1.はじめに~背景と改正のねらい
下請代金支払遅延等防止法(以下、下請法)は、親事業者による不公正な取引行為を防ぎ、下請事業者の利益を保護することを目的として制定されました。近年、サプライチェーン全体における価格転嫁・公正取引・適正取引の社会的要請が高まり、公正取引委員会(以下、公取委)や中小企業庁も違反事例の摘発・公表を強化しています。特に典型的な違反行為である「買いたたき」「不当返品」「支払遅延」は、企業にとってレピュテーションリスクおよび法令違反リスクにつながります。
このような環境のなか、2025年5月23日に改正法が公布され、2026年1月1日に施行されました。本改正により、法律の正式名称は「製造委託等に係る中小受託事業者に対する代金の支払の遅延等の防止に関する法律」(通称「取適法」)となりました。
本改正は、原材料・エネルギー価格の急上昇や労務費の増加を背景に、中小受託事業者(旧「下請事業者」)への適正な価格転嫁を促進するねらいがあります。
2.主な対応ポイント
本改正において、企業が特に留意すべき点は以下のとおりです。
- 運送委託(物流取引)の対象取引への追加(物流問題への対応)
発荷主が、販売・製造・修理等の目的物の引渡しに必要な運送を運送事業者に委託する「特定運送委託」が対象取引には、追加されます。物流領域では、契約・運用・支払条件が曖昧なまま慣行化しているケースも多く、適用対象化を契機に、書面・条件・運用の見直しが必要です。
- 従業員基準の規模要件への追加(下請法逃れ等への対応)
従来の資本金基準に加え、資本金基準が適用されない場合の規模要件として、従業員基準が導入されました。基準値は、製造委託等で300人、役務提供委託等で100人です。このため、従来は対象外と整理していた取引が新たに対象となる可能性があります。
- 手形払等の禁止(支払遅延リスクの明確化)
対象取引では手形払が禁止されます。また、電子記録債権や一括決済方式等についても、支払期日までに代金満額相当の金銭を得ることが困難なものを用いる場合は、支払遅延に該当します。
- 協議に応じない一方的な代金決定の禁止(価格据え置き取引への対応)
代金に関する協議に応じない、必要な説明・情報提供をしないこと等により、一方的に代金額を決定する行為が禁止されます。形式的に受けただけでは足りず、協議の実態(説明・根拠・記録)が問われるため、価格改定プロセス・協議記録の整備が重要です。
- 面的執行の強化(省庁連携による監視の実効化)
事業所管省庁の主務大臣に指導・助言権限を付与し、省庁間の相互情報提供に係る規定を新設するなど、執行の実効性を高める仕組みが整備されます。従来以上に、業界・取引類型単位での監視強化に備える必要があります。
また、上記の「改正点」に加え、企業実務では、従来からの基本義務が依然として執行・レピュテーションの主要リスクです。改正対応と並行して、以下の基本的なポイントを確実に押さえる必要があります。
- 書面交付義務と電子化対応
発注時に品目、数量、単価、納期、支払期日等を明記した書面(取適法の「4条書面」)を交付する義務があります。近年は紙だけでなく電子的記録も認められていますが、システム上の保存・検索性・改ざん防止等が確保されているか点検する必要があります。
- 支払期日の遵守の徹底
物品や役務を受領した日から60日以内に代金を支払うことが原則です。単に60日以内であればよいのではなく、「できる限り短い期間」で設定することが求められています。
- その他典型違反(買いたたき・不当減額・不当返品 等)
値引き・協賛金・物流費転嫁・返品の運用が、実態として一方的になっていないか、証跡と合わせて確認する必要があります
3.企業における課題
- 口頭発注のみで進行している、又は簡易なメール文面のやりとりのみで必要的記載事項を欠いている。
- 内示と確定発注の区別がなく、在庫リスクが中小受託事業者側に転嫁されている。
- 支払期日につき、60日を超える長期サイトが慣行化している。
- 広告費・物流費・荷役費などを中小受託事業者側に転嫁し、減額・返品が常態化している。
- 各部門・拠点でシステム・規程運用が異なり、全社的な統制が効いていない。
4. 実務対応の優先順位
企業が改正対応を実効的に進めるには、短期・中期のスケジュールを分けて進めることが有効です。
- 短期対応(3〜6ヵ月)
- 発注書式・書面の改訂、統一化
- 購買・発注システム上で支払期日・手段を管理できる仕組み構築
- 契約・発注雛形の点検
- 過去の違反リスクを洗い出し、是正計画を策定
- 中期対応(6ヵ月〜1年)
- 全社規程・マニュアルの改訂と周知
- eラーニングや階層別研修を通じた教育の定着
- 各事業部門における下請・委託取引フロー(物流、外部委託を含む)の浸透
- モニタリング体制の構築
- 内部相談窓口や外部ホットラインの整備
5.まとめと提言
改正下請法(取適法)対応は、個別の条文対応にとどまらず、自社の取引類型・取引相手・運用実態を改めて全体的に棚卸しし、規程・プロセス・証跡管理を一体で点検し直す取り組みとして位置付ける必要があります。とりわけ、運送委託取引の対象追加や従業員基準の導入により、従来は対象外として整理していた取引が新たに規制対象となり得るほか、手形払等の禁止や「協議に応じない一方的な代金決定」の禁止により、支払手段・価格改定プロセスの運用が形式面だけでなく実態面でも問われる局面に入っています。さらに、面的執行の強化を踏まえると、特定部署の是正にとどめず、全社横断で統一した運用・モニタリング体制を整備することが不可欠です。
本稿で整理したポイントを踏まえ、次回は「現場での実行」「仕組みとしての統制」「独立した検証」をどのような組織体制・ガバナンスに落とし込むか、具体的な遵守体制構築のステップを検討していきます。
執筆者
KPMGコンサルティング
シニアマネジャー 荒尾 宗明
マネジャー 吉田 愛子
シニアコンサルタント 中畑 良丞