本稿は、2024年7月に投開票があったフランスの総選挙について、結果とビジネスへの影響を考察した記事です。掲載内容は、2024年8月8日執筆時点のものであることを予めお断りします。

ポイント1:左派・中道・極右の3勢力が拮抗

フランス総選挙は左派、中道、極右の3勢力いずれも過半数が取れず、お互いがけん制し合う構図になった。

ポイント2:首相選出と政治停滞の懸念

首相選出が次の焦点。大統領と首相の所属政党が捩じれれば、政治の停滞も懸念される。

ポイント3:各政策におけるフランス政治の変化

再生可能エネルギー、労働者保護、自動車、通商、対中国の各政策で、フランスの政治に変化が起こるか注目が必要。

1.フランス選挙結果

(1)過半数勢力不在による、不透明な政策の方向性

フランスで2024年7月、国民議会(下院、577議席)選挙が実施されました。今回の選挙は同年6月の欧州議会選挙で与党中道連合が敗北したことを受け、マクロン大統領が民意を問い直したいとして任期途中の国民議会を解散したのが背景です。二院制のフランスでは立法権などで国民議会が上院に優越しており、フランス政治の将来を決めるきわめて重要な選挙となりました。EUにおいて、フランスはドイツと並び大きな発言力を持つため、EU全体の今後の政策を占ううえでも注目されました。

物価高などでフランスの有権者は生活が苦しくなったと言われており、経済のテコ入れが一番の争点となりましたが、結果はマクロン氏の大敗で、自らが率いる中道連合が議席を250から168に減らし、議会では首位グループから第2グループに転落しました。マクロン氏は他党が政権を握れば混乱が広がると訴えて解散を機に支持を取り戻す賭けに出ましたが、裏目に出た格好です。2017年に現職に就任して以来EUの統合深化や法人税の引き下げ、年金受給年齢の引き上げなどの改革を進めビジネス界から歓迎されましたが、国民の不満に十分な解決策を示せなかったと思われます。

【フランス国民議会の改選前・改選後の勢力図】

フランス総選挙の結果とビジネスへの影響_図表1
フランス総選挙の結果とビジネスへの影響_図表2

出典:フランス内務省、仏紙ルモンド、AFP通信の情報を基にKPMG作成

(2)首位に立った左派連合

代わって首位に立ったのが、182議席を取った左派連合です。フランスの左派は長らく支持が低迷していましたが、急遽選挙前に各党が連合を組んだことで票の取りまとめに成功しました。連合の一角、急伸左派「不服従のフランス」の主張で、労働者保護と同時に大幅な歳出拡大や企業負担を求める公約を掲げているのが特徴です。もともと主張が異なる政党の集まりであるため、どれだけ結束力を維持できるかが注目されます。

過半数を取るとの予測もあった極右「国民連合」は第3グループにとどまりました。中道連合と左派連合が複数の選挙区で候補者を一本化して国民連合候補の当選を阻む戦略を取ったのが要因です。ただそれでも国民連合の議席数は88から143に躍進しました。エネルギー価格の高騰などを背景に欧州全体で極右政党が支持を広げていますが、フランスでも同じ傾向となりました。国民連合は前身の党が1972年に創立され、反移民や反EUを唱えてきましたが、近年はEU離脱、ユーロ圏離脱の主張を取りやめるなど公約を穏健化させています。

今後のフランス政界は、以上の3勢力がけん制し合う構図となることが予想されます。3者はお互いを批判しており、直ちに国会運営などで協力できるかは不透明な情勢です。

2.次の焦点となる首相選出と「コアビタシオン」

(1)首相選出による政治停滞の懸念

次の焦点は誰が新首相となるかです。フランス政治には大統領と首相の両方が存在し、大統領が国民議会選挙後に首相を指名します。通常は国民議会の首位勢力から選ぶため、左派連合は自分たちのなかから指名するよう求めています。大統領と首相の所属政党が異なった状態となれば、両者が調整しながら政策を進めることになり、政治の停滞が懸念されます。この状態をコアビタシオン(共存)と呼び、もし実現すればフランスで現在の政治体制(第5共和政)が始まった1958年以来4回目となります。マクロン大統領は各党の調整が終わるまで暫定的に現首相を続投させると表明しており、各党は新首相を選ぶ交渉を続けています。

通常ならフランス政治は大統領が主導し首相はいち大臣のように振る舞いますが、憲法が定める両者の役割分担にはあいまいな部分があります。コアビタシオンになれば大統領と首相の役割分担に関心が集まるでしょう。外交と防衛は大統領が主導するとの考え方もありますが、フランス憲法院はウェブサイトで「権力の中心がどちらにあるかは定まっていない」と説明しており、過去のコアビタシオンでは国際会議に大統領と首相の両者が出席した例があります。国のトップが2人いる状態になるとも言えるため、役割分担を巡って主導権争いが起きるおそれがあります。

3.各ビジネス分野への影響

(1)再生可能エネルギー分野での政策の違い

このような状況のなか、日本企業が今後注意すべき政策にはどのようなものがあるでしょうか。主要3勢力の主張を比べると、少なくとも国内では再生可能エネルギーと労働者保護の2分野、EU・外交分野では自動車、通商、対中国政策の3分野で立場が異なる部分が見られます。いずれもフランスやEUの投資環境を変え得るため、日本企業は今後の情報収集が重要になります。

【各ビジネス分野への影響と議会主要3勢力の主張の違い】

勢力

左派連合(議席数:182)

中道連合(議席数:168) 国民連合(議席数:143)
主張 EU懐疑派、保護主義、労働者保護 親EU、自由貿易、親ビジネス EU懐疑派、保護主義、反移民
国内 再生可能エネルギー 連合内最大勢力など原発に懐疑的 太陽光、風力、原発の規模拡大 太陽光、風力の計画一時停止
労働者保護 法定賃金を14%引き上げ。給与をインフレ連動に 賃上げ実施企業に優遇措置 賃上げ実施企業に優遇措置
EU・外交 自動車 2035年エンジン車新車販売禁止に賛成 2035年エンジン車新車販売禁止に賛成 2035年エンジン車新車販売禁止に反対
通商 自由貿易に終止符を打つ 戦略分野は慎重だが自由貿易推進

国益を尊重しない自由貿易協定を見直す

対中国政策

連合内最大勢力党首が中国に融和的な発言

重要なパートナーだが警戒感 警戒感

※太字はマクロン大統領と異なる主張・傾向、ただし左派連合は内部で意見の隔たりも大きい。
出典:ページ末尾記載の各政党のウェブサイト、仏紙ルモンドの情報を基にKPMG作成

まず国内では、再生可能エネルギー普及への対応の違いが目立ちます。マクロン氏と中道連合はEUが掲げる「2050年の温暖化ガス排出実質ゼロ」という方針に足並みを揃え、歴史的に得意とする原子力分野で原子炉の新設や小型モジュール炉(SMR)など次世代技術の開発に取り組んできました。太陽光、風力も大規模計画を打ち出しています。

対する左派連合は太陽光、風力については賛同するものの、原子力の拡大には連合内で賛否が割れています。中道左派社会党は原子力を事実上容認していますが、左派連合で最も議員数が多く影響力が強い「不服従のフランス」などは否定的です。左派連合の新政権への関与次第では、今後のフランスの原子力計画が変わる可能性があります。日本政府は国内原発産業の振興を目指してフランスなど海外との協力を探っているところですが、影響を受けるおそれもあるでしょう。

国民連合は再生可能エネルギー分野でさらに消極的な公約を掲げています。2022年に公表した公約で太陽光、風力の新規設置計画を一時中断することを求めているほか、既存の風力発電の解体に言及したこともあります。景観を乱す、稼働していない時間が多すぎる等というのがその理由です。フランスで再生可能エネルギー事業に参入したり、関連サプライチェーンを持ったりしている日本企業は、国民連合の政策が反映される可能性に注意が必要です。

(2)企業負担増が予想される左派連合の労働者保護政策

国内分野の2つ目は労働者保護の政策です。マクロン氏はフランスでは労働者が過剰に保護されており、それが硬直的な労働市場につながっていると見て、企業が従業員を解雇しやすくするなどの法改正を進めてきました。ビジネス界からはおおむね支持され、外資系企業のフランスへの直接投資も堅調です。

立場を異にするのが左派連合です。労働者が十分に保護されていないとして、月額法定最低賃金を現在の約1,400ユーロ(約22万円)から1,600ユーロ(約25万円)にすることや、労働者の給与をインフレ連動にすることを掲げています。フランスはEUで人件費が最も高い国の1つであるため、さらなる負担増が企業の雇用戦略に悪影響を与えることがないか懸念されます。

(3)電気自動車(EV)普及政策への影響

EU・外交分野では自動車を巡る政策が注目されます。EUは脱炭素を進めるため、「2035年にエンジン車の新車販売を原則禁止」という方針を掲げています。マクロン氏と中道連合は方針に賛同し、EVに手厚い購入補助金を出したり、中・低所得者向けにEVをリースする政策を掲げたりしてきました。

国民連合は2035年という期限が、高価なEV購入を国民に迫る政策だとして反対しています。この目標にはドイツなど欧州各国からも反対の声が出ており、先送りやルールの変更が起こらないか特に注意が必要でしょう。日本が強みを持つ自動車業界だけでなく、半導体や重要鉱物などの産業にも影響を与え得るテーマです。また、左派連合はこの期限に賛成しています。

(4)自由貿易を巡る方針の違い

次に通商です。EUでの通商政策はEU単位で決まりますが、マクロン氏はEUの基本方針である自由貿易を後押ししてきました。最近になって戦略分野では外資や外国製品を規制する戦略を組み合わせていますが、基本的には自由なモノの流通がフランス経済を豊かにするという考え方です。

左派連合と国民連合は国民の利益にならないとして自由貿易に懐疑的です。左派連合はカナダや南米南部共同市場(メルコスール)との貿易協定を例に挙げつつ「自由貿易に終止符を打つ」と公約で掲げています。国民連合は地産地消の名のもとにフランス製品、欧州製品を優遇するとしており、保護主義的な政策を主張する可能性があります。EUはインド、インドネシア、フィリピンなどとも貿易協定の交渉を進めていますが、関連する事業を持つ日本企業は交渉の行方がサプライチェーンに与える影響を点検することが大切です。

(5)対中国政策の変化の可能性

マクロン氏は中国を脱炭素で重要なパートナーと見つつも、近年では警戒感を強めてきました。たとえば2023年、EV購入補助金の支給対象から中国製を事実上除外しています。中国製EVが価格面でも性能面でも高い競争力を持ち、フランス製が埋没すると考えたことなどが理由と言われています。

左派連合はマクロン氏よりも中国に融和的な姿勢で臨む可能性があります。左派連合の一角、「不服従のフランス」のメランション党首は台湾について中国政府の見解に沿った発言をしているほか、国民議会が2022年に中国ウイグル族の現状を批判する決議案を可決した時も同党は棄権しています。ただ左派連合の公約は中国について触れておらず、不透明感もあります。国民連合が所属する欧州議会の極右会派は中国への警戒を呼び掛けており、現政権と方向性は似ていると言えます。

(6)2027年の次期大統領選挙

最後に中期的な節目についても考察します。不安定な国民議会の勢力図を一新するには再度の解散が必要となるとの見方もありますが、規定によるとマクロン大統領は少なくとも次の1年間は国民議会を解散できません。政治の停滞が解決しない場合、マクロン氏は2025年夏ごろに、再度の解散を検討することができます。また2027年には大統領選挙があります。多選禁止規定でマクロン氏は再出馬できず、新しい人物が就任することになります。

総括すると、日本を含む外資企業にとって総選挙を受けたフランスとEUのビジネス環境は不透明さが大きく高まったと言えます。これまではマクロン大統領と中道連合が親ビジネスの立場を明確にしてきましたが、今後は議会主要3グループのどの主張が内政や外交に反映されるか読みにくくなりました。フランス有権者がどのグループの支持に傾くかも極めて見通しにくい情勢で、不透明感が長期化する恐れもあります。日本企業はこうした不透明感が長期化する可能性も織り込んでフランスとEUのビジネスに向き合うことが必要となります。

※本文のユーロ円換算レートは、2024年8月5日時点のものとなります。

※本文の解説にあたっては、以下の公式サイトを参考にしています。
Nouveau Front Populaire(仏語サイト)
Renaissance(仏語サイト)
Rassemblement National(仏語サイト)
Le Monde(仏語サイト)

執筆者

KPMGコンサルティング
マネジャー 白石 透冴

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