために非上場化するか、決断を迫られる時期に来ている。このような状況において、2024年もM&A市況は益々活況となるものと想定される。特に多くの市場が成熟しつつある日本企業にとっては、海外事業の拡大や新規事業への進出が成長の重要な鍵となる。その手段としてのM&Aはもはや特別なイベントではなく、企業規模に関係なく、常時経営陣として考えていくべきKey Agendaであろう。

※本文中の意見に関する部分については、筆者の私見であることをお断りいたします。

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