2024-01-30
本稿では、国際情勢や各国・地域の規制・政策に関するリスクを中心に、2024年の注目テーマを紹介します。
視点 | 注目テーマ |
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国際秩序とパワーバランスの変化 | 世界的な選挙イヤー |
グローバルサウス | |
危機の継続と兆候 | 中東情勢 |
ロシア・ウクライナ情勢 | |
台湾情勢 | |
本格化する経済安全保障政策 | 重要物資 × サプライチェーン再編 |
GX × 経済安全保障 | |
人権 × 経済安全保障 | |
先端技術開発 ×経済安全保障 | |
データ保護主義 × サイバーセキュリティ |
世界的な選挙イヤー
2024年は国際情勢に重要な影響をもつ選挙が各国・地域で相次ぎます。すでに実施された1月の台湾総統選挙では、民主進歩党(民進党)の党首である頼清徳氏(頼氏)が勝利した一方で、同日投開票の立法院選では国民党が、民進党の51議席を上回る52議席を獲得しました。政権運営の要になるのが、立法院で法案や予算案の可決に必要な過半数(57議席)以上の議席獲得です。米国からの武器購入の予算案の成立・阻止などで第三党の台湾民衆党(8議席)がキャスティングボートを握る可能性があるとの指摘も見受けられます。
11月の米国選挙は、結果次第では、ウクライナ支援、国際協調路線、サステナビリティ重視の政策の変更など多くの分野で変化が生じる可能性があります。加えて、各国・地域で実施される選挙では、生成AIなどを利用したSNS投稿やメディア発信を通じた偽情報が拡散されて、見通しが不透明になるなどの懸念があります。米台とも政策の大幅な変更や国際関係の変化が起きうるため、ビジネスの観点では、有力候補者の政策方針を確認し、複数シナリオを用意しつつ、中長期的な事業やサプライチェーン施策を検討することが肝要です。
ビジネス上の留意点 |
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・各候補者の政策方針や、選挙前後の情勢変化を注視 ・政権交代に伴う政策変更等、さまざまなシナリオを想定 ・想定されるシナリオに基づき、中長期的な事業やサプライチェーン施策を検討 |
想定時期 | 国・地域 | 選挙の種類 | 政権と議会勢力の現状 |
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1月13日 | 台湾 | 総統選、議会選 |
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2月8日 | パキスタン | 総選挙(下院) |
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2月14日 | インドネシア | 大統領選、総選挙 |
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3月 | ウクライナ | 大統領選 |
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3月17日 | ロシア | 大統領選 |
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4月10日 | 韓国 | 総選挙 |
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4~5月 | インド | 総選挙(下院) |
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5月 | 南アフリカ | 総選挙 |
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6月2日 | メキシコ | 大統領選、議会選 |
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6月6~9日 | EU | 欧州議会選 |
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11月5日 | 米国 | 大統領選、議会選 |
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2024年内~2025年1月まで | 英国 | 総選挙 |
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グローバルサウス
ビジネス上の留意点 |
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・重要物資などの代替先や市場開拓先の候補として検討が進む可能性に留意 ・資源保有国の資源ナショナリズムや人権問題等に留意 ・新興国とのサプライチェーン協力等、経済安保リスク対応を意図した連携を注視 |
中東情勢
ビジネス上の留意点 |
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・衝突が長引けば、資源・エネルギー等の商品価格や供給網への影響を懸念する見方も ・紛争に関連するハッカー集団によるサイバー攻撃に留意 ・中東を含む海外の役職員の安全確保方法の確認 ・人道的観点での事業・サプライチェーンへの影響 |
ロシア・ウクライナ情勢
ビジネス上の留意点 |
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・ロシア制裁やロシアの対抗措置による事業やサプライチェーンへの影響は引き続き注視 ・紛争長期化等の理由で事業再開が見込めず事業売却に至ったケースも ・ロシア市場からの撤退を検討する企業は、手続遅延や、売却額が大幅減価するリスクも考慮 |
台湾情勢
ビジネス上の留意点 |
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・国際的な制裁や重要物資の輸出停止等に伴う生産や供給網への影響を検討 ・武力衝突による拠点における物理的・人的被害を検討 ・サイバー攻撃の激化を想定したサイバーセキュリティ強化 ・有事を想定したBCPの策定、駐在員等の退避計画の策定 ・調達先の多元化、在庫の積増しの要否・手段の検討 |
重要物資 × サプライチェーン再編
各地での紛争や国際的な緊張関係、経済的威圧を背景に、各国・地域が重要物資を中心にサプライチェーン再編に向けた政策・規制を強化しています。たとえば、米国では「CHIPSプラス法」を通じて国内半導体産業の振興と長期的な科学技術力強化を目的に資金援助を行うほか、資金援助の条件として懸念国の事業体との取引制限を明記しました。EAR(米国輸出規制)による先端半導体・製造装置関連製品の対中輸出規制を実施し、2023年10月には、第三国からの迂回輸出を防止するための規制の強化等も発表しました。2023年8月には、対中投資規制に関する大統領令において、半導体・マイクロエレクトロニクス、量子情報技術、AIの3分野で対外投資を制限するプログラムを新設し、規制の網がヒト・モノだけでなく、直接投資というカネに拡大しました。
企業においては、各国・地域のサプライチェーン政策・法制を踏まえ、自社のサプライチェーンの脆弱性を確認のうえ、中長期的な海外事業や重要物資を中心としたサプライチェーン戦略の見直しを検討することが必要です。
ビジネス上の留意点 |
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・対中・対米貿易管理・投資規制への対応 ・先端分野を中心とした法改正・リスト更新への対応 ・補助政策・規制を踏まえたサプライチェーン戦略の見直し |
GX × 経済安全保障
脱炭素目標の達成と再生可能エネルギーを中心としたエネルギー構造転換などを進めるグリーントランスフォーメーション(GX)分野への取組強化が国際的な潮流となっています。そのようななか、脱炭素、環境保護に必要な資源・製品の確保、クリーン技術の開発・保護など、グリーン分野を経済安全保障の視点からも捉える、「グリーン経済安保」の重要性が高まっており、各国政策・法制の整備が進展しています。
一方、米国を中心に反ESGの機運も高まっており、脱炭素政策等への影響を注視する必要があります。企業において、事業に関連するクリーン技術や必要な資源を確認のうえ、関連規制やサプライチェーン上の脆弱性を特定し、サステナビリティ戦略の見直しを検討することが重要です。
ビジネス上の留意点 |
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・関連資源やクリーン技術の保護政策が進展する可能性、反ESGの動きも注視 ・関連資源や技術を確認のうえ、各国の政策による事業やサプライチェーンへの影響を検討 ・自社への影響を踏まえ、必要に応じてサステナビリティ戦略の見直し |
<進む域外依存脱却と国内基盤強化>
- 欧州で検討進む域外依存の脱却
- ネットゼロ産業法案では、域内生産を優遇すべく、域外依存度の高いネットゼロ技術の公共調達から、懸念国を実質的に除外する方針を明確に。
- 重要原材料法では、原材料供給に関して、一部の域外国に対する依存軽減が狙い。
- 米国は自国中心の供給網構築を目指す
- クリーン水素の調達にあたっては、輸入に頼らず、米国内での生産能力拡大を目指す。
- 電池などの重要物資の国内産業基盤強化を進めるとともに、同志国との連携や貿易協定を重視。
人権 × 経済安全保障
ビジネス上の留意点 |
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・人権問題対応について経済安全保障・貿易関連規制などにて強化される可能性に留意 ・製品が人権侵害に用いられるケースが相次ぎ、供給網全体に及ぶ人権対応の要請が高まる ・事業活動が紛争に与える影響を特定・評価する「強化された人権デュー・ディリジェンス」の検討 ・紛争の影響を受ける従業員との対話やステークホルダーとの協力体制の強化 |
先端技術 × 経済安全保障
AI、先端半導体といった技術は各国の経済力や安全保障に直結するため、各国・地域にて補助金を投じて、先端技術開発を促進しつつ、懸念国などへの漏えい防止や、AI利用による弊害を防止するためのルール作りを継続的に推進しています。日本でも、経済安全保障推進法で技術開発支援や安全保障上重要な特許の非公開化に関する制度が導入されました。加えて、経済安全保障上重要な情報にアクセスできる適格性を政府が認定する、セキュリティ・クリアランス制度の導入の検討を進めています。
企業としては、国・地域が育成を支援する重要技術(例:経済安保推進法の特定重要技術)への該当性や関連規制を確認のうえ、人材確保、開発計画、事業提携などの事業面のほか、機密情報管理の見直しやAI規制対応を検討することが必要です。
ビジネス上の留意点 |
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・政府による支援策の活用を含めた研究開発投資の検討 ・秘密特許制度への対応を踏まえた知財戦略・管理の見直し ・AI等の先端技術関連規制への対応 ・安全保障貿易管理の強化 |
<安保上特に重視される技術例>
- 先端コンピューティング
- 先端エンジニアリング材料
- 先端ネットワークセンシング
- 通信・ネットワーク技術
- 半導体・マイクロエレクトロニクス
- AI・機械学習
- バイオテクノロジー
- 量子情報技術
- 極超音速技術
- センサ・センシング技術
- クリーンエネルギー発電・蓄電技術
- 宇宙技術・システム、等
参照:米国の重要・新興技術(CET)リスト
データ保護主義 × サイバーセキュリティ
ビジネス上の留意点 |
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・基幹インフラ産業を中心に経済安全保障の観点を含めたデータガバナンス強化の要請 ・各国・地域のデータ保護規制を注視 ・保護すべきデータの特定、重要性の低いデータの取扱いを含めたルールの整備 ・専門人材やデータ保護対策のための予算確保や投資 |
執筆者
KPMGコンサルティング
シニアマネジャー 新堀 光城
マネジャー 白石 透冴
シニアコンサルタント 原 滋
コンサルタント 上船 開法
助言
KPMGコンサルティング
シニアエキスパート 恩田 達紀(元ハーバード大学国際問題研究所 客員研究員)
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