かつて経営の要は、精度の高い将来予測を土台に計画を組み立てることにありました。しかし、不確実性が高まる現在、その前提自体が揺らいでいます。求められるのは、未来を正確に予測する力よりも、変化の兆しをいち早くつかみ、方向を見失わずに手を打ち直し続ける力です。本稿では、長期の指針、中期の資源配分、短期の即応を一体で機能させるマネジメントのあり方と、その実装に向けた要点を整理します。
1.問われるのは「当てる力」から「気づいて動く力」へ
地政学リスクが経営に影響を及ぼすなか、経営層はメガトレンドとどのように向き合うべきでしょうか。大局を読み解くこと自体の意義は変わりません。一方で、実務の重心は「どのように読むか」だけでなく、「どれだけ早く予兆を察知し、対応につなげられるか」へと移りつつあります。見立てが不要になったわけではありません。前提が頻繁に変わるからこそ、構造を理解したうえで、変化を早期に把握して動くことの重要性が増しています。
企業を取り巻く変化は、発生頻度も影響の大きさも増しています。長期ビジョンや中期経営計画を策定する際に、メガトレンドを収集・分析することは以前から行われてきました。しかし、それが数年に一度のイベントとして扱われている場合、現在の変化には追いつけません。あらかじめ前提を固定し、将来を予測して計画に落とし込む従来の方法だけでは、実態とのずれが生じやすくなっています。予測をやめるのではなく、過度な精度追求から、早期把握と即応性を重視する方向へ重心を移す必要があります。
2.マネジメントの土台を組み替える
こうした状況を前提にすると、企業のマネジメントのあり方も見直さなければなりません。日本企業の多くは、中期経営計画を中核に据えたマネジメント構造を採用しています。環境変化が比較的緩やかな時代には有効でしたが、現在は計画を固めている間にも前提が変わり、中計初年度を迎える前から達成が難しくなることがあります。
そこで必要となるのが、中期の数字を精緻に積み上げることに力を注ぐのではなく、まず長期の到達点を明確にし、そこへ向けて予定どおり進んでいるか、軌道から外れているかを短い周期で確認し、必要な修正を重ねていく考え方です。これは時間軸の違いだけではありません。「精度の高い中期計画を立てられるか」という静的な問いから、「明確な長期目標に向けて、適時に修正しながら企業価値を生み続ける仕組みが組織に実装されているか」という動的な問いへの転換です。
では、企業は具体的に何に取り組む必要があるのでしょうか。ここでは、3つの論点を挙げます。
(1)変化の兆しを早くつかむ情報統合機能を根づかせる
1つ目は、予兆を早期に捉えるためのインテリジェンス機能を組織に実装することです。不確実性の高まりを受け、この機能を明確な役割や組織として強化する動きが広がっています。重要なのは、リスク管理部門のなかだけで完結させず、経営企画や事業部門と常時連携できる仕組みにすることです。
何をモニタリングするかについては、事業計画の前提と結びつけ、経営企画や事業部門から必要な観点を示すことが求められます。一方、インテリジェンス機能が捉えた予兆は、事業計画や収益構造にどのような影響を及ぼすかをただちに分析し、意思決定へつなげる必要があります。情報を収集する組織と、計画を立案・実行する組織との間に、双方向の連携経路を設計することが要点です。
(2)長期の到達点を具体的に定める
2つ目は、長期の到達点を明確に定めることです。状況に応じて迅速に軌道修正することが必要であっても、目指す先が曖昧であれば、個々の対応は場当たり的になりかねません。長期的にどのような価値を提供したいのかを言語化し、判断の拠り所として共有することが重要です。
ただし、長期ビジョンは、同じ言葉を使いながらも関係者が異なる姿を思い描く状態に陥りやすい点に注意が必要です。まず、「いつの時点の姿か」を明確にします。時点が定まっていなければ、抽象的なスローガンにとどまり、短期の進捗を確認する基準として機能しません。業界の転換点や、自社にとって意味のある年度などを踏まえ、時間軸を設定します。
また、何に力点を置くかは、企業が属する市場によって異なります。国内市場の縮小が見込まれる場合は、次の成長の柱をどこに置くかを示す必要があります。市場成長が見込まれても競争激化が予想される場合は、どの価値を深め、どこで差別化するのかを明らかにしなければなりません。
さらに、目指す姿は、過度な精緻さを求めずとも、一定の定量感を伴って示すことが重要です。事業構成を大きく変えるという表現だけではなく、どの程度まで変えるのかを共有できれば、必要な施策の規模やスピードも判断しやすくなります。
(3)事業ポートフォリオと資源配分を機動的に動かす
3つ目は、動的な事業ポートフォリオマネジメントを実装することです。予兆を捉えて計画や施策を修正することは重要ですが、それだけでは十分ではありません。企業価値を継続的に生み出すには、必要に応じて事業の組み合せや資源配分を変え、企業の構造そのものを変化させる必要があります。
事業ポートフォリオを管理する制度を設けている企業は少なくありません。しかし、制度が存在することと、実際に機能していることは別です。資本効率を十分に反映せず利益だけで評価している、撤退基準が曖昧なまま業績が振るわない事業がいつまでも残っている、事業評価と業績評価が連動していない、といった課題が考えられます。一方、資本効率を重視しすぎることで、新規事業が育ちにくくなる場合もあります。
重要なのは、制度をそれぞれ整備していることではありません。自社の経営思想に合う形で、組織機能、役割、権限、評価制度、情報基盤が連動されて機能し続けることです。事業環境の変化が速まるなか、資源配分の仕組みが実際の判断や行動につながらなければ、変化への対応が遅れる可能性があります。
3.3つの時間軸を連動させるマネジメントへ
長期にわたって企業価値を創出し続けるうえで、将来まで直線的につながる計画を描くことは難しくなっています。計画精度を高める努力には限界があります。これからは、変化を早く捉え、必要な修正を迅速に行えるかどうかが重要です。その実現には、経営層や担当者個人の判断力だけでなく、修正を前提とした制度と仕組みを企業として備える必要があります。
状況が変化すると、目の前の対応に注意が向きがちです。しかし、その対応を場当たり的なものにしないためには、長期の方向性と、中期の事業ポートフォリオを機動的に動かす仕組みが必要です。長期で目指す方向を定め、短期で変化の兆しを捉えて計画と行動を修正し、中期で事業の組み合せと資源配分を見直していきます。この3つの時間軸が相互に連動する状態をつくることが、これからのマネジメントに求められます。
いずれの考え方も、それ自体は新しいものではありません。重要なのは、各要素が現在の事業環境に対応できる状態へ更新されているか、また、それぞれが一体として機能しているかを確認することです。現在は、そうした仕組みを改めて見つめなおす時期に来ていると言えるでしょう。
執筆・編集
KPMGコンサルティング
執行役員 パートナー 濱田 知典