グローバル進出に向けた大学発 スタートアップの取組み ~成功事例を生み出し、チャレンジを促進する~
KSACプログラム代表者であり、スタートアップ・エコシステム共創プログラム全国ネットワークでも活躍されている室田 浩司氏に、あずさ監査法人の阿部 博が大学発スタートアップの昨今の傾向や課題、日本と米国の環境の違い、グローバル進出における展望や人材創出などについて話を聞きました。
大学発スタートアップの昨今の傾向や課題、日本と米国の環境の違い、グローバル進出における展望や人材創出などについて話を聞きました。
世界に挑戦できる競争力の高い大学発スタートアップを創出することを目指し、支援事業を行っている「関西スタートアップアカデミア・コアリション(KSAC)」1。KSACプログラム代表者であり、スタートアップ・エコシステム共創プログラム全国ネットワークでも活躍されている室田 浩司氏に、あずさ監査法人の阿部 博が大学発スタートアップの昨今の傾向や課題、日本と米国の環境の違い、グローバル進出における展望や人材創出などについて話を聞きました。
Point
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大学の研究成果や、学生の才覚を生かしたスタートアップを支援
阿部
大学発スタートアップが今どんな状況なのか、まずは室田さんの印象を教えていただけますか。
室田氏
確実に盛り上がっていますね。当然、玉石混交ではありますが、全体的に勢いがあるというのはとてもいいことだと思います。
大学発スタートアップは、大きく2つに分かれます。1つはディープテック系。これは大学の理工医学系のサイエンスを基盤とした研究成果の事業化です。2つ目が学生主体のスタートアップで、若い人の才覚や行動力で新しいビジネスを生み出そうという動きです。
関西スタートアップアカデミア・コアリション 成長戦略本部長 室田 浩司氏
阿部
大学によってはディープテックに力を入れるなど、何か傾向はあるのでしょうか。
室田氏
国立の研究型大学といわれるところは、やはりディープテックが多いのではないでしょうか。それぞれの大学に違いがあるので、個性を生かしていくことが大事だと思います。
阿部
先日開催された「KPMG Global Tech Innovator Competition 2024」2(以下、「GTI」という)で、どんな会社が出ているかを見ると、1つはヘルステック、いわゆる医療とテクノロジーの融合です。もう1つはやはり環境関係。ほかにデジタル情報などもありました。こうしたなかで、日本の勝ち筋というか、これから伸ばしていく分野はどのあたりだとお考えですか。
有限責任 あずさ監査法人 企業成長支援本部 パートナー 阿部 博
阿部
大学によってはディープテックに力を入れるなど、何か傾向はあるのでしょうか。
室田氏
国立の研究型大学といわれるところは、やはりディープテックが多いのではないでしょうか。それぞれの大学に違いがあるので、個性を生かしていくことが大事だと思います。
阿部
先日開催された「KPMG Global Tech Innovator Competition 2024」2(以下、「GTI」という)で、どんな会社が出ているかを見ると、1つはヘルステック、いわゆる医療とテクノロジーの融合です。もう1つはやはり環境関係。ほかにデジタル情報などもありました。こうしたなかで、日本の勝ち筋というか、これから伸ばしていく分野はどのあたりだとお考えですか。
室田氏
いろいろな考えがあると思います。私の個人的な見解としては、AIを含めたデジタル分野については、米国などの海外や外資系企業などで開発されたものをうまく取り入れることに注力した方がいいのかな、という気がします。
決して日本での開発を否定しているのではなく、やはり日本の原点はものづくりにあると思うのです。なかでも化学工業に産業競争力があり、新しい素材の開発、環境に適応した製造方法、エネルギーのコントロールなどの分野が勝ち筋になるのではないでしょうか。ライフサイエンス、クリーンテックなども注目すべき分野です。
阿部
GTIでは、日本のスタートアップが世界の流れに合っているのか、受け入れられるのか関心を持って見ていました。日本と世界では、ディープテックに取り組む目線に違いはあるのでしょうか。
室田氏
日本ではやっているものが米国でメジャーなのか注意深く見ていくと、微妙なズレがありますよね。そのズレを調整するのがコミュニケーション力だと思います。日本の技術やサイエンスがしっかりしていても、わずかな調整ができないがゆえに、なかなか世界に組み込んでいけないという面はあります。
阿部
その要因は語学力もあるだろうし、しかるべき人に接触できるかどうか、という課題があるのではないかと思いますが、いかがですか。
室田氏
おっしゃる通りですね。ただ、昔に比べると克服する道筋は見えてきています。最近はSNSなどコミュニケーションツールが発達してきたので、コンテンツの内容が優れていて、それを相手に伝えられるコミュニケーション力があれば、突破できるのではないかと感じています。
人材創出を目的として、大学の枠を越えた教育の機会を構築する
阿部
なるほど。そういう意味でいうと、個々のスタートアップでは、いかに多様な人材を集めてくるかが重要になりますね。大学発スタートアップを見ていても、非常に語学が堪能な人もいれば、どちらかというと研究重視の方もいますよね。
室田氏
あとは教育、いかに訓練するかということですね。
阿部
訓練に関しては、日本の大学全体を見たときに、大学による差は感じますか。
室田氏
確かに差はありますが、能力の問題というよりも、コミュニケーションの機会と本人の意欲ですね。機会を意図的につくれば、どこの大学でも人材は生まれてくると思います。
学生にモチベーションを与えて、いかに自主的に動いていくかという仕掛けづくりが大事。自分で失敗したり恥をかいたりしながらも、さらに前に進んでいく環境や枠組みが必要だと 思います。
阿部
そういった認識を広げていくために、大学に横串を通すような動きがあってもいいかなと思いますが、どうでしょうか。
室田氏
そうですね。大学のなかでは、どの学部学科でも受けられる共通科目があり、アントレプレナーコースが組み込まれているところが多いです。
大学の体力によってはカリキュラムの充実度に濃淡があるので、解消するための動きもあります。地域のなかで連携し、大学の枠を越えた共通のカリキュラム作成など、スタートアップの支援事業をやり始めているところです。
阿部
横串を通すような動きも生まれているのですね。大学の財力が弱いからといって、学生に資質がないわけではなく、可能性はある。日本全体としていかに動いていけるか、大事なポイントだと思います。
室田氏
おっしゃる通りです。たとえば関西では、大学の講義内容やスケジュールなどをまとめたシラバスを、参画している大学の全員がオンラインで見られるようにしています。手続きをすれば他大学の講座も受講できるんですよ。自分が所属する大学だけでなく、他の大学の学生との交流の機会も生まれます。
米国と日本の大学におけるスピード感や研究開発費の違い
阿部
米国の大学と日本の大学では、どんな違いがあるのでしょうか。
室田氏
ひと言では言えないほど、たくさんありますね。西と東、各大学間でもカラーが全然違います。
たとえば昨今ではサステナビリティやクリーンエネルギー、環境重視の研究などが行われていることは、もちろん日本でも認識しています。しかし、学部のなかに講座を組み込むことはできたとしても、手続きやしがらみの関係で、新しい学部や学科をすぐにつくるのは難しいですよね。
米国ではトレンドに合わせてクリーンエネルギー学科をつくったり、核融合が最近脚光を浴びてきたと思ったらそれに関連した研究組織を即座に立ち上げる。その機動力がすごいと思います。
阿部
だからこそ、大学の知とそれに関わる産業がすぐに集まって、パワフルに前進していくというところがあるのでしょうか。
室田
それと、意外に知られていないのですが、産学連携の分野では、民間企業と大学との共同研究費を米国と日本で比較すると、日本のほうが比率は高いんですよ。米国は連邦政府や州政府などから出る研究開発費が圧倒的に多く、民間企業との共同研究は5~6%ぐらいです。
日本では大学の差はありますが、旧帝大でも10%です。それはいい面も、そうでない面もありますが、大学の構造に大きく影響を及ぼしつつありますね。
加えて、米国はご存じの通り寄付の文化です。サイエンスやアカデミアに対して、個人の成功者や財団から多額の支援があります。ある程度の目的はありながらも、多少の自由度はあるので、この辺の差が大きいのではないかと思います。
阿部
確かに日本は寄付の文化がないと言われますね。スタートアップの世界や海外をよく知っている人たちが、自分たちが成功したらやってみようという動きは起こり得るでしょうか。
室田氏
それを期待したいし、何とか実現していきたいですね。起業家として成功し、それなりの経済的基盤を持っている人が米国に比べると日本は圧倒的に少ないというのが課題です。スタートアップの支援は、将来の投資家を増やすことにも副次的につながっていくのではないかと思います。
阿部
お金が動かないと、ディープテックはなかなか世に出てこないので、研究開発費はやっぱり大事なところですよね。
グローバルな人材を育成し、活動するための課題と基盤づくり
室田氏
教育の面では、大学としても変わるべきことはあると思います。今、修士や博士課程の学生は1つの研究室に所属して、その教授からマネジメントを受けながら論文を書き、アカデミアのキャリアを積んでいきます。
サイエンスや産業も、コミュニケーションから生まれるものです。1つの研究室だけに所属して指導を受けると言う、いわゆる蛸壺状態を変えていかなければならないかもしれません。
アドバイスを受けられ、他の学会のコミュニティにも入れるようにする。そして、いろんな人と接していけば、大事な素養を高められるのではないでしょうか。そういう改革も必要かもしれませんね。
阿部
やっぱり日本は、ムラ社会というところがあるかもしれません。それをどんどん変えていきたいですね。グローバル化もその1つではないでしょうか。日本の良いところを生かして、広げていきたいですよね。
室田氏
そうですね。昔は、海外で起きていることや海外の知識を日本に持ってきて、「だから日本をこうしないといけない」という人が国際人と言われていたと思います。それを否定するわけではありませんが、これからのグローバル人材は、「日本で我々はこうやっているよ」ということを海外に伝えて、逆に向こうからも意見をもらえるようなインタラクションが必要ではないかと思います。
阿部
今まさに国際ワーキンググループのなかで、グローバルに出ていこうとしていますが、どんなところを目標にしていますか。
室田氏
大学から生まれたスタートアップが海外で活動できる基盤を作り、1社でも2社でも持続的に増やしていきたいと考えています。その活動の大切なことの1つは、海外のマーケットでちゃんと売り上げを立てること、2つ目が、海外投資家からの資金投入、そして3つ目が、経営者のなかに日本人以外の人も含む多様なマネジメントチームにすることです。この3つを後押しするために、微力ですが貢献していければと考えています。
このなかでセンシティブだと思うのは、海外の投資家から投資を受け入れることです。たとえば実際に海外投資家が入ると、非常にいろいろな制約や要求が出てきますよね。経営権は米国主体にしろ、本社は米国に置け、あるいは日本の大学がライセンスしたテクノロジーは全部買い取るなどがありますが、そうした問題をどうやって解決するかはケースバイケースだし、その都度いろいろと考えていくしかありません。それでも海外からある程度の投資を受けるのは、意義あることも多いと思います。
阿部
逆にそういう海外の資金を日本のファンドに受け入れて、そこから増やしていくというのはどうでしょうか。
室田氏
それは鋭いアイデアですね。ちょっと手前味噌になるのですが、今ちょうど台湾政府から私どものファンドに資金を出していただいて、日本の大学に投資できる枠組みをつくれるよう、台湾政府と話し合いをしているところです。これは多分、日本の大学では初めての試みだと思います。
阿部
そういうワンクッションを置く形であれば、ドラスティックに変わらずに投資が円滑に進み、しかも資金を集めることができそうですね。日本のスタートアップがグローバルな企業と新規の取引をするうえで、壁となっているのは何だと思いますか。
室田氏
スタートアップの方に伴走して我々も海外に行くことがありますが、意外に海外の企業から、日本の企業と取引しているかを聞かれることが多いんですよ。まず国内での実績を求められることに、少し意外に思うこともありました。
今の世の中で主なプロダクトといえば、モノよりも情報、デジタル、ソフトウエア、あるいはコンセプトが多い。そうすると、判断するのも大変なので、目に見えるモノや、モノを裏付けるデータなどをしっかり示したほうが確率は上がるのではないかと感じています。
あとは、最近の大手の海外企業と新しいビジネスをするときに、コーポレートベンチャーキャピタルを持っていたり、いろいろなアクセラレーターと連携していたりして、まずそっちに持って行ってほしいという話になります。いろんなコミュニティの重層的なつながりも考えて、アプローチする必要があると思っています。
阿部
結局、知っているか知らないか、という面が結構大きいですよね。やっぱり信頼につながりますよね。
室田氏
確かに大きいですね。同じような技術やテクノロジーで、こっちのほうが上なのにと思っていても、認知されているほうが大企業から採用されることも多いです。
日本の優れた技術力を強みに、柔軟にビジネスを展開していく
阿部
最近、海外の人から聞いたのですが、海外の大学ではトライアンドエラーで製品を開発し、ダメだったら作り直して売っていくから伸びが早いと。日本の製品は作り込んでから売るので、質は良いがなかなか出てこない。GTIでも日本の技術力はすごいと感じたのですが、このギャップをどのように見ていますか。
室田氏
それは文化とやり方の違いがあると思います。海外はいわゆるアジャイル型で、何度も市場に出して、改善していくというソフトウエア的なやり方です。日本は一つひとつ作り上げていくウォーターフォール型という違いがあります。
世の中の流れとしてはアジャイル型がいいと言われますが、領域によって違うと思います。素材の開発やライフサイエンスのドラッグスクリーニング、細胞治療のというのは、すべての工程をアジャイル型でやるわけにもらいきません。研究や事業の領域によって、両方の長所を取り入れていくべきだと思います。
阿部
そうですね。日本のようにウォーターフォール型だと資金と時間がかかるので、ファンドも15年や20年など長期の資金を入れ、海外がまねできないようなものを出していきつつ、アジャイル型も取り入れていく。その流れができてくると、もっと多様化していくのではないでしょうか。
室田氏
おっしゃる通りですね。それは会社を創設する前もそうですし、創設後のマネジメントにも言えると思います。
たとえば、ベンチャーキャピタルの方が投資して社外取締役を派遣したとします。その社外取締役が、いつまでにアウトプットしてほしいか経営陣に伝えて、それができなかった場合、なぜできないのか原因を分析しろと問い詰め、締め上げる空気になることがあるんですよ。米国で伸びているスタートアップでは、必ずしも主流と言うわけではありません。
メンタルもサポートできる専門家が、アントレプレナーに対してエンカレッジします。必要なときには厳しいことも言う。それだけ経営とメンタルが一緒ですよ。監視するのではなく、マインド自体を変えないと最終的な成功は難しいと思います。
阿部
エンカレッジしていいところを伸ばさないと、本当のスーパースターは生まれない。スポーツ選手もそうですよね。
日本のスタートアップ事業において、この3、4年がとても大事な時期だと確信しています。最後に、目指している姿について教えていただけますか。
室田氏
海外で四苦八苦しながらも活躍している事例を1つでも多く示して、若い人たちに身近に感じてもらいたいですね。「チャレンジって大変だけど素晴らしいんだな」と思ってほしい。グローバルにチャレンジする意味を、実感してもらえるように発信していくことが目標です。
阿部
まさに日本の空気感を変える、文化を変えていくような活動ですね。今日はありがとうございました。
1「関西スタートアップアカデミア・コアリション」(略称、KSAC)
関西の大学・産業界・金融界・自治体等70以上の機関が参画し、地域や組織を超えて連携を図り、人材・研究課題・資金の好循環をつくり、関西における起業家の裾野拡大、大学発スタートアップを連続的に創出していくことで、世界に伍するスタートアップ・エコシステムの構築をめざすプラットフォームです。