連載「トレンドレーダー」は、身近になりつつある高度な技術と関連するビジネスユースケース、果敢に挑戦する企業の取り組みなどをご紹介し、多くの企業にとって新しい打ち手の参考となるインサイトをお届けします。 |
多くの製品・サービスが数クリックで気軽に購入・契約できる昨今、店員とのコミュニケーションにおいて気まずさや緊張感を抱く消費者は、日本では決して少なくない。企業としてもこのような機会損失をいかに抑えるかは課題であり、同時に、従業員たちも募らせている対人業務のストレスの抑制も切実である。そのような課題解決に向けて、生成AIによる消費者体験のシフトが福音となりつつある。
百貨店でのメイクアップカウンセリングは、プロのメイクアップアーティストに直接アドバイスを受けることで、大きな効果が期待できる店舗サービスだ。その反面、美容カウンセラーの知識に対して不安を感じたり、好みや要望をうまく伝えたりできず、気まずさを感じる消費者も少なくない。15万点以上の画像を学習させた生成AIによるメイクアップアドバイスでは、AIが顔の特徴を分析し、最適なメイク方法を提案するため、消費者は自分のペースで納得のいくまで試行錯誤できる。長時間でも気遣いは無用だ。
「ソムリエに対面で質問するのは恥ずかしいけれどAIなら平気。」 高級レストランやワインバーでのソムリエとの会話も、専門知識を持たない消費者にとってはハードルが高いことが多い。自分の知識不足を露呈することへの不安や、手持ち予算が少ないことについて気まずさを感じることもある。生成AIを活用したワインの選定サービスでは、消費者は好みや予算を入力するだけで、膨大なデータベースを基に、細かいニーズに応じた提案を受けることができ、消費者の店舗離れも抑えられる。
多くの日本語母語話者が苦手とするもののひとつが英会話だ。英会話教師との対話では、間違いを指摘される恐怖や、自分の英語力が不足していることへの恥ずかしさから、緊張感が生じるという声もある。しかし、生成AIを活用した英会話アプリでは、生身の人間ではなくAIが教師だ。消費者は間違いを恐れず、リラックスして会話の練習に注力できる。AI機能を標榜した英会話アプリは以前から存在したが、2023年の生成AIの普及とともに、その質が急激に向上。あるAI英会話アプリ企業はアプリに生成AIを活用した英会話機能を追加した2ヵ月後、ユーザー数は前年同月比で176%増えたという。
特定の世代では、店員に接客されることを好まない層が存在するといった調査結果*も見られる。この点において、人間とは異なり「絶対に否定しない」機械の存在は、気まずさや緊張感を軽減した消費者体験の提供を実現している。
企業側にとっても、消費者対応に生成AIを活用することはメリットが少なくない。人件費の削減や人材リソースの転移、AI接客から得られるデータのさらなる利活用といった道が開ける。また近年、小売業や外食産業で問題となっているのがカスタマーハラスメント(カスハラ)だ。来店客による店員への理不尽な要求や暴言・威嚇行為などは、従業員の精神的・肉体的な負担を強いるのみならず、対応いかんによっては企業の責任やガバナンス体制も問われる重大な問題となっている。東京都では全国初のカスハラ防止条例が2024年10月に可決され、2025年4月に施行される。客の言動に関する規定のみならず、事業者に対しても就業者の安全確保など適切な措置を講ずるよう努力規定が明示されている。この観点からも、消費者対応における生成AIの活用は、従業員の労働環境改善や健全な経営に資する可能性が高いといえる。
生身の人間だからこそ提供可能な機能的・情緒的な価値も依然として重要であると考える。しかし、「人ではないから安心」という国民性や特定の世代におけるニーズを理解し、消費者体験と従業員体験をあわせて向上させることは、人口減少や顧客減少傾向にある日本においては肝要だ。生成AIはその可能性の一翼を担っており、企業はその活用の巧拙を問われることになるだろう。
参考資料:
*クロス・マーケティング(2023)「人との距離感・関わり方に関する調査(2023年)」
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監修
KPMGコンサルティング
執行役員 カスタマー統括パートナー 浅野 智也
KPMGアドバイザリーライトハウス
デジタルインテリジェンスインスティテュート リード
マネージャー 佐藤 昌平
執筆
KPMGアドバイザリーライトハウス
ストラテジー&ビジネスオペレーションズ部 品田 洋介