本稿は、KPMGコンサルティングのCustomerチームとKPMGアドバイザリーライトハウスのDigital Intelligence Instituteチームが発行する「Customer experience playbook」の第2弾です。

今回は、顧客体験領域における生成AIを中心としたAI活用事例を紹介し、顧客体験価値を向上させるためのAI活用の考察を提供します。

1.顧客体験におけるAIの活用シーン

リサーチ作業や文書作成、事務作業など、事前学習したデータ・ルールの枠組みのなかで、人間を超える精度と処理スピードとでAIが代替できるようになってきています。それに加え、大規模言語モデルを兼ね備えた生成AIの登場によって、会話形式でのインプットによるテキスト生成や画像生成など、これまでは機械が不可侵とされてきた芸術・クリエイティブ領域、企画業務などにも活躍の場が一気に広がっています。

AIを活用した顧客体験の変革_図表1

企業の業務の効率化や高度化に加え、生活者が直接触れるサービスのあらゆるタッチポイントで、今後AIの活用が加速していくと予想されます。

AIを活用した顧客体験の変革_図表2

事例1:あなたに最適な美容法を提案するAIアドバイザー

海外化粧品メーカー

事例1

海外化粧品メーカーは、AIによる肌診断などを通じて一人ひとりに最適な美容法を提案する、生成AI美容アドバイザーを開発しました。

対話型インターフェースを搭載しており、利用者が相談すると、顔写真から肌ツヤ、目の輪郭などを評価し、美容に関するアドバイスをしてくれます。メイクの相談も可能で、その日の気分や悩み、シチュエーションに合わせ、さまざまな選択肢から最適なメイクの完成イメージや、お薦めの化粧品をAIが表示してくれます。開発にあたっては10種類以上の大規模言語モデル(LLM)を組み合わせ、15万点以上の画像データを学習させたと言います。

AI美容アドバイザーなら、毎日の肌状態や気分に合わせ、場所や時間を気にせずに相談することができます。また、これまでは美容アドバイスを人から受ける際、応対する美容スタッフの経験によってサービスレベルにバラつきがあったり、相性の悪さを感じたりすることがあったかもしれません。しかし、AIならそうしたスタッフの技量のバラつきや相性の悪さを気にする必要はなく、人には相談しづらいこともAIになら相談しやすいという点も、利用者にとってのメリットとなるでしょう。

事例1

事例2:気分や感性にマッチした日本酒の提案

国内小売企業

事例2
事例2

食品などを販売する小売企業は、AIを活用した日本酒選びをサポートするシステムを導入し、新しい日本酒の購入体験を提供しています。

膨大な言語表現と人の香りの感じ方に合わせて、1万以上の日本酒の風味・感性データと酒ソムリエの感性を学習したAIシステムによって、ソムリエでも難しいとされる日本酒の風味の言語化をAIが実現します。たとえば、甘口・辛口といった表現ではなく、「白ぶどう」や「涼しげ」など、日本酒の味わいや香りの特徴についてわかりやすい言葉で表現します。

利用者が自身の「癒やされたい」「気合を入れたい」といった気分や、好みの味わいに合わせて「青空のパノラマ」といった言葉を選んでいくと、AIがマッチ度を計算し、利用者にぴったりの日本酒を提案してくれます。

実際に購入し、飲むまでは味をなかなかイメージしづらい日本酒ですが、この新しいAI接客により小売店の店頭でもソムリエや利き酒師にアドバイスをもらっているような、楽しい日本酒選びができるようになります。

事例3:無人店舗での来店者の行動に合わせたアバター接客

国内テナント業

事例3

商業施設のテナント業を手掛ける国内企業は、総合電機メーカーとともに生成AIや人感センサー技術を搭載した催事出店向け無人店舗運営システムを開発しています。

この店舗運営システムはAIアバターを活用した接客サイネージや人感センサーと連動し、どのような来店者がどの商品を手に取ろうとしているかなどの行動分析を行い、手に取った商品に合わせてサイネージの説明を変更します。生成AIを用いたAIアバターは、来店者がアバターの質問に答えるとお勧めの商品を提案したり、AIカメラで識別した来店者の性別や年代に応じて接客したり、生成AIを活用した対話機能を有しています。多言語での商品紹介にも対応しており、外国語を話せるスタッフがいなくとも海外観光客に対して商品の魅力を伝えることが可能です。

来店者にとっては人ではなくAIアバターによる接客という新しい体験が得られ、出店者側とっては人員確保や距離的な問題から出店が難しい場合でも、スタッフ非常駐型のテナントを従来よりも気軽に出店できるようになるなどのメリットがあります。

事例3

事例4:生成AIによる24/365顧客対応業務の省力化

国内損害保険会社

事例4
事例4

国内損害保険会社は事故対応時の顧客対応に生成AIを試験的に導入し、実業務への実装に向け、本格的な検討を進めています。

この取組みでは、物損事故と人身事故の問い合わせの複数ケースに対して、生成AIが問い合わせ内容のテキストを読み込み、回答の素案を作成します。オペレーターは、生成AIの回答素案を基に調整し、最終文面を作成します。

オペレーターが単独で回答作成した場合と、生成AIの回答素案を基にオペレーターが最終文面を作成した場合を比較すると、顧客応対文面の作成業務において所要時間の半減に成功したことがわかりました。生成AIが作成した回答素案のうち、そのまま回答に利用された割合は6割以上にも上っています。顧客が直接閲覧する文章の生成には高い精度・品質のAI出力が要求されますが、こうした取組みが進めば、顧客は正確な回答をより迅速に受け取ることができるようになります。

このように、人が行う返信対応を将来的にAIで代替できるようになれば、顧客は24時間365日、自身の困りごとを解決できるようになります。

事例5:読者の関心に適した広告掲載の提案

海外新聞社

事例5

海外大手新聞社は生成AIを活用したターゲティング広告の新システムを開発しました。このシステムを用いることで、企業が同紙のウェブサイトなどに広告を配信する際、利用者のサイト閲覧履歴・属性などの分析や広告の目的・メッセージから、最適な掲載場所を提案します。さらに、細かいターゲティング設定が可能となり、以前であれば識別できなかったようなニッチなターゲティングも行えるようになります。

たとえば、ファミリー層をターゲットにしたい自動車メーカーを想定した場合、テクノロジー関連記事に加え、ペットの飼い主向け記事にも広告を出すような施策が考えられます。また、広告主のイメージに適さない記事に関する配信除外の細かい設定も可能となるとしており、デジタル広告による意図しないネガティブイメージの誘発リスクを下げることができます。

事例5

事例6:生成AIによる効率的で広告効果の高いクリエイティブ制作

国内マーケティング支援会社

事例6
事例6

国内マーケティング支援会社は、広告クリエイティブ制作に生成AIを活用した、広告効果の高い商品画像の自動生成機能を開発しました。

従来の広告クリエイティブ制作において、商品画像の撮影は多くの時間と費用を要していましたが、AIを活用した新機能により、従来の撮影で必要とされていた機材やセット、ロケーションを用意せずとも、あらゆるシチュエーションと商品画像の組み合わせを大量に自動生成することが可能になります。

さまざまな角度から撮影した商品の写真をAIに学習させ、数百枚の異なるパターンやシチュエーションの商品画像を生成し、希望する背景をプロンプトにより指示することで、背景付きの商品画像が生成されます。通常では自動生成が難しいとされる、ガラス瓶などの透明商材が背景に溶け込む画像や商材へ差し込む光など、複雑な表現にも対応しています。

実像以上にクリック率が高まる画像の生成技術や高速な処理により、広告効果の高いクリエイティブ制作を大幅に効率化します。

事例7:生成AIによる商品企画の作業効率化・時間短縮

国内小売チェーン

事例7

食品・日用雑貨の国内小売チェーンは、店舗面積に対して取り扱う商品が多岐にわたるなかで、商品企画にかかる時間や社内会議の多さが、市場の速い変化に対応するうえでの課題となっていました。そのため、商品企画に生成AIを導入することで、企画に要する期間を短縮化させ、流行やニーズに合った商品を素早く売り出すことを目指しています。

これまでは市場調査などを基に社員が商品アイデアを練っていましたが、今後は企画書の作成をAIに任せることが想定されています。AIの企画作成にあたっては、店舗の販売データやメーカーなどとの取引情報、SNSの消費者の声の分析を基に、流行やニーズをいち早く掴んだ商品の画像や文章をAIが作成します。先行施策では、商品企画にかかる期間を最大で9割程度短縮するケースもあったとのことです。

また、本部に寄せられる加盟店オーナーからの要望や改善意見を分類しまとめる作業や、各店舗にメールなどで送る新商品情報の作成にも生成AIを導入していき、担当者の作業効率化を図ろうとしています。

事例7

事例8:AI清掃ロボットの店頭商品管理による徹底した機会損失回避

海外小売チェーン

事例8
事例8

海外の会員制の小売店チェーンは、以前から店内の清掃に自律走行型清掃ロボットを活用していましたが、そのロボットにAIを搭載し、店頭の商品棚を管理する機能を実装しています。

ロボットは床を掃除すると同時に、商品陳列棚に置かれたすべての商品をスキャンして写真を撮り、数ある類似商品を正確に識別し、どの商品が品薄であるか、正しい場所に陳列されているかどうか、正しい値札がついているかどうかを読み取り、従業員らに情報を転送するように設計されています。

在庫があらかじめ設定された量まで少なくなった商品を見つけると、商品保管室に自動通知して要補充を知らせます。さらに、商品保管室に当該商品がない場合には、その日に予定されている配送にその商品が含まれているかどうかを確認し、入荷予定であれば、その商品を保管室ではなく売り場に直接持っていくよう従業員たちに自動通知する機能も備えています。

このAIロボットにより、品切れが起きる可能性を減らし、販売機会損失を回避するとともに、従業員の生産性の向上も実現しています。

事例9:煩雑な保険手続きの効率化による顧客への迅速なサービス提供

海外保険会社

事例9

海外の保険会社はAIの活用によって、それまでの煩雑な保険手続きを大幅に効率化させ、消費者に迅速なサービス提供を行っています。

たとえば、保険金請求をする場合、通常であれば、書類審査から保険金の受け取りまでには、損害の特定、保険金請求と損害査定プロセス、請求書の読み取り、書類の収集などにより長い日数を要することは珍しくありません。同社では、AIが消費者からの請求データの処理を自動で行うとともに、特定のルールに基づき不正請求を自動検出する仕組みによって迅速に正当な請求を検証します。これにより、保険請求の審査を効率化させ手続きに要する日数を短縮させています。

また、医療保険の引き受けでは、年齢や健康状態、過去の病歴など多数の要素に基づいてリスク評価が行われますが、それを人が手動で行うとなるとそれなりの時間を要します。同社では、そこにもAIを導入し、健康状態やフィットネストラッカーなどのヘルスケアデバイスから取得できるデータを活用し、迅速かつ正確なリスク評価を実現しています。

事例9

2.顧客体験領域にAI活用を検討する際の要諦

AIの活用によって顧客体験の価値を高めるには、目指すべき顧客体験に対して顧客目線でAIの価値を定義し、顧客にメリットや安心を実感してもらう必要があります。そのためにも、人間が主導権を握ってAI活用を推進することが前提になります。

AIを活用した顧客体験の変革_図表3
AI活用を目的化せず、目指す顧客体験の実現手段と捉える

AI活用は顧客体験価値向上の手段であり、目的ではありません。生活者の課題を解決するような顧客体験を設計するなかで、たとえば、サービスの平準化、時間や場所を問わないサービス提供のように、AIで何を実現するかを明確にすることが重要です。

そのためには、AIの得意・不得意の領域を理解したうえで、得意領域はAIに任せつつ、不得意領域は人間が補うことを意識し、人間とAIが上手くコラボレーションすることが肝要です。

企業目線ではなく、顧客目線でのAI活用メリットを明確化する

AIを手段として顧客体験価値を向上するためには、これまで人が担っていた業務をAIに置き換えることにより、どのような顧客メリットがあるのかを明確にしなければなりません。単なる業務効率化・自動化による手続きや問い合わせの待ち時間の短縮に留まるだけでは、顧客体験に対する生活者の期待が高まるなかで、期待値に応えているとは言えません。

あくまでも顧客目線でのAI活用による価値を明確にし、新規ビジネスモデルの策定、新規製品/サービス開発、既存ビジネスモデル・商品の深化を推進する必要があります。

生活者の不安を払拭し、安心してサービスを利用してもらう

個人情報の入力やAIを活用したサービスの利用に対して、プライバシー侵害や情報漏洩、外部によるサイバー攻撃などの不安を抱く生活者は一定数存在します。それを認識したうえで、まず企業側は必要なプライバシー・セキュリティ対策を講じて安全を確保することが求められます。

さらに、データの取得項目・利用方法・保持期間・AIの国際規格※1を掲載するなど、生活者がAIを活用したサービスの利用において感じる懸念を払拭し、安心感を与えることも重要になってきます。

※1:国際規格「AIマネジメントシステム(ISO/IEC 42001)」

AIに頼りすぎず、人間が主導権をもってAIの可能性を広げる

AIは得意領域では人間を超えるパフォーマンスを発揮しますが、過信せず、あくまでも人間が主導権を持つことが重要です。たとえば、AIのパフォーマンスは学習データの質に大きく依存します。仮に学習データが不完全/不適切な場合、AI出力結果への誤情報の混入や誤判断、バイアスを含んだ判断につながる可能性があります。

消費者の信頼を確保しながらAIを活用して目的を実現するには、必要なデータについて、質と量を担保しながら収集できる環境を整え、学習データの正確性、公平性、充足性、倫理・社会受容性・透明性を担保し、作成物の著作権・知財侵害の可能性を考慮するなど、さまざまなリスクに備えることが大切です。さらに、顧客体験価値の向上のためにも、継続的な品質チェックと、人間の価値観をもって必要に応じた調整・改善を行い、有益なAI活用の継続を怠ってはいけません。

3.顧客体験価値を高めるためのAI導入推進の流れ

企業のAI導入には、構想~PoCで試行錯誤を繰り返しながら実用化に耐え得るレベルをクリアしていくことで、結果、スピーディな成果につながります。
実運用後は、AI、および新たな顧客体験に対する消費者の反応をモニタリングし、継続的に改善を図っていきます。

AIを活用した顧客体験の変革_図表4

4.KPMGの取組み

AI活用による顧客体験価値の向上には、顧客と市場環境からインサイトを明確に捉え、目指すべき顧客体験の策定や顧客メリットの明確化を行うこと、要となる顧客体験にかかわるプレイヤーが多いなかで、スピーディな開発・検証、リスク・ガバナンスに備え、社員のリテラシー向上などを包括的に実行計画として定め、AI導入を推進することが重要となります。

また、AIやデータ利活用に関する高い専門性を持ちながら、AIの効果を最大化する活用態勢を検討することも求められます。

KPMGでは、AI活用や顧客体験のノウハウを持つプロフェッショナルが、各業界に精通したチームやリスクコンサルティングのチームとも協働しながら、構想策定からその実現、モニタリングまで一気通貫で支援しています。

AIを活用した顧客体験の変革_図表5

浅野 智也

KPMGコンサルティング 執行役員 カスタマー統括パートナー

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