AIは、小売における商品比較の入口になり、消費者の購買判断を左右し始めています。その一方で、AIが注文まで代行する試みは、期待したどおりには進んでいない状況です。消費者はどこで買うかをAIで比べるようになりつつありますが、買う場所はまだ小売の手元にあると言えるでしょう。
AIに選ばれるように適応しながら、飲み込まれない場所を自らつくることが求められます。ここでいう適応とは、価格を下げることではなく、自社の条件と信用をAIに読める形で示すことです。この両立の舵取りが小売業の経営課題であり、鍵は店舗の役割の転換にあります。その転換を全社の仕組みとして設計するのは、管理部門です。
Key message
- AIで比べる買い物が広がるなか、AIに選ばれるように適応しながら、飲み込まれない場所を自らつくる
- この両輪の舵取りが小売の経営課題であり、鍵は店舗の役割の転換にある
壊れる小売の常識
従来の小売業の常識と、これから起きるであろう変化を比較してみます。
これまでの常識 | AI時代に起きること |
特売で集客し、ついで買いで売上を伸ばす |
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ポイントと会員特典で囲い込む |
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顧客を知るのは売り場を持つ者の特権 |
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ナショナルブランド(NB)を揃えることが品揃えの基本 |
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棚に並べれば、比べてもらえる |
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ブランドは価格差を正当化する |
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日用品は店の売り場の土台 |
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どの常識が壊れるかには、一定の法則があります。商材を「こだわりの強さ」と「規格・価格での比べやすさ」で分けると、AIが自ら選べるのは「こだわりが薄く、規格で比べられる」日用消耗品に限られます。ここは「AIに合わせる」領域です。こうした商材では、NBのブランド力は評価されにくく、特売やポイントも効きにくくなり、自動補充が進めば売り場から減っていくと考えられます。反対に、AIが選べない「店で確かめる商材」は、飲み込まれずに済む領域です。
本稿は、KPMGの「AIによる業界の9つの変化」の枠組みに沿って、小売業界で起きる変化を整理したものです。この枠組みは、「戦い方・競合」「商品開発」「値付け・売り込み方」「選ばれ方」「売り場の役割」「顧客との継続的な関係づくり」「取得データ」「働き方」「守り方」という9つの共通軸から、AIが各業界の競争構造と経営の前提をどう変えるかを捉えるものです。本稿では、この共通軸を維持したうえで、小売業界で具体的に何が変わるかを示します。
9つの共通軸
KPMGは、業界をまたいで共通に起きうる変化を、9つの軸で捉えています。各軸の変化の現れ方は業界によって異なるため、第1章から第9章では、共通軸の番号をそのまま章の番号とし、業界固有の見出しで示しています。
各章では、それぞれの変化について、まず変化が行き着く姿を示し、続いてその姿に至るまでの進み方を「いま起きていること」「これから起こりうること」「その先に想定されること」の順に示しています。進み方は年数ではなく、変化の進み具合で区分しています。
なお、将来の姿は、2026年11月時点で確認できる動きを基にしたKPMGの見通しであり、確定した予測ではないことを予めお断りします。また各章では、世の中で起きうる変化に加え、それを受けて企業のなかで何が変わりうるのか、そして企業が最初に着手すべきアクションを示しています。
【AIによる業界の9つの変化】
# | 共通軸 | AIによる変化の見通し |
1 | 戦い方・競合 | AIが比べる工程を担うようになり、何をAIの提供会社に渡し、何を自社に残すかが争点になりつつある。 |
2 | 商品開発 | NBは店をまたいで比べられ、小売はPBへ向かう。PBの規格・品質・表示は、AIに対する約束になっていく。 |
3 | 値付け・売り込み方 | AIは送料やポイントを含む総額で比べ、特売で集客してついで買いで稼ぐモデルは成り立ちにくくなる。 |
4 | 選ばれ方 | AIは、約束どおりに届く確からしさで売り手を絞り、約束の内容で順位をつけるようになると考えられる。 |
5 | 売り場の役割 | 店舗には、「今ここで買う」と「自分で確かめて買う」が残る。 |
6 | 顧客との継続的な関係づくり | AIが店を選ぶようになり、囲い込みは、客に店を指定させることと、AIに比べ直させないことに分かれていくと考えられる。 |
7 | 取得データ | 比べる段階のデータはAIの側にたまり、小売が持てるのは、会員としての購買、店で確かめる行動、自社の失敗の記録になっていく可能性が高い。 |
8 | 働き方 | 店は約束を守る仕事と来る理由をつくる仕事へ、本部は判断の基準をつくる側へ変わっていく可能性が高い。 |
9 | 守り方 | 客のAI、自社のAI、取引先のAIとやりとりするようになり、相手のAIが誰に何を頼まれているかを確かめる必要が出てくる。 |
1.戦い方・競合:AIに開く範囲と自社に残す範囲
2.商品開発:NBは比べられ、PBは店ごとの比較から外れる
3.値付け・売り込み方:総額で比べられ、特売は効きにくくなる
4.選ばれ方:AIは確からしさで足切りし、約束の内容で順位を付ける
5.売り場の役割:補充品が減り、店舗は「買う場面」の場へ
6.顧客との継続的な関係づくり:比べさせない、比べ直させない
7.取得データ:比較データはAIの側へ、店で確かめる行動のデータは小売に
8.働き方:店は「約束を守る仕事」と「来る理由をつくる仕事」へ、本部は判断の基準をつくる側へ
9.守り方:相手が本人かだけでなく、そのAIが何を頼まれているかを確かめる
まとめ:舵取りを設計するのは管理部門
1.戦い方・競合:AIに開く範囲と自社に残す範囲
1-1.AIで比べる買い物の利用が拡大している
日本の消費者がAIに任せているのは、2026年上期時点では、商品を理解し、候補を比べ、絞り込むところまでという考え方が一般的でしょう。何を買うかの最終判断や自動で補充する場面にはまだあまり使われず、候補を絞ったあとはレビューや公式サイトで確かめています。比べる段階はAIに移り、買う段階は小売の手元に残っています。
1-2.購入プロセスの攻防:探すのはAI、決済は小売に収斂しつつある
米国では2025年春以降、買う工程までAIに代行させる試みが相次いで始まりました。一方、2026年現在、AIとの会話(チャット)のなかで支払いまで済ませる形は後退し、「探すのはAI、決済は小売のサイト」に収斂しつつあります。
チャット内決済がつまずいた主な理由の1つは、会員価格、ポイント、クーポン、店舗受け取りといった小売ごとの特典が適用されなかったことです。客が小売のアカウントにログインせずに買うため、小売は自社の会員として識別できませんでした。「比べる」は外部のAIに開き、「誰の客として買うか」は自社に残す。これが米国の大手小売企業が現在出している答えです。
1-3.商材の攻防:AIが選ぶ商材と選べない商材
買い物の段階による線引きとは別に、商材による線引きもあります。こだわりが薄く、規格と価格で比べられる商材ほど、AIに任せやすくなります。繰り返し買う補充品であれば、なおさらです。
【商材別のAIへの任せやすさ】
AIが最初に選び始めるのは飲料、調味料、トイレットペーパー、洗剤、紙おむつ、ペットフード等の日常ストック品になる可能性が高いです。反対に、その日の状態を見て選ぶ生鮮・惣菜、試して決める衣料・化粧品、めったに買わない家具や宝飾、ラグジュアリーはAIが選びにくい商材です。
この線引きは同じ商材のなかにも存在します。清涼飲料の箱買いはAIに移っても、今すぐ飲みたい冷えた1本は店に残ります。移行は商材だけでなく、さらに買う場面の単位で進むと考えられます(第5章参照)。
1-4.2つの線引きが、AIに合わせる領域と自社で守る領域を決める
買い物の段階による線引きと、商材による線引きを重ねると、戦い方は2つに分かれると考えられます。AIに任せやすい商材では、価格、在庫、配送条件、販売条件をAIが読める形で示し、選ばれにいきます(AIに合わせる領域、第2〜4章参照)。AIが選べない商材と買う工程は自社に残し、店舗、会員、データを組み立て直します(自社で守る領域、第5〜7章参照)。
難しいのは、2つがこれまで1つの店のなかで支え合っていたことです。日用消耗品で客を呼び、生鮮・惣菜やついで買いで売り上げを出す循環の前半がAIに移ると、後半の客足も細る可能性があります。この両立の舵取りが終章のテーマです。
2.商品開発:NBは比べられ、PBは店ごとの比較から外れる
2-1.NBは店をまたいで比べられ、価格競争に引き込まれやすくなる
同じNB商品は、どの店で買っても中身が同じです。そのため、AIが同一商品を扱う複数の店を比べる場合、比較の中心は商品そのものではなく、価格、送料、納期などの購入条件になります。品揃え、陳列、販促など、これまで小売が店ごとの差としてきた要素は比較に反映されにくくなり、購入は条件のよい店に集まる可能性が高まります(第3、4章参照)。
2-2.小売はPBへ向かい、メーカーはデータで表せない価値づくりを迫られる
他店に同じものがないPBは、同一商品の最安店を探す比較から外れます。ただし、用途や規格の近いNBや他社PBとの比較は残るため、小売には、価格だけでなく品質、機能、原材料、環境負荷などの違いを明確にし、AIが読み取れる商品データとして示すことが求められます。
一方、メーカーのNBは、同一商品を扱う店同士の価格競争にさらされるだけでなく、小売が強化するPBとも比較されます。メーカーには、性能や使いやすさといった機能的価値に加え、環境や生産者への配慮、ブランドの思想や世界観、利用体験、購入後のサービス、消費者との継続的な関係など、価格以外の選択理由をつくることが求められます。そのうえで、客観的に示せる価値はAIが比較できるデータとして伝え、体験や共感によって伝わる価値は、消費者がブランドや商品を指名する理由へ結びつける必要があります。
3.値付け・売り込み方:総額で比べられ、特売は効きにくくなる
3-1.送料・クーポンを含む実質価格で横断比較される
AIが各店の条件を取得できる場合、本体価格だけでなく、送料、適用可能なクーポンや会員価格、ポイント還元まで含めて、どの店で買うのが有利かを比較すると考えられます。その結果、小売が個別に設計してきた価格や販促は、消費者にとっての最終的な買い得度に換算され、店をまたいで比べられます。小売には、値札や個々の施策を別々に考えるのではなく、購入条件全体で他店にどう見えるかを設計することが求められます。
3-2.特売集客モデルは成り立ちにくくなり、EDLPが有利になる
ハイロー(特売を繰り返す価格政策)は、特売で客を呼び、ついで買いで原資を回収するモデルです。AIに任せた客は特売品だけを最安の店で買い、店に来なくなる可能性が高いため、このモデルは成り立ちにくくなります。代わって有利になるのは、価格、在庫、配送条件が安定し、AIにとって読みやすい店です。EDLP(Everyday Low Price:毎日同じ低価格で売る価格政策)が有利になるのは、安いからではなく、読みやすいからです。
4.選ばれ方:AIは確からしさで足切りし、約束の内容で順位を付ける
4-1.AIは売り手を2段階で選ぶ
AIが売り手を選ぶ際には、在庫状況、価格、品質、販売主体などが判断材料となります。今後、AIによる購買支援が広がれば、提示された条件が実際に守られたかという取引実績も、売り手の評価に影響する可能性があります。
売り手の選定では、まず第三者評価や取引実績などから信頼性を確認し、候補を絞り込みます。そのうえで、総額、配送方法、返品条件、会員価格などを比較し、より条件に合う購入先を選ぶ流れが想定されます。
【確からしさで足切りし、約束の内容で順位をつけるロジックへ】
段 | 何で測るか | 中身 |
1.足切り | 確からしさ | 第三者の評判、売り手が示した約束と実績の照合、エージェントが観測した履行の記録、購入者保護などの保証 |
2.順位 | 約束の内容 | 総額、届け方、カゴ単位の品揃え、返品条件、依頼人がすでに持つ会員価格やポイント |
小売が自ら示さなければ、第三者のデータで判断される可能性があります。また、確からしさは、示すことと、約束を守った記録の両方で評価されると考えられます。
4-2.歴史と看板は、記録が積もるまでの見込みにとどまる
記録が乏しいうちは、歴史と看板が信用の見込みとして効きますが、記録が積もるほどAIは記録で判断するようになると考えられます。補充購買では、AIが売り手を見直すのは主に最初と失敗の後だと、KPMGは考えています。この仮説に立てば、一度外された売り手は取り戻しにくくなります。
適応とは、自社の条件と信用、つまり約束の内容とそれが守られる証拠を、AIに読める形で示し続けることです。
5.売り場の役割:補充品が減り、店舗は「買う場面」の場へ
5-1.日用品の面積は、確かめる商材と受取拠点へ
計画的な補充購買の一部がAIへ移ると、日用品を買うために店を訪れる機会は減っていくと考えられます。日用品は売上がAIへ移るだけでなく、これまで生鮮・惣菜などのついで買いを生んできた来店の入口としての役割も弱まります。そのため店舗では、日用品を「選ばせるために並べる」面積をこれまでと同じように持つ必要性が低下します。一方、AIが選びにくい商材では、実物を見たり、試したり、相談したりする店舗の役割が残ります。また、AIで注文した商品にも受取・返品という物理的な接点は残ります。
店舗は、補充品を大量に並べる場所から、店で確かめて選ぶ売場と、受取・返品を担う拠点へ、面積の役割を変えていくことになります。
5-2.店舗には、「今ここで買う」と「自分で確かめて買う」が残る
AIに任せやすいのは、買うものをデータで決められ、配送を待てる買い物です。逆に店舗に残るのは、今すぐ必要な買い物と、実物を確かめてから決める買い物です。今すぐ必要な飲料や医薬品は、その場で持ち帰れる店舗に残ります。生鮮・惣菜はその日の状態を見て選び、衣料や化粧品は実物を見たり試したりして選びます。用途や症状によって選択が変わる商品では、店員への相談も残ります。
店舗の役割は、補充品を大量に並べて売ることから、AIでは完結しない「すぐ買う」「確かめて選ぶ」を担うことへ移っていきます。 AIで注文した商品の受取・返品も、この店舗網を活用できる役割です。
5-3.ついで買いの母数が減り、来店理由を自らつくる
日用品は、売上を生むだけでなく、商品を使い切った客を店へ呼び、生鮮・惣菜などの併買につなげてきました。AIが補充時期と購入先を決めるようになると、商品の不足は来店のきっかけにならず、購入先が他社なら、その来店と併買も失われます。
小売は、補充需要を「店頭に残った」「自社の配送・受取へ移った」「他社へ流れた」に分け、日用品が生んでいた来店回数と併買粗利まで測る必要があります。その結果に基づき、店頭需要が残る店舗では棚を維持し、自社の配送・受取へ移った店舗では棚を縮めて在庫・受取機能を残し、他社へ流れた店舗では、前述したように買い物へ面積と人員を移します。
5-4.影響は業態で分かれる
影響が大きいのは、補充を来店の入口にして、他の商品で利益を得てきた業態です。ドラッグストアや食品スーパーでは、補充品がAIへ移ると、日用品の売上だけでなく、生鮮・惣菜、医薬品、化粧品などの併買機会も減ります。一方、実物の確認、試用、相談、設置・修理が購入の前提となる専門店や、商品を選ぶ過程そのものに価値がある百貨店では、買い物をAIだけで完結しにくいため、店舗への影響は相対的に小さくなります。
したがって、業態名だけで対応を決めるのではなく、各店舗について「補充品が生んでいる来店と併買粗利」と「実物確認・相談が必要な売上」の比率を把握し、前者への依存が高い店舗から売場と収益計画を組み替えます。
6.顧客との継続的な関係づくり:比べさせない、比べ直させない
客が同じ店に戻る理由には、近さ、品揃え、価格、信用、その店にしかない商品、ポイントなどがあります。AIが店を選ぶようになると、囲い込みの手段は2つになります。客に店を指定させることと、選ばれたあとAIに比べ直させないことです。
6-1.比べさせない:客に「この店で」と思わせる
客がAIに「〇〇で買って」と店を指定すれば、AIは他の店と比べないと考えられます。数字で比べられる理由はAIに揺さぶられますが、その店にしかない商品や店での体験は揺らぎにくいと考えられます。客が自社のアカウントをAIとつないでいれば、AIはその店の会員として買います。つないでもらうことは会員登録と並ぶ新しい入口と言えます。
6-2.比べ直させない:AIに「いつもの店」として使い続けさせる
客が店を指定しないとき、補充品ではAIは一度選んだ店を使い続け、主に欠品や遅配があったときに比べ直すと考えられます。いつもの店であり続けるには、約束どおりに届け続けることです。ポイントや会員価格は、他の店との差の分だけ値引きとして計算され、会員だとAIにわからなければ計算にも入りません。
7.取得データ:比較データはAIの側へ、店で確かめる行動のデータは小売に
7-1.何と比べ、なぜ外したかは、AIの側にたまる
客がAIに商品や店を比べさせると、提示した条件、並べた候補、候補から外した理由は、AIとの対話のなかに残ります。小売が受け取れるのは、AIから自社へ送られた商品照会や注文など、連携時に渡された情報に限られます。そのため小売は、何が売れたかは把握できても、自社の商品が誰と比べられ、なぜ候補から外れたかまでは把握できない可能性があります。 取得できる情報は、AIと小売の連携仕様によって異なります。
【顧客行動が生じる場所と小売が把握できるデータ】
データ | 起きる場所 | 小売が把握できる範囲 |
比較条件、候補、除外理由 | AIとの対話 | AIから連携された商品照会や流入情報まで |
注文商品、日時、受取方法 | 小売のサイトやアプリ | 注文を受けた小売(AIを通した注文は、AIを提供する会社も知る)。客ごとにつながるのは、会員として買われたとき |
何を手に取り、何を棚に戻したか | 店舗 | 記録する仕組みがあれば、売場・在庫と結びつけられる |
7-2.買った記録は、会員として買われたときだけ、客ごとにつながる
6-1章で述べたように、注文が同じ客の買い物としてつながるのは、客が会員として買ったときだけです。AIを通す買い物では、アカウントをつないでもらう必要があります。
7-3.店で確かめる行動のデータは、売場と結びつけて小売が持てる
AI側にたまるのは、何を比べ、なぜ候補から外したかというデータです。小売が持つ購買データだけでは、買われなかった商品が、見られなかったのか、手に取られた後に戻されたのかを区別できません。
店舗では今後、カメラや棚のセンサーとPOSを組み合わせ、商品ごとの「手に取る・比べる・棚に戻す・買う」までを、個人を識別せずに記録できるようになっていくと考えます。これにより、手に取られない商品は陳列や品揃え、手に取られても戻される商品は価格・容量・表示などに問題がある、というように、購買結果だけでは見えなかった離脱箇所を売場単位で検証できます。
AIに比較過程のデータを持たれる一方、店舗では実物を前にした比較と離脱をデータ化できる。これが、小売が店舗を持つことで残せる選択データです。
7-4.AIに任せた買い物で見るべきは、客のデータではなく、自社の失敗の記録
AIに任せた買い物では、小売は負けたことに気づきにくくなります。4-2章でも触れましたが、比べ直されるのは主に失敗のときだという仮説に立てば、見るべきは客のデータではなく、どの商品が欠品し、どの注文が遅れ、どの在庫表示がずれたかという自社の失敗の記録であると言えます。
8.働き方:店は「約束を守る仕事」と「来る理由をつくる仕事」へ、本部は判断の基準をつくる側へ
8-1.AIに任せた買い物では、仕事は「売る」から「約束を守る」に変わる
AIに任せた補充品は、客が棚の前で選ぶわけではないため、見せるための陳列はほとんど要らなくなると考えられます。残るのは、在庫を正しく保ち、注文を揃え、約束どおりに届ける仕事です。1つの欠品や遅配が比べ直されるきっかけになり得るため、この仕事の重みは増します。
8-2.店に残る買い物では、店の人が来る理由をつくる
第5章で述べたように、店では、その日の鮮度と品揃え、初めて試す商品を前にした応対、すぐ手に入ることが来店理由の中心になると見込まれます。陳列の仕事が減って手の空いた従業員は、ここに移します。
8-3.本部と管理職は、判断する側から、判断の基準をつくる側へ
発注、値付け、人員配置を自社のAIに任せると、人の仕事は、判断することから、判断の基準をつくることに変わります。何を優先するかを書き出し、AIが決めてよい範囲と人に戻す例外を決め、結果を見て基準を直します。管理職には、AIが基準どおりに動いているかを確かめ、例外を判断する仕事が加わります。
8-4.店舗はオペレーションの履行精度、本部は判断基準で評価する
店舗の人員配置は、売場面積や品出し量ではなく、仕事の量に合わせます。AI経由の注文を扱う人員は、在庫表示の正確さ、欠品・誤品・遅配の少なさで評価します。店頭で客に応対する人員は、相談後の購買や再来店など、来店する価値をどれだけ生んだかで評価します。
本部と管理職は、AIが使う判断基準と、人へ戻す例外を設計します。評価するのは、基準どおりの判断で欠品や廃棄が改善したか、どの例外が繰り返され、基準をどう直したかです。AIが集計と指示の伝達を担うようになれば、本部と店舗の間で情報を中継するだけの階層は縮小できます。
9.守り方:相手が本人かだけでなく、そのAIが何を頼まれているかを確かめる
AIは、客の代わりに注文するAI、客に応える自社のAI、取引先と条件を話し合うAIという3つの場面で、小売とやりとりするようになると考えられます。相手が本人かに加え、そのAIが誰に何を頼まれているかを確かめる必要があります。ただし、正しい注文まで止めれば比べ直されるおそれがあるため、止めるものは絞ります。
9-1.客のAI:本物のAIと不正なボットを見分け、止めるのは危ない操作だけにする
客に頼まれた本物のAIと、買い占めや特典の不正取りを狙うボットを見分けるため、AIを提供する会社やカード会社から証明を受け取れるようにする取組みが開始されています。アカウントのつながりは、乗っ取られれば攻撃の入口にもなり得ます。
そこで「いくらまで買ってよいか」「届け先を変えてよいか」など、AIに任せる範囲を決めておきます。止めるのは、届け先の変更、ポイントの交換、高額の注文など被害が大きい操作だけにし、初めての注文やいつもの補充は止めません。AIが頼まれていない注文をしたときの損失の負担は、受け付けを始める前に、カード会社やAIを提供する会社と取り決めておきます。
9-2.自社のAI:だまされて、守れない約束をしないようにする
自社の窓口のAIは、文章に紛れ込ませた指示でだまされ、値引きを約束させられたり、他の客の情報を聞き出されたりするおそれがあります。窓口のAIが答えた価格や届く日は店の約束となり、責任を問われることもあります。そこで窓口のAIには価格や条件を自分で決めさせず、社内の仕組みが出した値をそのまま答えさせます。客の情報は、本人と確認できたときに本人の分だけを見せ、やりとりは記録します。
9-3.取引先とのAI:AIどうしの話し合いで決めてよい範囲を、先に決めておく
価格、納期、販促の条件など、人が話し合って決めてきたことを自社と取引先のAIが話し合うようになると、紛れ込んだ指示やなりすましで条件を動かされるおそれがあります。自社のAIが決めてよい範囲を、独占禁止法(優越的地位の濫用)、大規模小売業告示、取適法(旧下請法)など取引の法令で守るべき線も含めて先に決めます。範囲を超える条件、協賛金や値引きの要求、振込先の変更、権限を相手に渡すことはAI同士で決めさせず、登録済みの担当者への電話など別の手段で人が確かめます。
まとめ:舵取りを設計するのは管理部門
本稿の論点は、勝ち負けを決める3つに集約されます。
1つ目は約束を守ることです。AIは約束が実態どおりかで足切りし、約束の中身で順位を付け(第4章)、主に約束を破ったときに比べ直すと考えられます(6-2、7-4章)。
2つ目は、店に来る理由と、客に店を指定させる理由を育てることです(第5章、6-1、8-2章)。
3つ目は、AIに任せる範囲と、人に戻す例外を決めることです(8-3、第9章)。
3つとも、売場の工夫だけでは決まりません。欠品や遅配は商品部、店舗、物流、ECのどこでも起き、売上で測られてきた部門に、自らの失敗の記録や新しい評価の物差しを設計させるのは難しいからです。在庫を正しく保つ仕組み、約束をAIに読める形で示す仕組み、失敗の記録、人の配置と評価、AIに任せる範囲と他社との取決めを、部門をまたいでつくれるのは、規程、システム、制度、監査、契約という手段を持つ管理部門です。
何をAIに開き、何を自社に残すかは経営が決め、それを全社の仕組みに落とすのが管理部門です。AIに選ばれることと飲み込まれないことの両立は、管理部門の設計で決まると言えます。
【9つの変化を受け止める機能と整えること】
# | 変化 | 受け止める機能 | 整えること |
1 | 戦い方・競合 | 経営企画、経理・財務、法務 | AIに任せる範囲と、自社に残す範囲の線引き |
2 | 商品開発 | 品質保証、法務、調達 | PBの規格・品質・表示だけでなく世界観やブランド価値観を、AIに読める形で正確に示す管理 |
3 | 値付け・売り込み方 | 経理・財務、販売管理、法務 | ロイヤリティやクーポン、ポイント付与等を含め総額で比べられる前提の価格設計・競合調査 |
4 | 選ばれ方 | 品質保証、情報システム、法務 | 在庫、届く日、条件という約束を、AIに読める形で示し、約束を守る |
5 | 売り場の役割 | 需給計画、人事、情報システム | 補充品の棚の扱い、生鮮・惣菜と応対へ人と売場を移す設計 |
6 | 顧客との継続的な関係づくり | 経理・財務、販売管理 | 会員条件の示し方、アカウントのつなぎ方、値引きとして計算される前提でのポイント設計、利用するほど固定される仕組みの強化 |
7 | 取得データ | 情報システム、法務 | 欠品・遅配・表示のずれの記録、会員としての購入と店舗売場の記録のデータ化 |
8 | 働き方 | 人事、経営企画 | 約束を守る仕事と来る理由をつくる仕事の要員と評価、AIに判断させる基準の設計 |
9 | 守り方 | 内部監査、法務 | 本物のAIとボットの見分け、止める操作の線引き、窓口のAIが答える値、取引先とのAIに任せる範囲。悪意がある前提での設計 |
執筆者
KPMGコンサルティング
執行役員 パートナー 深江 和貴
監修者
KPMGコンサルティング
執行役員 パートナー 中嶋 功