“2024年の化学セクターにおけるM&A取引件数は、短期金利の低下を背景に前年よりわずかに増加した。2025年は金利がさらに低下・安定し、成長を推進する企業が新製品の発売やノンコア資産の売却を通じてポートフォリオを再構築すると見られ、M&Aが急増すると期待される。加えて、豊富に抱えるドライパウダーもプライベートエクイティファンドによる取引を促進するだろう。”
化学セクター概況
取引の背景
2024年の化学セクターにおける取引件数は、年始こそ低調であったものの上向き、前年比で1%増加しました。短期金利の低下のほか、世界市場におけるプレゼンス、製造能力、取扱製品を強化するための戦略的投資が主な促進要因です。
一方、2024年の取引金額はメガディールの減少により26%減少しました。
2024年の取引全体の70%以上を国内取引が占めました。サプライチェーンに混乱が生じた場合の影響を緩和すべく、化学企業が国内資産の確保に注力していることが示されました。
プライベートエクイティファンドによる取引は全体の38%を占めました。大量のドライパウダーの運用ニーズが高まっているため、今後増加すると見込まれます。加えて、既存投資先の資金化ニーズも高まっています。
今後のM&A動向としては、環境意識と規制圧力の高まりにより、サステナビリティ経営を意識した取引が急増するでしょう。
公表案件数内訳(規模別)
地域別取引数および金額
M&A取引の推移
今後の見通し
企業が製品ポートフォリオの強化および展開地域の拡大に努めているため、2025年の取引見通しは明るいでしょう。化学企業は収益性の向上を目指して、成長が期待されるスペシャリティケミカル分野へと戦略的にシフトするとともに、利益率の低いコモディティ化学品資産の売却を進めています。さらにプライベートエクイティファンドも、豊富な資金を買収に充てようとM&A取引に積極的な姿勢を見せると予想されます。
M&Aハイライト
スペシャリティケミカル
概況
2024年、スペシャリティケミカル分野の取引は落ち込み、取引件数は前年比で5%減、取引金額は61%減となりました。これは、経済的・地政学的な不透明感に対する投資家の懐疑心に起因すると見られます。
取引内容としては戦略的投資が顕著であり、グローバル展開、製造能力、製品ポートフォリオの強化を重視した取引が行われました。
注目すべき傾向として、化学セクター全体で戦略の変更が見られ、2024年第4四半期の上位5件の取引のうち2件が、スペシャリティケミカル特化型企業への転換に向けた取引でした。
M&A取引の推移
M&A取引の推移(a)
今後の見通し
本分野には短期的な課題もあるものの、企業がポートフォリオの再評価やノンコア資産の売却を行い、展開地域を拡大していく中で、取引は勢いを増していくと見られます。さらに、アジア・オセアニア地域への投資の増加もM&Aを促進するでしょう。
基礎化学品および石油化学品
概況
基礎化学品および石油化学品サブセクターの取引件数は、2021年から2023年にかけて2年連続で減少しましたが、2024年は前年比6%増と緩やかに成長しました。ただし取引金額は、サプライチェーンの混乱とエネルギー価格の高騰に起因するメガディールの減少を背景に、15%減少しました。
企業は垂直統合、製品ポートフォリオの最適化、収益性の向上、新市場進出に向けた流通チャネルの拡大を目指してM&A成長を推進しています。
2024年第4四半期の上位5件の取引のうち2件がプライベートエクイティファンドによるものであり、高額取引への関心が伺えます。
M&A取引の推移
ハイライト
今後の見通し
本分野のM&A取引は、クリーンエネルギー・再生可能エネルギー関連ソリューションに対する持続的な需要を受けて増加する見込みです。一方で、エネルギー転換に伴うコストの上昇と、環境関連の取り組みを控える方針への変更により、従来型燃料への注力に回帰する動きも予想されます。
販売事業者・その他
概況
販売事業者・その他サブセクターの取引件数は前年比で4%増加し、取引金額は97%増加しました。これは主に、バッテリー用重要鉱物の安定供給に対する政府支援の強化や、市場統合の動きによるものです。
また、企業が戦略を転換し、サプライチェーンの最適化や、リチウムイオン電池および原材料の需要拡大を目指していることも、取引急増の要因です。
本分野では小規模な取引が中心ですが、2024年第4四半期には67億米ドルという例外的に大規模な取引が実施されました。
M&A取引の推移
ハイライト
今後の見通し
本分野では、戦略的投資家が市場統合を推進するとともに、新市場進出に向けて流通チャネルを拡大しているため、今後のM&Aの展望は明るいと言えます。さらに、電池材料およびリチウム確保に向けた継続的な投資も取引件数の増加を促進するでしょう。
M&A動向
ディールアドバイザリーの専門家が捉える、2025年の化学セクターの注目トレンド
2024年の化学セクターにおける取引件数は、2年間の低迷を経て回復を見せました。これは主に、サステナブルなソリューションに対する需要の高まり、重要鉱物の安定的確保に向けた政府支援、短期金利の低下によるものです。2025年も、投資家の明確なビジョンや、プライベートエクイティファンドの豊富なドライパウダー、そして成長への意欲を背景に、化学業界では世界的にM&A取引の勢いが継続すると予想されます。ただし短期的には、イスラエルとパレスチナ、ロシアとウクライナの紛争などの地政学的な不透明感により、取引環境が予測困難となるかもしれません。
したがって以下のサブセクターごとのトレンドは、足元の地政学的な緊迫状態に伴う予測困難な影響を除いた一般的な予測に基づいて記載しています。
スペシャリティケミカル
スペシャリティケミカル特化型企業への転換
業界全体でスペシャリティケミカル特化型企業へと転換する傾向が強まっており、ノンコア事業を売却し、利益率や成長可能性の高い専門分野に集中するなどの動きが見られます。
このような戦略変更により、企業はコアコンピタンスに集中してイノベーションを促し、オペレーショナル・エクセレンスを推進することができます。
プライベートエクイティファンドによる取引の増加
PEファンドは豊富なドライパウダーを抱えており、その資金を効果的に配分する必要性に迫られて投資を拡大しています。
その結果、化学セクターでは、中小規模の取引からメガディールに至るまで投資が大きく増加すると予想されます。PEファンドは、既存投資先の資金化を狙うとともに、今後の投資機会を掴もうと、引き続きM&A取引に積極的な姿勢を見せるでしょう。
基礎化学品・石油化学品
サステナブルなソリューションに対する需要の増大
環境配慮製品への嗜好が市場において高まっており、サステナブルなソリューションの需要が増大しています。
またCO2排出量削減のため、バイオベースの原料や、再生可能エネルギー源への移行も進んでいます。
そのため化学企業は、環境基準を満たし、サステナブルな製品に対する需要に応えるべく、環境に配慮した技術への投資や、低炭素ソリューション企業の買収を継続的に実施していくでしょう。
垂直統合およびポートフォリオ最適化に向けた取引の増加
化学企業は垂直統合と製品ポートフォリオの最適化への注力をいっそう強めています。この戦略のもと、サプライヤーや販売代理店の買収を通じてバリューチェーン全体の管理の強化、コスト削減、製品品質の向上を図っています。
さらに、景気循環型で変動の激しい分野から撤退し、利益率が高く革新的な製品に集中することで、製品ポートフォリオを強化しています。
販売事業者・その他
リチウム電池および原材料に対する需要の急増
電気自動車(EV)の利用の増加、エネルギー貯蔵システムの需要の増加、再生可能エネルギー源への世界的な移行により、リチウム電池の需要が急増しています。
それに伴い、リチウム、コバルト、グラファイトなどの原材料の需要も高まっています。化学企業は、これを機にリチウム関連プロジェクトへの投資や市場プレゼンスの強化を進めると予想されます。
イノベーションと市場統合の推進
企業は、技術力の向上、製品ポートフォリオの拡大、スケールメリットの実現の機会を積極的に求めており、引き続きM&Aを実施してイノベーションと市場統合を推進するでしょう。
急速な進化を遂げる市場で競争力を維持し、規制変更や経済的不透明性などの課題に対処する必要性が、この動きを後押ししています。