大学発スタートアップを通した三菱商事出身の起業家が探求し続けるディープテックによる社会課題解決とは

「スタートアップ×人材」シリーズは、官公庁、スタートアップ企業、アカデミアから有識者をお招きし、プロフェッショナル人材領域にフォーカスしてご意見を伺う短期集中連載です。シリーズ4回目は、ライノフラックス株式会社の間澤 敦氏との対談です。

シリーズ4回目は、ライノフラックス株式会社の間澤 敦氏との対談です。

少子高齢化が進行するにしたがい、日本の国内市場は縮小していくことが見込まれています。そこで、政府は新しい資本主義を実現するために「スタートアップ育成5か年計画」を決定しました。終戦直後の第1次ベンチャーブームが日本経済を復興させたように、第2次ベンチャーブームを起こすことで持続可能な経済社会を実現しようという壮大な挑戦です。その「スタートアップ育成5か年計画」決定から1 年、見えてきたのは「人材」という大きな壁でした。「スタートアップ×人材」シリーズは、官公庁、スタートアップ企業、アカデミアから有識者をお招きし、プロフェッショナル人材領域にフォーカスしてご意見を伺う短期集中連載です。

シリーズ4回目は、ライノフラックス株式会社の間澤 敦氏との対談です。

国の施策をはじめとして、大企業や大学、VCなど、スタートアップ支援の強化が進んでいるなかで、大学発のスタートアップが注目を集めてきています。研究開発から事業化、成果実現に向けて学術的な観点を取り入れた起業により、産業競争力が期待されているためです。このような背景のなかで、間澤氏はディープテックをテーマにスタートアップを起業しました。大企業を辞めて起業の道を選び、またどのような社会課題解決に向けて動き出しているのでしょうか。

なお、本文中の意見に関する部分については、話者の私見であることをあらかじめお断りいたします。 

 

POINT 1

大企業やVCなどスタートアップ支援が充実するなかで、研究をビジネスにする人材が不足している大学発のスタートアップを選択し、ディープテックを通して社会課題解決に向けて発信を続ける。

POINT 2

大学発スタートアップで導入されている客員起業家制度により、大学の内部の人間として話を聞くことが可能となる。時間をかけた技術と研究を通して、ビジネス化を実現する。

 

I.「 与えられた人生を、生き切りたい」大企業を辞めて、スタートアップの道へ

阿部:

間澤さんは、三菱商事を退職してから2024年にライノフラックス株式会社を創業されました。どのような経緯でスタートアップ起業に至ったのでしょうか。

間澤氏:

幼いころの夢はサラリーマンになることでした。「勉強して、いい大学に行って、いい企業に入るのがいい人生である」という価値観のもとで育てられ、私自身もそれに何の疑問も抱いていませんでした。父の仕事の関係で幼少期と高校時代の2 度、アメリカでの生活を経験したこともあり、就職先はグローバルに働ける総合商社を志望し、早稲田大学卒業後に第一志望の三菱商事に入社できました。三菱商事には約9年間お世話になりましたが、最初の数年間は自分が起業するなどと考えたこともありませんでした。

ライノフラックス株式会社 代表取締役 間澤 敦氏

ライノフラックス株式会社 代表取締役 間澤 敦氏

阿部:

起業を意識し始めたのはいつごろで、何がきっかけだったのですか。

間澤氏:

入社6年目のころです。きっかけは、スタートアップ企業に投資する仕事を担当するようになったことでした。欧米の起業家たちと接するなかで、彼らが大企業で働いた後に当たり前のように起業にチャレンジしていく姿を目の当たりにし、自分がこれまで思い描いていた大企業のサラリーマン以外の生き方も、悪くないのではないかと思うようになったのです。高校時代にアメリカに住んでいるときに気付いたのは、日本で議論されていることの多くは、アメリカで5年、10年前に起きていたことだということでした。アメリカでハイキャリアの人がスタートアップに次々に飛び込んでいるのを目の当たりにして、「日本でも5 年後、10年後にはこの流れが来るのでは」という直感もありました。

阿部:

日本の大企業は「良すぎないけど悪すぎない」、働く環境としては楽ですよね。それが日本のスタートアップ排出を阻んでいるのかもしれません。

間澤氏:

確かに、日本の大企業が恵まれているから、そこを辞めてまで起業しようと言うマインドが育ちにくいという課題はありますね。三菱商事でも、起業を理由に辞める人は少ないと思います。

阿部:

それでも間澤さんは辞められたわけですが、三菱商事に不満はありましたか?

間澤氏:

まったくありませんでした。今でもたくさんの方に応援してもらっていて、本当に感謝しています。もしどこかの企業に入社するのであれば、また三菱商事を選びます。それでも会社を出て起業したいと思うに至った背景には、私が育った街である豊田市があります。豊田市はトヨタの企業城下町で、ゆりかごから墓場まで、あらゆるライフステージに対応した施設がトヨタによって運営されています。アメリカに行ったときも、国籍や人種は違っても同じトヨタの一員ということで、コミュニティに受け入れられました。つまり、トヨタは単に自動車を作るだけでなく2世代・3世代にわたって社員の生活を支え、私のような者までも育んでくれたのです。私も、そうした偉大な会社をつくることに挑戦したいと思うようになったのです。三菱商事はとても恵まれた環境でしたが、ここで働いている限り、トヨタや三菱商事のような会社そのものを作ることはできません。会社を作るのなら、三菱商事を辞めて起業というルートを選ぶしかないわけです。

阿部:

すごく勇気がいることですね。そうした会社を作りたいと言う気持ちだけでは、なかなか辞められないのではないでしょうか。

間澤氏:

そうですね。これは、ちょっと表現が難しいのですが、三菱商事という恵まれた環境に甘んじていることに対する「後ろめたさ」のようなものを感じていたのです。実は私には弟がいるのですが、彼は生まれつき足にハンディキャップを抱えていて車椅子生活を送っています。それゆえに悔しい思いをする姿を幼いころから隣で見てきました。一方で私はたまたまハンディキャップなく生まれ、社会人になってからも恵まれた環境に身を置いているという気持ちがありました。だからこそ、自分に与えられた人生をちゃんと生きなければならないという思いが強かったのです。トヨタの創業者・豊田 喜一郎さんのように、会社という箱を作り、新しいコミュニティを生み、次世代の人々を支えることができたら、自分の生まれてきたことに意味を持たせられるのではないかと思うようになったのです。それが29歳のときで、その3年後、32歳のときに三菱商事を退職して、スタートアップの世界に飛び込みました。

有限責任 あずさ監査法人 阿部 博

有限責任 あずさ監査法人 阿部 博

II. 学術的な観点を取り入れら れる大学発スタートアップで ディープテック領域を探求

阿部:

起業の際に、ディープテックを選択した理由はなんでしょうか。

間澤氏:

起業をすると決意をしてから、何を軸にするのかを模索する日々でした。最初はIT 分野で起業しようと思い、ビジネスプランを考えてはVCの担当者に壁打ちするということを繰り返していたのですが、どうもうまく行かない。今にして思えば、自分でしっくりきていないわけですから、うまくいくはずがありません。よく考えてみると、私は三菱商事でずっと資源・新エネルギー領域の仕事をしてきて、関わった投資先も資源・エネルギー系のディープテックでした。そんな私がIT 領域でビジネスをする理由はないのではということに、2年たってようやく気が付き、改めてディープテック領域での起業を目指すことにしました。

ディープテックはコストも時間もかかりますし、リスクが大きいことは重々承知していましたが、消去法で行くと、私にはやはりこの領域しかないと思うに至ったのです。そこで、国内10大学に問い合わせをして、ディープテックで起業したいので研究を紹介してくれるようお願いしました。何のつてもないので、各大学のHPの「お問合せフォーム」からの地道なアプローチを続けました。

阿部:

なぜ企業や研究所ではなく、大学にアプローチしようと思ったのですか。

間澤氏:

調べているうちに、どうやら日本の大学では、研究をビジネスにする人材が不足しているのではないかということがわかってきたのです。つまり、自分のように商社でビジネスをやってきた人間が受け入れられる可能性は高いはずだと思いました。そこで、問い合わせの際には自分がどんな経歴の人間かを知ってもらえるよう、職務経歴書を添付しました。問い合わせをしたすべての大学から返事をもらうことができ、うち8割からは実際に研究を紹介してもらえました。

阿部:

領域を変えたとたんに、とんとん拍子に進んだのですね。IT 領域でもがいたときはどんなことを考えていましたか。

間澤氏:

考えてみると私はIT の仕事はしたことがないですし、プログラミングすらできない。つまり、IT 領域での強みがまったくありませんでした。でも、IT 領域はスタートアップの事例やノウハウが蓄積されていて、参入しやすい雰囲気があるのです。だから、「まずはITで起業しよう」と思ったのですが、それが失敗のもとでした。一方、ディープテック領域には経験も知識もあり、「土地勘」のようなものをもっていました。教授と話をしていても、いろいろなことをスピーディーに判断できるのです。これまでの三菱商事での経験が連続的につながり、腑に落ちる感覚がありました。いろいろな研究や会社を紹介していただいたのですが、熟考の末、客員起業家(EIR) として京都大学イノベーションキャピタルに着任しました。

研究を選ぶ際に、自分のなかで次の3つの基準を設けていました。1番重視したのは、その研究に時間とお金を費やすだけの夢があるか、2つ目は顧客のニーズや課題を解消できる技術力があるか、3つ目は私の経験や知識が活かせる領域であるかということでした。ぜひ自分もこれに賭けてみたいと思い、参画を決めました。

また、ご一緒した先生が、もともと手掛けていらっしゃったのはカーボンネガティブを目的としたものではなく、高効率発電技術の研究でした。ただ、その論文を読んだときに、直感的にこれはカーボンネガティブな発電技術に転用できるなと思いました。すぐに先生と連絡をとって議論を重ねていたのですが、ある日、移動中の新幹線であるマーケットリポートを読んで、先生の技術が大きな可能性を秘めていることを確信しました。

阿部:

カーボンネガティブに詳しかったのでしょうか。

間澤氏:

三菱商事の仕事で一時関わったことがありましたので、一般的な知識はありましたし、カーボンネガティブ技術の市場価値も分かっていました。この「市場価値がわかっている」という点が、私の一番の強みです。先生の技術をどの社会課題に当て込んで、どんな顧客にどんな価値を提供すべきかを考えて実行するのが、ビジネスマンである私の腕の見せどころです。今回は先生の技術がぴったりはまるマーケットを見つけられましたね。

対談

阿部:

原石をみつけてビジネスに展開する力は、まさに商社時代に培われたものですね。大学に来てから起業までの1年2ヵ月間は、どのように動かれていたのですか。

間澤氏:

最初の半年間は、色眼鏡をかけずに広くSEEDS を探索する時期でした。100以上の論文を読み、大学内だけで約40名の先生方と会ってお話を聞きました。次の3~4ヵ月は、最終的にどの研究を起業対象とするかを絞り込むための時間としました。論文を読んだり、市場調査をしたりしたのはもちろん、実際に先生方と事業計画を立てたり、特許申請をして先行研究がすでに特許をとっていないかを確認したり、本当に忙しく動き回って、最終的にカーボンネガティブの技術の事業化を決めました。そして、残りの半年は本格的な起業準備の期間に充てました。チームメンバーを募ったり補助金を申請したりして、事業に必要な環境を整えていきました。

阿部:

大学では何の制約もなく、研究内容を見ることができたのですか。

間澤氏:

研究を「見る」だけなら、ネットで調べれば誰でも簡単にアクセスが可能です。しかし、客員起業家になると、大学の内側の人間として、教授に直接話を聞くことができます。それが客員起業家の一番のメリットです。教授にとっては、10年、20年と我が子のように育ててきた研究に、見ず知らずのビジネスマンが「金の臭いがするから」と目を付けて「ビジネスにしましょう」と持ち掛けられるよりも、同じ大学の人間が「先生の研究を世の中にいかすために事業化する方法を一緒に考えましょう」と言われたほうがいいにきまっています。客員企業家なら同じ学内の人間として教授の皆さんと同じ目線で、「起業しない場合は、大企業と組んでもいい。とにかく、先生の技術を大切に進めましょう」といった議論ができるのです。1回1回の面談で前のめりになって決断を急がず、「今日結論がでなかったら、また来週話し合いましょう」と、時間をかけた意見交換ができるのも客員起業家制度の良いところだと思いました。

対談

III.「 何が正しいのか」ではなく、 「何が自分に合っているのか」という発想を大切に

阿部:

起業して半年が経ちますが、実際経営者になってみていかがですか。

間澤氏:

やっていることは意外と大企業の社員と変わらないというのが率直な感想です。たとえば、今ちょうど資金調達をしていますが、会社員時代は上司や役員だった会話交渉相手が、投資家に代わっただけで、本質的な方法や手順は大きく変わりません。

また、いろんな事業会社とコラボレーションして事業を進める方法も、会社員時代に他の部署と協力して事業を進めていたことと基本的には同じです。ただ、決定的に違うのはスタートアップには何もないということ。大企業では当たり前だった知名度や信用、人材や資金などのリソースも圧倒的に少ないので、そこは今も苦労しています。

阿部:

これまでを振り返って、スタートアップは、どんな始め方が理想的だと思いますか。学生ベンチャーがいいのか、それとも間澤さんのように大企業を経験した上で挑戦したほうがいいのでしょうか。何かご意見があればお聞かせください。

間澤氏:

起業の時期や方法については、絶対的な「正解」はないと考えています。「とりあえずやってみれば、なんとかなる」という人もいれば、「ちゃんとリスクを考えてやるべき」という人もいて、結局何が正しいのかはわかりません。だから私は、「どれが正しいのか」ではなく、「どちらが自分にあっているのか」という発想を大切にしています。

これまでお話してきたとおり、私は三菱商事で働きながら2年間も模索し続けて、大学に来てからもベストな研究を見つけるまで苦労をしました。それは、私がその方法を正しいと思ったからではなくて、その方が自分の性格上無理がない、つまり自分にあっていると思ったからです。起業は長期戦なので、後悔したりストレスで苦しんだりしないためにも、人の意見やアドバイスを鵜呑みにせず、自分に無理のない方法を選ぶのが大事ではないでしょうか。

阿部:

起業の時期についてはどうですか。

間澤氏:

私自身は年を取れば取るほど挑戦しづらくなると考えていて、「遅くとも30 歳までには起業すること」を自分に課していました。もがいている期間が長くて、起業できたときは32歳になっていたわけですが、起業した今も、若ければ若い方がいいという若い方が挑戦しやすいという考えは変わっていません。ただ、その一方で年齢を重ねれば知識や経験、人脈が豊かになりますから、ある程度年齢を重ねてから起業するのもアリだと思っていますし、その方が成功しやすいという考え方もあります。若さと経験はトレードオフの関係にあるので、要は、人に言われたタイミングではなく、自分自身が納得できるタイミング、覚悟ができたタイミングで起業するのが、一番後悔がないのではないでしょうか。

阿部:

目の前の課題を深刻にとらえ過ぎない姿勢も大切なのかもしれません。最後に、今後の事業展望について教えてください。

間澤氏:

本気で世界の市場を狙うスタートアップを目指します。日本から世界を目指すスタートアップはたくさん存在しますが、実際には課題も多く、そうなかなか簡単な話ではありません。しかしでも、我々のやっているディープテックは言葉の壁がないので、本当に技術が優れていれば、きっと世界でも使っていただけるはずです通用します。また、それだけのポテンシャルを秘める技術に出会うことができたと感じています。まずは当社が日本で経済を動かし、社員の生活を支えて街を作り、やがて海外にも拠点を作って、そこでまた社員やステークホルダーのみなさんの生活を支えていく、そんな流れを作っていきたいですね。

対談

阿部:

これからの成長を楽しみにしています。間澤さん、貴重なお話をありがとうございました。

インタビュー/関与者

あずさ監査法人
企業成長支援本部
阿部 博/パートナー
森 滋哉/シニアマネジャー
須藤 章/マネジャー
堀川 翼/マネジャー

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