Z世代に向けた未来の起業家教育 ―最高のチームビルディングとは

これからの社会を担うZ世代には、これまでと違うどんな特徴があるのか。彼らの力を伸ばし、日本を成長させていくために、どんな教育が必要か。慶應義塾大学理工学部システムデザイン工学科教授の満倉 靖恵 氏にお話を伺います。

慶應義塾大学理工学部システムデザイン工学科教授の満倉 靖恵 氏にお話を伺います。

少子高齢化が進行するにしたがい、日本の国内市場は縮小していくことが見込まれています。そこで、政府は新しい資本主義を実現するために「スタートアップ育成5か年計画」を決定しました。終戦直後の第1次ベンチャーブームが日本経済を復興させたように、第2次ベンチャーブームを起こすことで持続可能な経済社会を実現しようという壮大な挑戦です。その「スタートアップ育成5か年計画」決定から1年、見えてきたのは「人材」という大きな壁でした。「スタートアップ×人材」シリーズは、官公庁、スタートアップ企業、アカデミアから有識者をお招きし、プロフェッショナル人材領域にフォーカスしてご意見を伺う短期集中連載です。

シリーズ3 回目は、アカデミアの立場からスタートアップ創出に尽力する慶應義塾大学理工学部システムデザイン工学科 満倉 靖恵教授との対談です。1990年代後半以降に生まれたZ世代が20代を迎え、新しい価値観で社会を動かそうとしています。学科や学部、学校といったこれまでの枠を超えたつながり合いから、新しい研究やビジネスがどんどん形作られてきました。これからの社会を担うZ世代には、これまでと違うどんな特徴があるのか。彼らの力を伸ばし、日本を成長させていくために、どんな教育が必要か。教育の現場でZ世代に向き合う満倉 靖恵教授にお話を伺います。

なお、本文中の意見に関する部分については、話者の私見であることをあらかじめお断りいたします。

Point

  •  Z世代は「やってみよう」世代。学部・学科の枠を超えてつながり合い、共創する傾向が見られる。また、Z世代の行動には生成AIの台頭が大きな影響を与えている。
  • これからの理工学部の学生に求められるのは、自分の研究のプレゼンスを説明できるプレゼンテーション能力と発信力である。そのためには、アントレプレナー的な考えを学ぶなど、専門以外の学問にも興味を持ってもらうことが重要となる。
  • 早期から幅広い学術分野を組み合わせた複合領域に触れることが重要である。具体的には、文系の学生には理系の、理系の学生には文系の学問を学ぶ機会を与える。
  • 学生を大きく成長させるには、多様な情報を多く与えて選択肢を増やし、個々の可能性を引き出す。
     

I.学部・学科の枠を超えて「やってみよう」でつながり合い、共創するZ世代

阿部:

慶應義塾大学では、慶應義塾大学AI・高度プログラミングコンソーシアム(以下、「AIコンソーシアム」という)を開設したり、健康医療ベンチャー大賞を開催したりと、スタートアップ支援をされています。昔は学部・学科、さらに専攻が分かれており、それを超えてみんなで何かをやろうということはあまりありませんでした。これらの取組みは、大学として横のつながりを作ろうとしているのか、それとも学生側が自然につながるようになったから始めたのか、どちらなのでしょうか。

満倉:

両方だと思いますね。近年、横のつながりから新しいものが作り出せることがわかってきました。そこで、多様なつながりを作るための後押しとして始めました。そうしたら「自分の専門分野と未知の分野とのコラボレーションによって、新しいことができるようになる」ことを学生が知るようになり、そこからまたコミュニティができていくという、よい循環になっています。

対談

慶應義塾大学 理工学部システムデザイン工学科 満倉 靖恵 教授

阿部:

特にAIコンソーシアムは大々的に宣伝されていますね。

満倉:

はい。ここ2~3年でぐんと増えました。

阿部:

世代が変わってきたということでしょうか。

満倉:

そう思います。昔は、AIコンソーシアムのような学部・学科を超えた枠組みには人が集まりませんでしたし、そもそも他の学科に友人はいないという人も多かった。でも、Z世代は違う。みんながみんなそうではありませんが、学科、学部、大学すらも超えてつながり合う学生がいます。そういう行動力はすごいと思いますね。彼らが一歩を踏み出すと、その輪がどんどん広がっていくのがわかります。

このZ世代の行動変容には、AIの台頭も影響していると思っています。生成型AIが広まったことで、「こういう分野とコラボした結果どうなるのか」を自分のなかでシミュレーションできるようになり、そういう体験を1回でも経験すると、そこからどんどんよい循環が生まれるんですよね。

阿部:

その流れは、慶應義塾大学として後押ししているのでしょうか?

満倉:

はい。Z世代は「やってみよう」世代なんです。何があるのかはわからないけれども、とりあえずやってみよう。やってみて、面白さを見つけていって、成功する学生が多い。そういう学生は、日本にとどまらず世界にも出ていけるのではないかと思います。

阿部:

一昔前に文理融合と言われていましたが、今は普通に文系も理系も一緒になってやっている。それが大事なのかもしれません。

満倉:

おっしゃるとおりです。新型コロナウイルス感染症の拡大前は「キャンパスが分かれているから関わりようがない」というのが言い訳になっていました。それが、幸か不幸か、コロナ禍を経て、どこでも仮想空間で集まれるようになった。その気さえあればどんどん輪を広げていけるようになり、本当の文理融合ができるようになったと思います。これは、「やってみよう」という気持ちがある人にとっては、ものすごい後押しになると思っています。

II.異分野とのつながりから発想の転換が生まれ、新しいアイデアが見つかる

阿部:

シーズを広げていくやり方について、以前から考えている方法があります。開発者は自ら販売するのではなく、それが得意な人に託す。世界に広めてもらい、開発者はロイヤルティを受け取って、研究開発資金とする。これも1つの方法だと思います。そういうことについて、理工学部の学生にはどのようなことを教えていらっしゃるのでしょうか。

満倉:

自分の手掛けている研究のプレゼンスを説明できるプレゼンテーション力、発信力が重要だと教えています。また、自分が興味を持っている研究のことを常に考えて、何が必要なのか、どんな要素を追加すれば面白くなるのかを考えているとうまくいく、ということも伝えていますね。ただ待っているだけではダメです。常に面白いことを考え続けることが重要です。そうすれば、自然と必要なものが目に留まり、そこから発想が広がっていくのだと思います。

阿部:

大学に入り、新たな人や研究との出会いがあれば、そういうふうに認識が変わっていくのでしょうか?

満倉:

通常、大学に入る時に理系とか文系といったように、好き嫌いとか、専門はある程度分かれます。それで、昔は自分の専門以外に目を向けない人が多かったんだと思います。しかし今は、文系の学生には理系の、理系の学生は文系の「こういうことを取り入れるといいよ」というのを、1年生に教えるようにしています。幅広い学術分野を組み合わせた複合領域に、早いうちから触れ合ってもらうというわけです。

複合領域を学んでいくと、学生はまず「自分にはこれが足りないんだ」ということを知ります。そこで、「自分は知らなくても、みんなで助け合えばいろいろなことができる」ことを伝えます。全部が全部自分でできるわけではありませんから、専門性を持つ人同士がコラボレーションすることの大切さを知ってもらうのです。そこは重視していますね。

阿部:

コラボレーションを実践できる学生もいますが、なかなか行動できない学生もいますし、オンライン会議は苦手という学生もいるでしょう。そこに大きな壁がありそうに思えるのですが、いかがでしょうか。

満倉:

コミュニケーションを取るのが得意な学生と苦手な学生は確かにいます。最初の段階で躓いて、踏み出すことをやめてしまう学生もいます。ですが、やはり最初の一歩だと思います。その一歩が踏み出せれば、そこが始まりになる。一歩で終わらず、その次に進むことができる。そのきっかけはオンライン会議でも何でもいいと思っています。全体的に見れば、何かのきっかけがあることによって、最初の一歩を踏み出す学生は増えています。

阿部:

実際に考えや行動が変わり、新たに生まれたものにはどのようなものがあるのでしょうか。

満倉:

つい最近、「痛みを可視化する」という技術を持つ会社を創業しました。2年前、医学部の5年生だった学生が私に連絡してきたことから実現したものです。これまで、痛みを可視化することはできませんでした。それを可能とするエッセンシャル技術ができたので、「こんなことが実現できたんだよ」と話したところ、それに興味を持った学生が連絡してきてくれたのです。このような感じで、何か発信すると、Z世代は異分野であってもどんどん来てくれます。

阿部:

すばらしいことですね。こんなエピソードがあります。海外のある発明家が、自分の発明を友人に説明したそうです。そこで、友人がその発明を何に使うのかと聞いたところ、発明家は用途を説明できなかったそうなんです。でも、その話を聞いたあるベンチャーキャピタルが「その技術は、この分野で使ったらいいかもしれない」と提案したところ、それがすごくヒットした。こんなふうに、その専門領域の人たちのなかでは「すごいよね」で終わっていたかもしれない技術が、異分野の人から見ると「これ使えるかも」という発想につながる。それが大事な気がします。

満倉:

そうですよね。発想の転換と言うのでしょうか。ある分野の人が、自分の技術をどのような用途に使えるのか、まったく思いつかないということは往々にしてあります。でも、全然違う分野で困っている人にとっては使える技術かもしれない。そういう形でアイデアを得ることはたくさんあると思います。

対談

あずさ監査法人  常務執行理事 企業成長支援本部 インキュベーション部長  パートナー/阿部 博

III.大学から生まれた研究を社会実装するための教育と挑戦が求められる

阿部:

先生はよく海外などにも行かれているそうですが、海外の大学の状況を見て、日本の大学はどう変わるべきだと思いますか。

満倉:

海外、特にアメリカ西海岸は以前から盛り上がっていますよね。それを見ていると、学部・学科の垣根がなく、本当にフラットなことがわかります。ですから、慶應義塾大学ももっとフラットにしたいとは考えています。専門性も大切ですが、1年生のうちからアントレプレナー的な考えを学び、そのなかで「自分はこっちに進むけれども、こういうのも知りたいな」と、専門以外の学問にも興味を持ってもらうことが重要だと思っています。

海外の人たちは、「教育とは興味を持たせること」と考えていて、そこにかなりフォーカスしています。日本の大学でも、最初の1~2年の基礎的な学びのなかでコラボレーションの重要性、そして興味を持つことの重要性を学んでほしいですね。ですから私の授業では、私のメッセージを頭の片隅に残してくれるだけでいいと思っています。私の仕事は彼らの頭の片隅にインプレッションを残すことだと考えているからです。頭の片隅に残っていれば、困った時や行き詰まった時に「そういえば、あの授業でこんなことを言っていたな」と思い出し、調べたり、私に連絡することができますから。

阿部:

なるほど。Z世代が大学生になってきて、スタートアップへの意識はすごく変わったように思います。先日実施したアンケートでも、学生の半数以上が起業したい、約3分の2がスタートアップに関心があると答えていました。一方で、「大学は教育と研究の場です。スタートアップなんて、何をやっているんですか」と言う先生もいらっしゃいます。

満倉:

理論派というのは、どこにでもいます。文系でも理系でも、理論を究めることが重要だという考えです。少し前までは、確かに理論のほうが重要だと言う研究者は大勢いました。日本の理論を固めてきた、日本に教育をもたらしてきた世代です。でも、今は社会実装を視野に入れた研究が推奨される流れになり、社会実装を重視する研究者も増えてきています。これからは、理論をどう社会実装できるかを教える教育理論を確立する必要があります。そういう意味では、異なる立場でもお互いリスペクトしながら進んでいくことが重要だと思っています。

阿部:

日本の大学の研究費は厳しくなってきていると聞いています。ですから、社会やビジネスのニーズを念頭に置いて、大学が新しいものを作り出し、社会実装していけば、研究費を捻出していけるのではないかと思います。

満倉:

そうですね。問題は、日本企業とのコラボレーションの研究費が海外の企業とは2桁くらい違うことです。研究に投資するという考え方もあまり浸透していませんし、寄付も少ない。企業が守りの姿勢になってしまっています。研究費が2桁違ってくると、やれる研究も違ってきますから、これは重要な問題です。

研究したいテーマがたくさんあっても、設備がこれしかないから研究が進められない。だから海外に出る。実際、そういう研究者も多いです。これはもう頭脳、知恵の流出です。流出させないためにも、日本の企業の方々にはどんどん投資していただきたいですね。

阿部:

ある大学発スタートアップのM&Aでは、海外の企業から日本企業の数倍の売値を提示されたそうです。その話を聞いたとき、そのスタートアップはそのまま外資の傘下になってしまうと思いました。残念ですが、目先の出口も必要ですし、ビッグディールになるのは間違いありませんから。そういう意味ではやはり、日本企業にはもっと広い視野で投資してほしいです。

満倉:

挑戦なき者に大きな利はありません。私は、人生はプラマイゼロだと思っています。つまり、大きな振幅で動く人はものすごく大きなプラスもマイナスもありますが、小さく振幅する人はそれだけです。ですから、日本の企業には「これだ!」と思ったら賭けてほしいです。

阿部:

そうですね。ただ、世代が変わって、最近では自ら動こうとしている人も増えてきました。

満倉:

いい流れですね。この流れに乗っていきたいです。

IV.情報や選択肢が多い状況で教育をすることで、学生の力を伸ばす

阿部:

最後に、チームビルディングに関して、先生のお考えをお聞かせください。

満倉:

一番は「頼ること」です。わからないことを自分で認識し、何が足らないかを知る。そして、それに対して助けてくれる人に頼ることが重要です。なぜなら、自分から発信しなければ、その人がどのような状態なのか、周りはわからないからです。とにかく周りの人に言う。言ってみることが大切です。

阿部:

なるほど。言ってみれば、そこからまた新たな話に発展することもありますね。

満倉:

はい。言ってみれば、それが「面白いぞ」と思ってくれる人がいるかもしれません。ですから、とにかくアウトプットすること。そこは自分から行動する必要があります。そういう勇気を持っていただきたいと思います。

阿部:

それこそエコシステムですね。社会のエコシステムと同じように、個人のエコシステムも、その人を中心に知り合いや仲間を巻き込んでいくことで大きくなっていきますから。

満倉:

そうですね。誰と仕事するのか、誰と組むのかはすごく重要です。そのためにも、いろいろな人と話をするべきです。

 

対談

阿部:

これまで大学・大学院での教育を担ってきた先生から見て、日本の教育はどうあるべきだと思いますか。

満倉:

ノミを小さな籠の中で育てると、その籠の高さまでしか飛び上がれませんが、大きな籠に入れると、より高くまで飛び上がれるようになります。ですから、限界を決めつけて刷り込むのではなく、多様な情報をどんどん与えてあげる。そうすることで選択肢を増やしてあげられれば、より大きく成長できるでしょう。そういう教育をしていきたいと思っています。

阿部:

なるほど。個々の可能性を引き出すような教育が理想ということですね。ありがとうございました。

連載「スタートアップ×人材」

「スタートアップ×人材」シリーズは、官公庁、スタートアップ企業、アカデミアから有識者をお招きし、プロフェッショナル人材領域にフォーカスしてご意見を伺う短期集中連載です。

インタビュアー

あずさ監査法人 企業成長支援本部 
阿部 博/パートナー

対談関与者

あずさ監査法人 企業成長支援本部 
佐藤 太基/パートナー
浜口 基周/テクニカル・ディレクター
須藤 章/マネジャー

関連リンク