本稿は、2024年6月投開票の欧州議会選挙についての結果の概要と企業に与える影響を考察した記事です。掲載内容は、7月11日執筆時点 のものであることを予めお断りします。

ポイント1:欧州議会で極右会派が拡大

6月の欧州議会選挙で、極右会派が議席数を伸ばした。中道各会派で過半数を維持しており既存方針が急変する可能性は低いが、環境や通商政策などに与える影響に注目が必要。

ポイント2:環境政策への影響に注目

極右会派は環境政策に消極的で、脱炭素目標の法制化に逆風も。EUが掲げる「2035年に原則エンジン車の新車販売禁止」の見直しも主張し、日本の自動車業界の戦略に影響の可能性。

ポイント3:保護主義が勢いを持つ可能性

極右政党は保護主義の傾向を持つ。再生エネルギー関連などで輸入品への関税の引き上げ議論が出る可能性もあり、関連する企業は欧州の動向を見ながらサプライチェーン戦略の再確認が必要。

1.欧州議会の勢力図がEUのルール作りを左右する

欧州連合(EU)の立法機関である「欧州議会」(720議席)の選挙が2024年6月6日~9日にあり、反環境主義、保護主義などの傾向を持つ極右会派が議席数を伸ばしました。中道勢力が過半数を維持したものの、極右会派は今後発言力を強める可能性があります。欧州ビジネスにかかわる企業にとって、選挙が環境や通商政策などに与える影響に注目が必要です。

欧州議会はEUの主要機関の1つで、各国有権者による直接投票で選ばれた欧州議員で構成されます。建物はフランス東部ストラスブールにあり、EUの法案を採択する重要な役割を持っています。

EUでの立法の過程ではまず加盟国の要望や市民の発議を受け、内閣に相当する機関「欧州委員会」が法案を作成します。欧州議会は加盟国閣僚らで成る機関「EU理事会」と共同で審議し、調整しながら合意形成を目指します。税制など特定の分野を除き欧州議会が反対を続ければ、法案は成立しなくなる仕組みです。議会は多数決の原則で意思決定するため、議席の勢力図は法案成立の可否を左右します。

なお議会が採択する法令には種類があります。「規則(Regulation)」は全加盟国で拘束力を持って発効します。「指令(Directive)」はそのまま使われるわけではなく、加盟国は指定された日までに指令を反映した国内法を成立させ、自国での適用方法を整備する必要があります。欧州議会はEU予算案の採択、欧州委員長や欧州委員会の承認などの役割も持ち、今回の議会選挙が非常に重要だったことがわかります。

【EU機関の役割】

欧州議会選挙の考察_図表1

出所:欧州議会公式サイトの情報を基にKPMG作成

2.フランスにおける極右政党拡大の傾向

選挙結果(2024年7月5日時点)で目立ったのは右派の伸長です。中道右派の会派が議席数を改選前より12席伸ばして188と最大会派の座を維持したほか、極右に位置付けられる3会派は改選前より議席を計44席伸ばして187とし、全体の3割弱を確保しました。逆に中道、左派、環境の各会派は軒並み議席を減らしています。

極右が支持を特に伸ばしたのがフランスで、極右政党「国民連合」の得票率は前回2019年の選挙で23%でしたが、今回は31%と拡大し、与党など2位以下を大きく引き離して首位となりました。フランスはドイツと並んでEUの意思決定に強い発言力を持つことから、EU全体への影響も大きいと思われます。フランス政権は国民議会(下院)を解散し、民意を問い直すことを決めるなど混乱が続いています。

【2024年選挙結果】

欧州議会選挙の考察_図表2
欧州議会選挙の考察_図表3

出所:欧州議会公式サイトの情報を基にKPMG作成

選挙結果は、各国政府への有権者の強い不満を表しています。欧州ではウクライナ情勢などを背景に燃料、食料といった生活必需品の価格が急上昇しました。移民系住民との文化・宗教の違いによる軋轢も続いています。極右政党は現在の政治では市民の生活を守れないと唱えて不満の声の受け皿となり、今回の結果につながったと見られています。

3.EU全体における劇的な政策変化の可能性

EUは現在、2つの大きな方針を打ち出しています。1つは世界に先行して脱炭素、環境対策を進めること、もう1つは自由貿易の方針を堅持しつつも、戦略分野で政府の関与度を増やして経済安全保障の対応力を高めることです。米中主導の国際秩序が作られるなか、EUとしての存在感・成長力を強める狙いがあります。

欧州政治を主導してきた中道会派の議席を足すと解散前と同じく欧州議会の過半数を超えることから、こうしたEUの政策が短期間で劇的に変わることは低いと思われます。各国の極右政党はEUとの距離感などで主張にばらつきがあるほか、世論次第で主要公約をあっさり取り下げることも珍しくありません。EU内でまとまった方針を打ち出しにくいとの指摘もあります。

ただ極右政党は反環境主義、保護主義、反移民の傾向を持っています。各国政府や欧州議会の中道会派も極右への支持を拡大する世論は意識せざるを得ず、企業活動という観点からは特に「環境」「通商」「対中政策」への影響を見ておく必要があるでしょう。

【極右拡大が影響を与え得るEUの政策例】

欧州議会選挙の考察_図表4

出所:欧州保守改革(ECR)マニフェスト等を基にKPMG作成

4.各方面への影響

(1)環境政策への影響

EV(電気自動車)化後退の可能性

極右政党は気候変動そのものに懐疑的だったり、環境政策の推進に後ろ向きだったりという傾向を持ちます。EUの規制では、まず「合成燃料を使った場合を除きエンジン車の新車販売を2035年に禁止」という目標に変更が加わるかに注目が必要です。EUは2019年に発表した脱炭素戦略「欧州グリーンディール」で2050年までの温室効果ガス排出実質ゼロを目指しています。自動車の平均耐用年数を15年とすると、35年の禁止なら2050年時点ではほぼすべての走行車をEVにできるという考え方です。

極右政党の多くはこの目標に対し、高価なEVを庶民に押し付ける政策だとして見直し論を主張しています。実際EVの売れ行きは充電時間の長さなども理由として伸び悩んでいますし、極右政党に限らずドイツでは主要中道右派のキリスト教民主・社会同盟(CDU・CSU)までも「エンジン車禁止の撤廃」を公約に掲げ始めました。選挙を受けて目標延期の声が強まるとの見方もあります。米国でもEV市場の拡大に不透明感が出ており、ハイブリッド車を得意とする日本の自動車業界の開発戦略にも大きくかかわる問題です。リチウムなどの重要鉱物、半導体などの市場拡大にも影響が出る可能性があり、遅滞なく情報収集する体制づくりが企業には求められます。

2040年目標への懸念

環境分野のもう1つの着眼点は欧州委員会が2024年2月に発表した「2040年に温室効果ガスを1990年比で90%削減」という目標値がどう法制化されるかです。2050年の排出実質ゼロに向けた中間目標という位置付けですが現状拘束力はなく、今後各産業にルールとして落とし込む作業が進む見通しです。

投資判断にかかわるため欧州企業は強い関心を寄せていますが、極右会派「欧州保守改革」などは目標に反対しています。そのため、EUが具体的なルールづくりにどこまで踏み込めるかに不透明感が出ています。日本企業は洋上風力発電など欧州の再生エネルギー市場にも複数参入していますが、ルールづくりが曖昧になれば収益性の見通しが立てにくくなるなどの悪影響が懸念されます。

欧州委員会はすでに譲歩の姿勢を見せています。2040年の目標値には、農業分野の数値も盛り込むはずでしたが、各地で広がった農家のデモを受けて該当部分が削除されました。農家の不満票が極右政党に流れることへの懸念が影響したと見られ、似た政策判断が繰り返される可能性があります。

(2)通商交渉への影響

通商関係では、EUが保護主義的な性格を強めるかどうかに留意することが必要です。たとえばフランスの国民連合は安い外国産商品との競争で国内産業が苦しんでいるなどとして、自由貿易そのものを批判しています。

EUが以前より自由貿易に慎重になっている兆候はすでに表れています。南米南部共同市場(メルコスール)との自由貿易協定(FTA)は2019年に双方が合意したものの署名に至っていません。EUが南米での環境破壊を懸念しているためなどと言われますが、EU首脳陣が域内世論の反発とそれに乗じた極右の支持拡大を懸念していることも背景の1つと見られます。インド、インドネシア、フィリピンなどとも通商交渉が続いていますが、従来よりも域内産業保護に目配せした交渉姿勢となるかが重要な着眼点となります。

2024年6月には中国から輸入するEVに対し、不当な補助金を受け取っている可能性があるなどとして、最大38.1%の追加関税を課すと暫定措置の発表もありました。EUは近年域内産業の競争力低下に神経をとがらせており、再生エネルギー関連の製品などで関税引き上げによる域内保護を検討する場面が増えてくるかもしれません。

中国を経由して欧州に商品を輸出したり、欧州拠点から中国製品を調達したりしている日本企業は欧州の情報にアンテナを張り、サプライチェーン戦略の点検を怠らないことが肝要です。

対中政策は警戒を維持

EUの対中政策がより厳しくなるかについても注目が必要です。欧州保守改革などはいずれも公表文書で中国への警戒を呼び掛けています。

EUは近年、中国を重要な貿易相手国と見做しつつ、相次ぐ欧州企業買収やインフラの取得、強硬な新型コロナウイルス感染症対応などを背景に中国への警戒感を強めてきました。ハンガリーが融和的な姿勢を取るなど温度差はありますが、2023年発表の「欧州経済安全保障戦略」で名指しは避けつつも示したように、中国に対し政治、経済の両面で「デリスキング(リスク軽減)」を進めるのが基本姿勢だと思われます。

たとえば重要鉱物、半導体などで中国依存度をさらに下げる方向に議論が進む可能性があります。オランダでは極右政党を含む連立政権が発足しましたが、報道によると合意文書は「重要原材料について、中国への依存度を戦略的に下げていく」と言及しています。すでにEUは「重要原材料法」で特定の品目を1つの国から輸入しすぎないとの方針を掲げ、域内生産やリサイクル、調達の多角化を目指しています。

EUは最重要の同盟国である米国が中国に強硬な姿勢を取り続けるなか、主要7ヵ国(G7)などの枠組みである程度足並みを揃えたいと考えていると思われます。一方、極右会派の拡大と相まって、対中政策の厳格化が進む可能性があります。中国を経由したEUへの輸出などに留意が必要となりますが、友好国等と供給網を作る「フレンドショアリング」の流れが日本企業にとって商機拡大につながるかもしれません。

※本文の解説にあたっては、以下の公式サイトを参考にしています。

執筆者

KPMGコンサルティング
マネジャー 白石 透冴
コンサルタント 上船 開法

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