本稿は7月に投開票があったイギリス総選挙について、その結果とビジネスへの影響を考察した記事です。
以下に記載する内容は、2024年8月4日執筆時点のものであることを、予めお断りします。
ポイント1:総選挙で、中道左派労働党が14年ぶりに政権交代実現 ポイント2:労働党は企業の負担増を避ける方針に転換。再生エネルギーへの投資を強調 ポイント3:対中政策は大きく変わりなく、中国を警戒しつつも重要性を認識 |
目次
1. イギリス総選挙 2024の結果 ―14年ぶり政権交代
イギリスで2024年7月4日、総選挙(下院選挙、650議席)の投開票が行われ、中道左派の最大野党・労働党が議席数を206から411まで伸ばし14年ぶりに政権を取り戻しました。イギリスは二大政党制が続いていますが、労働党は2010年まで続いたブラウン政権を最後に、その後4回の総選挙でいずれも敗北を重ねていました。かつての労働党より親ビジネスの立場を取るように変わっており、注力する脱炭素分野などで企業の商機につながるかが注目されます。
今回の選挙は、支持率が低迷していた与党・保守党党首のスナク前首相が下院の解散に踏み切って実施されました。同党は長引くインフレや相次いだ不祥事で選挙期間中も勢いを取り戻せず、結果は議席を345から121に減らし大敗となりました。スナク氏は責任を取って保守党の党首を辞任すると表明しました。
【イギリス下院勢力図の改選前(2024年の総選挙)】
【イギリス下院勢力図の改選後変化(2024年の総選挙)】
(1)労働党の方針修正によるビジネスチャンスの増加
今回の選挙で勝利を収めた労働党は、以前は企業への負担を増やす政策を掲げていましたが、新首相に就任したスターマー党首はその方針を見直し、市場原理に基づいて企業の活性化を図る方針へと転換しています。報道によると、法人税を現行の25%で維持する方針を表明し、郵便、エネルギー、通信分野などで国有化を進める計画を事実上棚上げしました。今後、支持母体である労働組合などからの圧力で方針が揺らぐことも考えられますが、すぐに企業の投資環境が大きく悪化することはないとする見解が一般的です。
【旧保守党政権と新労働党政権の比較】
分野 | 旧政権(保守党) | 新政権(労働党) |
---|---|---|
対EU | EU離脱の成果を強調
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EUとの関係修復に努める
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対中国 | 中国への対応強化
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再生可能エネルギー (再エネ) |
再エネ導入は加速度的に進行するもコスト低減も約束
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保守党よりも野心的
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企業政策 |
支援強化
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公的支出で、雇用を創出
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出典:ページ末尾記載の各公表データを基にKPMG作成
(2)エンジン車販売規制の前倒しと再生エネルギーへの注力
脱炭素分野の公約は意欲的で、関連事業を持つ企業にとっては大きなチャンスとなる可能性があります。イギリスの保守党は、電源の脱炭素化とエンジン車の新車販売禁止の期限を2030年に設定し、従来の目標であった2035年から5年前倒ししました。また、中古電気自動車(EV)の普及策も進めることも表明しています。
2030年という時間軸は非常に野心的であるとみられており、労働党がどう実現していくのか、注視が必要です。欧州連合(EU)は2035年にエンジン車の新車販売を原則禁止する計画ですが、一部の政治勢力や自動車産業界が急すぎるなどとして懸念の声が上がっています。アメリカでも反対意見が強まりつつあり、イギリスでも同様の意見が強まれば、公約実現の道のりは険しくなります。
脱炭素関連ではこのほか、再エネ関連の投資を促進するために公社を設立し、洋上風力発電を現状の2倍、太陽光発電を3倍にする計画があります。複数の日本企業がイギリスの再エネ市場に参入していますが、商機が増える可能性があります
再エネ投資には景気刺激の側面もあり、生産過程で温室効果ガスを排出しない「グリーン水素」などへの公共投資で雇用創出を図っています。脱炭素投資で雇用を創出する戦略はアメリカやEUとも共通しており、脱炭素が単なる負担ではなく、労働市場の改善に寄与することをアピールする狙いです。
本文および図表の数値は下記のウェブサイトを参考にしています。
執筆者
KPMGコンサルティング
マネジャー 白石 透冴
コンサルタント 上船 開法
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