はじめに

汎用AI(AGI: Artificial General Intelligence)は、「さまざまな仕事を人間と同等のレベルで実現できる能力を持つAI」と定義され、生成AIの次にその実現が期待されているAIです。近年、大規模言語モデル(LLM)の登場により、AIの汎用性は飛躍的に向上していますが、真の汎用AIを実現するためにはまだ多くの課題が存在します。AIが人間のように思考し、状況に応じて適切に行動するためには、自律性や仮説検証能力、多様な情報源からの情報収集能力、人間との協調が不可欠です。しかし、これらの能力を獲得させるには技術的・社会的な課題を克服しなければなりません。そのため、汎用AIの実現には身体性を持つAIの開発と、学際的なアプローチが非常に重要です。

汎用AIに必要な身体性

「身体性AI」とは、物理的な身体を持ち、現実世界と相互作用しながら学習、行動するAIのことです。従来のAIは、デジタル空間内のデータ処理が中心でしたが、身体性AIは、ロボットなどの物理的な身体を通じて、五感(視覚、聴覚、触覚、味覚、嗅覚)を用いた認識や、環境への働きかけが可能となり、それによって心理的なふるまいを表現できるようになります。身体性AIが注目される背景には、AIがより複雑なタスクをこなし、人間との共存を実現するためには、人間に近い形で現実世界を認識し、その経験を通して学習していくことが不可欠であるという考え方が広がっていることがあります。将来的には、AI搭載のロボットが介護現場で人間をサポートし、患者の感情や身体的状態を理解しながら適切にケアを提供したり、身体性を獲得することによって対象の痛みや悩みだけでなく、AI自身の疲労や価値観が認知できるようになったりするように、より人間に近い知能や能力を獲得していく可能性があります。

学際的アプローチの必要性

このようなAIの実現には、機械工学や情報科学に加えて、認知科学や心理学など多様な学問分野の知見が必要です。それらを取り入れることで、人間とロボットの相互作用(HRI)をより自然で円滑なものにするとともに、人間の行動や感情を理解し、それに適切に対応できるロボットを開発することが可能となります。

しかし、このような技術がさまざまな分野で活用されるにつれ、技術的な課題と共に社会的な問題も浮上してきます。例えば、AIの意思決定が倫理的に適切かどうか、AIが人間の仕事を奪う可能性があるかといった懸念が指摘されています。これらの問題を解決するためには、技術者だけでなく、倫理学者や法学者、経済学者、さらには社会学者が協力してルールを作り、AIが社会にどのように組み込まれるべきかを議論する必要があります。これからもAIを発展、活用する企業にとっては、新たな社会的責任の観点からこれら議論に参加する強い意義があると言えます。

また、学際的なアプローチはAI開発の信頼性と安全性を向上させるためにも重要です。生成AIが自律的に学習し、意思決定を行う際、どのようなデータを使用するか、そのデータのバイアスや偏りをどう排除するかは極めて重要な問題です。これに対処するため、データサイエンティストだけでなく、倫理学や心理学など総合的な知見を踏まえて、公平で倫理的なAI開発を進めることが求められます。

結論

AIとロボティクスの融合は、人間の生活をより豊かに、そして便利にする可能性を秘めた技術革新です。しかし、汎用AIの実現に向けては、いくつかの技術的な課題が依然として残っています。特に、AIの性能は学習データに大きく依存しており、すべての状況に対応できる十分なデータを集めることは困難です。また、AIモデルがなぜそのような判断をしたのかを説明することが難しい「ブラックボックス問題」も技術的な障壁です。さらに、AIの動作には膨大な計算能力が必要であり、現在のハードウェア技術では限界が見え始めています。

社会的な課題としては、汎用AIが人間の労働を代替することで、労働市場への影響や、AIが人間に代わって倫理的な判断を下す際の責任の所在が挙げられます。これらの問題は単に技術的な問題に留まらず、社会全体での合意形成や制度整備が必要です。AIの社会受容性も大きな課題であり、社会が汎用AIをどう受け入れるかによって、その普及や実装のスピードが左右されるでしょう。

AI技術の進化は、今後さらに加速していくと予想されます。企業にとって、汎用AI、身体性を持ったAIはさらに革新的な価値提供をもたらすでしょう。一方、深刻な問題を引き起こす企業の社会的責任のリスクも考えられます。AI技術の進歩を、私たちの社会にとってより良い方向に導いていくためには、私たち、そして社会全体が、総合的・学際的な視点を持ってAIと向き合っていくことが重要です。そのうえで、変革をもたらす真の汎用AIの実現が見えてくるでしょう。

執筆者

KPMGアドバイザリーライトハウス
デジタルインテリジェンスインスティテュート
齊藤 弓 / コンサルタント

監修者

KPMGアドバイザリーライトハウス
デジタルインテリジェンスインスティテュート リード
佐藤 昌平 / マネージャー

KPMGコンサルティング
テクノロジートランスフォーメーション 
山邊 次郎 / シニアマネージャー

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