1.はじめに

近年、ロボット開発は目覚ましい発展を遂げており、その技術は大きく専用ロボット、汎用ロボット、ヒューマノイドロボットの3つに分類され、それぞれ異なる価値提案を持っています。

ロボットのタイプ別比較表

ヒューマノイドロボットがもたらすロボット革命の転換点 図表01

KPMGジャパン作成

四足歩行型ロボットは、建設現場や防衛分野で、夜間の自律巡回や進捗確認など、従来の人間による危険な作業を安全に代行する存在として実用化が進んでいます。また、産業用ロボットハンドの触覚技術は劇的に進歩し、硬いものから卵のような繊細なものまで、ソフトにつかんで持ち上げることが可能になりました。この技術は介護分野にも応用可能で、人間の体に触れる必要のある作業での安全性を大幅に向上させています。しかし、その機能は、「特定タスクに特化した効率化」にとどまるのが現状です。こうした特化型のロボットに対し、人間にできるだけ近いロボットを作ろうとする潮流があります。

本論で扱うヒューマノイドロボットとは、二足歩行、二本の腕、人間型の胴体を持つロボットを指します。これらには、人間と見分けがつかないほど精巧な外見を持つものから、明らかに機械的ながら人間の基本構造を模したものまで含みます。重要なことは、外見の精巧さではなく、人間の身体構造と互換性を持つ形態であることです。

市場規模の観点では、2021-2030年の世界ヒューマノイドロボット市場が年平均成長率71%で拡大し、中国国内だけで2030年に約18兆円規模に達するとされています1。私たちは現在、研究から実用現場への「量産化元年」として位置付けられる歴史的な転換点に立っています。

一方で、ヒューマノイドロボットの開発が進むなか、なぜそれを追求するのか、「顔が人間に近い必要性」「皮膚の感触の重要性」「二足歩行の意味」について改めて考える必要があるでしょう。ヒューマノイドロボットには、単なる自動化を越えて、「社会における共生の在り方を再定義する可能性」があり、その核心には、認知科学的・情動的な深層レベルでの「人間らしさ」の再現があります。

大阪大学の石黒浩教授は、ヒューマノイドロボット開発の研究を通じて、人間の脳は視覚と聴覚が同時に刺激された際に、強い「理解」や「存在感」を生み出す構造を持っていることを明らかにしました2。このような深層的共感こそ、ヒューマノイドロボットならではの認知的親和性を実現します。

さらに、ヒューマノイドロボットは、従来型ロボットにはない「情動刺激機能」(感性価値)を持つとされています。これは、人間に直感的に「応答し合う存在」として受け入れられる能力であり、ほかのロボットでは代替不可能な以下の5つの価値を創出します。

第1の価値:社会インフラへの完全統合

階段やドア、操作盤といった社会インフラはすべて人間の身体構造を前提に設計されています。ヒューマノイドロボットはそのままの形態で既存インフラと高い整合性を持ち、変更なしに活動可能です。これは莫大なインフラ改修コストを回避できる、ほかの形状のロボットでは実現不可能な競争優位性です。

第2の価値:複合認知作業の実現

製造業や医療、サービス業などで求められるのは、認知と身体動作が高度に一体化されたタスクです。繊細な力加減、相手の反応への柔軟な対応、非言語コミュニケーションなどは、ヒューマノイドロボットの身体性知能によってのみ可能となります。

第3の価値:心理的安全性の確保

前出の石黒教授の研究では、人は人間型の存在に対して親近感や信頼感を抱く傾向が強いことが示されています。特に高齢者や認知症、自閉症の子どもなどにとって、ヒューマノイドロボットとのコミュニケーションは心理的負荷を大幅に軽減し、より自然な対話を可能にしています。

第4の価値:三次元空間での自在性

現代の労働環境では、高さや狭い空間など三次元的な移動・作業が求められるケースが増えています。人間に近い二足歩行が可能で柔軟な手足を持つヒューマノイドロボットこそが、垂直空間での自在な作業を現実に担うことができます。

第5の価値:創発的コミュニケーションの実現

災害現場や医療、教育といったマニュアル化が困難な現場では、予測不能な状況での判断と柔軟な応答が求められます。ヒューマノイドロボットはその身体性と認知構造によって、人間との創発的な対話を可能にし、従来のプログラムされたロボットでは対応困難な状況に適応できます。

これら5つの価値こそが、ヒューマノイドロボットの真の意義を示しています。それは「作業の自動化」を超え、「人間と社会がともに生きる形を拡張する」ことにあり、その存在は、雇用構造や倫理観、文化に至るまで我々の社会設計に深い影響を及ぼし得るものなのです。

2.技術革新がビジネス実現性を加速

2024年に実現された技術革新は、先に述べた5つの価値を支える基盤技術として、ヒューマノイドロボットの商用化を現実的なものとしています。

第3の価値「心理的安全性の確保」を支える技術としては、人や物への接触を事前検知し力加減調整を実現する東京大学の生きた皮膚を備えたロボット3(精巧3外見型)、ドイツ企業の静電容量式センサー内蔵人工皮膚4があげられます。ドイツ航空宇宙センターの関節トルク情報をセンサー代わりに使う技術では、関節モーターの微細なトルク変化を読み取ることで、外部からの接触位置と力の強さを推定します。例えば、ロボットの腕や胴体、脚のどこかに人が触れると、その接触により関節に微妙な力が加わり、モーターのトルクが変化します。この変化パターンを解析することで、高価な皮膚センサーなしに全身での接触感知を実現し、コスト削減と耐久性向上を同時に実現5しています。

介護・医療分野では、認知症予防・孤独感緩和を目的とした対話ロボット(精巧な外見型)の実証実験が進み、AI搭載の対話型ロボット介入研究では社会的孤立感や孤独度の大幅な低減が報告6されています。

また、第4の価値「三次元空間での自在性」を実現する技術として、人間に近い歩行を実現する強化学習による制御も飛躍的に進歩し、踵から着地し、つま先で蹴り出すヒールストライク・トーオフ動作を獲得したロボット(基本構造型)が、2025年2月から本格運用を開始7, 8しています。

第5の価値「創発的コミュニケーションの実現」を支える技術もあります。GPT-3搭載により観客と自然な会話を行いながら表情豊かな反応を示すモデル(精巧な外見型)が実用化9され、エンターテイメント分野でのビジネス活用が進んでいます。

ヒューマノイドロボットの第1の価値「社会インフラへの完全統合」と第5の価値「創発的コミュニケーションの実現」は、接客・サービス業で既に実用化されています。具体的には、ホテル業界で多言語対応リモートコンシェルジュ10として導入されている基本構造型ロボットや、展示会で来場者にコーヒーを提供するバリスタロボットなどが、実証段階を経て実用段階へと移行しています。

ほかにも芸術・娯楽分野では、観客とのインタラクティブな交流11、医療分野では内視鏡手術ロボットによる遠隔手術支援12など、多様な領域での活用が拡大しており、ヒューマノイドロボットは単なる研究対象から実用的なビジネスソリューションへと進化を遂げています。

3.ヒューマノイドロボットが創出するビジネス価値と社会変革

労働力不足解決と心理的価値による包括的ビジネスインパクト

ヒューマノイドロボットの技術的優位性は、視覚、手、脚の統合的進化により、前述の5つの価値すべてを同時に実現できる点にあります。

ある研究では、日本の労働人口の約49%がAI・ロボットで代替可能とされており13、ヒューマノイドロボットの5つの価値は、少子高齢化による労働力不足を包括的に解決する可能性を持っています。 同時に、第3の価値「心理的安全性の確保」により、人間と似た外見・振る舞いから親近感や共感を呼び起こす独特の利点も提供します。人は人間型の存在に対して親近感や信頼感を抱く傾向が強く、実際に先に介護・医療分野における活用で例を挙げたAI搭載の対話型ロボット介入研究では、社会的孤立感や孤独度の大幅な低減が報告されており、この心理的価値は以下のような競合他社との明確な差別化要因となります。

  • 顧客満足度の向上:人間らしい接客による顧客体験の質的向上
  • ブランド価値の創出:先進技術導入企業としてのイメージ向上
  • 従業員満足度の向上:危険・単調作業からの解放による働きがい向上
  • 社会的責任の実現:高齢者ケアや障害者支援への貢献

新たな産業や職種の創出も重要な側面です。ロボット設計・運用・メンテナンス専門職の需要拡大に加え、Figure AI社のように今後4年間で10万台を量産する計画を持つ企業も現れており14、ロボット産業自体が巨大なビジネスチャンスを秘めています。建設業では高所作業や狭所作業での人間代替による安全性向上、介護業では人手不足解消と心理的ケアの両立が期待され、従来は解決困難とされていた社会課題への新たなアプローチが可能となっています。

これらの経済的価値と心理的価値は相互に補強し合い、定量的な売上増加だけでなく、企業の持続可能性と社会的評価の向上にも寄与する重要な要素となっています。

投資効率と技術限界への現実的対応

第1の価値「社会インフラへの完全統合」により、階段、ドア、操作盤など、すべて人間の身体構造を前提とした既存設備を一切変更することなく導入可能であり、設備投資ゼロでの運用開始が実現できます。これはほかの形状のロボットでは達成困難な圧倒的な競争優位性であり、導入企業にとって莫大なコスト削減効果をもたらします。

一方で、プライバシー・セキュリティ上の懸念も存在します。身体にセンサーを備えたロボットが生活空間に入ることで、個人の行動データが収集されるリスク15や、外見が人間に近付くことによる「不気味の谷」現象16の顕在化などが課題となっています。

また、現状のロボット技術には依然として技術的限界があります。一般的に、現在のヒューマノイドロボットはエネルギー効率の面で2〜4時間程度の連続稼働が限界とされており、今後は8〜12時間程度への延長が求められています。また、作業精度や速度は人間の約半分にとどまっており、商用化にはさらなる性能向上が不可欠とされています。これらの限界を踏まえた実用的アプローチとして、汎用性より特定業務での確実な成果を重視する特定業務特化、完全代替ではなく人間の補完・支援に特化する協働型運用、段階的な性能向上とアップデート体制の構築による継続的技術更新、技術的トラブル時の代替手段確保によるバックアップ体制の整備が重要となります。

市場競争における価格破壊

市場競争においても、大きな変化が見られます。中国のUnitree Roboticsが開発した「Unitree G1」の1.6万ドル(約250万円、1ドル=155円換算)という価格設定(基本構造型)は、従来の産業用ロボットが数百万円から数千万円であったことを考えると破格であり、グローバル市場力学の変化を示唆しています

この価格競争の激化に対し、日本企業は従来の高価格・高品質路線から戦略転換を迫られています。 汎用性を追求する中国勢の低価格戦略に対抗するため、日本企業は特定用途に機能を絞り込むことでコストを抑制しつつ、高い信頼性と安全性で差別化を図る「特化型・協働型戦略」への転換期にあります。その一例として、東京大学発「テレイグジスタンス」が2028年にコンビニのレジ係を担う人型ロボット(基本構造型)の商用化を発表17しており、サービス業の特定業務に特化することで価格競争力を確保しながら、日本市場のニーズに適合した独自のアプローチを展開しています。

新たなビジネスモデルとイノベーション創出

また、「ロボットを所有する」から「ロボット・エコシステムに参加する」へのパラダイムシフトが進行しています。この変革により、従来のB2B販売モデルから、サブスクリプション・エコノミーへの転換が実現し、中小企業でも先進ロボット技術にアクセス可能な環境が創出されています。ロボット・アズ・ア・サービス(RaaS)モデルは高額なロボット購入費用をサブスクリプション化することで初期投資負担を軽減し、技術サポートを含む包括的サービスの提供により運用・メンテナンスの一元化を実現します。

需要に応じた柔軟な台数調整によるスケーラブルな展開が可能となり、ソフトウェア更新による機能向上とサービス改善を通じた継続的価値提供が実現されます。この新たなビジネスモデルは、従来は導入困難だった中小企業や新興企業にもロボット活用の機会を提供し、市場全体の拡大と産業の民主化を促進する重要な要因となっています。

4.KPMGの戦略的パートナーシップとヒューマノイド導入指針

5つの価値による代替不可能性の確立

冒頭で述べたヒューマノイドロボットの5つの価値(社会インフラへの完全統合、複合認知作業の実現、心理的安全性の確保、三次元空間での自在性、創発的コミュニケーションの実現)は、既存の専用ロボットや汎用ロボットでは、同時に実現することが物理的・技術的に容易ではありません。

それに対してヒューマノイドロボットは、これら5つの代替不可能な価値を統合的に実現し、真の意味での人間と社会の共生を可能にする可能性があります。企業がこの転換期において競争優位を確立するためには、ヒューマノイドロボットの独自価値を正確に理解し、ほかのロボット技術との適切な使い分けを行いながら、戦略的に活用することが不可欠なのです。

KPMGジャパンは、この歴史的変革期において、技術的可能性への過度な楽観と社会的課題への過度な悲観の両方を避けた現実的アプローチにより、日本企業が持つ高い安全性・優れた品質・高度な制御技術の強みを活かし、グローバル競争における持続可能な競争優位の確立を支援する戦略的パートナーとしての役割を果たしていきます。ヒューマノイドロボット時代の到来は、単なる技術進歩ではなく、人間とテクノロジーの関係性を再定義する社会実験であり、従来は不可能といわれていた革新的なビジネスを創出する機会でもあります。KPMGはクライアント企業、社会、そして技術の調和を実現する架け橋として、この変革の成功に貢献していきます。

※Unitreeは杭州宇樹科技有限公司の登録商標です。
※テレイグジスタンスはテレイグジスタンス株式会社の登録商標です。

脚注:

  1. 国際ロボット連盟(IFR)「2021-2030年世界人型ロボット市場分析」
  2. SEKAI「人間とロボットに境界はない!?~『人間とは何か』を考えるロボット研究~」
  3. TECH+(テックプラス)「東大、培養皮膚を使用した細胞由来の生きた皮膚を持つ顔型のロボットを開発」
  4. Forbes Japan「「人工皮膚」をもつ世界最強クラスの人型ロボット、5年以内に500万台出荷へ 独企業から」
  5. MIT Tech Review「『人工皮膚』なしで触感を実現、ロボット全身がタッチスクリーンに」
  6. Yuyi Yang、Chenyu Wang、Xiaoling Xiang、Ruopeng An「AI Applications to Reduce Loneliness Among Older Adults: A Systematic Review of Effectiveness and Technologies」
  7. Figure「Natural Humanoid Walk Using Reinforcement Learning」
  8. BMW Group「Successful test of humanoid robots at BMW Group Plant Spartanburg」
  9. SOMPOインスティチュート・プラス「ヒューマノイドが街にやってくる」
  10. ソフトバンクロボティクス株式会社「国内のホテル業界初、多言語対応可能なリモートコンシェルジュとしてマイステイズのホテルに『Pepper』を正式導入
  11. Engineered Arts社「Ameca GPT-3統合デモンストレーション事例」
  12. MedBot™’s Toumai® Robot Sets New World Record for Intercontinental Telesurgery, Spanning Over 12,000 km
  13. Sky株式会社「AIに仕事が奪われるって本当? 奪われる可能性が高い仕事の共通点や人間に必要なスキルを解説」
  14. Figure「BotQ: A High-Volume Manufacturing Facility for Humanoid Robots」
  15. Diba Afroze、Yazhou Tu、Xiali Hei「Securing the Future: Exploring Privacy Risks and Security Questions in Robotic Systems」2024年
  16. ロボット工学者の森政弘が1970年に提唱した概念で、ロボットやCGキャラクターが人間に似れば似るほど好感度が上がるが、ある時点で急激に不気味さや嫌悪感を覚える現象のこと。完全に人間そっくりになれば再び好感度が上がるとされている。
  17. 日本経済新聞「コンビニの『レジ係』ロボ、東大発新興が28年商用化 人手不足に対応」

執筆者

KPMGアドバイザリーライトハウス
デジタルインテリジェンスインスティテュート
齊藤 弓 / コンサルタント

監修者

KPMGコンサルティング
製造セクター
大木 俊和 / アソシエイトパートナー

KPMGアドバイザリーライトハウス
デジタルインテリジェンスインスティテュート リード
佐藤 昌平 / マネージャー

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