はじめに

生成AIの飛躍的な進歩は、ビジネスに革新的な変化をもたらす一方で、その発展過程において深刻なジレンマを提起しています。たとえば、世界のデータセンターとAI需要により、2022年から2026年の4年間で、世界の電力需要は最大で約2.3倍の1050TWhまで増加するという予測があります1。私たちはより高度な知能を追求すればするほど、環境への負荷が増大するというパラドックスに向き合うこととなります。

自己学習における技術的課題とその環境的影響

生成AIの性能向上は、モデルの大規模化とデータ量の増加に依存しています。この発展過程で直面する技術的課題は、いずれもエネルギー消費の増大に直結します。

まず、データ効率の問題があります。現在の生成AIは膨大なデータを必要としますが、そのデータの多くが効果的に活用されていません。たとえば、人間が少数の例から一般化できる概念を、AIは膨大なデータサンプルを処理することでようやく獲得します。この非効率性は、不必要なデータ処理のための計算資源とエネルギーの浪費を引き起こしています。

次に、過学習の問題があります。特定のデータパターンへの過剰な適応により、新しいデータへの対応力が低下するケースが報告されています。この問題を回避するために、より多くのトレーニングデータと反復学習が必要となり、結果としてエネルギー消費が増加します。IEAの推定では、1回のネット検索の電力消費が約0.3Whであるのに対し、生成AIへの1度の質問は2.9Whとなっています2。つまり、スマートフォンからAIへ質問をするだけで、ネット検索と比較して約10倍もの電力が必要になるのです。

さらに、モデルのブラックボックス化は、信頼性の確保という観点から大きな課題となっています。AIの判断プロセスが複雑化するほど、その検証に必要なエネルギーも増大し、環境負荷の累積的な増加を招いています。たとえば、大規模AIモデルのトレーニングでは、1つのプロジェクトで数百トンものCO2排出が生じる場合があります。特に、データセンターの冷却システムと高性能計算機器の運用が、主なエネルギー消費源となっています。

生成AIの持続可能性への多角的アプローチ

今後生成AIの持続可能な発展を実現するためには、複数の技術的アプローチと環境配慮を統合的に推進する必要があります。現在、主に以下の5つの方向性で取組みが進められています。

1.アルゴリズムの開発による効率化

計算効率を最大化するアルゴリズムの開発は、AIの環境負荷軽減において中核的な役割を果たしています。特に注目されているのが知識蒸留技術です。この技術では、大規模な教師モデルから得られた知識を、より小規模なモデルに効率的に転移させることで、計算資源の大幅な削減を実現します。また、転移学習の活用により、既存モデルの知識を新しいタスクに再利用することで、トレーニングに必要な計算量を最小限に抑えることが可能になります。

2.ハードウェアイノベーションによる改善

半導体技術の発展も、これらの技術的・環境的課題の解決に貢献しています。特に注目されているのが、シリコンカーバイド(SiC)チップの実用化です。従来のシリコンチップと比較して20〜30%のエネルギー消費削減を実現し、データセンターのエネルギー消費を大幅に削減することが可能となっています。また、3Dチップアーキテクチャの採用は、チップの設計密度を高めることで、従来の2D設計と比較して大幅な電力効率の向上を実現します。これにより、データセンターの省スペース化とエネルギー効率の向上を同時に達成することができます。

さらに、先端パッケージング技術の発展も注目に値します。日本の半導体製造装置メーカーによって開発された新しいパッケージング技術は、チップの小型化と性能向上を両立させています。特に、HBM(高帯域幅メモリー)技術の採用により、メモリーアクセスの効率化と消費電力の削減を実現しています。

3.データの質的向上と倫理的活用

高品質で多様なデータの効率的な活用は、モデルの性能向上に必要なデータ量の削減に直結します。このアプローチでは、インターネット上にないさまざまなデータの利用やデータクレンジングの実行など、データの質的向上とプライバシー保護の両立が重要となります。企業は、データ収集における透明性の確保と公平性の担保に注力しており、これにより社会的信頼の構築と環境負荷の低減を同時に実現しようとしています。

4.再生可能エネルギーへの移行

大手テクノロジー企業を中心に、データセンターの運用における再生可能エネルギーの活用が加速しています。太陽光発電や風力発電の導入により、AIのトレーニングと運用に伴う環境負荷を大幅に削減する取組みが進められています。さらに、スマートグリッド技術の採用により、エネルギー使用の最適化が図られています。

5.次世代コンピューティングの展望

現在のAI開発は、GPUに大きく依存しており、特定企業への過度な依存や半導体供給の不安定さといったリスクが顕在化しています。この課題に対応するため、AIの処理に特化した専用コンピュータ(AIコンピュータ)の開発が進められています。従来の汎用コンピュータにGPUを外付けする構成から脱却し、最初からAI処理に最適化された設計を行うことにより、エネルギー効率の改善が期待されています。

さらに長期的な展望として、量子コンピューティングが特定の計算タスクにおける革新的な可能性を秘めており、特に最適化問題や機械学習アルゴリズムのトレーニングにおいて、従来の計算方式と比較して大幅な性能向上が期待されています。この技術は実用化までにまだ時間を要しますが、将来的にはAIモデルのトレーニング時間の短縮と消費電力の大幅な削減が可能になると考えられています。

持続可能なAI開発への統合的アプローチ

これらの取組みは個別に進められているのではなく、相互に補完し合いながら、総合的な効果を生み出します。特に、ハードウェアとソフトウェアの緊密な連携を通じて、より大きな環境負荷の削減が可能になると期待されています。今後は、環境規制の強化にも注視しつつ、これらの技術革新をさらに発展させながら、環境に配慮した持続可能な生成AIを選択するなど、エコシステム構築の取組みが必要となるでしょう。

執筆者

KPMGアドバイザリーライトハウス
デジタルインテリジェンスインスティテュート
齊藤 弓 / コンサルタント

監修者

KPMGアドバイザリーライトハウス
デジタルインテリジェンスインスティテュート リード
佐藤 昌平 / マネージャー

KPMGコンサルティング
テクノロジートランスフォーメーション 
山邊 次郎 / シニアマネージャー

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